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「つーわけで、新人の紹介だ」
「エミリオです。よろしく」
新人紹介の場を設けてもらった。ここは、組織――いや、グループで運営している居酒屋の一室だ。
店内の全てが完全個室、非合法な会議や取引、犯罪依頼など何でもござれの、アウトロー専門店『オリエ・ルージュ』。オリエはボスの名前であり、店名がそのままグループ名でもある。
ここは、組織と言えるものではない。そもそも名簿など存在しない、ただの互助会的集まりだからだ。一部の古参メンバー以外は流動的で、金欠になる度にグループに合流し、ある程度金が貯まったらまた抜けてを繰り返している者も多いと言う。
ただ、誰の知り合いでもなく、過去所属していたわけでもない完全新規は相当久し振りのようで、今集まったメンバー全員は僕のことを疑うような目で見ている。
20年来の集まりに、若い男がやってきたら誰でも怪しむ。それに僕が、どう見ても生活に困窮しているわけではなさそうな外見だと特に。
……まぁ、今の見た目は幻覚魔法で作っている、20歳半ばの若者の姿だが。
当分は大人の格好で居るように言われ、僕が11歳の子供と知っているのはボスとダンの二人だけ。そして、ベルトランであることを知っているのもその二人だけだ。
ダンのことだから軽く口を滑らせてしまいそうだと思ったが、個人情報に関わる漏洩は絶対にないとボスが断言してくれた。別に言っても良かったのだが。
「ボス、やはりそいつもFのプレイヤーから始めるんですか?」
僕のことを最も疑っているであろうボスの補佐役――ベインが、僕を睨み付けるようにして言った。
ベインは荒くれ者とは思えない格好をしている中年だ。着ているのは燕尾服だろうか? ちょっと渋いところも含めて執事を思い浮かべるが、対外交渉の主軸である彼は身だしなみや言動に気を配る必要があり、そうしているだけだけらしい。
所謂インテリヤクザのポジション。魔法は全く使えないが、魔法を使わない肉弾戦は中々のものらしい。人はそれを武闘派と言うんだけど、魔法の有無は大きいのかな。
「いいや、Bからだ」
「「「「ハァ!??」」」」
ボスがそう言うと、そこに集まる全員が叫んだ。椅子から勢いよく立ち上がった者も居る。
「いや、言わせて貰いますが。いくらなんでもボス、新入りのガキをBからスタートとか、皆に何て説明したら納得するんですか。俺ぁ、無理ですよ」
一番最初に平静に戻ったインテリヤクザ、真っ先に突っかかる。
「ああそうか。お前らに分かるように言ってやる。――エミリオは、カプレのババァの一番弟子だ」
「「「「「「ハァ!??!??」」」」」」
さっきよりも大きいハァが出たよ。えっそっちのが驚くの? シスターにボコられたのがボスだけなわけないのだから、ここに居る皆が経験したのではあるだろうが……。
弟子というのが嘘と言ったわけではないが、「どうせ調べようがねえんだから、一番弟子ってことにしとけ」とボスが言っていたので、そういうことにしてある。
「ルージュん中じゃ、俺の次に強い。で、それでも文句ある奴居るか?」
ボス――オリエがそう言うと、それまで騒がしかった全員が黙った。
このグループの形が、これだ。自分達が何をしようが、責任は全部ボスが取ってくれる。自分達がどんなヘマをしようが、ボスがなんとかしてくれる。
トップであるオリエを信仰する、新興宗教みたいなものだ。彼の言うことに意見は言えど、彼の決めたことに文句は言えない。
静まった空気の中、無言で手を上げる男が一人。
「ボスの言うことを疑ってるわけじゃありあせん。ただ、もう一押しいいですか」
「おう、ヨラヒム、良いぞ。エミリオ、出来るな?」
ヨラヒムと呼ばれた男。その名前も、ここに来る前に説明されていた。
元々は由緒正しい貴族家に生まれ、25歳で王族の親衛隊騎士まで昇進。しかし部下の不祥事の責任を取って除隊、貴族位の剥奪をされ、そこをオリエに拾われた男だ。
