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「ほー、魔力を削れば殺せると」
「ていうか、アストラル体の存在を剣で切って殺せるのがおかしいと思うんですけど……?」
「細かいこたぁ良いんだよ。俺が切ったら敵は死ぬ。簡単だろう?」
「それできるのアナタだけですからね……」
彼と話していると、記憶にあるイメージ通りだなと感じてしまう。
見た目は普通のお爺さんなのに、首切りフェニーニなんて物騒な名前が付けられているNPC。彼の正体が分かってから話してみると、生涯現役と言うこともあり、年齢を感じさせない若さを感じたものだ。
プレイヤーが直接戦う機会はなかったが、彼の実力の片鱗だけはイベントで味わうことができた。処刑人という立場でありながら、一人で数千人分の兵士に相当する実力があるのだと。
直接見た今となっては、あれはフレーバーテキストではなかったと知る。彼と同じペースでヴェゼンティーニを殺すには、僕が10人以上必要だ。
「で、どうなんだ? 俺の娘は元気してるのか?」
話を突然切り替えてくるあたり、娘のことは結構気にしていたのだろう。どれだけ強くとも、人の親なのだ。
そういえばノーラは在学中は実家には帰らないみたいなことを言っていたような気がするし、あの性格だ。定期的に手紙を送ったりもしていないのだろう。
「えぇ。最近話すようになったばかりなんで昔の様子は知らないですが、今は元気だと思います。今もすぐ近くの町に居るんで合いに行ったらどうですか?」
「あー、うーん……。そうしたいのは山々なんだがなぁ……」
「……会えない理由でもあるんです?」
偶然なのか必然なのかは分からないが、迷宮を出たらすぐ行けるほど近い距離に今は居る。転移など使わなくとも、歩いていける距離に町はあるのだ。
その割には、彼は相当悩んでいるように見える。父と娘の対面って、そんな難しいものだっけ? ジルカみたいに家出してるわけじゃないんだよね?
「嫌われてんだよなぁ、俺…………」
「「「「…………」」」」
深い溜息と共に、彼はそんなことを呟いた。
彼の言葉により一瞬にして空気は凍り付き、静寂が訪れる。気の利いた言葉の一つでも言ってあげたいところだが、父親というものに対して、僕はどう接すれば良いのか分からないでいる。
何せ、両親とは3歳の誕生日すら迎えずに死に別れだ。前世の記憶を取り戻していなければ、覚えていないほど若いころだろう。一応イルマの方を見てみたが、僕と似たような境遇の彼女には両手でバツ印を作られてしまった。
リリーはどうかと見てみても、キョトンと首を傾げられる。まぁリリーは思ったこと直接言うタイプだろうから、両親との対応はそこまで悩まず接してきてたんだろうなぁ……。
ベネディクトゥス? あぁこいつは無理無理。だってハイパー貴族様だよ? 親の顔とか見たことあんの? いやそんくらいはあるか。なんか貴族って親じゃなくて教育係とかに育てられてるイメージあるよね。
「思うに」
そんなことを考えていると、真っ先に口を開いたのは意外にもベネディクトゥスだ。
希望の目を向けてくるフェニーニに少しだけたじろぎながらも、彼は続きを言う。
「反抗期ではなかろうか」
「…………あー、はいはい、そういえばそんなのあったねー」
「俺の娘がか!?」
僕とイルマはちょっと納得できたのでうんうんと頷いたが、フェニーニは目を見開き驚いている。
えっ反抗期ってこの世界にもあるよね? 僕は前世にはあったかもしれないけど覚えてないし、現世はそれより前に死に別れたから経験ないんだけど、子供の成長における一般的な出来事のはずだ。
あれだよね、父親のパンツと一緒に自分の服を洗濯しないでとか、クソ親父とか言っちゃったりするやつだよね! どういうものかなんとなくは覚えてるよ!
「……反抗期くらい、誰にでもあると思うが。特に思春期の女子ともなれば、確実であろう」
「そうなのか……?」
「あぁ。我が妹が反抗期に陥った時は、それはもう大変であった。家の中だけでは飽き足らず、領地の至る所で不審火が多発してな……」
「えっ帝国貴族式反抗期怖すぎない!?」
イメージしてる反抗期と違うんだけどそれ!? 完全に放火だよねそれ! ていうかベニー妹居るんかい! いやまぁ兄弟くらい沢山居るか貴族だし!
