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「おいガキ! 生きてるか!?」
そんな声で起こされる。汚い声に、汚い発音。少し訛っているようだが、どこの訛りかは分からない。
鉄格子には背を向けて、座った姿勢で壁に頭を付けていた僕は、声を掛けられてもまだ半覚醒状態のままだった。
僕がずっと行っていたのは5年間続けた、自己流の魔法の鍛錬。今ではスキルの効果もあり、半分寝たまま丸一日でも続けることができる。
ベルトランとして活動を始めて以降は毎日決まった時間に麻薬を作っていたので、24時間以上続けることはできなかった鍛錬だが、今回は相当続いたと思う。
「え、……ぇ……えっと」
座ったまま振り返りはしたが、駄目だ、まだ頭が回っていない。
こちらを見る男は、相当大きい。身長は2m近くあるだろうか。
まだ11歳の僕は身長が140cm程度しかない。成長が遅いわけではないようだが、2mの大男からしたらサッカーボールのように蹴飛ばせるサイズだろう。この世界にもサッカーがあるのか知らないが。
完全に覚醒した状態だと何時間も魔法を使い続けるとどうしても疲れてしまうので、鍛錬に没頭する時は、麻薬の効果で体を半分寝た状態にして、決まった手順の単純動作を繰り返すようにしていたのだ。
僕の反応を見て、男は僕が弱っていると認識したのだろう。実際それなりに弱ってはいるが、魔法が使えないほどではないし、今すぐ攻撃に移れないほどでもない。脳の切り替えが上手くいかないだけだ。
ええっと、ナルコティクスオープン。さっきの薬の効果を切って、ドーパミンを増やして……。
口には出さずに、頭の中で魔法を使う。毒属性の使い慣れた魔法くらいなら、何も言葉を発さずに発動できるようにはなってきた。
「ここがどこか、分かってるか?」
「いえ……」
どこだっけ、ええっと……そうだ、牢屋だ。どこかの牢屋っぽい施設。
馬車で寝てたら拉致られて、ここに運ばれてきたのだ。ここがどこかは分からないけど、牢屋っぽいところであるのは間違いない。
そういえば、ここに来てから何日経ったんだっけ?
床に落ちた白い塊を拾って、ひょいと口に運ぶ。あ、見られた。
「おいガキ……今何食った?」
「え……なんだろ……虫……?」
虫くらいなら居るだろと適当に虫と言ったが、それを聞いた男は露骨に嫌悪感を剥き出しにした顔をする。
口に運んだ白い塊は虫ではなく、僕が作った結晶体だ。男に気付かれないように舌の上でコロコロと転がし、舐める。
うん、すっきりしてきた。
結晶体は麻薬魔法で生み出したものだが、その効能はとても麻薬と言えるものではない。
言ってしまえば、角砂糖みたいなものだ。砂糖と言っても別に甘いわけではないのだが、砂糖を摂取したと脳を錯覚させてドーパミンを分泌させる為の複雑な構成をしている。個人的にはエナジードリンクくらいの感覚だ。ダイナにも作り方を教えたことがあったが、「構成体259種類の配合とか絶対覚えられません」と突っぱねられてしまった。結構自信作の配合なのに。
虫を食べたことに対して、男はそれ以上何かを言うことはなかった。
僕のことをじっと見つめる男。流石に欲情しているわけではないだろうが、舐め回すように全身を見られると大分気持ち悪い。
「何日、経ったんですか」
無言で見詰められるのに耐えられず、僕から口を開いた。
「アァ? お前を拾ってきてから7日だよ」
「拾った……売られたんじゃないんですか、僕」
まだ売買契約は結ばれていない? ということは奴隷になったわけではなく、今後どうするかを考えている段階? それにしては放置されすぎな気もするが。
「売られた? まぁ、そんなところか。馬車に乗ってた全員がお前を売ったんだよ。今なら寝てるから気付かないっつってな」
大男は親切に教えてくれる。ただこれは親切というより、「悪いのは馬車に乗ってた他の奴だぞ」と責任転嫁しているだけかな。
「あなたは強盗さん……だったんですね」
「ああ、悪いか?」
そう言う男は、多少は話してくれる気があるらしい。別に罪悪感を感じているわけではないだろうが、そのくらいは話しても良いと思っているのか。
まぁ普通に考えたら、牢屋に閉じ込められて7日経った子供が正常思考をできているなど考えないだろうから、気まぐれに話をしているだけか。
