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「おおエミリオ、今日は何の本を読んでるんだ?」
「向かいのバルナバさんから借りた絵本です、お父さん」
「そうかそうか! ウチにももっと本あったらな~」
「もっと、読みたいです……」
「おおおおお悪かったなあエミリオ! 次に行商が来たときにあるだけ買ってやるからな!」
「わぁ! ありがとうございますお父さん!」
そうして、僕は2歳になった。
自分の足で歩けるようになるまでに聞き取りができるようになるのは大変だったが、幸い時間はどれだけでもあった。
まだ読み書きは慣れず、こうして毎日本を読んで勉強している。意識が完全に自分の者となるまでに半年ほどかかったが、そこから赤ん坊の意識が出てくることはなかった。
言葉遣いは母親のをそのまま真似しているので、大人びていても気にならないらしい。他の家の子はもっと幼児らしい話し方をしているのでそちらが移るのを心配されてはいるが、今は外で遊ぶより本を読むのに忙しいので、大人びた話し方を誰かに指摘されることもなかった。
いやぁ、自分も子供だし、別に子供嫌いってわけではない。けれど流石に2歳児と一緒に遊ぶのは無理だ。流石に無理だ。赤ん坊の意識があった頃ならともかく、成人過ぎの意識がある状態で2歳児と一緒に遊ぶのは不可能だった。
家に本は沢山あったが、文法まで覚えられていないので大人向けの難しい本はまだ読めない。家に子供向けの絵本の蔵書が多いとも言えないので、他の家に眠っていた絵本を借りて読ませてもらっているところだ。
「お父さんお父さん」
「ん? なんだエミリオ」
「魔法って、なんですか?」
「あー……エミリオも、そんな年頃か」
ついに聞いた、魔法のこと。
絵本には当然のように魔法を表す言葉があった。しかし、それは日本に存在する絵本にもあった言葉だ。
おとぎ話に存在する魔法なのか、ファンタジー系のゲームに存在する魔法なのかを知る手段は、今のところなかった。だから、聞けそうなタイミングで聞いてみることにした。
「父さんも詳しくはないが、まず色んな属性があるらしい」
「色んな」
「そんで、それぞれに系統ってのがあって、得意なことが違うらしい」
「系統」
「…………すまんな! 父さん直観タイプだから、詳しくは知らないんだ!」
うん?今の言い回し、少しだけ気になった。
属性に系統、それらはゲーム系の魔法だ。同じようなものが、自分が過去にプレイしていたオンラインゲームにも存在した。
けれど今の、直観タイプという言葉の使い方。今の使い方だと、ひょっとして――
「父さんも、使えるんですか?」
「ん? まぁ使えるぞ?」
「!!!? 見せてください!!」
衝撃のあまり、思わず本を落としてしまった。
木こりみたいな格好をした父親だが、本業は猟師らしい。時期によってはあまり狩猟してはいけないことになっているようで、そんな時期だけ木の伐採や加工、農作業の手伝いなどをして生計を立てている。
日本にも猟期というものがあったのをなんとなく覚えている。普通の猟師は冬しか狩猟してはいけないとか、そんなだったはずだ。
ここでは禁猟期がそれほど長くはないようで、春から夏にかけての4か月くらいだけだ。
猟師兼木こりの父親が魔法を使えるとは、どういうことだ。
流石に意味が分からないだろ。
「まぁ……目に見て分かるほどじゃないんだが……」
「……?? どういうことですか?」
「父さんが使えるのは、体属性、視覚系統の魔法だけなんだよ」
「……え?」
「目が良くなるとか、そういうのなんだよ。だから使ったところで分かりにくいんだよなぁ……」
「え、あ、その、え?」
「……すまんなぁ、やっぱりショックだよな。期待させて悪かった……」
「え、ちが、そ、そうじゃ、なくて、え」
「……? なんだ、どうしたんだ? エミリオ」
待って。待て待て待て待て待て。
体属性視覚系統? そんなものが、あのゲーム以外で存在するか?