オリエは言っていた。「ヨラヒムは強い。俺を立ててくれてはいるが、実力は俺以上」と。「ただ勝ちへの執着が薄いから、俺には絶対勝てない」とも言っていた。
ボスであるオリエ、交渉官のベイン。元騎士のヨラヒムの3人が、『オリエ・ルージュ』の3トップだ。
ヨラヒムが名乗り出ると、皆が黙って頷く。実力を測るのに彼以上の適任はないと、皆が信じている表情。
さぁ、
どうしてくれようか。
◇
用意されたのは、闘技場ではない。僕を閉じ込める牢屋として使われていた建物の、更に下のフロア。牢屋のあるフロアより少しだけ天井が高く、そして広い。何に使われていた場所かは定かではないが、バスケットボールくらいのスポーツならできそうな広さがある。やったことはないが。
ここは『オリエ・ルージュ』の持ち物ではない、一時的な賃貸だ。僕を一時的に監禁する設備がある建物が他になかったようなので、結構値段は張ったが借りたのだとか。契約期間が残っているので、そのまま使わせてもらうことになった。
立会人はオリエ一人だけだ。無論、他の者も立会いを希望したが、「巻き込まれて死なない自信のある奴だけ来い」とオリエが言うと、誰も着いてこなかった。
決闘スタイル。お互いが向き合って、好きなタイミングで開始する。別に審判が居るわけでもないので、勝敗はどちらかが負けを宣言するまで。一応殺さない程度であればルールは無し。
既に決闘は始まっているが、どちらも動かない。勿論魔法使いにとって動かないのは当然のことなので、詠唱無しで魔法を使ってくるかもしれない。
幻覚魔法を使っている状態で、僕が使える魔法はそこまで多くない。
ほとんどが、詠唱が不要なほど使い慣れた魔法だ。それらは総じて火力はなく、即応性にも欠ける。
全方位に向けた幻覚魔法は他者に同調する意識が必要となり、そのままだと攻撃するイメージを持ちづらいのだ。
けれど、けれど。
使えないことはないのだ。
ナルコティクスオープン、フォーセルフ。これまで数万回と繰り返した魔法を、頭の中で唱える。
求める効果は思考速度の加速、意識の分割、体感速度の遅延。
構成体はFw1、Rp3、Ra2、Jw9――
「異相の門よ、開け」
ゆっくりと、手を払う。
異相門。神であるルゴスに繋がる魔法。ゲーム時代の効果は、状態異常としての即死を与えること。
けれど、それだけではなかったのだ。
魔力の帯。それは、魔力のあるものに繋がるもの。
認識力が低い状態では、――そしてゲームの中では、プレイヤーに直接繋がり、プレイヤーに直接即死の状態異常を与えるだけだった。
しかし今は違う。ルゴスとの接続を果たし、スキルレベル180を越えた今、異相門は変化した。いいや、もしかしたら、元から即死なんて副次効果でしかなかったのかもしれない。
門系統の魔法とは、術者のステータスに関わらず発動する。
門系統の魔法とは、術者のスキルレベルに関わらず発動する。
門系統の魔法とは、術者の習熟度に関わらず発動する。
それが、常識だ。だから変化しないものだと、決め付けていた。
認識が、間違っていたのだ。
スキルレベルが上がると魔力効率が良くなる? それだけではない。
スキルレベルが上がると詠唱が短くなる? それだけではない。
「大気よ燃えろ、焼き尽くせ。――《フレア》」
僕の一言を聞いてヨラヒムが唱えるのは、ごく一般的な火属性魔法だ。
火属性炎系統、地点指定炎上系。
“炎系統はフレアに始まりフレアに終わる”と言われるほど、一般的で、且つ強力な魔法だ。
術者のイメージ次第ではどんな形にもなるし、どんな規模にもなる。魔力を使えば使うほど、威力と範囲が増大していく。
初歩の魔法でありながら、熟練者も愛用するそれは、一発目としては充分すぎる威力がある。
自己強化に使った麻薬魔法により、人よりほんの少しだけ加速した意識の中、足元から立ち上る炎が見える。
1秒もすれば、全身が燃え上がるだろう。けれど僕は、ヨラヒムより先に魔法を発動していた。