ていうか、水無し食事なしで7日間は普通死ぬよ。両親を殺されたあの時の教訓から、それに耐えうる魔法を編み出していた僕だからこそ無事に生きていたのだ。
そうかそうか。なるほど、僕を売ったのは、馬車に乗っていた人達だったと。
馬車強盗に会って、他の者の代わりに差し出されたと、そういうことか。そういえば子供は僕一人だけだったな。
別にあの乗合馬車の客や御者に文句を言うつもりはないし、もう顔も思い出せないので、構わない。彼らにとっては、それが最善だったのだから。
ただ金目の物がほとんどなかったので差し出されただけのような気もする。裕福そうな人間は誰も居なかった気がするし、そもそも乗合馬車に乗るような人が、金持ちとは到底思えない。
何かの商品と一緒に運ばれるなら別だが、あそこに乗っていたのは人間だけだ。人間も奴隷と見れば商品だが、強盗はそれを想定していなかったに違いない。死んでたらそれまで程度の扱いか。
「あの……僕はこれから、どうなるんでしょう」
「アァ? そんなのガキが気にすることじゃ……って言いたいとこだが、分かんねえな」
大男は無精髭の目立つ顎をポリポリと掻きながらそう言う。
「え?」
「この国は奴隷商売に厳しいんだよ。ボスも昔は奴隷商もやってたらしいからコネがあるっつってたが、ガキを一週間放置する時点で、望み薄かもな」
男の瞳をじっと見ていた僕は、それまでこちらを見ていた男が足元に目を逸らしたのを見逃さなかった。
罪悪感など感じないクズ人間かと思ったが、多少は人の心があったのか。「まともなとこに売ってやれなくてごめんな」くらいの感情かもしれないが。
「そうなんだ……」
別にどうとも思わないが、落ち込んだ風に見せるために俯いて呟いておく。
「ああそうだ、1週間放置されてた割に元気だよな、お前。何か食うモンとかあったのか?」
「ううん、慣れてるから」
さっき角砂糖を舐めるまで飲まず食わずだったのだが、まぁ案外平気だ。それだけ集中していたというのはあるが、2歳だったあの頃と違って、ある程度の体は出来ているのだ。
孤児院という住処を失ったばかりの頃もしばらく絶食していたし、今となっては魔法の力で水分はどうとでもなる。
「……ひょっとして、孤児か?」
「うん……」
「そういや、リシャールには孤児院があるってボスが言ってたな」
「もうなくなっちゃったけどね」
気になったので一応訂正しておく。孤児院がなくなったのはもう5年も前の話だ。情報更新が遅すぎるぞ強盗め。
「……そうか。俺も昔は孤児だったんだよ、ギーって知ってるか?」
「炭鉱があるとこ?」
男も暇なのか、通路にあった椅子に座った。たぶんこれは長話モードだ。
僕も別に急ぎの用はないので、付き合うことにした。
「ああ。働いてた両親がそこで死んでな。2歳から10歳――お前くらいの年までは、ずっと炭鉱で雑用して生きていた。そこでボスに拾われて今みたいなことやってんだが」
「ボスってのは、強盗のですか?」
ボスという呼び名は、先程も出たので聞いておく。一応、組織形態はあるようだ。
「ああそうだ。――って言いたいところだが、別に俺は強盗じゃねえぞ?」
「うん? でもさっき……」
「まぁ、馬車強盗はしてるが、そんなもん、金に困ったら傭兵でもやってるだろ。俺達は、何でも屋ってとこだな」
それ本業って言える? あと馬車強盗は傭兵でもやってるってマジ?
これまでの人生、長距離移動をしたのは2回しかない。今回のが2回目。1回目は、第一王子の馬車だ。強盗来るわけねえ。それ襲うとか命知らずにも程があるな。
つまり強盗遭遇率は50%どころか事実上の100%。やっぱ僕、悪い物を引く才能があるのかもしれない。
「何でも屋?」
「ああ、頼まれればどんなものでも仕入れるし、どんなものでも売る。例えそれが人間でもな」
男はそう言うと、腰に金具で取り付けていたスキットルを手に取り、煽るように飲む。一応男は見張りの役目だとは思うのだが、酒を飲んでも良いのだろうか。まさかスキットルに水が入ってるなんてことはないだろうし。
「そうなんだ……あの馬車は、何を狙ったの?」
なんか何でも話してくれそうな気がするので、無害な子供が興味ありそうなことをガンガン聞いてみることにした。答えてくれなかったらそれまでだ。
「何って……薬だよ。リシャールの住人なら知ってるだろ?」
「……注射のやつ?」
……ドキっとして一瞬間を空けてしまった。勿論知ってるよ! それ、しばらく僕が作ってるからね!
