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予想通りだよバカ! 絶対それ言うと思ったよ! 突然薬の話に戻ったところで、そんな流れになることは分かってたよ!
「元々乗っ取るつもりで来たんですよね? なら丁度良いじゃないですか! どうぞどうぞ乗っ取ってください!」
「おかしいこの歓迎ムード!それをしに来たはずなのに大分嫌になってきた!」
強盗で押しかけたら「どうぞどうぞ! これが金目の物です!」っていきなり金品を渡される感覚だ。
そりゃ嬉しいが、困惑するだろ! 裏がないか考えちゃうだろ!
「え、出来ますよね? エミリオ君なら。依存度を残して、遺伝子に影響しないようにして、正常な思考ができて、安価で大量生産できる薬! 作れますよね?」
「作れますけど!? それで乗っ取ろうと思ってましたけど!?」
「丁度良い後ろ盾じゃないですか! 私が居なくても教会組織は回るようになってますし、エミリオ君は代表と薬師を兼任してくれるだけで良いんですよ!」
「それ言われるとぐうの音も出ない……!」
確かに後ろ盾は欲しかった。資金力も、組織力も欲しかった。
けどなんか違くない? コレさ。もしかしなくても厄介事押し付けられただけじゃない? シスター、実は割りと面倒に思ってたんじゃない? 犯罪組織なんだから、代表の首切りみたいなのもありそうだし……。
てか、私が居なくてもって――
「え、シスター、教会抜けるんですか?」
「ええ、ちょっと王宮に殴りこみに行こうかと。今の指南役をプチっとしちゃえば、あっちから土下座して頼みに来ると思うんですよ」
「プチっと……」
「ええ、プチっとです。今の筆頭指南役は知人ではありますが友人ではありませんので、彼が立ち直れないか、心機一転頑張ろうとするかは知ったこっちゃありません」
自信満々にそう宣言するシスター。この自信は何なのだろう。年の功か、圧倒的な強さ故か。
自分より強い人に会ったことがないタイプ? 俺より強い奴に会いにいくタイプ?
「……できるんだろうなぁ」
「まぁ、出来るでしょうねぇ。私がベルトランを継いだのも他に適任者が居なかっただけですし、エミリオ君が継いでくれるならようやくここを離れることができます。24時間高次幻覚出しっぱなしなの疲れるんですよ?」
そう言われてハッと思い出した。そういえばシスター、これまではずっと老婆の姿だったね。忘れてたよ……。
24時間とは驚きだ。外用の姿ではなく、他に誰も居なくとも続けていたとは。
スキルレベルは上がりやすそうだが、全方位への幻覚を24時間続けるのは根気が要るどころじゃない労力だ。真似する気にはなれない。僕の場合は子供の姿が問題だから、大人に見えるよう幻覚使おうと思ったこともあるのだが、全方位に幻覚を掛けると魔力がすぐ底を尽きるから諦めた。
幻覚とは、自身の姿を変化させる魔法ではなく、他者から見える自身の姿を偽るものだからだ。見ている者が一人なら良いものの、三人、五人、十人、百人と増えていけば、魔力の消費は数倍数十倍数百倍になっていく。
幻覚とは、集団催眠に近いものだ。僕もシスターにバレたところでここに連れてきた駒全員の催眠も解いて、家に帰らせた。催眠魔法を続けたまま複雑な会話をすることなんてできないからだ。
それをこのシスターは、24時間休むことなく続けていたのだ。それこそ、何十年も。
……正気の沙汰とは思えない。300年生きている長命種ならではの時間感覚なのだろうか。スキルレベル890になるような人間……じゃなかったニンフは、皆こうなのだろうか。
うん、やめやめ。僕は人間として生きよう。真っ当に、なんて言うつもりはないが。
あ、そういえば、シスターと話せるうちに聞いておきたいことがあったんだ。
「話は変わるんですけど、シスターが居なくなる前に、教えてください。――孤児院は、どうして襲われたんですか?」
「ああ……それは、本当に申し訳ありません」
「……やっぱ、何か知ってたんですね」
