17
3000年ほど前、世界は崩壊の手前まで来てしまった。その理由は分かっていないが、後の記録によると、当時の神が一斉に消失したことが原因のようだ。
神による管理システムが完全に崩壊し、大地は割れ山は崩れ雷雨が降り注ぎ、作物も動物も何も育たない不毛の大地になってしまった。
このままでは人間も全滅してしまう。そこで残った国の代表が集まり、人間を空席となった神の座に登らせる計画が立てられた。
それに反抗したのが、人間以外の種族だ。今ではニンフと呼ばれている妖精族やエルフ、ドワーフや精霊族、亜神族や、その他規模の小さな種族達。それら種族が、一斉に反対した。
人が神に登ってしまったら、人族を優遇する世界が作られてしまう。それを防止するため、複数の種族から代表を募り、管轄を別とした神を作るべきだと主張したのだ。
勿論、それは、まともな対話になどならなかった。全く別の場所で、全く別の価値観で暮らしてきた種族達なのだ。感覚が違えば、主義主張も大きく異なる。
どこかの種族が、「話し合いなんてしたら、一番数が多い人族が有利に決まってる」と言い出したことを切欠に、戦争が始まった。三つ巴どころですらない、自分の種族以外は全部敵とした、種族間戦争が。
ルゴスとルクシアは、人族代表の一組だったのだ。人族は数が多いだけあって代表が他に何百人も居たようだが、戦争を最後まで生き残った代表はルゴスとルクシアの二人だけだった。
戦争が10年も続いたところで、参加していたほとんどの種族は全滅するか、戦争の継続を諦めた。不毛の大地を生き残った者同士で争ったところで、神になれるかも分からないと悟ったからだ。
その戦争は、人族を含めてごく一部の種族だけ残ったところで、ようやく再度の話し合いの場が持たれた。
今残った全員を神の座に登らせて、後はなるようになれと。明日を生きる食料すらない状況に陥って、ようやく全員が手を取り合えたのだ。
そうして、ルゴスとルクシアは二人で世界の主神となった。勿論それは人族の感覚であり、代表が生き残った一部の種族は違う主張をしたのだが、それはまた別の話。
しかし、問題はそこでは終わらなかったのだ。
二人は主神になったところで、人族の繁栄に関わるどころではなかったらしい。世界の崩壊を食い止めるので精一杯で、環境を改善することができなかった。
それでも崩壊が収まったことで、生き残った人間は神に頼らず、自らの力で復興していく。神に登った二人が人族の為に何もしてくれなかったと決めつけ、神への信仰はすぐに薄れてしまった。
人間の代表として戦った二人のことを、いつか人間は忌み嫌うようになっていく。
「今は神が足りないから人間の繁栄まで手が回らないだけ」という当時の神学者の意見も聞かず、人は再び神の入れ替えを考え出した。
もう、他の種族は誰も乗ってこなかった。代表を神の座に登らせることができた一部の種族は、自分達の主神がサボっているなんて考えなかったからだ。
今何もできないのは、できない理由があるからだと。いやいや崩壊が止まっただけですごいことだと、人間以外の種族は、自身の主神を信じたのだ。
誰を神にするかで揉めて、人族同士による大戦が起こるのは、種族戦争から200年後。
ようやく神の二人も手が空き、種族の繁栄に手が付けられるようになってすぐのことだった。二人は地に降り、これから繁栄が待っている、大戦は無駄だから今すぐ戦いをやめるよう説いた。しかし、主神である二人への信仰をとっくにやめていた当時の人間は聞く耳を持たず、結果として地に下りた二人のうち、妹格であるルクシアが殺されてしまった。
それを知ったルゴスは一人で神の座に戻り、大戦を終わらせた人族の英雄コンスタンに主神の座を譲り、以降は表舞台から姿を消し、神学者以外が語ることのない存在になっていく。――というのが、歴史で語られているルゴスだ。
「ただ実際のルゴス様は、違ったんです。暴走しがちなルゴス様を抑える立場だった妹、ルクシア様が居なくなったこと、面倒な種族の管理をコンスタン様に押し付け主神から降りたのを良いことに、他種族の優遇とか魔法技術の進歩とか、やりたい放題していたんですよね。それからは人の姿をした神の話とか、神の化身の話が歴史書にも出てきて、それのほとんどが地上に遊びに来たルゴス様と言われています」
「あの女……ッ!」
「……エミリオ君、何を言ってるんですか? ルゴス様は男性と言い伝えられてますが」
瞬間、シスターの目が、明らかに僕を訝しむものへと変わった。
その目でじっと見つめられると、思考を全部読まれているかのような感覚に襲われる。
「え、えーと」
「今の話の流れからして、それってルゴス様のことですよね?」
「そ、空耳じゃないですかね」
口が滑ったよ。やっちゃったよ。ていうかあの女、男神ってことになってたのかよ。
まぁ3000年もしたら性別くらい錯綜するよね。日本だと数百年前の武将を美少女にしまくってるし、同じようなものか。いや逆だけど、女性向けだと男になるよね。そういうことか。
「しっかり聞きましたよ。エミリオ君が『あの女……ッ!』って言ってるところを。それがルゴス様のことではないのなら、誰のことですか?」
「えーと……」
「正直に話さないなら魔法、掛けちゃいますけど」
脅迫が怖すぎる! 無警告で掛けてこないだけマシなのだろうが、きっと話してしまうのだろう。
先程の催眠で話さなかった理由は分からないが、ピンポイントで聞かれれば答えてしまう。どうにかして有耶無耶にするのも難しい。シスターは自身の信仰する神のことを「あの女」呼ばわりされたと分かっているのだから。
しかも、男神と信じていた、自身の崇める神のことを。
「言います、言います。一度だけ会いました」
「会った? それはルゴス様の化身にですか?」
「いえ。えーと……なんなんだろ、あれ」
分からん。どうやって説明すればいいんだ? 神本人? いや神は神だから本人じゃなくて本神? 本心と混ざって分かりづらいな。でも別に姿が見えたわけでもないんだよな……。けど別に化身ってわけでもないしな……。あ、そうだ。
「よくわかんない空間で、ちょっとだけお話しした感じです」
正直に言ってみよう! それでもシスターなら信じてくれそうじゃない?
