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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
課外授業
109/133

22

「テレスコープじゃったか?」


「ですよ。ていうか、僕に調べさせるつもりだったんですよね?」


「ほっほっほっ、やはり気付いておったか」


 白々しい爺め……っ! とは思っても流石に口には出さない。一応彼は目上の人間ではあるからだ。考えてるのバレてそうだけど。

 グループは調査班と戦闘班に分かれ、調査班の探索者はこの迷宮の生命体と判断できるモンスターとは交戦して良いが、未確認対象との交戦はせず、テレパスでの報告と即座の転移を行うことになっている。

 戦闘班は逆に調査をせず一か所に留まり、呼ばれた場所に転移して戦闘、といった具合だ。

 最初は僕の知っているヴェゼンティーニの情報と倒し方を全員に教えようとも思ったのだが、ミッツーネからそれを止められてしまった。

 探索者という生き物は、相手の倒し方がわかってしまえば倒そうとしてしまう(・・・・・・・・・)からだ。情報だけで初見の敵と戦えるほどには、集まった探索者のレベルは高くないらしい。探索者のレベル不足は、元からそこまで難易度が高い迷宮ではなかったことが原因だろう。

 それを直接言わずに皆を納得させられたのは、流石熟練の話術だった。それは、僕には到底ないものだ。

 ミッツーネ自身、皆の前ではあぁ言ったが、『夜明け前』の団員が皆無事とは考えてはいないらしい。アストラル体への攻撃と僕は簡単に言ったが、探索者はそのような魔法はあまり使わないようだ。確かにモンスターを相手にしたら魔力を削るという戦い方はあまり有効とは言えないし、非実体モンスターというのも少なく、大抵出現エリアが限られているものだ。それに、もっぱら対人戦闘で使われる技術だからだ。対人戦闘を想定していない探索者が使うには、少しだけ難しいらしい。


 僕らとミッツーネのパーティ計8名が戦闘班である。

 僕の想定するヴェゼンティーニの総魔力量を彼らに伝えたところ、「そのくらいなら削りきれるかのう」といった反応であった。やはりこの老人達は、探索者として見ると相当異質な存在だ。

 どうやら探索者組合を通さず裏で国からの依頼を受けてこの迷宮の管理をしていたようで、ここに集まった他の探索者と比べても明らかに貫禄があるのはそういうことなのだろう。


「で、助っ人ってのは誰のことなんですか?」


「わはは! そんなもの、エミリオに決まっておろうが!」


「本気で言ってます?」


「冗談じゃよ。いや、強いことは認めるが、流石にお主をS級探索者相当とは思えんな」


「……そうですか」


 あ、ちょっと悔しいなこれ。事実ではあるんだけど。

 確かに僕の扱える魔法は対モンスターより対人がメインだし、創作魔法によって色んなことができるっちゃできるが、それは効率が悪いし準備時間もかかる。上を見ればいくらでも強い人は居るだろう。それがわかっても、直接言われると悔しさを感じてしまう。


「彼奴の行動は内密にされておるので、儂らも名前を言うことを許されてはおらん。まぁ、偶然会ってしまったらそこまでなんじゃがな、それは儂の関与することではない」


「……その人なら、ヴェゼンティーニを倒せると?


「当たり前じゃ。例え異世界の生命であろうが、それが命を持つものなら奴に殺せぬ道理はない」


 ミッツーネはそう断言する。そして感じるのは、尋常じゃない悔しさだ。


「……それは立派なことで」


 あぁ悔しいなぁ! 僕の魔法を見て、そして評価してくれているミッツーネにここまで言わせるということは、これはきっと事実なのだ。その言葉には嘘偽りも誇張もなく、彼はそれを信じている。

 僕がどれだけ特異な存在になろうと、彼にそこまで思われる人間にはなれていない。人であることをやめたところで、まだ人には適わないのだ。


 命ある者全て殺すなんて、まともな人間の所業とは思えない。ひょっとしたらシスタークラスの実力者? シスターはそういう正面向いての切った張ったな戦闘行為より裏で暗躍するタイプと認識しているので、戦ったらどっちが強いかとかは考えづらい。僕の知ってるNPCだったりするのかなぁ。そんな強い人なら、覚えてそうなものなんだけど。