シスターの表情に浮かぶのは、驚きではなく、ただの後悔だ。
後悔は、知らねばできない。何も知らない僕が衝動的に相手を殺してしまったのと違い、後悔は“何かほかにやりようがあったのかも”という思いだからだ。
「ええ。……昔からこの国にある犯罪組織が、この街のベルトランに目をつけたようなのです。彼らも独自のルートで流通元が教会であると知ったようで、何度も教会に訪れました。いつも私が適当にあしらっていたんですが、孤児院を占拠して教会を脅迫するつもりだったみたいです」
「……占拠しても、子供殺してたら人質にならないのに」
結局、襲撃者は主張のために罪を犯すタイプだったようだ。
どうして全員が殺されたのかは分からない。ただの馬鹿か、暴走か。
僕が抵抗したから皆が殺されたわけではない。彼らは最初から殺しに来ていたのだ。だから子供たちを集めて監禁したりもせず、出会い頭に切りつけてきた。
殺意無しで行える犯行ではないのだ。
「ええ、それは本当にそう思います。組織の一部が暴走しただけだと思いますが、巻き込まれた子供たちには何の罪もありません。本当に、申し訳ないことを……」
シスターは、ようやくシスターらしい表情をする。
彼女には確かに責任がある。犯罪組織を暴走させてしまった一因ではあるからだ。けれど、けれど――違うんだ。
「恨むべきは、シスターじゃない。あそこを襲撃した奴だよ」
何かできたかもしれない人間に、罪はない。
シスターがもう少し穏便に追い返していればこうはならなかった? いいや、違う。暴走して虐殺するような組織なら、交渉が決裂する時点でどうせ同じことになっていた。シスターがどうこうしても、暴走が少し遅くなっただけの話だ。
「ええ、ええ。……分かっています。けれど私がほんの少し早く気づいていれば、あんなことには――」
シスターの目からは大粒の涙が溢れてくる。
中身は気さくな女性で、人間を遥かに超える寿命を持つ種族だとしても、この女性が聖職者であることは紛れもない事実なのだ。
そんな女性が、子供の大量虐殺を見て、耐えられるはずもない。
「八つ当たりしようと思ってたんですが、エミリオ君が全部やってくれていたんですね」
「……ええ。ただ街の外には出ていないので、この街に居る組員を全部殺したくらいですけど」
ベルトランを探している時、実は最終候補が二つあったのだ。
別の都市から来て、今はこの街に本部を置いている巨大犯罪組織、そして清廉潔白な教会の二つ。
教会は、二つ目の候補だったのだ。
犯罪組織の元へもここと同じように向かい、話がこじれ、争い、薬の流通元ではないと知れたがそれはそれとして孤児院の子供たちを殺されたことに腹は立っていたので、全員を殺した。
敵討ちではない。ただ単純に、僕の腹が立っていたから。
彼らに対する報いとして、全身を麻痺させて、弱い弱い毒を飲ませ、24時間苦しませて殺した。全然スカッとしなかったので、更に腹が立ったのだが。
そうして、消去法で教会だけが残ったのだ。結果はアタリだったが、中に居たのは犯罪組織とは比べ物にならない化け物だった。戦いの土俵にすら上がれないほどに実力差を感じたよ。
「充分です。ありがとうございます」
「……いえ。あの子らのお墓、作ってくれたんですね」
「ええ。遺体も、浄化してから埋めました。子供たちの魂は、輪廻へと還ります。きっと、良い来世が待っているでしょう」
両手を合わせ、じっと目を瞑る姿を見ると、「ああ、この人は、本当にシスターなんだなぁ」と不思議に感じてしまう。
そんなことを考えてしまうのは、輪廻と言われた瞬間に思い出してしまったからだ。
うん、輪廻、転生。そのへんを管理してる神に、会ったよね。
殺しちゃったよね。あの虫みたいな神様。
シスターの催眠によって僕が自身の生涯を語った時、完全な催眠状態に陥っているはずなのに、何故か神二人に会った時の話はしなかった。重要な話だとは思うのだが、僕が話さなかった理由は分からない。