反抗期ってそんな激しいものじゃなかったことない? 精々両親くらいにしか迷惑掛けない範囲のやつじゃないの?
「失踪したかと思えば別荘が燃やされ、探しに行った使用人は全身火傷の重症で見つかり……」
「「「「…………」」」」
全員黙っちゃったよ。流石にそこまでではないよノーラの反抗期。ちょっと父親から離れたい程度でしょたぶん。知らんけど。
僕らに父親の話をそこまでしていなかったが、それでも悪意や敵意のようなものを感じた記憶はない。本人を前にしなければ何も思わないくらいの、ささやかな反抗……のはずだ。
「女子の反抗期とは、ああも恐ろしいものだと、理解したのだ」
「それ基準にしない方が良いと思うけどね……」
「そこまでではない、よな、うん……。俺の娘だし……」
大分不安そうだが、ベネディクトゥスの話を聞いた後ならどうとでもなる気がしてくる。流石にノーラなら父親に会った程度でブチ切れて剣振り回したりはしないでしょ……。
「……まぁ、考えておくよ。ありがとな」
「構わんよ」
珍しく助言をできる男になったベネディクトゥスは、少しだけ誇らしげだ。普段は僕ら三人、というか僕とイルマには良いようにあしらわれているので、こういうところでも勝てたのは嬉しいのか。
こうしてみると、経験の無さを痛感してしまう。効率良く自分を育てていたつもりが、人としてベネディクトゥスに負けるのってかなり悔しい。初見のクラスメイトを焼こうとする男にだよ? 家族って難しいなぁ……。
「あ、そういえばせんせ、外と連絡は取れそうなんですか?」
話が一段落着いたので、イルマがそう聞いてきた。
忘れてた忘れてた。いやずっと頭の片隅で試してはいたんだけど、思考を分けていたので意識していなかったのだ。
「んー、外とは無理。さっきルゴスとは繋がったけど、今は無事そうだから一応顕現準備だけしとくって言われたよ」
「フェニーニさん居たら大丈夫そうですからねー」
「ねー」
僕らは迷宮内少し休憩できそうなところを見つけ、床で座り込んで休んでいた。
別に移動しても良かったのだが、僕らの魔力や体力、そして何より精神力が削れていたこと、フェニーニという頼れる助っ人の存在もあったので、休憩を優先したのだ。
周辺のヴェゼンティーニは全て倒したはずなのに、結界が解けた様子はない。なので、転移もテレパスもできない現状だ。隠れているか術者となる個体を中心としていない、術者が倒れても継続される空間結界なのかは分からないが、管理の門を使っても結界の権限を奪えず、僅かな情報を得られる程度だ。
「フェニーニさん、結界は切れたりしないんですか?」
「んー…………目に見えりゃ切れると思うが、どこにあるかも分からんではなぁ」
「ですよねぇ……」
「迷宮ごとで良いなら切れるとは思うが」
「それはやめてくださいね!??」
完全に崩壊に巻き込まれる奴だよねそれ!? ていうか扉が切れてるから結界も切れるかもと思ったが、それどころか迷宮ごと切れちゃうの? もう生命なら何でも切れるどころの話じゃないよね? 命なくても切れるんじゃん!
「今の、ヒントその2な」
「再現は諦めてるんでもう良いですよ!」
とっくに諦めてるよそれ! ていうかすっかり再現しようとしたこと忘れてたよ!
