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ベルトランを継いでから、5年が経過した。
両親を殺されたのが2歳の時。孤児院の皆を殺されたのが6歳の時。
過ごした期間は3年未満と、3年と少し。これまで居着いて3年経つと、僕の周りの人が不幸になってきた。
それは仕方のないことなのか、運命なのか、必然なのか。
ホームレスから一転、教会暮らしを始めて4年目を迎えた時、これまで何も起こらなかったことに驚いた。
毎日何が起きるかとビクビクしていたのに、心配を余所にそのまま1年も経ちし、5年目となった。
何もなく5年も? そう、本当に何もなく、5年が経過したのだ。
5年間で起きたイベントなど、大した事はなかった。
人が死ぬ、人が殺されるような出来事は、全くと言っていいほどない。
アウフスタインが死んだから? それは僕には分からない。ルゴスが何かをした? それも分からない。
そうそう、先代ベルトランであるシスター・エリーズ、またの名をエルヴィール・カプレという妖精族のあの人は、無事王宮で筆頭魔法指南となれたらしい。今ではエリートの通う魔法学校で臨時講師もしており、青田買いに忙しいとか。
何も起きなかったとはいえ、今後もそれが続くわけでもない。
現王が、ついに退位を宣言したのだ。後代の王をリュフィレ王子に据え、長く続いたサリニャック歴からリュフィレ歴へ、魔法大国としての道を進もうとしている。
王位継承権を争って多少の揉め事はあったらしいが、それは僕の語った断片的な未来を知るシスター・エリーズが血の流れない方向に誘導してくれたらしく、感謝するよう手紙を送られてきた。ちょっと腹は立つが「ありがとう」とだけ返しておいた。
そういえば、僕をあの村から救ってくれた第一王子、オクタヴィアン・マスカールに会う機会があった。教会暮らしを始めて、2年目だったか。
孤児院の子供は皆死んだと聞かされていた王子は、僕が生き残ったことを相当喜んでいた。
オクタヴィアン殿下、顔はイケメンだが全身ムキムキマッチョで魔法使いとか正直意味が分からないが、本人曰く「体属性魔法の適正がなかったので、自分で鍛えた」とのこと。まぁ、不可能ではないよね。魔法なくても筋肉は付くよね。
号泣しながらゴリラのような腕で抱きしめられたが、僕は嬉しいとか懐かしいというより鯖折りされるんじゃないかと心配だった。あの筋肉、魔法無しの愛情表現が攻撃になるよ。
僕が教会の下働きとして雇ってもらえていることを伝えたが、ベルトランのことは何も言ってこなかった。流石に王家ともなればこの街に蔓延している麻薬のことは知っているはずだが、それをばら撒いているのが教会とまでは知らないのか、それとも知っていて何も言わなかったのかは分からない。
どちらにせよ、存在を知っていて止めない以上、必要悪だと分かっているのだから。
オクタヴィアン殿下が一度来てから、王家の関係者は誰も来ていない。教会には頻繁に聖職者や神学者が訪れるが、それは僕の客ではないから全てシスター・マリオンが取り対応している。
シスター・エリーズが居た頃から対外交渉はほぼ全部シスター・マリオンが取り仕切っていたようなので、トラブルが起きたという話も聞いていない。ベルトランは教会の代表の襲名ではなく、あくまで麻薬をこの街に配る組織の代表でしかないのだ。
トラブルは起きていない。大したイベントも起きていない。
けれど、これから起きるのだ。20日後には戴冠式が行われ、王が代わり、サリニャック歴がリュフィレ歴に代わり、ついにタイムリミットが見えてくる。
「で、ベルトランへの招待状ですか」
手にしたのは手紙が一通。マスカール王家から届いたものだ。
「ええ。……教会宛ではなく郵便局宛でしたので、宛先不明で廃棄されるところだったようですが……事情を知っている子が、教会まで持って来てくださいました」
「戴冠式に、ベルトランを呼ぶって。罠かなぁ……」
シスター・マリオンが持つ手紙は、王家からの招待状だった。
宛先は、「リシャールに住むベルトラン様」となっており、街以外の指定がない。住所も分からないので、普通だったら破棄されるものだ。
ベルトランという名前自体は、この街の住人なら誰でも知っているようなものだ。だから、その名前を王家が知っていても何の不思議もない。
招待状の文面も他の貴族に送るのと同じような、テンプレート文言だけ。その紙は出頭命令ではなく、本当にただの招待状なのだ。
「シスター・エリーズがあちらに居る以上、行ったら即殺されるなんてことはないでしょうが……」
「逮捕くらいはされるかもしれませんよね……はぁ……」
「はぁ……」
シスター・マリオンと重なる溜息。
ついに訪れてしまった面倒事が、これだ。別に無視してもいいし、郵便局では宛先不明で処分されたことになっているので、何も知らないフリをして捨ててしまっても構わない。
けれど、意図が全く分からないのだ。意図が分からないものを無視していいのか、それが分からないのだ。
シスター・エリーズに聞こうにも、彼女は今王宮暮らしだ。
王宮に届いた郵便物は誰宛だろうが全て検閲されてしまうので、ベルトランのことを直接聞くわけにはいかない。暗号など決めていなかったので、比喩表現で手紙を書いて通じなかったら意味がない。
「もうこれ、僕が直接行った方が良くないですか?」
「それが最善ですかね……」
僕の提案に、溜息交じりに同意される。
ううん、本当に行きたくないな……。
「戴冠式に行くかは別として、王宮に居るシスター・エリーズに話を聞ければ出るか出ないかを決めることもできそうですし……」
「……では、その方向で予定を立てましょうか。はぁ……」
折角の機会なのに、気乗りしない二人であった。
戴冠式に呼ばれるなど一般的には喜ばしいことだと思うのだが、一応犯罪者という自覚はあるのだ。




