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「おいダン! 何寝てんだテメェ!」


 誰かの大声で覚醒する。声の主は椅子を蹴っ飛ばしたのか、酒を飲んだまま寝ていた男――ダンと呼ばれた大男が、盛大に床を転がる。

 最早日課となっている魔法の鍛錬は、集中して考え事をする際の手遊び感覚でできるようになっていた。慌てて手遊びを止め、新しく来た人間に意識を向ける。


「す、すみませんボス! ガキが思ったより大人しくて……」


「アァ? 7日も放置してりゃ、普通泣き喚きくらいするだろ。もう泣く体力もないってか?」


 ボスと呼ばれた男はそう言ってこちらを一瞥するが、それ以上目を向けてこない。あくまで大男、ダンと話すつもりのようだ。

 まぁそれもそうか。適当に拾ってきた子供が薬の情報持ってるはずもないのだし、無駄な会話をするつもりはないか。


「ええ……どうやらこいつ、孤児みたいでして」


「何だそれ。身なり整ってるからまともな家のガキかと思ったが…………っておい、おいおいおい」


 男はスンと鼻を鳴らすと、驚いたようにこちらを見る。

 目が合った。暗い牢屋でも分かる、その男はとにかく派手だった。

 赤い髪をタテガミのように立て、首や腕、指には大量の宝石をじゃらじゃらと。極めつけは、羽織っているコートが虎柄だ。大阪の成金オバチャンか?

 じっと見ていると、コートの隙間から首筋に彫られた刺青が見えた。うん、こいつぁ成金オバチャンじゃないな。


「ガキ……魔法使えんのか」


「……え?」


 男の問いに、つい素で返してしまった。もうちょっと弱そうな声を出さないといけないのにってちょっと待て。今魔法って言わなかった?

 ひょっとして、バレた? でもどうやって――いや、魔法の鍛錬自体は見るものが見れば何をしてるか分かるか。


「水で防護膜、火で着火、風で留める、ね。――そんな高等なこと、ダンが出来るわけねえよな」


 驚いたのは一瞬だけだったのか、男は僕の手をじっと見つめてそう言った。

 大正解だ。僕の日課の魔法鍛錬とは、両手を丸く重ね合わせ、手の平に水属性魔法で防護膜を貼り、その中で火属性魔法を使い空気中の塵に着火し水分を分解し可燃剤に、火が手の中に留まるように風属性魔法で空気の流れを制御する。普段は更に複数の属性を重ね合わせているが、あまり魔力を削りたくない現状ではその3つしか使っていなかった。


「その魔法、誰に教わった?」


 男は床に座り、僕と目線を合わせる。

 ボスだよな? この人。思ったよりまともそうな人間だが、ううん、ヤンキーが雨に濡れた捨て猫にパクった傘を掛けてあげるみたいなもんだろうか。ちょっとまともそうに見えるけど、児童誘拐犯の首領がまともなわけはないよ。

 それ、麻薬組織の長してる僕が言えることじゃないと思うけどね!


「……エルヴィール・カプレ」


 僕が搾り出した名前は、シスター・エリーズの本名だ。

 独学とか言うと更に疑われそうだし、もしシスターのことを知っているなら多少の脅しにはなると思って、勝手に使わせて貰った。


「アァ? 嘘付いてんじゃねえよ。あのババァがこんなガキを弟子に取るわけが――いや、可能性は……あるか?」


「え、シスターのこと知ってるの?」


「知ってるもなにも、ここ数年で何度ボコられたか分かんねぇよ」


 何かを思い出したのかがっくり頭を下げ落ち込む男。見た目は派手だが、別に常にキレてるような危険人物ではないらしい。


「じゃあお兄さん、悪い人なんだ」


「……否定はできねえな」


 あ、なんか可哀想に見えてきたぞ!

 そういえばシスター、教会を出る前、首都行くついでに犯罪組織潰して回るとか言ってたな。

 僕に色々話してくれた大男、ダンの言うにこいつらは何でも屋らしいが、実働としては、犯罪組織の下部組織みたいなものなのだろう。


「ボス! あのババァの弟子なら、コイツ人質にすれば――」


 黙って話を聞いていたダンが、閃いた! とでも言わんばかりに声を荒げる。


「ふっざけんな! そんなことしたら、次はマジで殺されるぞ!?」


「うがふっ!!」


 そして言葉を言い終わる前にボスに膝蹴りを食らった。ショートコントじゃねえんだから、突っ込み早すぎるだろ。


「……えーと」


 こいつらのことは潰しても良い犯罪組織とは思っていたが、シスターが殺さずにボコるだけで終わったということは、更正の余地有とか、情状酌量とか、まぁ殺すほどではないだけか。児童誘拐は殺すほどじゃないのか? いや、別に普段からやってるわけでもなさそうだし、今回がレアケースなだけか。