だから今子供たちの冥福を祈ってるシスターに不謹慎なことを言うつもりはない。言わないでくれてよかったよね、さっきの僕……絶対話がこじれたよ……。
ところで転生を管理している神が死んだら転生システムはどうなるのだろうか。元からこの世界に存在するシステムのようだが、違う神が担当したら多少何か変わることはあるのだろうか。
そもそも今誰が担当しているのか分からない。そういうの、大雑把なルゴスは絶対やりたくなさそうだしな……。あの虫みたいに、ちょっと神経質な人(?)くらいが向いているのだ、たぶん。
まぁ、死んだ時くらいしか会わないだろうし、別に気にしないでもいいか。
「ところでエミリオ君は、どうしてここを知れたんですか?」
「あぁ……結構苦労しましたけど、そこまで難しくはなかったですよ。……だって、この教会の関係者、誰も薬やってませんでしたから。ここくらい規模が大きくてここまで真っ白な所、普通に考えたら怪しいでしょ」
最終的には消去法だったが、そもそも教会が候補に挙がったのもそれなのだ。
当然のように麻薬が蔓延している街で、何故か誰も麻薬を打ってる痕跡がないグループ。関わっている痕跡すら全くない。
そんなもの、痕跡を人為的に消したから、隠しているからに決まっているのだ。そんなことをするのは、関係者に決まっている。
「……なるほど。白すぎるのもいけないということですかね」
「ちなみに組織の方――なんて名前かも忘れましたけど、あっちは運び屋を片っ端から拉致って拷問してたみたいですね。屋敷にも拷問の痕跡あったんで、燃やしちゃいました」
「ええ。被害者はこちらに届いていました。エミリオ君が行ったのは……仇討ち、なのでしょうか」
シスターは、こちらをじっと見つめる。
その瞳からは、何を考えているか皆目検討もつかない。
糾弾するつもりなのか、感謝するつもりなのか、それともそれ以外の感情か。
「いえ、ただ腹が立ったので」
「…………ぷっ……ふふふふふっあははははっ!」
そう正直に答えると、シスターはどこがツボに入ったかも分からないが笑い出した。何なんだろうこの反応。嬉しいのか? 悲しいのか?
「……なんですかその反応」
「ふふ……いえ、君らしいなと、思いまして」
「そうですかね」
「そうですねぇ」
そうらしい。わかんね。仇討ち、敵討ち、言葉はいくらでもあるし、別にそう思われても構わない。
けれど個人的な感傷としては、苛立ちだ。僕の平和を掻き乱す異物への、苛立ち。
仮に子供たちが全員無事で怪我をしただけとか、拉致されただけとかでも、僕は同じようにやったのだと思う。腹が立ったからという些細な理由で。
「まぁ、済んだことは良いんですよ」
「ですね。よほどの馬鹿――いえ、頭の悪い組織でもない限り、当分この街にちょっかいかけてくることはないでしょう。いくらなんでも面子丸潰れですし」
「……やっぱ、街の外には残ってるんですよね」
「ですね。相当大きい組織なので、ある程度大きな都市にはどこにでも居るくらいです。まぁ……」
シスターは、遠い目をしている。組織と昔何かあったのだろうか。
まぁ300年も生きて聖職者やってたら、犯罪者と関わらないはずないよね。そういうのの更生もするんだろうし。
「私も腹が立ったので、首都に行くついでに潰して回りますかねぇ」
そんなことを言うシスターは、今相当に悪い目をしている。悪役っぽい。
うん、そういうイベントがゲーム内にもあったんだよ。豹変したシスターが敵側に回るさ。結局シスターが戦えないまま終わる消化不良のイベントだったけど、ゲームが続いていれば戦う機会もあったのかもしれない。
「いやアンタホントに聖職者か!?」
「ホントに聖職者です!」
聖職者離れした発言、筆頭魔法指南とは思えないほど砕けた態度のキャラクター。
うん、20年以上時間がズレていても、大本は変わらないようだ。人間とは違い、20年が大した年数でもないんだろうし。
「……で、僕がベルトラン継ぐって話ですけど」
「あっ、受けてくれるんですね?」
何この嬉しそうな表情! どんだけ降りたがってるの?