異相門。彼をこれで殺すことはしない。遊び場と決めた『オリエ・ルージュ』における重要な戦力を、こんなところで失うわけにはいかないから。
僕の視界に映るのは、炎よりほんの少しだけ早く上がってきた魔力の帯。
これから燃えるところに、一瞬だけ早く魔力が流れる。それを道筋に、媒体にして、炎は燃え上がるのだ。
帯に2本の指を引っ掛け、軽く捻る。
「……は?」
「ほう……」
呆けた顔のヨラヒムと、驚嘆したオリエ。
オリエは何か分かったのかもしれない。
「私の《フレア》が、消えた……?」
「そんだけですか?」
彼にとっては魔法が不発に終わることなど、初めての経験なのかもしれない。
発動したのを止められるならともかく、発動すらしなかったのだ。
「フッ……そんなわけ、なかろう! 炎よ穿て、喰らい尽くせ!《フレア・バレット》!」
次の魔法は火炎弾。
射出系、貫通タイプで複数弾。野球ボールくらいのサイズの弾が、10発、20発、30発――無数の炎弾が彼の周囲に現れ、飛んだ。
炎の弾を飛ばすだけの初歩的な魔法でも、これだけの数、威力ともなれば、相当な破壊力だ。
ヨラヒムは、短い詠唱の魔法に大量の魔力を込めてブーストするタイプの魔法使いのようだ。
地点指定系の魔法が消されたところからすぐに複数弾に切り替える思考の速さは悪くない。魔法が消えたタネが分からない状態では、同種の攻撃を続けないというセオリーも守っている。
悪くない。うん、悪くないよ、彼は。
ナルコティクスオープン。Sy2、Sy7、Sz9――
イメージする形状はカーテン。迫り来る火炎弾に対し、全てを受け止められる形。
手を前に振ると、僕の手から粉が撒かれた。それはイメージ通りに広がり、火炎弾に触れる。
「……これもかッ!?」
火炎弾は滞留する粉に触れると、全てが消火されていく。
僕のすぐ前、薄い白色の粉はイメージ通りに留まり、火炎弾を消していく。そして彼が飛ばした最後の火炎弾も消すと、役目を果たして少し焦げた粉は床に落ちた。
粉の原理は、ただの消火剤だ。麻薬魔法の構成体によって作られる、消火剤のようなもの。
空気中の塵を燃やす炎系統魔法というのは、火元である塵とそれを燃やす酸素、そして炎をコントロールする魔力が必要だ。塵か酸素をカットしてしまえば火は消えて、残るのはただの魔力の塊。
火を消す手段は、無数にあるのだ。その中でも今選んだのは、粉末消火器と同じ窒息消火。
絶対燃えない物質を空中に散布することで、火を通さないカーテンを作っただけのこと。
「灰燼帰して灰と成れ、《フラッシュオーバー》ッ!」
しかしヨラヒムは、口を止めずに次の魔法を発動した。驚きはしても手は止めない、口は止めない、頭は止めない。それは、思考停止してフリーズしてしまうのの何倍も良い。
次の魔法は火炎放射系。なるほど、地点指定系、射出系、放射系と順に試すことで、どうやって魔法を消しているのか、どんな魔法を消せるのか知ろうとしているのか。良いね良いね、とても良い。
ぶわっと周囲の空気が熱され、時間差で炎が飛ぶ魔法。ヨラヒムが前に突き出した手から、高温の炎が吐き出される。
「栄光の門よ、開け」
お馴染みの栄光門。元々ルゴスの担当であった異相門ほど完全な接続がなされていない栄光門は、これだけではほとんど動かない。
けれど、多少動けば時間稼ぎにはなる。
左手を前に突き出し、僕に向かって放たれる炎に触れる。暑い、熱い。けれど、パッシブスキルとして自動発動する魔法障壁の効果により、すぐに熱さは感じなくなる。
火炎放射は僕の手の平に触れたところで、そこが壁であるかのように止まった。
しかし火炎は壁にぶつかれど勢いは弱まらず、そのまま周囲に撒き散らされる。
栄光門は、空気中の余剰魔力を集めるだけの魔法だ。しかし、その基準は?
僕は、勘違いしていた。余剰というのは、ただ誰も使わずに余っているだけのものではない。
僕が余剰と考え、神がその意を汲んでくれれば?