「あー、メンドくせぇ……ババァの関係者かよ……どうすっかなぁ……」


 膝蹴りで吹っ飛んだダンを放置して、僕の処遇に本気で悩むボス。

 ううん、僕はシスターの関係者ではあるけど弟子ではないんだよな、断られたし……。嘘をついた手前、「さっきのは嘘でした」って言うのはマズい。嘘と証明されることは無さそうだし、しばらくは騙されておいてもらおう。


「シスターに会いに行くところって言ったら、信じてもらえる?」


 とりあえず聞いておく。これは嘘じゃないからね。


「アァ? いや信じはするけど、はい分かりましたって出すと思うか?」


「ですよねー」


 うん、それもそうだよな! 流石にそこまで馬鹿なわけではなかったか。

 人質とか交渉材料に使うとかは関係なく、そもそも拉致った子供をそのまま手放したら、自分達の仕業とすぐにバレてシスターにボコられるのが目に見えている。

 それなら、雲隠れする準備が整うまで、しばらくキープしておくのが賢い選択だ。


「つーかガキ、あのババァの弟子ならこんなとこすぐ出れただろ」


「え!?」


 ボスの言葉に驚くダン。いやお前、見張りどころか寝てただろ。お前居ても普通に逃げれたぞ。別にしなかったけど。


「そうだけど……」


 問いには素直に答えておく。僕がどんな魔法を使っていたかまですぐに分かったということは、ボスはそれなりに高位の魔法使いのはずだ。

 それならどうせすぐにバレる。ならそこは嘘をつく必要はない。


「なんですぐに逃げなかった?」


「逃げる理由がなかったから……?」


「「いやあるだろ!?」」


 凄い勢いで突っ込まれた! うん、あるような気もするしないような気もする。

 久し振りに一人の時間が長く持てたのが嬉しかったから逃げなかったってのはある。これまでずっと誰かしらと一緒だったからね。僕はどちらかというと引きこもり気質だから、一人で集中できるのは悪い環境ではなかった。水も食べ物なかったのはマイナス点だけど。


 確かにシスターに会って戴冠式のことを聞くという名目で街を出たが、僕としては別にどちらでも良かったのだ。会って話して出ないことにするのも、届いた郵便を破り捨てて出ないのも同じだからだ。どちらにせよ戴冠式に出る気なんて2%くらいしかなかったから、時間をロスしようが構わない。


「はぁ……このズレ方、あのババァの弟子ってのはマジみてぇだな……」


 ボスはなんか盛大な勘違いをしてくれたようだが、信じてくれたなら別に良いか。


「お兄さんは、何を探してるの?」


「何って、今はただの使い走りだよ。リシャール育ちなら、ベルトランって知ってっか?……いや、ガキに聞くことじゃなかったな、忘れてくれ」


「それ、僕だけど」


 面倒事になりそうだったが、見方によっては現状がかなりの面倒事なので別に良いかと適当に返す。案の定ポカーンとした顔のボスとダンの2名。

 数秒間のフリーズ。何を言えば良いのか悩んでるんだろうね。


「……ハァ? 何言ってんだお前」


 ボスがようやく搾り出した言葉は、大分弱々しい。

 普通に考えたら全く信じないことだが、彼らにとっては“僕がシスターの弟子である”という一点のみで、信憑性が跳ね上がっているのか。

 いや、それでも信じているわけではないようだが、話を切られないだけマシ程度だが。


「欲しいのは、これ?」


 どこからともなく取り出したのは、見慣れた注射器。

 5年間、注射器の複製はシスター・マリオンが担当していたが、別に僕が作れないわけではない。土属性のスキルレベルを上げたくなかったので全て任せていたが、数千万本の注射器を見てきたのだ。イメージの補強としては充分すぎる。

 今では詠唱も要らないほど簡単に作れてしまえる。もっとも、その作成速度はシスター・マリオンの数百分の1なのだが。

 取り出した注射器に中身は入れていない。奪い取られても良いようにだが、麻薬の充填だけなら1秒も必要ない。


「……おいダン、こいつ何も持ってないって言ってたよな?」


「へ、へぇボス。一度全部脱がして確認したので、間違いないです。銀貨を数枚持ってた程度で、はい」


 ヘコヘコと頭を下げるダン。そりゃすぐ手が出るボスの前じゃ、下手なことは言えないよね。身長は2mを越えて幅も相当取ってるな大男が、身長170cm程度の男に頭を下げる姿には違和感もあるのだが。

