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「はいはい御邪魔しますよ」



 教会の扉を開けたのは、僕ではない。

 麻薬による思考力の低下、魔力酔いによる酩酊感に加え、催眠魔法によって僕の操り人形になった男だ。


 教会にぞろぞろと入っていくのは20名弱。

 先頭の男以外は皆目を虚ろにして、無言で着いていく。その中には勿論僕も居るが、男達の真似をして目を虚ろにするのを忘れない。いや、虚ろな目って何だろ。適当に焦点合わない感じでボーっとしてれば良いよね。


「あなたたち、何の用ですか? 礼拝の時間は終わっていますよ」


 まず出てきたのはシスターだ。ああ、この女は知っている。

 僕を孤児院に連れてきたあの老婆だ。

 何も知らなければ、優しそうなおばあさんに見えることだろう。孤児院にもよく訪れていたし、子供達からも好かれていた。そして何より、孤児院の運営費を出している教会の中で最も偉い人間となると、それを蔑ろにできるはずもない。


「まさかベルトランの正体が教会そのものとはな」


 調査を始めてからここに辿り付くまでに、三ヶ月もかかってしまった。

 麻薬の流通には大量の下部組織が関わり、最終的にそこいらのゴロツキや子供までもが売人となっていた為、どうしても上に辿り着けなかったのだ。

 誰を洗脳しても、流通ルートの大本を知らなかった。知らないのだから、洗脳しても話せることはない。


 そして何より、この街における麻薬は、デメリットよりメリットを意識したものだったのだ。

 この街は500年ほど前、戦争移民によって栄えた街だったが、戦争は終わり雇用はなくなると、街には生産性のない無気力人間しか残らなかった。

 路上で寝泊りし、喧嘩に明け暮れる人々。そんな街で真っ当な商売をしたところで強盗や引ったくりの被害に合い、どんな事業はすぐに潰れてしまった。


 それを救ったのが、覚醒剤――麻薬魔法によって作られたので、便宜上麻薬と呼ぶ、それだ。

 薬自体の依存性や中毒性は高いが、普段は正常な思考を維持できるよう調整された麻薬をまずは無償で配り、そして時間をかけて配給制から販売制に切り替えていく。

 皆得た薬をすぐに使ってしまうので、直接人から奪うのはあまり効率が良くない。麻薬魔法によって独自の製法で作られたその薬は誰にも真似して作れるものではなく、皆は薬を得るために金を稼ぐようになってきた。

 当時整備されたばかりの住民情報と結びつけて販売されていた為、同じ人間が複数購入することもできない。大本以外の売人を発生しづらくすれば、皆はなんとかして金を稼ごうとする。


 しかし、街に住むのは生産性も何もない、戦争移民の者達だ。最初数年は引ったくりや強盗で日銭を稼いで薬の購入資金に当てる者も居たが、外から金を稼げない状態でそれを続ければ、住人皆が無一文になり、いつか街に存在する金全てが薬を作っている組織の資金となってしまう。

 それに気付いた者が、外から金を集めようとした。旅行者や行商人に私物を売ることで、外からの金を得たのだ。

 出稼ぎに行く者が増えた。遠くの街に物を売りに行く住人も増えた。街に残った者達では、一次産業がない代わりに、魔法技術による二次産業が栄えた。


 戦争移民には魔法が得手の者が多かったのだ。

 当時既に完成していると言われていた魔法を研究によって新たに作り出し、詠唱も何も必要としない、個人の魂に定着させる“スキル”という概念を生み出したのも、この街に住む研究者だった。

 今となっては、スキルに魔法が含まれるという逆転現象が起きている。

 強さでしか測れなかった魔法技術を、スキルという枠に嵌めればレベルという数値で測ることが出来る。スキルとは、画期的な発明だったのだ。


「……あなたが何を言っているか分かりません」


 老婆はいつもと変わらぬ表情でそう言った。まぁ、そんな反応をするのは当然だ。

 ずっと隠れてきた組織が、そんな簡単にボロを出すはずないのだから。


「この国で麻薬を作ってるのは、アンタなんだろ。シスター・エリーズ」


「……先程も言いましたが、私は何も知りません。ベルトランとは何ですか?」


「いや、言うつもりがないんなら、別に良いんだ」


 麻薬によって人々に活力を与え、生きる理由を与えた。金を稼ぐ術を考えさせた。新たな技術を生み出した。

 当時この街で麻薬を配った人間が、そこまで考えていたかは分からない。ただの金稼ぎだったのかもしれない。けれど現実は、麻薬によってこの街、そしてこの国が栄えたのだ。


 それに頼らない人間も、確かに存在する。しかしそれは住人からすると一部の者であり、ほとんどの住人にとって麻薬は、生きるために必要なもの。人間の生活に食事と睡眠欠かせないように、この街の住人に麻薬は必要なのだ。


 しかし、それはこの街だけの話である。

 マスカール王国に5つある副首都のうち1つが麻薬中毒者の街というのを、国が、他の地方がどう思っているのか。

 この街の人間が皆“こう”なのは、どうやら国も、他の地方も知っているようだ。それでも何らかの措置が成されないのは、もうどうしようもないところまで来てしまっているから。

 この街から麻薬がなくなれば、少なくともこの街の経済は確実に崩壊する。今や魔法技術も停滞し、それで栄えたとは思えないほどに魔法使いは減っている。しかし、家系としては有力な魔法使いの一族が数多く残っており、国の繁栄にどこよりも貢献したこの街を、王国は敵に回すことができないのだ。


