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「ったく、どんだけ沸いてくるんだっつーの!!」
「37体目ですよ、せんせ!」
「数えてたのねイルマちゃん! 流石! 知的かわいい!」
「えへへ、いやそんなこと言ってる場合じゃなくて!」
「ないね!!」
僕らはどこからともなく無数に現れる扉に囲まれないよう走りながら、次々と現れるヴェゼンティーニを倒していく。
ほんの少しでも気を抜くと背後にも正面にも新たな扉を作られてそこから出てくるので、挟み撃ちにされないようにすると気の休まる余裕などない。
「邪魔だ・・・・・・ッ!」
ベネディクトゥスが走りながら手を払うと、僕らの向かう先で開かれそうになっていた扉が吹き飛び、壁にめり込んだ。
えっなにそれ!? あれ空間を繋げてるからこちらからは扉みたいに見えてるだけで物理的に触れる扉じゃないよね!? 何したの教えてほしいけどまぁ今は無理だな!!
新しく出てきた扉えーと10個目くらいからヴェゼンティーニが這い出てくるのを見るとほぼ同時に、ベネディクトゥスがそれらを片っ端から炭に変えていく。
けれど後方からはまだまだ元気な団体様に、炭から復元された固体達がピンピンして追いかけてくる。結界が異常に広い範囲で設定されているお陰かまだ結界の端までは届いていないが、物理的に通過できない設定の結界の場合、いつしか袋小路に追い込まれる可能性はある。それとも場所ではなく固体を中心に貼られているとすれば追いかけられている限り結界から出ることはできず、それは最悪のパターンか。
「次の曲がり角、右!」
「オッケーリリー愛してる!」
「えへへ……」
「そこイチャついてないで魔法ー!!」
イルマに突っ込まれてしまった。パニックにならないようにあえて普段通りの受け答えをする作戦だったのに! いやそんなことに頼ってる時点で結構パニックなんだけど!!
僕らを追いかけるヴェゼンティーニ御一行の数は、もう50を越えたろうか。決め手になる技が、僕の《デコーダー》しかないので、数をどれだけ減らしても増える速度に上回られるためだ。
大気系統魔法なら、今居る団体をまとめて殺し切ることも不可能ではないかもしれない。しかし、それが終わったらリリーはしばらく戦闘に参加できないほど弱ってしまう。敵がこれで打ち止めならともかく、終わりが見えず増え続ける現状ではリリーに頼るわけにはいかない。
リリーは音を頼りに僕らの逃げ道を指示してくれているし、段々と人並みに足が速くなってくるヴェゼンティーニの足を潰すようにレビテーションで石粒を当てて進行ペースを落としてくれているので、十分すぎる働きだ。
「つーかヤバいこのままじゃ魔力切れるよ!?」
いくら魔力効率が良い創神系統の魔法でも、そもそも僕は覚えたて、スキルレベルで言うと1スタートだし、常人よりは多い魔力も神と比べたらカスみたいな数値だ。もっと使いこなせば素早く、効率良く使えるかもしれないし、もっとレベルが上がればアストラル体への範囲攻撃もできるかもしれない。けれど今は無理だ。単体相手に《デコーダー》を打つので精一杯。習得したての魔法では、これで限界なのだ。
魔力も全快の半分を割り、知りたくないのに倒せる数が分かってきてしまう。少なくとも、今居る全てを倒しきるのには僕が二人くらい必要だ。
逃げ切れば勝ち、と言いたいところだが、転移するには結界を貼っている個体を倒す必要があり、それがどれかは僕らには分からない。勿論これだけ個体が居て結界を展開できる個体が一体しか居ないわけはないし、それは段々と増え続けていると予想される。
「詰みゲーじゃねえかこれ!?」
「せんせ、なんて!?」
「なんでもなーーい!!」
ううん、結構前からルゴスにアクセスしようとはしているのだが、結界の存在が影響しているのか、あちらかの応答が全くない。ルゴスのことだからなにかしらのアクションはしていると信じたいが、一体どれだけ待てば良いのか。
顕現まで二時間かかるとか言っていたのをなんとなく思い出すが、今の時間分からないし、間違いなくそんなに時間は経っていない。
あとどれだけ耐えれば良いのか僕には全く分からないのだ。こんなことなら時間測っておくんだったよ全く!
