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「ん?なんだ子供か」


 男は扉を開けると少し驚いたような顔をしてそう言った。

 先に訪れたのは、独身男性の家だ。

 準備は万端。後は自分の猿芝居がどこまで通用するか。


「あの、これ渡せって言われてきたんですが」


 茶色い紙袋を男に向け、僕は言う。何も知らない子供のように。


「ああなんだお使いか。……なんだこの紙袋。何が入ってるんだ?」


「え、分かりません。開けちゃいけないって言われたので」


「……そうか。ありがとな」


 男はそう言うと、紙袋を受け取った。

 知らない子供が突然物を押し付けに来た時の対応としては、やけに物分りが良い。うん、大体分かってるからね。


 この家は、頻繁に色々な人間が訪れていた。老若男女も時間も問わず、茶色い紙袋を持って。

 そこに金銭のやり取りはなく、ただ訪れた人が家の男に茶色の紙袋を渡すだけ。そしてゴミの中から出てきた注射器。それはもう、クロで良いだろう。


「いつものより良いやつだからなって言われたんだけど……」


「良いやつ?おおそうか、ついに俺にも回ってくるようになったのか」


 男は嬉しそうに紙袋を掲げて眺める。疑いの目など、向けられもしなかった。


「何が入ってるの?」


「んー、子供には言っちゃいけないものかな。お前もすぐに分かるようになるよ」


「そっか……じゃあ、僕はそれだけだから」


「おう、気を付けてな」


 そう言って僕を見送った男の受け答えは完璧で、不自然なところはない。

 覚醒剤常習者に現実で遭遇したことはないが、ゲーム内では何人も見た。露骨にラリってるようなNPCも居れば、普段通り受け答えができるようなNPCも。

 依存度の違いなのか本人の耐性なのかは分からないが、まぁそれはどちらでも構わない。


「三日くらい、かな」


 そう呟いて歩き出す。

 次は家族暮らしの方。こちらは、男の家と違って家族以外の人間が訪れることはほとんどなかった。

 それでも、深夜に帰宅する娘が茶色い紙袋を持っていたのを覚えている。だから渡すとすれば娘だ。

 娘といっても、15から20歳程度だろうか。そういえばゴミを捨てていたのはいつも娘だったし、ゴミを捨てに出てくるのは遅かったな。

 娘は無職というわけではないだろうが、日中はほとんど家に居るはずだ。両親は働いているようで早朝に出て夕方過ぎに帰ってくるが、娘は夕方前には家を出て、深夜に帰ってくる。

 一番怪しい動きをしているのは娘だから、接触するなら娘。ならパターンは、先の男とは違うパターンで挑まなければ。

 拠点としていたビルの屋上で紙袋を回収すると、すぐに娘の家へ向かう。



「あの」


「ん? 何よアンタ、誰?」


 ベルを鳴らして扉を開けたのは、少し機嫌の悪い、眠そうな女だ。

 化粧を落としているので分かりづらいが、この家の娘に違いない。


「え、あの、ごめんなさい、イールって言います」


「ふーん。で、何の用? 今は父さんも母さんも居ないけど」


「いえ、その、これが家の前に落ちてたんだけど」


 男に渡したのと同じ茶色い紙袋。中身の注射器は、一応3本にしてある。

 この娘が3本使うのか、家族で使うのかは分からないが、一応ね。


「これって…………ああそれね。どこに落ちてたって?」


 娘は、紙袋の中身をチラっと見ただけで納得したような顔になる。案の定、常習だったか。


「そこの道に、お姉さんの?」


「うんうん、たぶんそう」


「良かった……」


 道に落ちていたでは流石に怪しんでいるようだが、彼女の場合は受け渡し方が不明なのでそれらしき渡し方はできない。ならば依存度に頼る作戦だ。

 多少怪しかろうが、欲しければ受け取るはず。中身が違えば、受け取ってから捨てればいいのだ。

 注射器の中身が何かまでは分からないかもしれないが、同じ紙袋で同じ注射器なら、中毒者が試さないわけがないだろう。


 紙袋も注射器も、ゴミから見つけたものとほぼ同じものを創造魔法で作ってある。注射器ほどに細かいものを作るのは大変だったが、注射器自体を見つけたのは9日前なので幸い時間は充分にあった。

