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 さすがに、そろそろ死ぬかも。そんなことを考えたのは、その戦闘が四日目に差し掛かったあたりだ。

 死ぬのは自分の操作するキャラクターでなければ、戦っている相手でもない。

 操作している、自分自身だ。


「やばい、やばい」


 そんなことを口にするのは何度目か。二日目になると眠気も無くなり、三日目には空腹も感じなくなった。それでも水と申し訳程度のウィダーインゼリーで命を繋いでいるが、限界を迎えているのは分かっている。

 何も食べてないのに下痢が止まらず、パソコンを持ったままトイレから動けない時間もあった。

 ネトゲ廃人をする上で必要なものは、時間だ。

 時間の有効活用は、皆が試行錯誤するところだろう。仕事を辞める者や、仕事中もゲームをする不真面目サラリーマンも居る。

 時間の有効活用のため僕が選んだのは、パソコンだった。

 ネトゲに使うパソコンは、高性能ほど良いとされている。けれど僕は違う。選んだのは、ノートパソコンだった。ノートパソコンならデスクの前に居なくとも、食事中だろうが最悪外に出ようがプレイできる。

 そして何より、トイレに行きながらもプレイできるのだ。僕はペットボトルに尿を貯めるような人間にはなりたくなかったので、トイレに居てもプレイできるところを、廃人として最も重要視していた。

 トイレの為に離席する必要なんてない。結果的にプレイ時間は伸びに伸び、強敵との戦いは数時間張り付くことが可能になった。


 しかし、しかしだ。


「まだ死なんとか、いくらなんでもおかしいって」


 ゲーム画面に映されているのは、人サイズのレイドボス、《神話のルクシア》だ。

 とあるイベントをソロ攻略している時、偶然遭遇したレイドボス。いつもなら倒せないと踏んだところですぐに逃げ出すのだが、今回だけは違った。

 どこの攻略サイトを知らべても、どれだけSNSで検索しても、このレイドボスの情報がなかったからだ。

 つまり、僕が初見のボス。出来るだけ行動パターンを読み、出来ることなら倒してやろうと決めていた。しかし戦闘が丸一日も続くと、ただの意地へと変わった。絶対倒すまで続けてやると決め、何億あるかも分からないHPをひたすら削り続ける。


 僕の操作するキャラクターは、基本的にパーティプレイ向きの組立をしているが、ソロが苦手なわけではない。パーティプレイ推奨のボスが多いので、そのためにパーティで動かしやすくしているだけだ。

 得意とする毒魔法は、ソロでしか上手く使えない魔法も多いのだ。

 仲間にも魔法のヒット判定が存在する魔法において、範囲が異様に広かったり、プレイヤーの耐性を超えるほどのレベルで状態異常を与えるものは避けられやすい。

 他にプレイヤーが居たら絶対使えないような魔法群を惜しみなく使えるので、ソロはソロで楽しいのだ。

 ただし楽しいとは言え四日も戦い続けたら流石に虚無虚無プリン。何も楽しくないし今すぐ終わって欲しいし何なら俺が死ぬぞこれ。


 ボスの行動パターンは全部割り出し、複数のタイマーによって特殊行動のリキャスト管理もできている。

 このまま事故がなければ倒せるはずだ。HPが減って行動パターンが大きく変わるボスも居るが、こいつはそれじゃないみたいだし。

 毒魔法で継続ダメージを与え、近づいてきたら睡眠とスタンで動きを止め、近づかれすぎたら転移で逃げ、逃げれなかったら障壁で受ける。行動パターンは単純も単純、人数さえ揃えば倒せなくはないレイドボスのはずだ。HPは馬鹿みたいに多いのに行動が単調すぎるのは謎なのだが。

 どの行動がトリガーとなって出現したボスかは分からないが、イベント自体はソロ進行用のものだったので、どこかで他プレイヤーと合流することができるのかもしれない。

 いや、流石に合流できなかったらおかしくない?キャラクターレベルはとっくにカンストしているし、このボスに相性が悪くない毒魔法のスキルレベルも450。自分より毒魔法を育ててるプレイヤーなんて見たことがないし、火力重視で回した継続ダメージのDPS――秒間ダメージはそこまで低くはない。継続ダメージを入れさえすればそこからは状態異常が消えるまで逃げているだけでもダメージを与えられるので、そこらの火力職と比べてもそこまで変わらないはずだ。トッププレイヤーともなれば僕の倍くらいのDPSは出せるだろうが、それでも数日かかるレベルのHPがある。


 仮にソロ専用のボスだとしたら動きが単調なのも分かるが、HPがいくらなんでも高すぎる。これまでの最高難易度と言われていたボスすら、12人レイドで3時間もかければ討伐できた。

 こいつのHPは、それを遥かに上回っている。ソロで倒すのを強要されるのはおかしい。おかしいって。自分が戦えているので何とも言えないが、常識的に考えて四日戦い続けて倒せないボスなんて異常すぎる。