僕の物ではないものは、全て余剰のものだと信じること。それを回収することも、あのルゴスなら行える。傍若無人なルゴスならば、そのくらいの認識はできる。僕がそう信じれば、他人が魔法を動かすために使われる魔力も余剰と認識できるのだ。
「我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。我は奏でる者、外界讃えし奏者なり」
詠唱を続け、魔法のイメージをより強固な物とする。
そうすると、手に触れた点だけではない。手に触れ、周囲に撒き散らされる炎も、少しずつ純粋な魔力として吸収し始める。
炎を生み出す魔力を吸収することで、炎の勢いを弱める。これを越えるには魔法障壁で受け止めることのできる出力を上回るか、栄光門の吸収スピードを越える魔力で魔法を使う必要がある。
それか、賢い彼なら絶対に。
「――ッ! 嗚呼火の精よ、彼の敵を焼き尽くす力を与えよ。消して潰して押し通せ。命焦がれしその声よ、その身その意を体現せん。――《サラマンドル》ッッッ!!!」
ヨラヒムは、魔法の詠唱をする。これまでの3回より長く、遅い。
しかしそれは当然だ。彼は《フラッシュオーバー》の魔法を止めていない。つまり、魔法を使ったまま次の魔法を使ったのだ。
同時起動、マルチタスク系のスキルを使っても、先に出した魔法の出力を落とさず次の魔法を詠唱することは不可能。つまり彼は、自分の力でそれを成したのだ。
麻薬魔法による思考分断、並列思考が行える僕ですら、攻撃的な魔法を複数同時に使うことなどできない。どこかで片方を途切れさせて、一瞬の隙間で発動するのがやっとだ。
しかし彼――ヨラヒムは、それを成し遂げた。
《サラマンドル》、炎の巨人が僕に襲い掛かる。左手は魔法障壁を展開し、右手は栄光門に接続中。普通はそんな同時起動も行えないはずだが、麻薬魔法を使える僕は僅かながら多重思考を行えるので、その点は問題ない。
人よりほんの少しだけ加速した思考の中で、僕は新たな魔法を使う。
ナルコティクスオープン、フォーセルフ。
自分に麻薬魔法を使う時のその言葉を、頭の中で反芻させる。構成パターンは27番。予め構成体を指定してあった、ショートカットキーを起動。
思考速度の加速、加速、加速、加速、加速、加速、加速――
常人の5倍速? それではまだ足りない。ルゴスに追いつくには、あの女に近づくには、そんな程度じゃ駄目なんだ。
思考を更に分裂。魔法障壁に一人、栄光門に一人、麻薬魔法に一人。
そうして作られた複数の思考を統合、――完了。
思考制御、――完了。
発声制御、――完了。
詠唱制御、――完了。
「異相の門よ」
火炎放射に付随して熱風を飛ばす《フラッシュオーバー》を放つ相手に向け、麻薬を飛ばすのは不可能。
風魔法を使えば別かもしれないが、生憎そこまで慣れていない風魔法をこんな土壇場で使うつもりはない。
麻薬魔法による、強制的な思考能力の強化。中毒性や依存性を削り、一瞬だけ効果を得るための脳内麻薬。
長く使っても反動がない程度の効能なら、最初に使っていた。だから今使うのは、使い続けると反動があるレベルの濃度だ。
デメリットは、体機能の低下。僕の肉体は動きを止め、立つことしかできなくなる。
魔法障壁を展開する手が降りるまで、2秒。
麻薬効果の反動が出るまで、3秒。
――充分だ。
人間の肉体は、自壊してしまわないように一定以上の出力は出せないようになっている。
脳も同じだ。人間の脳は、フルスロットルで動かせば焼き切れてしまうほどの処理能力がある。
僕は、麻薬の効果によって肉体の制御を手放す。
するとどうだろう。体を動かしていた部分を、全て思考に回すことができれば?
「――開け」
あらかじめ決められていたパターン通りに、僕の口は動く。そこには僕の自由意志は存在しない。ただのパターン制御でしかない発声だ。
視界に映る異相の帯。それは、指で千切って消せる程度の量ではない。
3人しか居ないのに、見える帯は数百を越えていた。ヨラヒムが使った魔法が、いかに複雑な工程で作られた魔法かが、僕には分かる。
異相門によって見えるようになるのは、魔法使いの体から伸びる、魔力の帯。
魔法使いに繋がっているなら、魔法使いに直接危害を加えることしかできないと思い込んでいた。
ゲーム上の仕様が、そうだったからだ。
けれど違う。僕の認識が間違っていた。
帯は単純に、「魔力を多く帯びているもの」へ繋がっていたのだ。
麻薬魔法によって魔法の認識力、認識できる範囲を拡張すれば、見えてくるのは大量の帯。それは発動した魔法に繋がっているもの。
当然だ。魔力が多いもの――人間に繋がるセンサーとしての役割があるのなら、魔力を帯びるものは人間でなく、魔法そのものでも構わない。
最初の《フレア》を消したのがその原理だ。
魔力は、魔法を動かす導火線。導火線は、魔法の実体より先に動いてなければならない。