「……その程度で『あの女……ッ!』とか言います?」
うっ駄目だそれ引っ張ってくるのやめて。口滑らせてしまったことの後悔しかない。
細かく説明しようとすると、どうしてもあの虫の神殺した話になってしまうんだよな……。
「あっそうだ、ちょっと試したいことがあるんで、見ててください」
「見る? 何をですか?」
「魔法の接続先、シスターなら追えるんじゃないんですか? ――――栄光の門よ開け、我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。我は奏でる者、外界讃えし奏者なり」
栄光門。周囲にある余剰魔力を回収する、単純な魔法。
ルゴスの名を告げるようになってから、魔法陣を描く必要がなくなった。詠唱は最後までしないと発動しないのだが、どうやら接続先情報を参照するために使うらしい魔法陣は不要のようだ。接続先が全部ルゴスなら、最初から繋がってるからね。
「門魔法とは、また古風な――あぁ」
「わ、分かります?」
一か八かの実験。門魔法の接続先は、全部ルゴスにすると本神が言っていたのだ。
シスターくらいの魔法使いなら、門魔法が何に接続しているかくらい分かるかもしれない。僕には全く分からないし、そもそも接続するという感覚からして分からないのだが――
「……はい。信じます」
「え、今ので本当に分かったんですか」
分かるかもとは思ったが、本当に接続先の神が誰かなんて分かるのか? 魔法は学問ではあるが、神学とは別物だ。僕が神のことを知らずに神に接続する魔法が使えるように、全員が神学者である必要などない。
「確かに。えぇ、……あなた、とんでもないことしたんですね」
「……ハイ?」
え、ひょっとして、色々バレた? シスターが僕に向ける疑惑の目は、これまでとは比べ物にならない。
「門魔法とは、英雄コンスタン様が神との交信のために生み出した魔法です。数百年もの年月を経て神の力を借りる魔法へと変化しましたが……。そして今エミリオ君が使った栄光門は、マウリッツ様という神に繋がっているはずのものです。ルゴス様が担当するのは異相門と記録されていますが、異相門への接続に必要な座標は、数百年前に失われているものです」
あ、そういえば500年間接続されなかったとか言ってたな。そういうことか。
座標というのは、接続先の情報のことだろう。きっと一般的な門魔法の行使には必要な情報なのだ。僕は何も知らないまま門魔法を使えているのだが。
「アウフスタイン派閥と揉めたのもあって、『接続先全部アタシにしとくから』って言われてたんですけど」
「揉めた!? アウフスタイン様と!?」
珍しく大声を上げ、目を見開くシスター。たぶん、相当驚いてる。手があわあわしてるし、そんなシスターを見てると僕も慌てそうになるよ。口滑らさないように注意しないと。
「え、あ、はい。なんか色々ありまして。諭されて断ったら色々と、そう色々あったんです。そこをルゴスさんに助けてもらって、はい」
うん、ここまで嘘は言ってないよね。うん。殺人行為を諭されて、トラブってちょっと殺しちゃって、ルゴスと話して門魔法の接続先にして貰って。うんうん、嘘は言ってないよ。殺したかなんて聞かれてないからね。
「……エミリオ君は何者なんですか?」
「ただの転生者ですけど……」
「ただの転生者はルゴス様とお話しできませんよ……私も転生していますが、神様には会った事もありません」
「え?」
あれ、やっぱりこの世界、転生者は珍しくもなんともないっぽい?




