20
「シスター、明日は何人?」
「12街区、5679人です」
シスター・マリオンは、創造魔法で生み出した硝子の塊のような球体に右手で触れ、その手を離す。すると硝子の塊が消え、百を超える注射器が現れる。
創造魔法を用いて、注射器を作っているのだ。一個作るのに数日かかった僕と違って、一瞬で百個単位で作るシスター。いくらなんでも熟練すぎる。
この道40年と言うのだから当然か。シスター・マリオンは、創造系統のある土属性魔法のスキルレベルが300を超えているらしい。本人曰く、「魔力が足りれば城でも作れます」とのこと。注射器の高速複製を見ていると、嘘ではないと思えるから凄い。
魔力で0から注射器を作るのではなく、一度素材だけを創造し、そこから変化させるのは、そちらの方が魔力効率が良いからだそうだ。ベテランの話は勉強になるな。
僕がベルトランを襲名して、一週間が経過した。
毎日3000から10000の薬を作り、それ以外は基本的に自由時間。トップと薬師が変わったところで流通ルートなどのシステムは既に完成されているものを使っているので、僕はただ薬を作るだけだ。
大体1時間から3時間あれば薬の作成は終わるので、後は全てシスター・マリオンを含め、既存の関係者に任せてある。
そうそう、前任の薬師の女性と話す機会があった。
毒属性魔法のスキルレベルは89と決して低くない数値ではあるが、数を作ったので上がっただけだと言う。作っているものに、自身の知識がついてきていなかったのだ。
彼女も前任に言われた通りの物を作っているつもりだったが、それが子孫に悪影響を残しかねない薬だったと知り、ショックで二日寝込んでしまった。結構心が弱かったよ。悪気があったわけではないようなので、そこを糾弾することはなかったが。
流通ルートには関わらず製作だけを担当していたようなので、最近は僕が片手間で作った毒や薬を鑑定しながら理解度を深めているところ。毒属性魔法のスキルレベルが僕より高いくらいなので、理解さえすれば同等のものが作れるだろう。
現在の薬の構成体はスキルレベル20もあれば全て作れるものだったので、いつか量産を任せることもできるかもしれない。そうなると僕の立場は……ただの社長か。
「ところで、いい加減聞いてもいいですか?」
シスター・マリオンが口を開く。作業中に全く喋らないわけではないが、二人して数時間魔法を使いっぱなしなので、普段はあまり無駄話をすることはない。
なので、当日分が終わってない状況でシスター・マリオンが関係ない話を切り出したことに、少しだけ驚いた。
「ええ、何でしょう」
「……エミリオ君、本当は何歳なんですか?」
「6歳ですけど?」
うん、6歳だよ。もうすぐ7歳になるけどね。
転生前の年齢を含めたらとっくに30を超えてはいるが、この肉体年齢はまだ6歳。だから嘘ではないよ。
「6歳児がこんな薬に詳しいはずないでしょう。シスター・エリーズの件もありますし……」
疑いの目を向けてくるシスター・マリオン。目はこちらを見ていても手元の注射器複製は全く止まらないので、彼女にとっては会話くらいで乱れるような作業ではないのだろう。これまで口を開かなかったのは、話す切っ掛けがなかったからか。
そりゃ老婆が美女になって後釜に6歳児が収まったら誰でも異常に思うよね。
「……シスター・エリーズのあれ、若作りかなんかかと思ってます?」
「私が初めて会った40年前から全く同じ外見だったので、おかしいとは思ってたんですが……」
「……作りこみが雑ッ!」
「はい?」
思わず叫んでしまったよ。いや流石に雑すぎだろ。
老人の外見は一定年齢を超えると変化しなくなると聞いたことがあるが、それにしても雑だろ。30年前から、というかもっと前――たぶんシスターのことだからベルトランを引き継いだ時から同じだ。周りの人間は誰も突っ込まなかったのか?