 って待て。全部脱がしたって? 寝てる間に? ちょっと引くわー。


「ガキ。いや――名前を、教えてくれねえか」


 神妙な顔つきで、ボスはこちらを見つめる。

 冗談でしたというのは簡単だ。けれど、僕は求めていた。


 刺激という、麻薬を。

 何もない5年間。僕は、飽きかけていたのだ。


「10代目ベルトラン。エミリオ・ブランジェ」


 そうして、僕は名乗る。

 ここでなら、何かをできる気がして。


「……証拠は?」


「ないよ。麻薬くらい、誰でも作れる」


 3年あれば、知識がほとんどないダイナでも作ることができたものだ。

 覚える土壌さえあれば、魔法適正など低くとも作れる。全く同じ薬を複製し続けるのは難しいかもしれないが、“作る”だけならそこまで難しくはない。

 もっとも、注射器から構成体を知るにはそれ相応の鑑定レベルが必要で、鑑定レベルが足りない場合は、作成者に全ての構成体を教えてもらう必要があるのだが。


「リシャールで出回ってる薬の、構成体の数は?」


「127。Au1が0,4、Rr9が0,6、Bf6が0,07――」


「ああ、いや、もう良い。――信じよう。はぁ……」


 ボスは即座にそう言うと、大きなため息をついた。

 薬が欲しくて馬車を襲ったら薬の代わりに子供を受け取ることになり、その子供が偶然薬の製作者だった なんて普通信じるか? 僕なら信じない。

 “シスターの弟子”って肩書きは、この男にどれだけの影響を与えるのか。普通なら、大前提である弟子という部分すら、信じるはずがないというのに。


「へ? ボス、どういうことですかい?」


「ダン、テメェは分かんねえのか。目の前に居るこのガキが、ベルトラン張本人だっつーことだ」


 ボスは僕を指差してそう言った。そう言われてもダンは全く意味が分からない様子。うんうん、分かるよ。僕もシスターと話してた時はそんな感じだったし。


「え、いや……どう見てもただのガキで……」


「魔法使いに、年もガタイも関係ねえ。俺見てりゃ分かるだろ」


 自分を指差した。確かに、彼は別に筋肉ダルマでもなければ、年老いた仙人でもない。この体でボスと呼ばれるということは、よほどのインテリヤクザでもない限り、魔法を使ったところを見なくとも彼が魔法使いであることは明白だ。


「つ、つまり、俺達も薬の利権で儲けれるってことですかい? お宝、拾っちまったんですか?」


「いや……それどころか、疫病神かもな」


「え、酷っ!」


 酷い! ちょっと協力してやろうと思ったのに。賑やかしとかで。

 引っ掻き回すだけ引っ掻き回して逃げてやろうと思ってたのに! 僕の楽しい計画が!


「実際そうだろ。拉致られて平常心保ってる時点で異常者だが、それがあのクソババァの弟子でベルトランだ。ったく、そこまで関わるつもりはなかったっつーの」


 大きな溜息が聞こえる。今日一の溜息って感じ。


「でも、薬を狙ってたんでしょ?」


「アァそうだ。ただ、必要な分は集まったからもう要らねぇ」


「僕に作れって言えば、大量にバラ撒けるんじゃないの?」


「それでどうなる、俺達が次の麻薬組織にでもなるか? 麻薬を捌くには人手が要る。人数増えりゃ、仲間内でトラブルも起きる。見えないところで何が起きてるかもわからなくなるし、そいつらが下克上狙ってくる可能性もある。それにな、人間一人に頼り切ったシステムなんかで、組織が成り立つもんか。仮にお前が全面協力したとこで、お前が抜けたら全てが終わる。そんなのは、まっぴらごめんだね。浅く広く水面で。俺はそうやって生きてくんだよ。これまでも、これからもな」


「……ボスッ!」


 号泣して抱きつこうとするダン。それを全力で拒否するボス。よく分からんまま眺める僕。

 えっ何これ、何なのこれ?


 ボスの言っているのは、確かに事実だ。組織人としての正しい行動ではあるが、それは“今以上を求めないなら”の話でしかない。

 今どのくらいの規模で動いている組織なのかは分からないが、最初から少人数だったわけではないのだろう。少しずつ人数が増えることもあったはずだ。

 そして、これから先も少しずつ規模が大きくなれば、今のような強盗まがいだけでは成り立たない時がきっと来る。

 そんな時どうするか。それを見据えて動くか。どちらも正しいし、どちらも正しくない。


「別に、言われないなら作りませんけど」


 ただ別に、僕が彼らに口を出すつもりはない。なんか面白そうだから引っ掻き回してやろうと思ってただけだ。


「……やけに協力的だが、リシャールは良いのか? あっちでの活動がメインなんじゃねえのか?」


 逆に心配になったのか、そんなことを聞いてくるボス。

 まぁ確かに、今の流れで「じゃあ作ってくれ」って言われたら僕は飽きるまで作っただろうし、そりゃ気になるよね。


「薬師の代理は居ますし、代表なんて名前だけなので別に居なくてもなんともないですよ」


「……そうか」


「ていうか最近、暇だったんですよ」


 プレイヤーが来るまでに最強のNPCとして君臨したいという目標はある。

 ただ熱意なんて、20年も保てるはずがない。一つのゲームを20年もプレイできる人間が居ないのと同じことだ。普通なら2年持つかも怪しいほど。定期的に何かがないと、ずっと想い続けることなどできないのだ。