追加情報をインプットしてちょっと考えてみたが、切れる範囲が“目に見える限り”であることは分かっても、それがどうしたレベルだ。
迷宮ごと切るなんて、えぇっと……次元魔法ならなんとかできるか? いや僕にはできないけど、極めた人なら或いは……? いやそれでもヴェゼンティーニを殺せないからたぶん違うかなぁ……。
次元割断で迷宮を切ることはできても、それは物理的な耐久力を削り取っているだけだ。アストラル体の存在を切ることはたぶんできない。そもそも次元魔法で空間を切ろうとしたらとんでもない量の魔力を消費するのに、あの場でそこまで大量の魔力は感じなかった。人サイズの物を切るのに適している魔法とは言えないし、きっとハズレだろう。
「そうなのか? 神成りのお前なら、別のアプローチで再現できるんじゃないのか?」
「はい? えぇっと……電気の雷?」
「違う違う。神に成るで神成り。あれ、今はそう言わないんだったか……?」
「……すみません。初めて聞きました。勘違いされてるようですが、神にはなってませんよ?」
まだ、という言葉は飲み込んだ。神になるより灰色だ。目標をいくつも立てておくのは悪いことではないが、遠すぎるなら優先順位を付けなければならない。ゲームプレイヤーがこちらの世界に来るかもしれない15年以内に灰色の号を得るのが先決だ。
「何言ってんだ? どこからどう見ても、人じゃねえだろ」
「…………」
「自覚は……ねぇのか?」
「……いや、あることにはありますけど、前の身体の完全なコピーって聞いてるんですが」
「あー、なるほどな、うん。じゃあ、仕方ねえのか」
「……どういう意味でしょう?」
「嬢ちゃん達は、分かってるんだろう?」
フェニーニは、僕ではなくリリーとイルマの二人に向けて言う。
てっきりいつも通り首を横に振ると思っていた二人の反応は、僕の想像と違うものだった。
リリーは僕の目のあたりをじっと見つめてくる。目が見えているわけではないので、顔あたりに意識を向けているだけなのだろうが、その瞳を向けられると、見られていると感じてしまう。
イルマは少しだけ申し訳なそうな表情で頬をポリポリ掻いているが、口を開こうとしない。
「……俺から言うよりかは慣れた奴の口から言った方が良いと思うんだが」
「あー、はい。ですよね。すみません。言おうとは思ってたんですけど……」
話しづらそうにしながらも、イルマは口を開く。リリーは直球で言いそうだからイルマが言うのは間違ってないと思う。うん。
「何々、そんな言いにくいこと? ていうかそんな前からなの?」
「言いにくいというか、せんせ自身気にしてないだけで気付いてる思ってたんですけど……。最初に気付いたのは、対抗戦以来魔力波形がズレてきてることです。あそこで化身になったのが原因だと思ってたので、そこまで気にしてなかったんですが。それで、もう昨日ですね。ルゴスさんに会ってスキル弄られてたじゃないですか?」
「うん……?」
「あそこで、ちょっとズレてきてた魔力波形が完全に外れました。えっと、魔力波形って人系種族はふつうA波になるじゃないですか。こう――」
イルマはそう説明しながら、床に指で波のような線を描く。
魔力波形でA波と言われるものは、スキルに頼るようになった人系種族特有のものだ。スキルを扱うのに最も適した魔力の流し方であり、スキル発明以前まで存在していたB波、C波などを全て塗り替えるに至った、一般的な魔力波形。
人系種族ではないリリーは基本的にはC波を感じているようだが、スキルの加護がある魔法やスキルならA波を扱うこともできる。そのあたりは応用が利くので、現代では古くなったB波やC波をメインに使っている異種族でも、最もオーソドックスな波形であるA波を併用できるのは一般的なことだ。
これも大陸共通語のように、数百年前に統一された概念とされている。
「せんせの波形は、L波です。――こういう感じの」
イルマが描いたのは、渦だ。中心に点を一つ打ち、それを中心に外へ向けて渦を巻くような波形。
魔力波形のL波。それは、太古の昔より存在するが――
「この波形を持ってるの、せんせなら分かりますよね」
「……ん、人じゃないね」
「……です」
L波というのは、分類上太古より存在する波形だが、人がその魔力波形を出すことは不可能とされている。
理由は単純。AからC波までの魔力波形は自己から魔力を投射するものだが、L波の特徴とされる円形の波形は、外部からの魔力供給をベースとしているからだ。