「いえこっちの話です。シスター・マリオン的には、美女モードと老婆モード、どっちが本物だと思いますか?」
「ええっと……どちらかが本物ってことなんですか、それ……?」
「……確かに」
うん、確かにそうだ。外見に変化がない長命種だけに美女が本当の姿と思いたいところだが、別にあの姿も幻覚の可能性がある。僕程度では看破できないのだから、幻覚に幻覚を重ねてる可能性が0ではないのだ。
「まぁ、外見はどちらでもいいとします。シスター・エリーズはもう帰ってこないでしょうし……エミリオ君ですよ問題は。私の息子が6歳の頃なんて、木の棒振り回して走り回ってる程度でした。それに比べ君は……」
「まぁ、それが普通ですよね」
「エミリオ君が普通じゃなさすぎるんですよ……6歳なのにダイナより麻薬に詳しいとか、一体これまでどんな教育されてきたんですか?」
呆れ顔のシスター。ダイナというのは前任の薬師で、五十路手前くらいだったか。30年以上この街で薬師として活動し、覚醒剤を作っていた女性だ。
「教育……はないので、独学ですね」
「魔法って、6歳が一人で学べることではないですからね?」
「え、そんなもんですか」
「そんなもんですよ」
「そんなもんかぁ……」
そんなもんかと過去を振り返る。
孤児院で同室だったユーグも、5歳で魔法に興味津々であった。なので幼児で魔法に興味があることはおかしくないと言い聞かせていたが、そうではないのか。
まぁ確かに、興味があると使えるは違うよね。生まれた時から魔法の基礎知識があり、2歳から魔法に興味を持って調べだした僕は、同年代の幼児と比べると圧倒的に進んでいる。
ゲーム知識故にこの世界でそのまま利用できるわけではないが、熟練の魔法使いレベルの知識を最初から蓄えているのは、魔法使いとして相当有利なはずだ。
それこそ知識は魔法適正なんかよりもチートの可能性まである。
「別に好きで独学なわけじゃないんですよ。シスター・エリーズには師匠になってって頼んだけど断られたし、どこかに弟子入りできたらしたいんですけど……魔法使いの心当たりとかあります?」
「いえ、全く。私はシスター・マリオンが魔法使えるってことすら知らなかったくらいなので」
「あははは」
「笑いごとではないですからね……? 毒魔法をダイナ以上に使える人なんて、先代の薬師さんくらいしか……」
「あ、そういえば先々代も居るんですよね。会えます?」
「20年くらい前に95歳で大往生されましたが」
「ですよねー」
うん。まぁそうだよね。この世界にも痴呆とかがあるのかは知らないが、魔法使いが魔法使いである限り、 年齢はデメリットではない。年齢の分だけ成長できるのだから、魔法使いの最盛期は死ぬ寸前ということになる。
そりゃ、死んでないのに後代に引き継ぐわけないよね。
「ちなみに、別に毒魔法以外でも良いんですけど、有名だったり強かったり凄かったりする人、この街に居るんですか?」
「何でもって……エミリオ君、魔法適正は勿論知ってますよね?」
「え、ええ、まぁ」
「適当なところに弟子入りしたところで、スキルレベルも上がらないので無駄だと思うんですけど……」
「体属性以外は全部AかB適正ではあるんで、10年くらいは弟子になれる気がするんですけど」
「……もしかしてエミリオ君、片っ端から育てようとしてます? 土属性なら私でも教えれるんですが」
「あー、土はパスで」
「どうしてですか!?」
割と本気で驚くシスター・マリオン。こんな声荒げたの初めて聞いたよ。どんだけショックだったんだよ。
ごめんね、土属性はレベル上限を思うとあまり育てられないんだよ……。
「土はちょっと先約があるので……」
「私は創造系統が得意ではありますが、土属性なら全般的に使えるんですよ。私以上に育ててる人、この街に居ます……?」
「えーと、魔法使いってわけでもないんですけど……」
「魔法使いでもない人に負けるんですか、私……。で、先約とは誰ですか? ガールフレンド……なんて歳じゃないですよね。この町の外に出ることもないみたいですし……」
「あ、ルゴスって神なんですけど」
さらっとそう言うと、シスター・マリオンは盛大に足を滑らせ、注射器にする手前の球体に頭をぶつけた。ガラス程の硬度を持つ球体に凄い勢いで頭突きするの、めっちゃ痛そうなんだが。ガンッって鳴ったよ。怪我というより事故の音だよ。
ちょっと勢い良すぎて若干引いた。
「え、はい? どういうことですか?」
オデコを押さえたシスター・マリオン。これまでに見たことないくらい困惑している。シスター・エリーズが美女になった時より混乱してるよこの人。なんか目がぐるぐる回ってる。
「えっと……シスター・マリオンは、門系統――って使ってます?」
「門ですか。確かに土属性ではありますが、私は神学者ではないので……」
「神学者じゃないと使えないもんなんですかコレ」
「一般的にはそう言われています。神が天界のどこに居るかを正確に認識して術式に組み込まないと発動しませんので、よほど高位の聖職者か神学者、それか神の化身、加護を受けた者なら使えると思いますが……まさかエミリオ君……」
「あ、ルゴスの加護受けてます」
ガンッ!