「……いやこの状況、僕が継がなくてもシスター勝手に出てくでしょ」
「分かります? 挨拶周り終わったらお礼参りに行こうかと」
誰が上手いこと言えと言った。
まぁ、まぁ。色々あったが、当初の目的は達成できるのだ。
奪い取るでも乗っ取るでもなくただの頭首交代でしかないから、下で働く者にも多少は顔が利くだろう。そのあたりの引継はシスターに任せれば良いのだが。
「ベルトランは、この街をどうすればいいんですか?」
「どうすれば、ですか?」
「ええ、薬で成り立ってる街なんて、どうせいつか崩壊すると思いますけど」
「それはそうですが、別にそんなのエミリオ君が考えなくても良いんですよ?」
何でそんなことを、とでも言うように、キョトンとした顔でこちらを見るシスター。
最初に、薬の害を説明した。もっとも、現在の薬から想定される薬害は僕が作ることで改善されるものではあるのだが、結局この街の人間がヤク中まみれなのは変わらないのだ。
遺伝子異常が起きない、いや、起きづらくするだけであり、改善といえるものではない。マイナス10がマイナス7になっただけだ。今の僕では、プラスどころか、0にも程遠い結果しか生めない。
「崩壊するのなんて、エミリオ君が死んでからもっと先のことです。私は生きてるでしょうから何らかの対応に追われるとは思いますけど、短命の人間がどうこうしたところで何も変わりません。緩やかな崩壊、良いじゃないですか。人間はそういう生き物なんです。この街の住人は、この街に居る限り安定した仕事と安定した薬の供給が受けられるんです。それ以上何を求めるというのですか?」
それを言うシスターは、確かに正論を言っていた。
態度が、言動が、豹変したのではない。彼女は最初から、同じだった。
「薬の根絶とかは、考えてないんですか?」
「それ、必要あるんですか?」
「……え?いや……」
その言葉は、全く想像してはいなかった返答だった。
どうやらシスターは意地悪な言葉を言ったつもりではないようだ。
僕は、何も考えることなく、麻薬は悪だと決め付けていた。
しかしどうだろう、この長命シスターの感覚が狂っているのではないとしたら。
おかしいのは、僕なのか?麻薬を悪とし、根絶しなければならないと考えているのは、ひょっとしたら僕だけなのか?
間違っているのは、僕かもしれない。
「この街のシステムが崩壊するまで、何百年かかるかは分かりません。それまでに薬をもっと、もっと無害化していけば、いつしか精神安定剤程度に落ち着くはずです。……期待してますよ?」
「……ハイ?」
あれ、今とんでもないこと言われなかった? 聞き返しちゃって良い?
「いえ、エミリオ君なら出来るでしょう。別にそういう役目は後継者に引き継いでも良いですし、今より悪くならないなら私としてはどうなってもそこまで関係ありませんから」
あ、やっぱりこの人アレだ! 博愛主義でもなんでもないわ。そりゃ人間じゃないんだから人間大好きにならないのも分かるし、国への恩義と言っていたあたり国や人が嫌いなわけではないだろうが、特別この街の住人を愛しているわけではないタイプ。いやでもそれって、良いのか?
「聖職者ぁ!」
「聖職者ですが、人間ではないんですよ? 人と感覚が違って当然です。それに、私が崇めているのはコンスタン様ではなくルゴス様ですし……」
「……え?」
ちょっと待て。不意打ちすぎて思わず声が出ちゃったぞ。
コンスタン? 誰だそれ。
いや、そこじゃない。そこじゃない。
今、ルゴスって言わなかった?
「あら、エミリオ君はコンスタン様の信徒でしたか?」
「え、いや……コンスタンって、誰ですか」
「……あなた、神学の授業聞いてなかったんですか」
呆れ顔でこちらを見つめるシスター。うん、すっかり忘れていたが、そういえば孤児院に定期的に訪れる教育係には、このシスター老婆モードも居たね。
今思い出したが、やっぱり話は聞いていなかった。
「あんまり興味なくて……すみません。それより、コンスタンとルゴスって?」
「しょうがない子ですね……。コンスタン様は、今この国の主神とされています。2800年ほど前の大戦を戦った英雄で、死して神の座に登りました。彼を主神として崇める宗教は聖教と呼ばれ、この国では最も一般的な宗教です。そして、ルゴス様ですが……」
「が?」
シスターは、語ってくれた。
傍迷惑な神ルゴスと、英雄コンスタンの話を。




