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「あの薬を売って欲しい。今までの倍出しても良い」


 最初の手紙からかっ飛ばしている。倍値を出すほどあの薬は良かったのか。

 人体実験に付き合ってくれてありがとうと思いながら、僕は手紙の返事を書く。この世界の字はあまり上手くないけれど、流石に子供とは思われないはずだ。

 義務教育がないこの世界で、読み書きができる子供はあまり多くないのだから。


「構わないが、前までの薬と違うグループだから値段を知らない。今まではいくらで買っていた? それと、何日ごとに必要だ?」


 グループって何だよと自分に突っ込みながら返事を書く。僕の予想では相当な規模になっているはずだから製造販売者は個人ではなく、相当大きな組織のはずだ。

 少し不思議に思うかもしれないが、薬の為なら気にされないギリギリの範囲で攻める。


「1本あたり銀貨3枚だ。今までは3日に1本だったが、あれと同じものなら1日1本でも構わない」


 思ったより安いな。最初は安く売って依存していくようになるとどんどん値上げしていくことはないのだろうか。

 3日に銀貨3枚なら、ちょっと酒を我慢する程度で貯まる。ホームレスの僕にとっては充分大金なのだが。


「分かった、1本あたり銀貨6枚だな。前の子供に配達させるから、金もその時に頼む」


 商品の受け取りと支払いが別のタイミングだったのは分かっているが、その為に別のグループという話を振ったのだ。

 子供にお使い代金より、薬の方が高いはずだ。子供が金を持ち逃げする可能性がある以上、商品と現金の取引はリスクが高い。それでもその方法を選ぶのは、僕が優遇されているからとそんな感じで考えてくれるはず。


「分かった。振込みじゃなくて良いのか?」


「ああ。手渡しで構わない。支払い方法を変更するときはこちらから連絡する」


 なるほど、振込みだったのか。それなら定期便も納得だ。

 家賃自動振り込みシステムみたいな感じで、薬代の自動振り込みもできるのだろうか。それとも、欲しくなったらその額を払うのか。まぁ銀行口座など持っていない僕には関係ないのだが。


 文通は、一日一通ずつ。

 聞きすぎず、答えすぎない。仮にこの街に麻薬捜査班などが存在したとしても、しらばっくれることが可能な範囲しか喋らない。

 そもそも謎のおじさんは存在しない人間だ。どこかに怪しい動きがあったらすぐに取引をやめればいいし、セーフティを何重にも設定しておくのは忘れない。


 薬の配達は毎日だ。

 子供はただメモと薬と運び、代金を受け取るだけ。勿論代金も封筒に入れ、中に何が入っているか分からないようにして。

 一回で何日分も渡さないのは、男が売人にならない為の策だ。口コミなら構わないが、現物を他人の手に渡らせるのは避けたい。

 何せ、男に渡している薬は、麻薬魔法で作成したものだからだ。

 成分としては既存の覚醒剤と大きく違うが、大まかに効能を近づけ、多幸感を増すように作ってある。現在薬を街中にバラ撒いている人間が同じように麻薬魔法を使って覚醒剤を作成しているとしたら、成分の違いから作成者である僕が見つかる可能性がある。

 何の後ろ盾もない状態で敵対組織を作りたくはないので、それは避けたいのだ。




 男の元へ薬を届けだして7日目。

 男は毎日欠かさず薬を使ったようだ。正常思考を残しつつも多幸感と万能感を与え、中毒性と依存性を高めた特性の麻薬を。


 その日も、男は僕を家に上げると、御駄賃とばかりに僅かばかりの銀貨をくれた。

 そうしてしばらくお茶をする。突然今までの組織から薬を買わなくなったのに、別な子供が毎日薬を届けに来るでは怪しまれるかもという懸念からだったが、今の所謎の組織からの反応はない。