「ちょ、ちょっとまって!!」
リリーが珍しく大きな声をあげたので、皆は驚いて立ち止まってしまう。
あぁ駄目だ。立ち止まると後ろからーー
「……来ない?」
そういえば、角を曲がってから僕ら以外の足音が聞こえていない気がするし、僕らの進行方向に新たな扉も開いていない。ただ曲がっただけで撒けたわけはないのだから追ってきているはずなのに。
息を整え、後ろを振り返るが、やはりヴェゼンティーニは追ってきていない。
「どゆこと?」
「わ、わかんない……。けどさっき、ずばって聞こえたきり、追ってきてないみたい……?」
僕だけでなく、リリーも分かっていないようだ。
僕にはリリーの聞いた“ずばっ”て音が聞こえてはいないのだが、音の雰囲気からすると切った音だろうか? 僕ら4人は全員して後衛魔法使いタイプなのでノーラのように剣とか持ってないし、数十の団体を止められる魔法などあったら最初から使っているのでたぶん僕らではない。
「あっ、……誰か、居るよ?」
「……なんで疑問系? ていうか誰かって……今度こそ人?」
「た、たぶん……? 心臓の音は人と同じで、服の音は聞こえるんだけど、それ以外が……」
「うぅん……? 人間離れした動きってこと?」
リリーは無言でコクリと頷いた。
なるほど、本格的に分からん。それが人で味方なら、僕らより強いと見られてヴェゼンティーニは対象を変えたのだと考えられるが、人でないなら大問題だ。敵が二種類に増えたとなると、もうなりふり構ってはいられなくなる。
音だけで人の性別や体格どころか年齢まで分かるリリーが、ここまで困惑しているのを見るのは珍しい。ヴェゼンティーニに初めて遭遇した時も同じような反応をしていたが、あのときは人ではないと断言していた。近いのは、エスメー・クロンメリンが屋敷に訪れた時か?
けれど、今回はたぶん人だ。人ならば、味方になりうる存在か。いや、あれだけの数のヴェゼンティーニを相手に戦える人間が、存在するならの話だが。
「とりあえず僕が――」
「せんせはここで待ってて下さい。私が見てきます」
元居た通路で何が起きているかを確認しようとしたところ、イルマに遮られる。
ゆっくりと戻り、通路の角から顔を覗かせるイルマ。耳を澄ませて待っていると、風を切るような音と、何かが倒れるゴトリという音が断続的に響いていることが分かってきた。
……やはり、誰かが戦っているのだ。逃げるしかなかった僕らとは違い、音の少なさからして恐らく一人の人間が戦っている。
信じられないものを見たとでも言わんばかりの表情をしたイルマがこちらを向いて、ちょいちょいと手首を動かしこ手招きをしてくる。
リリーの手をしっかりと握って、後ろからベネディクトゥスが着いてくることを確認し、音を立てないようゆっくりと歩く。
イルマと替わって角から顔だけを出して様子を見、そして、言葉を失った。
「覗き見とは関心せんな。若者よ」
そこに居たのは、一人の男性。
細身の剣を片手に、決して筋肉質とは言えない背中をこちらに向けたまま、襲い掛かる異形の怪物を切り捨てている姿だった。
彼が両断したヴェゼンティーニは、ただ肉体を二つに分かたれただけにしか見えないのに、しばらくすると再生できずに砂となって消えていく。
あれは、完全に死んでいるのだ。《デコーダー》を当てた時も、ああやって砂のように消えていった。
彼が切った個体からは、僕らをあれだけ苦しめた超高速再生が働いている気配はない。彼に切られたら倒れ、そのまま消滅する。
どういうカラクリだ、これは。僕は手品でも見ているのか?
単純なHP全損では魂に1ミリの傷も付けられない異世界の住人を、何の加護も受けていないであろうただの剣1本で殺すなど、それでは道理が通らない。
そして仕舞には、新たに現れた扉まで両断した。あれは別空間に繋がっているから視覚情報で扉に見えるが、実際は物体などではない。転移装置のようなものだ。ベネディクトゥスも先程は同じようなことをしたが、あれは扉の位置を変えただけだ。それなのに、彼に切られた扉は音もなく消滅し、そこからは何も出てこない。
何も手を出せず呆然と眺めていたのは、3分程度だったろうか。
これまで現れた全てのヴェゼンティーニを一人残らず切り殺した男は、ようやくこちらを振り返った。
彼が振り返ってから、これまでのように新たな扉が出てくることはない。あれで打ち止めだったのだろうか。
年齢は、50歳半ばだろうか。オールバックに固めた藍色の髪の毛、印象的な口元の立派な髭を見て、僕はようやく彼が誰か分かったのだ。
「首切りフェニーニ…………」
僕の知っている彼の姿は、もう少し老けていた。髪も髭も白く染まっていたし、年齢相応の皺もあった。
けれど、それもそのはずだ。僕が彼に会ったのは、今から15年は先のことなのだから。
シスターのように、数百年外見が変わらない存在は数少ない。ふつう、人間は15年も経てば歳を取るのだ。
あぁ、そうだ。そうなんだ。何故、そんな当たり前のことに今更気付いたのだろう。それは、最初に知り合った面識のあるNPCが、シスターだったからだろうか。
「ん、んんん? 何だ若者達、私のファンか?」
うんうんと唸る彼は、首を傾げながらそう聞いてくる。