シスターの二度目の頭突きに耐えられなかった球体は、粉々に砕け散った。
まぁ魔力で作られた物だから素材を失うわけじゃないが、ちょっと勿体無いなとか思ってしまった。
「え、ええっと……エミリオ君が6歳の割に異様に賢いのも、それですか?」
「いえ、それは関係ないです」
即座に否定。うん、ルゴスなんかの加護受けて賢くなったなんて思われるのは流石に癪だよ。
賢いと言われても他の6歳児と比べたらだし、成人としては一般的だとは思う。それかちょっと馬鹿なくらい。そんな賢かったらネトゲ廃人になんてならないし、ネトゲやり過ぎて死んだりしないから。
「ていうかシスター、頭大丈夫ですか?」
「……ひょっとして馬鹿にされてます?」
「いえ、めっちゃ血出てますし……」
シスター・マリオンのオデコを指差しそう言う。
頭突きで巨大なガラス球を割ったら、そりゃ血も出るよね。
頭部は大した傷じゃなくとも血が大量に出るとか聞いたこともあるが、ギャグ漫画でもなければ貧血になりそうなほど血が出てるよ。
血が苦手なわけではないが、ちょっとだけ血の気が引いた。
「え、ええ、このくらいなら、はい。《治れ》、とまぁこんな感じで」
シスターは自身のオデコに指を当て、そう言った。
え、今の詠唱どころじゃなかったことない? 皮膚が一瞬だけ沸騰したように盛り上がるが、それが静まった時には傷は跡形もなくなっていた。
血を拭き取ると、もう元のシスターだ。……凄すぎない?
「シスター今……何しました?」
「土属性森林系統、《回帰の森》です。ふふん、初めてエミリオ君が驚く顔見れましたよ」
「詠唱どころか、魔法名すら言わずに……」
「ええ。この程度なら詠唱も必要ありません」
「今の《治れ》だけで、どのくらい治るんですか?」
「自身の四肢欠損くらいなら」
「……うわぁ」
ドヤ顔のシスター・マリオン。ドン引きする僕。
今シスターが行ったのは、回復魔法だ。厳密には回復ではなく“元に戻す”魔法なので、ダメージだけではなくバフ等も消えてしまう欠点は存在するが、相当高レベルな回復魔法である。
高レベルな魔法はどうしても詠唱が長く、魔力消費が激しくなる。
イメージ力を鍛え、詠唱簡略化などのスキルを用いれば詠唱せずに魔法を使うことは可能だが、それは魔力消費が軽く、効果も小さい魔法で精一杯のはずだ。
僕がナルコティクスオープンの言葉だけで麻薬魔法の構成体を全て操作できるのは、ただの知識の積み重ねに過ぎない。元々が“ただ麻薬を生み出すだけ”の魔法なので、知識さえ詰め込んでおけば充分なのだ。
高レベルな魔法を《治れ》の一言だけで発動させ、四肢欠損の回復まで行えるシスターは、つまりそれだけその魔法を理解し、完全なイメージができているということになる。
自分の体が千切れたこともないのに、それが治るイメージなんてできるのか? ……僕には無理だ。仮に欠損したところで、そんな状態で正確な魔法のイメージができるはずもない。
「師匠に……」
「なりません」
また条件反射で弟子入りしようとしてしまったが、シスター・マリオンそれを華麗に拒否。
さっきは受けてくれそうだったのに! ルゴスとか言わない方が良かった!