「《トランス》――じゃ、喋ってもらおうか」


 毒属性催眠系統の魔法を使う。男が魔法使いである可能性を考慮し、7日目に催眠耐性が0になるように麻薬の成分を弄っていたから、その魔法は一発で決まる。

 男はいつも通り部屋に上げた子供がまさか魔法を使うなんて思っておらず、一瞬で目を虚ろにし、この後の会話のことも記憶に残らない。

 とはいえ記憶を残さないほどの完全催眠状態で複雑な思考は難しいので、質問は出来る限り簡単に、そして短く。


「まず最初に。これまであんたに薬売ってたのは誰?」


「ベルトランだ」


「それは個人? それとも組織?」


「分からない」


「……じゃ、誰に言えば薬を買えるの?」


「ベルトランの銀行口座に振り込めばいい」


「なるほどね。ま、差出人の名前とかで住所入れれば良いのか」


「……」


 薬代の支払について、振り込みじゃなくて良いのかと言われたところで感付いてはいたが、銀行のシステムは相当な水準まで進んでいるようだ。

 この街はほとんどの建物が木製かコンクリートのような質感の石製で、電気や上下水道はあるがテレビやインターネットは存在しない。

 想定される時代の幅が広すぎると思っていたが、銀行が存在するなら通貨や為替のシステムが完成されているはずだ。日本で現在と同等の銀行が作られたのは明治時代と記憶している。大体そのくらいまでは時代が進んでいるということだろうか。


 ……ゲーム内の世界観を理解していたが、生活系MMOではなかったので、生活面の発展度はあまり気にしていなかったのだ。

 ゲーム作中時代とどのくらいズレているか考えようにも、今は判断材料が少なすぎる。

 まずは、生きるために必要な情報集めからだ。短時間とはいえようやく完全な催眠を掛けるに至ったのだから、聞きたいことが山ほどある。


「ベルトランの話は、誰から聞いた?」


「分からない」


「……は? 誰かから聞いて振り込んだんじゃないの?」


「物心ついた時には知っていた」


「んー……わかんね。どういうことだ?」


「……」


「もしかして、この街にとって薬は滅茶苦茶一般的なものだってこと?」


「ああ」


「……子供でも知ってるくらい?」


「ああ」


「この街の何割くらいが薬使ってるの?」


「分からない」


「アンタの周りだけでいいから。何割くらい?」


「8割だ」


「…………あーはいはい分かりました分かりました。そういうことね」


 なるほど、そういうことか。

 開封したゴミ袋のうち、注射器が入っていたのは最初に開いた2つだけだった。他にも入っているかもしれないとは思ったが、捨てるのが遅く、回収場所の手前や上に積まれていたゴミにだけ注射器が入っていると思ったのだ。

 睡眠時間が長くなるとか、夜寝るのが遅い生活の人間ばかりが使っているからそうなったのかと思ったが、その予想は外れていた。


「街のほとんどが麻薬中毒者ってことね」


「ああ」


「そりゃ、顧客が二人減ったところで気にしねえわ」


 この男だけではなく、後に訪れた女にも同じように薬を売っている。

 二人も顧客が減ったのに麻薬を作っている組織から何のアクションもないのは不思議に思ったが、それもそのはず。

 二人も、ではない。たった二人なのだ。

 街に何千、何万人の人間が住んでいるのか分からない。それでも、たった二人なのだ。

 男と女では売り方が異なっていたようだが、それは各々の生活スタイルに合わせた配達方法があるということなのだろう。


「ヤク中の街ね。そんならまぁ、罪悪感も薄れるわ」


 男からは、情報を聞くだけのつもりで薬を売っていた。聞けるだけ聞いたらやめるつもりだったのだ。

 依存度も中毒性もこんなに高くしてしまったら、元の生活には戻れないと思ったから。

 もうこの男は、元の薬を打ったところで何も感じなくなっているだろう。そんな体に、作り変えてしまったのだ。


「あはは、今まで何を申し訳なく思ってたんだろ」


 男にも、生活があるはずなのだ。

 僕がこの男を捨てたら、この男はその生活を続けられない。一度経験してしまった強すぎる薬を求め彷徨うグールとなる。

 僕には何の関係もない、一人の人生だ。彼をそうしてしまうことへの罪悪感は、もうすっかりなくなっていた。


「じゃあもう、全部話してもらうか」


 催眠魔法に与える魔力を高め、催眠状態を更に延長。この際後遺症が残ろうが関係ない。

 聞く事に応えるボットになってもらえばいい。聞けることが、話せることがなくなったら、捨てれば良い。

 こいつは、僕には何も関係ない。ただのヤク中なのだから。

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