「違います!」
「そうか。なら、――――君らの身内でも殺してしまったか?」
その言葉が耳に流れた瞬間、寒気がした。血の気が下がり、一瞬にして血液を全て失ったかと錯覚するほどの寒気。
それが引けば、心臓は早鐘を打つ。ドクンドクンと動く心臓の音が、今はとても耳障りで。
「……どちらでも、ないですよ」
今当てられたのは、きっと殺意だ。いや、当てられたわけではなく、感じてしまっただけなのかもしれない。
僕以外の三人は彼の名に驚きこそすれ取り乱すほどではないので、当てられたのは僕だけであろう。彼の異名を呼んだのは、僕なのだから。
「そうか。そう人目には付かないつもりだったが、まぁ知られて困るわけでもないわ。ところで若者よ、まさかとは思うが、お前らがミッツーネ候の言っていた調査中の探索者か? 見たとこ学生くらいの歳だと思うが」
「え、えぇ、はい。そうです。学生なのも事実ですし、調査中の探索者も合ってます」
「……そうか、どこも人手不足ってことか」
彼、フェニーニはそう言うと、呆れたように溜息を吐いた。
ここでようやく分かったが、どうやらミッツーネの言っていた助っ人は彼のことだったのだ。敬称として付けられた“候”が少しだけ気になるが、今はそこを気にしている場合ではない。元学生だった時点で、貴族なことは分かり切っていたのだから。
今ここで必要なのは、彼が敵ではなく、ミッツーネによって協力的な関係を結べているという対象という事実だけだ。
「あの、一つ質問良いですか?」
それでも僕は、彼にどうしても聞いておかなければならないことがあるのだ。
「構わんよ。答えられることならな」
「…………どうして、剣で切っただけでアレが死んだんですか?」
彼が使っている片手剣は、見たところ魔力も帯びていないし、年代物にも見えず、希少な素材を使っているようにも見えない。
ならばどうして切っただけでヴェゼンティーニが死んだのか。それを知れば、もっと効率良く奴らを殺せるかもしれない。今回のように助けられてばかりではいられないのだから。
「それは、答えられないことだな」
しかし、彼の回答は予想していたもので。
命ある者全てを殺す剣。話には聞いていたが、それを成すのは剣ではないのだと、僕は彼を見るまで理解していなかった。
彼なら、今持つ剣でなくとも、いいや、きっと木剣でも同じように殺すことができるのだ。故に、手にした武器に囚われない。
「ノーラさんと仲良くさせて頂いている、と言っても駄目ですか?」
「ん、んんん??」
「クラスメイトで、今回一緒に課外授業を受けていたパーティメンバーと言っても駄目ですか?」
「んーーー!!!???」
お、落ちるぞ! あとちょっとあとちょっと!
何かないかな!? 父親落とせそうな一言! えぇっと……僕ってば両親生きてないから父親が喜びそうな言葉が分かんねえ! 前世の記憶? 役に立たないよそこまで覚えてないし!
「…………以上です」
浮かばない以上下手なこと言って反感を買うのも嫌なので、ここで攻勢は止めておくことにした。
彼はしばらく唸りながら悩んでいるが、僕の発現を疑っているという素振りはあまり見られない。名字が違うのに父娘と結び付けられるということは、直接話を聞いていない限り知らないことのはずだからだ。
彼女がクラスで避けられていたように、ふとしたことで本名を知られてしまう可能性もあるが、それはまぁ置いといて。
「ちょっとでもいいんですよ?」
何かスケベな誘いみたいになったけど、相手50過ぎのオジサンだからね。しかも知り合いの父親。
「ホントに?」
「ホントですホント」
「ならヒントだけな? 正体はスキルだ」
「スキルかあ……」
うぅん、まぁ予想通り。そりゃ、武器が普通なら、本人の技能だ。
彼はヴェゼンティーニを切り捨てる時明らかに魔力を使っていたが、それが体属性魔法に使われている程度しか僕には分からなかった。他の細かい魔力反応を感知できるほど、僕の眼は良くない。
けど、スキルかぁ。普通のスキルってことはないはずだ。記憶が曖昧になってはいるが、命ある者ならなんでも殺せるようなスキルはなかったと思う。
既存スキルの応用かもしれないが、僕には組み合わせを想像することはできない。木の棒で対象を切り裂くくらいなら再現できると思うが、切ったから死んだのか、死ぬように切ったのか分からないのだ。
前者なら僕にも分かる。切りつつ魔力を吸い取るだけだ。けど後者だとお手上げだ。MP全損以外でヴェゼンティーニの殺し方を知らない僕は、剣と死の因果関係を結び付けるには至らない。
ユニークスキルなら可能かもしれない。けれど切るだけで対象を絶対に殺すスキルとかどう考えてもバランスブレイカー。世界に一人だろうが持たせてはいけないと僕は感じてしまう。
何かしらの応用か複合、それも僕の知らないユニークスキルを使って。うぅん……
「再現性はないかなぁ……」
うん、大分難しそう。無駄な努力になる可能性が高い試行錯誤をするくらいなら、創神系統の魔法をもうちょっと使いこなせた方が良いだろう。
「……あったら困るんだがな」
彼の小さな呟きを聞いて、きっぱりと諦めることができた。
やっぱ、小さなことからコツコツと、だよね!