「ああ、それだよ。どっかのグループがポカやらかしたらしくて、普段買い付けてた連中から回ってこなくなったんだとよ。だから馬車襲ってでも回収しろってのが俺達への命令だ」
「ううん……?」
「ま、ガキには分からんだろうな」
そう言うと、男は再びスキットルを煽る。
髭面で汚い恰好をした男でも、スキットルで酒を飲むだけでちょっとカッコよく見える不思議だ。たぶん別にオジサンってほど歳行ってないだろうし、身だしなみを整える習慣がないだけか。
酒を飲みきったのか、ぷふぁー! と大きく息を吐くと、男は黙って下を向いた。
たぶんこのままなら寝そうだな、話はたぶん終わりだろう。
口が軽い男からある程度の情報を聞けたが、まだ分からないことが多い。
まず分かったことから並べていこう。
リシャールには、薬を買うが、自分では使わずに街の外に流していた人間が居たらしい。
そりゃ、麻薬を買う人間が何万と居るんだからそんな住人も居るだろう。
それを悪く言うつもりはないし、個人的に転売は悪と思わないので、本人が使わないだけマシとも思える。
ただ、“ポカ”をやらかしたせいで、それが買えなくなったと。
最近街で不審な出来事はなかったと思うし、そうなるとポカというのはベルトランを探していた時に壊滅させた犯罪組織のことか? けれどあれは5年も前のことだから、今更それ関連とは思えない。
それ以外には全く見当がつかないので、情報不足だ。
ただ仮にあの組織が外に向けた販売もやっていたとすると、直接街の外に流すために教会のベルトランを狙ったのも納得できるし、あれ以降輸出ができなくなったのも当然。
組織がなくとも元から転売目的の住人からは多少仕入れることができたろうが、組織単位で動かないとそう大量には仕入れられないだろう。
実は僕がベルトラン兼薬師になってから作っている薬には、ある細工がされている。
その細工とは、消費期限だ。
あの麻薬は1週間経つと自動的に無毒化し色が変わるように作っており、街の外への持ち出しを制限している。
個人的にはもっと短くしたかったのだが、そうすると週に一回程度しか使わない住人に売るのが難しくなるし、薬を複数ストックしている住人がいざ使おうとして効果がないことにも繋がってしまう。
消費期限を設定しても、「クレームは起きてから対処すればいい」と定め、買う者にあえて告知することはなかった。5年も続けていると多少はクレームが来たが、そういう者には買うタイミングを考えるよう伝え、無毒化した物を無償で買い取る等して対応してきた。
街の外に売っていた者が、どのような経路で売っていたのかは分からない。
けれど消費期限が一週間となっている以上、リシャールで買い、首都まで運び、そこで売ることを考えると、猶予があるとは言い難い。リシャールで売る者、それを買う者運ぶ者、首都で買う者まで全て決まっていたら間に合うはずだが、実際はそう都合よくはいかないだろう。
完全に仕入れ販売ルートまで確立していた大規模組織なら一週間でも捌けるだろうが、買い取りから転売までを組織的に行えなかった中規模小規模組織なら、麻薬を売るのが難しくなる。
今分かる情報だけで推測するにこの男は、後者の組織から依頼を受けたものと思われる。
それならもう、リシャール発の馬車を狙うのも分かってしまう。凡そ8割の住人が麻薬中毒者のリシャールなら、10人乗りの馬車なら8人が麻薬を持っていることになる。そんな個人が持っている数では大した量にはならないだろうが、転売で大きな儲けを出せるなら構わないのか。
それとも、元から数が大量に必要なわけではなく、極少数の顧客に高値で捌いていたか。
どちらにせよ可哀想なことだ。転売を避けるために消費期限を設定したから、成果が出ているようで何より。たまに外に出ると良いこと聞けるね!
まぁ代償として馬車強盗が多発するようでは何か対策考えないといけないな。街を出た瞬間に薬液が爆散するようとか駄目かな。
ううん、駄目だ。それだと旅行とかで街を離れる住人も被害に合ってしまう。
転売する人間の気配を察知して爆散――全ての薬にその細工をするのは絶対無理。いくらなんでも時間も魔力も足りないからパス。
うーん、悩ましい。