 100を超える試作の末出来上がったそれは、元の注射器と判別がつかないほどの精度だ。目印を付けていないと自分でも分からないほどに精巧に作れている自信がある。まぁ元から割と作りが雑だったから作りやすかったってのはあるんだけど。

 紙袋はパルプのような肌触りで、鑑定結果の材質は未知の物質だったが、見た目と触り応えが分かれば既知の物質だけで作り出すことができた。普通に考えて紙袋の素材にまで目を向けないだろうから、バレる心配はしないでいい。


「じゃあ、気を付けてね!」


「ん、ありがとね」


 娘に見送られた後少し進んで振り返ると、満足そうな顔をして扉を閉めるのが見えた。うん、疑いは晴れたか。

 普通に考えて、道に落ちてたものを自分宛と認識するのは都合がよすぎるが、それは「他の人が買ったが、偶然私の家の前に落としたもの」と脳内で修正してくれることだろう。

 この反応からするに、依存者はそれなりに多いのか? 一か所のゴミ回収場所から二人の中毒者を見つけることができたし、開封できなかったゴミ袋にも注射器が入っている可能性はある。


 ひょっとしたらこの街、相当不味いことになってるのか?

 孤児院から出ないまま3年暮らしていたから知らなかっただけで、街の中はとんでもないことになっているのかもしれない。

 いや、覚醒剤中毒者が大量に居たところで傍から見たところ街は滞りなく回っている。もしかしたら、それが普通なのかもしれない。日本の基準で考えているから異常に見えるだけで、覚醒剤の中毒者が溢れかえるこの状態が普通――――いや、そんなわけないよな、うん。