それを切ってしまえば、不発に終わる。《フレア》がそうであったように。
298本。僕は今視界に移る全ての帯を正確に認識できていた。
神に接続する一瞬だけ、全知全能の力を借りることができる。それが、神から力を借りる門魔法。
神の力をそのまま使うには、人間のスペックが低すぎるのだ。結果、小さな効果しか生み出さない。
しかし僕は、麻薬魔法によって人間のスペックを少しだけ上回ることができる。故に、神の力を少しだけ多く借りることができる。
ほんの少しだけ多く借りるだけで、効果は段違いだ。少しだけ神に近づいただけで、これだけの効果。
本当の神というのは、一体どれだけ強大な力を持っているのだろう。
意識から除外するのは3本だけ。1本は僕、1本はヨラヒム、1本はオリエに繋がるものだから。
3本を除いて、全て切断する。今までのように指で千切る必要などない。
念動力、サイコキネシス? そうではない。
これこそが、神の力。
「な、なに……?」
この場にあった全ての魔法が消滅し、目を見開いて金魚のように口をパクパクとさせるヨラヒム。
「おいおいおいおい、なんだ今の」
傍観しているだけのつもりだったオリエも、今回ばかりは口を開いた。
異相門は、魔力に帯を繋げるもの。
千切った帯を通して術者の魔力を対象に送り、殺す魔法。それを魔法そのものに対して行う場合は同等かそれ以上の魔力を通すことで、対消滅を起こす。
「さ、……流石に打ち止め、です」
息を荒くしてヨラヒムが言う。滝のように汗を流す彼は、やはり相当無茶をしていたことだろう。今のは並みの魔法行使ではないのだ。
「思ったよりやるじぇねえかエミリオ。なぁヨラヒム、合格か?」
「ええ。渾身の精霊召還も消されるんじゃ、もう何も出来ません。まさか反撃無しで負けることになるとは……実力の差を思い知りましたよ。ボスの次ってのは嘘じゃないみたいですね」
「……いやアレ、俺でも消せねえんだけど」
自信なさげにそう呟くボス。
火属性炎系統の上位魔法、《サラマンドル》。正体は召還魔法に分類される魔法であり、一時的に人より高次元の存在である精霊を呼び出す魔法だ。
最適な止め方としては、精霊が消えるまで、術者の魔力が無くなるまで障壁を張り続けるか、それ以上の威力の魔法をぶつけるくらいか。
……普通はどっちも無理だ。僕は精霊召還なんてできないし、いくら障壁を強化しても止め続けることなんてできない。
高度な召還魔法を火炎放射の片手間に詠唱して発動、更に暴走しないよう正確なコントロールができるヨラヒムは、間違いなく相当な実力者だ。
毒属性の魔法なんかじゃ、普通にやったら相性が悪すぎてどうしようもない。
毒だけで勝てないかと言われたら、そうではないのだが。
「対消滅に使っちゃって、魔力すっからかんですよ」
正直に言っておく。
門系統魔法と同じで、精霊召還魔法は自身のステータスとは異なる数値を参照する。そこで参照されるのは、精霊自身のステータスだ。
召還魔法はあくまで精霊を呼び出し、コントロールするものでしかない。しかしそれを異相門による対消滅で消した僕は、精霊自身の魔力と真っ向から打ち合う必要があった。
ルゴスの影響で魔力値が多少人より高い僕でも、精霊を打ち消したのは初めての経験だ。不可能ではないと知れたが、こんな博打、二度とやりたくない。
「消滅って……何の魔法だ? あれ」
対消滅は、魔法使い同士の戦いで一般的なものではない。
魔法使い同士の戦いとは、防御は障壁に任せ相手より消しきれない威力の魔法を当てるか、そもそも相手に詠唱される前に倒すかのどちらかだ。
相手の魔法を消す必要なんて、断じてない。攻撃か防御、どちらか得意な方を選べば良いのだ。
「門系統ですよ。詳細はノーコメントってことで」
「……土属性の魔法か。門なんて、神官でもなきゃ使えるもんじゃないと思うが」
「えーと、ほら、師匠が聖職者ですし?」
やっぱり、門系統魔法は普通に使われることはないのか。接続先の情報とは、つまり神の住所みたいなものだ。それを認識していないと使えない魔法なら、当然神に関わる、神のことをよく知る人間にしか使えないことになる。
僕みたいに何も知らなくとも使える人が居る可能性があるとは思っていたが、オリエの反応を見るにそうではないらしい。
こういうときの言い訳を用意しておいて良かった。また勝手にシスターを使わせて貰ったが、バレたら結構怒られそうだな。
「そ、そうだったな。そうか、使えるのか……」
こんな雑な説明でも納得してくれるオリエ。隣で青ざめた顔をするヨラヒム。
こいつらシスターにどんだけトラウマ植えつけられてんだ? マジで。
外では門系統の魔法をあまり使わないほうが良いと思っていたが、この程度で納得してくれるなら常用しても良いかもしれないな。
シスターの存在が便利すぎる!