そもそも、一般的なファンタジーゲームの魔法属性なんて火水風土光闇みたいな、そういう類のものだ。
体属性なんて、あのゲーム以外で聞いたことがない。肉体強化を“魔法”と言うような暴挙を、他のゲームで聞いたことがないのだ。
待て待て待て。となると。
「ゲーム転生……?」
頭で考えていたことを、そのまま口に出してしまう。
慌てて口を塞いだし、声も相当小さかったはずだ。けれど父親は少しだけ反応する。
「ん? ゲー……何て?」
「いえ、なんでもないです、お父さん。ちょっとびっくりしちゃって」
「……だよなぁ、悪かった」
「お父さんが悪いわけでは……」
まぁ、そこまで気にされていないようなので助かった。
ゲーム系転生だとすると、これまでの知識が無駄にはならないはずだ。しかし、いくつか問題がある。
「僕たちが住んでるところ、なんて国なんですか?」
「ん? 急に話が変わったな」
「え、だって、お父さん魔法使えないんですよね」
「いや、使えるが……そうだな、使えないようなもんだよな……」
項垂れ、露骨にショック受けてる父親。ごめんね、体属性が魔法ってことをちゃんと理解してるんだよ。けど子供がそれ理解できるのはおかしいからね。ここは一旦スルーさせてね。
「この国は、マスカール王国っていうんだ」
「……マスカール」
「んで、ダントリク地方のサロート村だ」
「ダントリク……ですか」
「ん? なんか気になることでもあるのか? 絵本に出てくることはないような小さな村だと思うが……」
不安げに顔を覗き込まれる。
サロート村は知らないが、マスカール王国という国名にも、ダントリク地方という地名にも聞き覚えがあるのだ。
全て、生前嵌まっていたオンラインゲームの中にあった国、地方のことなのだから。
……しかし、そうなると問題が一つ。
「今って、リュフィレ歴の何年なんですか?」
「……リュフィレ歴? なんだそれ」
「はい?」
父親は、本当に何も知らないかのように顔を傾げ髭を撫でる。
どういうことだ?日常会話で使われない暦を知っていることを聞かれても「絵本で読みました」とか「隣の○○さんが言ってました」とか適当に流すつもりだったが、それを知らない?
「あ、リュフィレってひょっとして、王子様の名前か?」
「え?」
「リュフィレ・マスカール様。確かまだ10歳にもならないくらいのお歳だったとは思うが……」
「え、あれ、うん……?」
「絵本とか色々読みすぎて何かと混ざっちゃったんだよな、エミリオ。今はサリニャック歴987年だぞ」
「サリ……ニャック?」
「そうそうサリニャック歴。流石に聞いたことはなかったか」
「……はい。初めて聞きました」
待て待て待て。そういうズレはやめてくれ。
ただのゲーム転生ではないのか?考えられることは何だ?
1、魔法や地名がゲームの設定に似てるだけ。ただこれは、体属性魔法視覚系統なんてピンポイントな魔法が該当することは滅多にないだろうから、確率はそこまで高くない。
2、自分のプレイしていたゲームを元(こっちの世界が元?)にしているが、ちょっと歴史の流れが違う。これならまだ許容範囲だ。大まかな知識を活かせることにはなる。
3、そもそも時代が違う。今のところこれが一番ありそう。
あのゲームが正式オープンしたタイミングだとゲーム内ではリュフィレ歴の20年だったが、その前がサリニャック歴だったパターン。それとあまり考えづらいが、リュフィレ歴の後がサリニャック歴のパターン。流石にゲーム内で語られていない細かい設定までも覚えていることはなかったので、これだと現状確認手段がない。王位継承権も分からないが、現王子のリュフィレが即位すれば変わるのかもしれない。
けれどこのパターンの欠点は、サリニャック歴が987年まで続いたのに突然リュフィレ歴に変わる理由がわからない、というところにある。一人で1000年近くも生きているわけがないのだから、数十回代替わりがあったはずなのだ。それなのにずっとサリニャック歴を使っている場合、それがリュフィレ歴に変わるのは相当先の可能性がある。また、そうなると2のパターンを併せ持っているのも考えられる。
「うーん…………」
「ん? なんだエミリオでもやっぱりそういう話は難しかったか」
「はい……サリニャック歴って、どうしてそんなに長く続いてるんですか?」
「そうだなぁ……………わからん!」
「王様は、すっごい長生きなんですか?」