 何か。そう、僕はトラブルを求めていたのだ。もっと強くならないといけないと思えるような、トラブルを。


「……それ、10歳ぽっちのガキの言うことじゃねえぞ」


「じゃあ、これならどうですか?」


 永久に見透かし姿となりて。《ハルシネイション》、幻覚起動。対象2名。

 ――変われ。


 幻覚魔法。それは一般的には火属性の煙系統、または光属性の幻惑系統が得意とする魔法。

 僕が選ぶのは、シスターと同じ幻惑系統。適正というものがある以上シスターほどの精度にはならないが、24時間普通に生活する分にはギリギリで魔力が足りる。

 もっとも、この状態で他の魔法を使うのはかなり制限がかかるが、詠唱を破棄して発動させられるくらいまで使い慣れた魔法ならなんとか使える。


「へ、大人になった……?」


 呆けた顔のダン。ボスはどこか納得したような表情で、ニヤリと笑う。

 僕の姿は魔法によって、ゲームプレイヤー時代に好きだったNPCの姿へと変わっていた。

 身長は175cmくらいで、ボスより若干高いはず。勿論僕自身の視界は低いままだが、30cm程度の違いなのでそこまで困ることはない。


「へぇ……自分の姿を変えるんじゃなくて、他人からの見え方を変える魔法――幻惑系統だな。お前、何でもありか?」


 ボスの指摘にちょっと冷や汗。やっぱ速攻でバレるよなぁ……この男、相当強いよなぁ……。

 経験の差もあるし、普通に戦ったら負けるかもしれない。普通に戦わなければいいのだが。

 ……毒属性魔法は、普通に戦うためのものじゃないんだよ! 正面で向き合った時点で土俵には立てないのだ。


「……シスターほどじゃないですよ」


「間違いねえ。俺でもレジストできないってことは、光属性のレベル100は超えてるってとこか?」


「121です。ほぼ幻惑ですけど」


 自身の抵抗力、それを超えるという情報だけで、スキルレベルまで測られた。

 幻覚魔法の使用中は、他の魔法が制限される以上、騙まし討ち以外の用途で使われることは少なく、あまり重要視されることはない。それなのにそこまで認識できる彼は、相当場馴れしているということだ。


「なるほどな。ま、ガキの姿は舐められるだろうから、悪い選択じゃねえわな」


「ええ、ボス、どういうことですかい……? こいつ、実は大人だったってことで……?」


「ちげえよ馬鹿。ただの幻覚だ」


 そう言って軽く小突かれるダン。やっぱこの人すぐに手が出るよ。怖いよ。ツッコミ担当のお笑い芸人じゃないんだから、まずは言葉から行こうよ。


「これが……幻覚……」


 ダンはこちらを見ながら、目をゴシゴシと擦る。図体から想像もついたが、彼は別に魔法に詳しくもなんともないのだろう。

 体属性だけしか使わないか、それとも魔法を全く使えないタイプか。そういう人ほど変な属性に高い適正があったりするが、それはまた別の話。

 まぁ全身筋肉ムキムキボディビルダーみたいな体でガチ後衛魔法使いタイプの第一王子とかが居るから見た目でどうこう言えるわけではないのだが、魔法は学問だ。無学の人間に使えるのは体属性くらいと言われている。


「で? お前――いや、エミリオは何をしたいんだ? 何がしたくて、ここに残る?」


「何って、決まってるじゃないですか」


 そう、決まっている。

 僕が求めているものを、彼らなら与えてくれるかもしれない。

 「あと20年もある」と思うようになってしまった残り時間を、「あと20年しかない」に変えてくれる存在を。


「楽しく生きたい、それだけですよ」


 どんなに面白いオンラインゲームも、5年もすると飽きてくる。

 どんなに難しいコンシューマーゲームも、半年もすればやることがなくなってしまう。

 それは、僕たちが人間だからだ。人間は娯楽を求める知能を持っているから、新たな娯楽を追い求めてしまうのだ。


 僕の言葉に、ボスは無言でニヤリと笑う。

 やっぱりこいつは、同類だ。

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