 15年以内に命を落とすなら知らないかもしれないので、何人か目星をつけておいて、反応を考えておくことにした。


 調査班からテレパスで呼ばれたミッツーネ達がどこかへ転移していったところで、イルマが僕の方をじっと見つめてくる。なになに、見つめられるとちょっと照れるよ。


「せんせ、267の700あたり、なんか居ますよ。届きます?」


「あー、うん。オッケー、大丈夫そう。えぇっと……祖は生まれし命の対価、その身で祓いて償いたまえ。裁きをここに――、《デコーダー》」


 僕はナーガを狙撃した時と同じように創作魔法テレスコープを起動しており、それで周囲の情報を集めながら、ルゴスから受け取った創神系統魔法を使用した。

 イルマがテレスコープの解析用として、テレスコープの集めたデータをマップ上で視覚的に表示できる魔法を作り上げてくれたお陰で、僕はそれだけを頼りに対象を目視する必要すらなく地点発動魔法を使えている。

 テレスコープをリリーに繋げることで知覚範囲を広げ、イルマの解析した敵座標情報をピンポイントに狙うことで効率良く敵を始末することができている。

 ちなみに《デコーダー》は自身の決めた座標一点のみに発動する魔法であり、それを見えないところに居る対象に向けて打っているので、そこに居るのが本当にヴェゼンティーニであるかは実は僕には分からない。

 対象が何なのかは、リリーの直感に任せている。人か人じゃないか、ヴェゼンティーニか迷宮産のモンスターか。リリーと同じ音を聞いても僕には聞き分けることなどできないので、彼女の直感が全てだ。もし仮に間違えたとしても、人なら魔力が全部削れてぶっ倒れるくらいで命に別状はない……はずだ。周りにモンスターが居たらどうなるかは分からないが、こんな状態の迷宮にソロで潜っている人なんてそうは居ないだろうし。


「にしてもその魔法、便利ですねぇ」


「ねー。魔力効率も悪くないしなぁ……」


 ヴェゼンティーニを殺すのに、何もオーバーキルする必要などはない。奴らにとってのHPであるMPを、0まで削り切るだけで倒せるのだ。いくら高速の再生能力を持っていても一度全損してしまえばそのまま死ぬようで、丁度倒す威力でなんの問題もない。

 異相門のように自身の魔力を直接ぶつけるわけでもないので僕の魔力はそこまで削られないし、1匹ずつ倒すだけならリリーの大気系統魔法ほどの出力も必要ない。

 もっとも僕の魔力量でまともに使えそうな創神系統魔法は《デコーダー》1つしかなく、それ以外は使えるだろうが魔力が足らないかこの場の用途に適していないかのどちらかで、宝の持ち腐れ状態だ。

 ルゴスの親切心か、創神系統魔法の使用を意識すると詠唱すべき文字が周囲に浮かんでくるので、僕はそれを読み上げるだけでいい。ゲーム時代の詠唱もそんな演出だったなぁと少しだけ懐かしい気持ちになる。


「祖は生まれし命の対価、その身で祓いて償いたまえ。裁きをここに――って、私が言ってもなにも起きないんですよねぇ」


「スキルの有無なのかなー。そのへんはわかんないなぁ……」


 僕と同じ詠唱をイルマがしてみても、《デコーダー》は何の反応も示さない。もし普通の魔法と同じ扱いなら、スキルを持っていなかろうが魔力を込めた詠唱には何かしらの魔力反応があるはずなのだが、それすれも全くないのだ。

 理由は分からず、スキルを持っているか持っていないか、くらいの違いしか想像できない。神用スキルみたいなことを言われてていたので、何かしらの権限が必要なのだろう。


「おう、そっちもやっとるようで」


「これで3体目ですよ。そっちはどうですか?」


「今まとめて2体じゃ。どうやら、エミリオの言っていたヴェゼンティーニで間違いはないようじゃなぁ。皮の剥げた人のような何か、儂らにはそうとしか表現できんわ。歴史上は亜神種とされているヴェゼンティーニがあんな外見とは、あまり想像できんもんじゃが……」


「そのへんは僕も詳しくないんで、すみません」


「いやいや構わん。それは儂らで勝手に調べるよ」


 そう言うと、ほっほっほと笑うミッツーネ。

 討伐しなければいけない以上、彼らにはヴェゼンティーニの話を少しだけしてある。便宜上仮の名前をつけても良かったのだが、今後の情報齟齬を思うとなるべく正式名称で呼んでおきたいからだ。どうしてあれがヴェゼンティーニか分かったかは伏せておいたが、神の憑代になってるクラスメイトが居るとか言ったら相当面倒なことになりそうだしね。具体的に言うとユリアの対応が。