「あ、いや、それは違うぞ。俺が生まれてからもう2回は変わってるしな」
「……次の人が王様になっても、サリニャック歴が続くんですか?」
「どうだろうなぁ。これまでは続いてたから、続くとは思うが……」
うーん、やっぱり駄目だ。脳筋気質の父からはこれ以上聞けそうにない。むしろ、ちょっと馬鹿だから変なこと聞いても気にされないだろうなと思って聞いていたというのはあるのだが。
母に聞いてみようにも、色々ぼかされるんだよなぁ。この話は子供には早いと判断されたら、すぐに話を切られてしまう。知ってることは少ないが、知ってることは何でも話してくれる父とは大違いだ。
「そうなんですね……あ、父さん、お仕事行かなくて良いんですか?」
「あっ!! そうだった悪いな!話はまた夜にでも!」
「はい、行ってらっしゃい」
慌てて荷物をまとめ、小走りで家を飛び出す父親を見送る。
うん、とりあえず絵本はやめて、現状で分かっていることをまとめよう。
この世界がゲームに準じた世界であることは間違いがなさそうだ。
ゲームと同じ魔法が存在し、使えるらしい。マウスクリックやキーボード操作で魔法が使えたゲーム内とは違って何かしらの行使手段があるはずだが、とにかく使える。
となると、いくつか確認しなければならないことがある。
「まずは適正の確認か」
体属性という肉体強化部門を魔法と設定しているあのゲームにおいては、属性魔法を使う魔法使いだけではなく、剣と盾で戦う戦士も、銃を使う猟師も、それこそ武器を持たずに肉弾戦で戦うモンクも広義の魔法使いに分類される。もっともゲーム内では職名で呼ばれることが多かったので、魔法使いと呼ばれることは少ないのだが。
どの魔法を上手く使えるかを示す値として魔法適正というものがある。それは魔法属性の育ちやすさを決める重要なパラメータであり、キャラクリエイトの時点でランダム配分、手動配分のどちらかを選んで決めることができる。
ランダム配分だと、複数の属性に良い数値が出やすいが、何がどうなるかは分からない。
手動配分だと特定の属性に特化させたりバランスよく配分することができるが、ランダムで高い数値を引いた時ほど上がらなく、まだ合計配分値もランダムに比べると劣る。
よほどロールプレイを意識しているプレイヤーでもなければ、ランダム配分が好みのバランスになるまでキャラを作り続けたものだ。
一度キャラを作ってしまったら、それ以降魔法適正を変更することはできない。故に、火属性の適正で最低値のFを引いてしまったならば、どれだけ使い続けてもそれのレベルを上げることはできず、また、新しい魔法を覚えることもできない。
魔法適正というのは、相当重要な数値なのだ。ステータスを見れば一目瞭然の数値だが、まずはそれが見れるかどうかだが――
「ディスクローズ――エミリオ・ブランジェ――ステータス」
この言葉を覚えていたのは、奇跡かもしれない。
初回ログイン時のチュートリアルで、NPCからステータス開示の方法を教えてもらった時の台詞だ。
それ以降ステータス画面なんてアイコンをクリックするかショートカットキーで出すことになるので、チュートリアル以降この台詞を聞くことはない。
それでも何故か、偶然、この台詞を覚えていたのが幸いした。
「お、おおお……」
視界に映るは、見慣れたステータス画面だ。
半透明のウィンドウが浮かんでいる。これはどこから見ようが他人には見られない設定になっていたが、この世界でも同じかは分からないので、人の見てる前ではできないな。
「ゲームと同じってのは間違いなさそうだけど……」
見慣れたステータス画面ではあるが、所々に差異がある。
けれど、目的のものは見つけることができた。
「魔法適正は――え?」
ウィンドウに指で触れ、タブを切り替え魔法適正の画面を開く。……が、そこに表示されたのは。
「毒属性SSSって、んー…………?」
うん、うんうんうんうんうん。知ってるよねこの数値。
魔法適正はSSSからFまでのアルファベット位に割り振られた内部数値があり、SSSだと適正値200から999、SSだと100から200、Sだと70から100、Aだと50から70のような数字が決まっている。
ちなみにランダム配分を選んだら大抵一つはSがあり、10回リセマラするとSSがどこかに出てきて、100回リセマラするとSSSが見えるみたいな、そのくらいのレアリティだ。