 そんな話を聞いて、金だけ持ってるめんどくさい貴族家みたいだなと思ったが、この街だと貴族らしい貴族はほとんど居ないらしい。爵位よりも魔法使いとしての実力や功績を求められたのだから、貴族らしい貴族は数百年前に他の土地に移っている。


「別に、アンタを敵に回したいわけじゃない。先代の教え通りユルい薬を配ってるわけだしな」


「……何のことか分かりませんが、では何が言いたいのでしょう」


 あくまで知らないスタンスは変えないようだが、話は通じるようで助かった。

 敵意がないことをアピールするのに20人は連れて来すぎだとは思うが、まぁそれは許してくれ。木を隠すなら森の中、僕が目立たないように近づくにはこれしかなかったのだから。


「聞きてえんだ。あれ以上の薬は作れるのか? いや勘違するな。それが欲しいって話じゃねえ。今の薬は子孫に残す影響が強すぎるんだよ。後二代も重ねたら、この街が奇形児まみれになるぞ。それとも、わざとやってんのか?」


「……そんな話をしたくてここに来たんですか?」


「ああ、そんな話がしたくて来たんだよ」


 男は言う。勿論僕がパターンを組んで会話らしく喋らせているわけだが、シスターはそれに気付いた様子はない。

 ちなみに20人も人間連れてきたのに喋るのが先頭の一人だけなのは、行動だけならともかく発言まで制御できるのは一人で限界だからだ。催眠魔法はそこまで育っていないし、同時に思考するのは頭が足りなすぎる。催眠をコントロールできる専用のスキルでもあれば余裕なんだが、今はそれがない。

 コントロールできる距離があまり長くないので、僕自身が直接乗り込む必要があったのだ。


「代表者は、あなたなのですか?」


「ああ」


「……分かりました。では着いてきてください。――エミリオ君」


 シスターは、こちらを見て言った。

 「エミリオ君」と。

 確かに、教会に入った瞬間目は合ったし、多少驚いたような表情はあった。それはてっきりこの集団に虚ろな目をした僕が混ざっていたことに驚いただけかと思ったが、違ったのだ。


「……いつから気付いてたんですか」


 男に喋らせるパターンに登録していなかったので、僕は直接返答する。

 衝撃を隠せないが、まぁ僕が驚いたことくらい、シスターはとっくに気が付いていることだろう。


「ああ、からです」


 シスターはもう男を見ない。集団に含まれる僕だけを見ている。

 完全にバレている。ならもう、今更隠す必要はない。


「最後の最後で詰めを誤りましたね、エミリオ君。それまではパターン制御で会話をさせていたようなので、どこかに操っている人間が居ることは分かっていましたが……最後の一言、あれはパターンに入れてませんでしたね。露骨に同意の波長が見えました」


「波長って」


 波長って何だよ。専用スキルか?

 催眠に気付くまでならともかく、催眠を掛けた主が誰か分かるほど手練れの魔法使いがこんな教会に居るとは思っていなかったので、対策をしきれていなかった。

 パターン制御だけで出来ると思っていたのに、やらかした。これは完全に僕のミスだ。


「勘みたいなものですよ」


「チートかな」


「……ふふ、その言葉をあなたが言うのですか?」


 シスターはいつもの柔和な表情のまま、そう言った。

 どういうことだ? まさか、転生に気付いている?

 どんな高位の魔法使いなんだ。いや、魔法でそんなことが分かるのか? 思考を読まれている気配もないし、遥か高次元の存在なら気配もなしに思考を読まれた可能性はあるが……あまり、考えたくはないな。


「エミリオ君は昔から演技は下手ですね。……流石に、大人すぎるんですよ、あなた」


 シスターは言う。大人すぎる、と。

 その言葉の示す意味は、大人びているという意味ではない。

 それは言葉通り、“大人に近すぎる”ということ。


「いくつに見えるんですか」


 僕はそう聞いたが、もう返答は分かっている。

 ここまで高位の魔法使いが、僕の正体を分からないはずもない。何せここは、転生というものが一般的な世界なのだ。


「そうですね……30歳くらいでしょうか。肉体が育っているところから見るに、今は本当に6歳なんでしょうが」


「……どうして」


「ふふ、乙女の勘です。当たるんですよ? ほら、図星って顔。してますし」


 こ、この女……ッ!

 柔和なシスターの皮を被った麻薬組織の主、そこまでは分かったのだ。けれどそれが、それが……


「いやどこが乙女だよ!」


 老婆じゃん! 突っ込んじゃうよ!


「なぁに言ってるんですか。見えないんですか? あなたは」


 急に話し方が変わる老婆。そして、声も。

 先程までの、老婆らしい皺枯れた声ではない。20歳のような若々しい女性の声で、老婆ははっきりと発言する。


「見えないって……あ」


 催眠魔法を維持するのに必死で、自分以外の魔力の流れを全く追っていなかった。

 魔法使いとしては最悪のポカだ。魔法使いが、他の魔法使いの存在を感知できなくてどうする。


「ッ……ナルコティクスオープン――《ブレイクスルー》!」


 看破魔法は、どの魔法系統にも存在する。相性によっては属性を選んだ方が良いが、得意な属性、系統の魔法で看破するのが、相手の抵抗力を超えやすい。


「……なるほど。麻薬系統ですか」


 少しだけ驚いた表情の老婆が映ったが、しかしその顔はぐにゃぐにゃと、溶けるように変化していく。スライムが首の上に乗っているんじゃないかという溶け方をし、スライムは顔だけではなく全身へ広がり、そうしてまた人の姿に戻る。その姿は――


「若ッ!」


 20歳前後の美女が、そこに居た。

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