 それに、明日になれば定期メンテナンスで強制的に戦闘が終了されてしまう。このまま戦闘が続けば残るのは虚無だけだ。

 うん、倒したい。それかやめたい。けどやめるのは四日が無駄になるからやめたくない。じゃあ倒したい。いつ倒せる?分からん。


 指は機械的にキャラクターを動かすマシーンへと変わっている。頭は回っている気がするが、気が付くと2時間くらい経ってたりするので半分寝てるかもしれない。キャラクターが死んでないということは起きてるはずなのだが、ちょいちょい記憶が飛んでいるのでなんとも言えない。





 そんな戦闘を続け、五日目の朝を迎えた。

 もう一日以上何も食べていないし、飲んでもいない。非常用に買っておいたウィダーインゼリーの在庫も切れ、水道水を汲みに行く気力も残っていない。

 そういえば、昨日からトイレも行ってないな。


 五日間戦い続けたボス、《神話のルクシア》が断末魔の悲鳴を上げて消滅した時も、もう何も考えられなかった。

 終わったとも、倒せたとも、もう、何も考えることはできなかった。


 パソコンの画面を、じっと見つめる。

 アイテムドロップはない。普段なら激怒して運営に文句を言うようなところでも、その時の僕は何も考えれなかった。


 ソファで座っていた身体が、ゆっくりと倒れる。

 ノートパソコンが、傾いて膝から落ちる。


 そうして聞いた。最後の声を。


『あなたは、だあれ?』


 イタズラ好きな少女のような声。


 だれ? だれだ?

 そういえば、《神話のルクシア》が戦闘中、こんな声を出していたような気がする。


 ノートパソコンからは、音が流れている。

 誰かの声が。こちらに呼びかける、少女の声が。


 あの時、聞き取れなかった声。

 しかし、エミリオになって、記憶を回想している今なら聞こえる。


『おめでとう。あなたを、私の世界に招待します』


 少女は言う。招待と。


『あちらでのことは、お姉様にお任せします。それでは、良い旅を』


 僕は、死んだのだ。

 そしてこれは、ただの回想に過ぎない。

 神話のルクシア。お姉様。その言葉を、エミリオとなった今なら理解できる。


 ルクシアは、ルゴスの妹の名だ。2800年前に死んだと言われている、主神の一人。

 となると、彼女の言うお姉様とは、ルゴスのことだ。

 なるほど、そういうことだったのか。


 死と見返りに与えられたドロップは、現世からのドロップアウト。

 それは、別の世界で生きるということ。

 僕は、そうして転生した。

 ゲームと同じ、この世界で。





「あらエミリオ君、遅いお目覚めで」


「……シスター、またその恰好ですか」


「ええ、一目もありますから」


 目を覚ますと、そこはベッドの上だった。

 視界に入るのは天井と、手にした青りんごを小さなナイフで切り分けるシスターの姿。

 それは、老婆の姿だ。ゲーム内でよく見た、エルヴィール・カプレの姿ではない。この世界で何度も見た、シスター・エリーズとしての、老婆の姿。

 僕が倒れ、それをここに運んでくれたのだ。そして、人目に付くところでは常に老婆の幻覚を掛け続けているシスターは、老婆の姿へと戻っていた。


「三日は、流石に寝過ぎですよ」


「はい?」


「エミリオ君、急に意識を失って、三日間眠ってたんですよ? それだけ時間があったので、挨拶回りと引継は全て終わりました。エミリオ君が目を覚ました今、あなたはもうベルトランです」


「そ……すか」


「ええ。今後身の回りの世話と事務は、シスター・マリオンが担当します。今、呼んできますね」


「あ、はい……」


 シスターは部屋から出、2分ほどで女性を連れて戻ってくる。

 年は40前後だろうか。目を伏せ、静かにお辞儀をする姿は、シスター・エリーズよりもシスターらしい。いや、老婆の時はシスターっぽいんだけどね。エルヴィール・カプレの時はシスターのコスプレした人くらいにしか見えないからさ。


「薬についても、彼女に聞いて下さい。それでは――」


 シスターは、そこまで言うと幻覚を解いた。

 老婆から美女へと変わり、それを見ていたシスター・マリオンが目を見開く。


「え? シスター? え? あれ?」


 シスター・マリオン、超困惑。うん、気持ちはわかるよ。僕も同じようなリアクションしたしね。

 数十年の付き合いがあった老婆が急に20前後の美女になったら誰でも驚く。というか、見せて良かったんかい。街出るから別にいいのか?そういうもんか?


「お元気で!」


 シスター・エリーズ、いやエルヴィール・カプレは、その言葉を最後に姿を消した。

 比喩ではなく、瞬きしたら居なかった。転移魔法か? それにしては発動の予兆も魔力の乱れも感じないのだが。


「「……えーと」」


 部屋に二人残された、僕とシスター・マリオンは目を合わせる。


「「よ、よろしくおねがいします」」


 うん、まぁこうなるよね。

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