主目的の属性だけではなく他の属性も意識すると試行回数はかなりの数になり、大抵の人はどこかで妥協する。それがあるので、目的と関係ない属性でもSSSを引いたならとりあえずキャラキープしておくとか、そんな人は多いのだ。
自分のその中の一人。最初はまんべんなく適正SやAが並んだキャラを使っていたが、どこかで限界を感じて、キープしていた毒属性SSSのキャラに切り替えたのだ。
「数値は見れないけど……この配分、なんか見覚えあるような」
SSやSSSにもなると、マスクデータとなっている内部数値の幅が極端に広くなる。SSでもSより1高いだけの101の人も居れば、SSSで900オーバーを引く幸運の持ち主など様々だ。
マスクデータではあるが、一定の調査をすればおおよその数値は確認できる。ただそれはゲーム内でのことだったので、現状分かるのは毒属性に最大級の適正があるということだけだ。
「他の適正も軒並みAからBって……あのキャラはそんな高くなかったんだけど、どこで見たんだろ」
自分が最後まで使っていた毒特化キャラは、毒属性以外の属性はほとんどがCからFの底辺だった。
確か火属性だけはAあったはずだが、内部数値は限りなくBに近いAだ。
使っていたキャラクターの適正に似てることは似ているが、同じというわけではない。この適正値だけ見れば、相当なチートキャラと言えるだろう。まぁ毒属性が割と地味な魔法属性で好んで使うプレイヤーはほとんど居ない存在の魔法だったが。
「毒以外もAあるってことは、人並みには使えるってことだよなぁ」
その属性を自己支援に使う程度ならB、火力として数えるならAは必要と言われていたところで、このAの並び方。毒属性適性SSSがなくても充分に綺麗な配分だ。S以上なのが毒以外に一つもない欠点はあるが、どの属性でも人並みに使えるというのは器用貧乏以上の役割が持てた。……ゲーム内での話だが。
「ただ体属性がDってのは、ちょっと難しいかな」
体属性魔法は特殊な部類で、魔法使いでも高ければ高いほど優れていると言われていた魔法だ。
こちらの世界での父のような視覚系統の他に聴覚系統、触覚系統の基本三種類は戦闘職においての必須魔法系統と言われているほどで、それらを平均以上に保つことは魔法使いにおいても必須とされていた。
……だって、体属性魔法の適正ないとHPがほぼ増えないんだよ。きっついよ。
ゲーム内ではキャラクターのレベルが上がればHPとMPが上がるが、HPの伸び率は体属性魔法の適正値と、レベルアップ時点での体属性魔法のスキルレベルから計算されるのだ。
故に、体属性にもそれなりに適正がないとレベルアップ時のHP伸び率がカスみたいな数値になり、レイドボスの通常攻撃で一撃死、それどころか範囲攻撃の余波に掠っただけで死ぬような雑魚魔法使いになってしまう。
稀に体属性を捨てて戦うプレイヤーも居たが、それは相当レアな武器防具だったり、相当高い火力だったり、気が狂ってるプレイヤースキルなり、まぁ何かしらが必要だった。
適正レベル以下のマップを歩く雑魚の攻撃でも瀕死になってしまうことから、初期から育てることはほぼ不可能で、そういうのはほとんどがサブキャラだったりで運用されていたものだ。
「当たりっちゃ当たりだけど、ハズレっちゃハズレってとこかな……」
うんうん唸って考えてしまう。
方向性を決めればなんとかなるだろうか。幸い毒属性は使い慣れた属性だし、他の属性適正がここまで高ければ各種属性障壁系の魔法も使いこなせる可能性はあるし、戦えなくはないと思う。
と思うまでしか考えられないのは、体属性カットキャラクターの育成経験がないからだ。そもそもがかなりのロマン構成であり、あまり人気があるとは言えないものだったから。
「あらエミリオ、誰かとお話してたの?」
ぶつぶつと呟きながら考えごとをしていたら、母に聞かれてしまったらしい。
「あ、えっと、一人です」
「そう。何か必要なものあったら言ってちょうだいね」
「必要……あ、僕、魔法を使ってみたいんですが」
「うーん……エミリオにはまだ早いかしら。6歳になったらちゃんと教えてあげるからね」
「はい……」
やっぱり駄目だった。父なら教えてくれそうなものだが、そもそも体属性特化の父に聞けることはあまりない。
ならば、やはり両親には見つからないように独学で覚えていくしかなさそうだ。父にはこっそりと魔法関係の本を買うよう頼んでおこう。