「折角の弟子入り機会を棒に振った残念なエミリオ君に質問です。エミリオ君は門系統の魔法を使えるから、土属性の師匠は要らないんですか?」
「そんなとこです。レベル上限200なのに、門以外を育てるのがちょっと勿体無くて……」
「……6歳でそこまで考えます?」
「6歳でも考えちゃうんですよ」
考えちゃうよ、僕はね。
上限が見えないくらい高いならともかく、土属性のスキルレベル上限200は辿り着けなくない数字なのだ。 特に門系統魔法のレベルが100近くなってしまっている現状では、他の系統を上げたせいで門系統が育たないというのは避けたい。
門系統魔法の効果は術者のステータスに依存しないが、発動に必要な魔力消費量、詠唱時間や発動時間はスキルレベルの影響を受けるので、使うならなるべく上げておきたい。
大抵の魔法は、自己支援として使うなら100程度で止まっても構わない。
ただし、ゲームプレイヤーには全く通らなかった異相門が、この世界の魔法使いに有効な攻撃手段ならば使う価値は大いにあるし、育った魔法を放置するのも忍びない。
「師匠にはなりませんが……エミリオ君、詠唱はどのくらい飛ばせます?」
「えっと飛ばすってのは、簡略化スキルとかですか?」
「いえ、簡略化ではなく破棄です。詠唱を全て飛ばしても使える魔法はありますか?」
「流石にそれは…………いや、行けるかも」
詠唱破棄は、詠唱簡略化とは別のスキルだ。
ゲーム内では“○%で発動、詠唱を○節省略する”といった効果だった。どれだけ育てても100%発動にはできないし、完全に詠唱を省略するにはスキルで指定されるより短い小節の詠唱で発動する魔法でないといけない。
自動取得スキルではあるが、これまで条件を満たしていないので取得できていなかったものだ。キー操作やマウス操作ではなく直接魔法を使うこの世界において、詠唱破棄はどうなるのか? ゲームと同じ確率発動? それが分からず、意識していなかったのだが。
最初に試す魔法は、決まっている。
必要なのは、イメージだ。分子構造、構成体、配列配分魔力量。最後の一押しの発声も許されない。
大丈夫。同じ麻薬をここ1週間で注射器4万本分は作ったのだ。必要な情報は、全て僕の脳が知っている。
ナルコティクス、オープン。
単語区切り、全三節の麻薬魔法。生み出すだけなら二節で良い。
イメージの補強は要らない。脳が知ってるソレを、言葉に出さず再現するだけ。
空の注射器に触れる。脳内で準備していた麻薬構成体を液状に切り替え、それを注射器に充填する。
――魔力が減っていく。額に汗が浮かぶ。これまでは一気に100本作っても少し疲れただけで済んだのに、たった二言減らすだけでこの疲労度。
液体の充填速度も、これまでの1/100程度。ゆっくり、ゆっくりと充填される。注射機内の空気を奪い、代わりに麻薬を込めていくだけの作業が、ここまで辛く感じるとは。
「っぷはぁー!」
注射器への充填が終わると、肺の空気が一気に抜けた。真夏のように汗を掻いて、作れたのはたった1本分。
「あら、それならできるんですね。1分くらいかかりましたけど」
「……初めてだから仕方ないでしょ」
「まぁ、6歳ですからねぇ」
シスター・マリオンが僕を見る目が先程までと変わり、幼子を見る目になっていることに気付いた。いや事実幼子ではあるのだが。
魔法の知識があれど、熟練の魔法使いなどではない。ただの子供ということをようやく認識できたのだろう。それほどまでに、今の詠唱破棄は稚拙なものだった。
口頭で発動すれば一呼吸で100本作れるのに、無言だと1分で1本。それも消費した魔力は100本分以上となると、やらないほうがマシとしか言えない。
これが、シスター・マリオンと僕の間にある、圧倒的な実力差だ。
生きた年数、魔法に触れてきた年数、研鑽を積み重ねた年数。それらはゲームの知識しかない僕をいとも容易く凌駕し、超えられない壁となる。
「シスター、スキルレベル聞いても良いですか」
「詠唱簡略化は290、詠唱破棄が215、土魔法が380ですよ」
「うわっ……」
「どうですか? 凄いですか? エミリオ君から見ても、師匠に値する人間ですか?」
「はい!」
何故か敬語になる僕。うん、こりゃ完全な格上だわ。先代ベルトラン――シスター・エリーズの補佐は、伊達じゃなかった。
「ですが、弟子入りは認めません!」
「ええー」
「ルゴス様の加護を受けてるとか羨ましいので」
「えっ個人的な妬み!?」
「そうですが何か!?」
若い子のように嫉妬してぷんぷんするシスター・マリオン。
いや、シスター・エリーズ老婆モードと比べると随分若いが、この人50過ぎのオバサン……いや僕の年齢から見るとお婆さんなんだよな。初めて会った教会関係者がシスター・マリオンなら、僕は彼女のことを“老婆”と認識したと思う。
腰も曲がってないし言動もハキハキとしているが、50過ぎているのは事実。シスター・エリーズのように幻覚で外見を誤魔化しているわけでもないだろうし。
教会はトップも異常だが、2番手も充分異常な人だった。僕は、そこまで行けるのだろうか。
……この街の魔法使いが皆こんなレベルなんてこと、ないよね?