 女の家から離れて歩き出す。

 何、やましいことなんて何もないんだ。あえて人目につくよう所を歩き、時折休憩。それも勿論人目に付くところで。

 この歳の子供は学校に通うこともできるようだが、義務教育のような制度があるわけでもないようだ。暇そうに街を歩く子供は、昼間でも見ることができた。

 知らない子供と遊ぶつもりはないようで遠目に見られて終わりだが、別に一緒に遊びたいわけではないので構わない。

 ただ歩く。街の様子におかしいところがないか、住人に変わった兆候が表れていないか、なんとなく観察しながら、ただただ歩く。


 さて、どれくらい歩けば次のステージに進めるだろうか。









「お、お、おまえ!! そうお前だよ!」


 街を歩いていると、大きな声で呼びかけられる。

 仕込みをした翌日だ。思ったより早かったな。


「え、僕?」


「そうそう!」


「えっと……誰?」


「イサンカだよ! ってああ、名乗ってなかったか? 昨日お前が荷物届けに来た家の!」


「えーっと……ごめんなさい、覚えてなくて」


 用意していたテンプレート通りに、当然のようにしらばっくれる。

 うん、覚えていないはずないんだけどね。昨日からずっと待っていたんだから、待ちわびた客だ。


「あーー……まぁいい! 昨日、茶色い紙袋持ってきたろ!?」


「うん、あ、その中の人?」


「その中のって……他にも配ってたのか?あれ」


「うん。30個くらい?」


「さ、30……」


 衝撃を受ける男の顔を見て、笑いそうになる。ここまで計画通りだ。

 後はどうやって誘導するかだが、男の様子を見るに、それは必要ないかもしれない。


「それ、まだ残ってたりしないか?」


「ないよ。どの家にどれって言われてたし」


「じゃあ、次にいつ配るか聞いてるか?」


「ううん、全然」


 そう言うと、男は露骨にショックを受ける。少しだけ考えると良い考えが浮かんだのか、そのまま僕を誘う。


「そうか……ちょっとお駄賃やるから、話聞かせてくれるか?」


「えっ、うん!」


 なるべく純粋そうな少年の声を出せたろうか。ニヤけるのは隠して、ちゃんと嬉しそうな表情を作れたろうか。

 鏡がないので分からないが、男の表情を見るに怪しんでいる様子はない。大丈夫そうだ。


 覚えていない設定なので、きょろきょろと周りを見渡しながら男の後ろを着いてく。

 男に案内されたのは、案の定彼の住む家だった。

 この世界でも、子供は親に「知らない人についていってはいけません」とか言われてるのだろうか。どうだろう。もしそれが常識なら何も警戒せず男に着いていくのはまずいかもしれないが、男がそんなこと考えれる思考状態にもなさそうなので、まぁ良いか。


 男は家に入る手前、周りに誰も居ないか確認するように、キョロキョロと周囲を見渡した。まぁ誘拐に間違われないようにしたとかそんな程度だろうか。


「ほら、こんなもんでいいか?」


 椅子に腰掛けた男は、財布からおもむろに硬貨を取り出す。

 じゃらじゃらと出てきた硬貨はほとんどが銀貨だが、数枚金貨も混ざっており、子供のお駄賃には高すぎるほどだ。

 ちなみにこの街の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨が存在する。

 銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨10枚が白金貨1枚のレートだ。

 ちなみに飲食店で簡単な食事をするなら銀貨1枚あれば充分だが、今のところ店で食事をしたことがないので未経験。だって、これが始めての現金収入だからね。


「こんなにいいの!?」


 それはもう、正直に驚いた。子供のお駄賃なんて銀貨1,2枚が精々と思っていた。

 この男、思ったより羽振りがいいようだ。


「おう、持ってって良いぞ。代わりに色々教えてもらいたいんだが……」


「うん! なんでも話すよ!」


 日本円に直しても数万円だろうか。ホームレスを続けても、節約すれば数ヶ月生活できるほどだ。

 ホームレスは宿代かからないからね。ビルの屋上暮らしも慣れれば悪いものではないし。

 そんな大金を子供が入手できたら、そりゃ口止めされてることでもなんでも話すだろう。僕の心は子供じゃないのに何でも話してあげたくなるほど嬉しいし。


「じゃあまず、あの袋の配達したのは誰だ?」


「えっと……怖そうなおじさん」


「名前とか知ってるか?」


「ううん、知らない人。たまに僕にお使い頼んできて、お駄賃くれるの。いつもは銀貨1,2枚なんだけど」


「……なるほどな。どこに住んでるかとかも」


「知らない……ごめんなさい」


「や、いや、気にしないでくれ」


 男は少しだけショックを受けたようだが、まだそれは許容範囲だったらしい。次の質問を考える。

 普段の数倍どころか数十倍のお駄賃を貰っておきながら何も知らないでは、いくらなんでも失礼だろう。

 いや、まぁ。お駄賃くれる謎の強面おじさんなんて適当にでっちあげた存在だから知らないものは知らないのだが。


「どのくらいのペースでお使い頼みに来るんだ?」


「三日に一回くらい? 来ないときもあるけど」


「おっ、てことは……」


「来るなら明日、かな?」


「なるほど。そこ、俺も同席することできるかな?」


「うーん…………」


 悩む悩む、悩むフリ。

 存在しないおじさんに会わせることなんてできないよ。けど悩むフリ悩むフリ。

 回答は準備しているから、適当に時間を潰すだけ。


「いつも、どこで渡すか分からないから、難しいかも。どこかで遊んでると、おじさんから声掛けに来るの」


「そうか……。なら伝言とか頼めるか?ちゃんとメモにしとくから」


「うん!それならできる!」


こうして、謎のおじさんもとい僕の中の人と、男イサンカの文通が始まった。

ラブコメとかは始まらないよ!

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