それは空間魔力を用いて自己を形成・修復する迷宮であったり、人間から敬われることで力を得る、神を祀った偶像であったりと様々だが、そのどれもが非生物である。
人とは己を媒体として魔法を扱う。しかし非生物は、他者を媒体として奇跡を成す。
それ自身に意思らしきものは存在しない故に、人では到底成しえない強大な力を御しきれるのだ。人が扱うには大きすぎる力も、意思を持たぬ偶像になら扱える。
様々な人々からの懇願を受け入れた小さな神は、願いから得た魔力が一定値を超えたところで、その願いを奇跡という形で叶えることができる。
こうあるべきと作られた神代の異物である迷宮は、中で消費された魔力を還元し、半永久的に元の形に戻ろうとする力が働く。魔力の供給より排出が上回れば、その迷宮は衰退へと向かっていくのだ。迷宮の入場制限、産出制限とは、それらのバランス調整の為に行われていることが多い。
ルゴスやエスメー・クロンメリンのように、強大な力を持ち人から神に上がった者は偶像とは違うであろう。人から神に成った者は、神に成れるだけの意思の力があったのだ。精神が死ぬまで、意思を失うことはない。
「分類できない波形の共通点を抜き出したのが、L波なんだよね」
L波とは言われるが、全てが同一の波形というわけではない。他に分類しようがない魔力波形を無理矢理一括りにしたものが、L波と呼ばれるものなのだ。
それらには、外部からの魔力をリソースとして用いる、という共通点があるだけだ。
「そです。私から見ると、せんせは魔力の出処が内からではないように感じてます。まるで体の中に転移できるゲートを作って、そこから魔力が流れてきているような。けどせんせ的には、そんな感覚ないんですよね?」
「んー……言われてみても、全然かなぁ。どのくらい使って、どのくらい残ったか分かるし……」
「その感覚も、弄られて錯覚してるだけだろうよ。これまでと同じと感じられるように、な」
フェニーニは、そう補足してくれた。
それを僕に説明しなかったのは、ルゴスなりの優しさか、それともルゴスなりの厳しさか。
なんとなく、「そんなの、どうだっていいでしょ?」と言うルゴスの姿が浮かぶ。いや、僕は彼女の姿を見たこともないので、浮かんだのは声だけだけど。
僕は、そういう人間だ。きっと、だからこそルゴスに選ばれた。
自分がヒトモドキに成ろうとも、元と変わらぬ自我を保っていられるような人間だったからこそ、彼女の化身に選ばれたのだと、何故かそんな確信が持てるのだ。
「そう言われても、そんなもんかとしか思えないんだよね」
不思議な話、ヒト風に作られただけで、やっぱり自分が人ではなかったと知っても、何も動じないのだ。
そうなってしまったのかもしれない。以前の僕なら、取り乱したのかもしれない。
けれど今の僕は違う。その場で出来る限りのことをして、最善を選び続けたつもりでいる。その選択に、後悔などないのだから。
「やっぱり、せんせはそう言うんですよね。だから言わなかったんですよ?」
「そ? なんか隠し事させちゃってたみたいで、ごめん」
「いえいえ、謝られるほどでは。……私より、リリーの方が感じてたと思いますし」
「……そうなの?」
黙っていたリリーの方を向くと、リリーは申し訳なさそうな表情のまま、小さくコクリと頷いた。
彼女は目が見えていない。音の情報を常人と比べ物にならないほど細かく聞き分けることができる彼女だが、足りない視覚を音だけで補っているわけではない。種族として、肌で体感的に魔力を感じることができるのだ。
肌で魔力を感じる。五感ならぬ、六感のようなものか。それはその特性がないヒトには全く理解のできない感覚だが、匂いにせよ音にせよ、ずっと一緒に過ごしてきた人間が急に変化したら異常に思わないはずがない。
「心配かけて、ごめんね」
「ん……、エミリオ君は、エミリオ君なんだよね」
「うん。僕は僕だよ。変わらない」
小さくなるリリーをぎゅっと抱きしめ、体温を感じる。
例えガワがどうなろうが、魂が僕の物だと僕が思えば、これは僕なのだ。身体がどうあろうが、エミリオ・ブランジェという個人であることに変わりはない。
人を人たらしめるものは肉の体ではない。精神の、魂の問題だ。
ルゴスと出会って、僕は変化したのかもしれない。
けれど変化したのはルゴスと出会っただけが原因ではない。これまで出会った全ての人に影響されて、今の僕があるのだから。