「ん、そろそろ5階の調査は終わるようじゃ。儂らも下に降りるとするか」


「えぇ。リリー、このフロアの様子はどう?」


「ん……たぶん居ないと思う、よ?」


「ん、ありがとね」


 リリーと唇を軽く合わせ、魔力を同期させる。

 僕専用で作ったテレスコープだが、起動さえしてしまえば維持をするための魔力は僕のものである必要はないのだ。ただし、僕の代わりに魔法を維持するには魔力を僕に同調させる必要がある為、定期的に魔力波長の照らし合わせをしなければならない。そのための粘液接触だ。


「リリーばっかずるーい。せんせ私もー」


「はいはい、イルマも解析ありがとね」


 イルマとのキスに特に意味はないが、まぁうん、意味なんてなくてもいいよね。

 何度目かのキスに老人パーティは何も言わなくなったが、後ろで見ているベネディクトゥスがハァ……と大きめの溜め息を吐いた。連れ出されたのは良いものの、彼の出番が今のところないからだ。

 いやうん、今のところは僕ら三人でもなんとかなってるんだよね……。このままなにもなければ出番が最後まで無いことになってしまうが、そこまで簡単な話ではないだろう。

 僕らはミッツーネのポータルを使い階下に降りる。出来ることなら、このまま終わることを祈ってーー





「……おかしいのう、ヨルフ班からの連絡がない」


「いきなりですか。どのあたりに居ました?」


 地下6階に降りて30分程経ったろうか。ミッツーネが少しだけ慌てた口調でそう言った。

 マッピングデータを広げ、連絡の途絶えた班が最後に居た場所を探る。


「降りてからは南東に向かっておったはずじゃ。となると……このあたりか」


 そう言われて囲われた範囲は異様に広い。調査班からは10分おきの定時連絡があったのだが、それが急に途絶えたのだ。最終報告から10分で動ける範囲だとこのあたり、といった囲いは想像していたより広い。どの方向に向かったか正確に分からない以上は仕方がないのだが、虱潰しに探すには苦労する範囲だ。


「……で、どうします?」


「そうじゃな、どちらか一方が様子見に行くのがセオリーではあるが……」


「まどろっこしいですねー。もう8人全員で向かえばいいんじゃないですか?」


 珍しくイルマが口を挟む。確かに、彼女の選択は悪くない。何が起きたか分からない以上、ここで戦力を分散するのは好ましくないからだ。しかし普通に8人全員で向かうと他の調査班の様子が取れなくなるのが問題で、異常が1班だけで済まなかった場合、最悪の選択になる可能性もある。


「一旦調査班を5階に避難させて、僕ら8人は消息不明になった班の探索、そのへんですかね」


「……ま、妥当じゃな。念には念を、一旦戻ってもらおう。連絡するから、ちょっと待っておれ。――ん?」


「どうしたんですか?」


「他も班とも連絡が取れんぞ。どういうことじゃ……?」


 困惑の表情でこちらを向くミッツーネ。調査班4班のどれとも連絡が途絶えるのは、流石に想定していなかったようだ。

 そうならないように調査班はすぐに逃げて、戦闘班だけが戦うようにしていたのだ。動きが素早くない相手ならそれで対処できていた。それなのに一斉に連絡が途絶えるのはどういうことか。

 全調査班が一斉に狙われたとか? それなのに僕らにはなにも無し? 中々に考えづらい。いや、知性のある敵ならば有りうることだ。弱いところから落としていくのはセオリーではある。しかし、ヴェゼンティーニがそれを? ……分からない。


「……全滅したとか?」


「……流石に考えづらいのう。ここで考えておっても仕方ない。儂らも一旦外へ、――ん?」


 ミッツーネの言葉は、そこで止まる。

 不思議な音が聞こえたからだ。なんだろう、聞いたことのあるような、ないような、地響きのような何かを引き摺る音で――

 チンと、小さなベルを鳴らすような音が聞こえた。響く音はそこで止まる。


 あ、思い出した。エレベーターだ、これ。


 僕らの正面で、空間が捻れるように開く。

 開かれた先には、何もない。扉の崎は灯り一つない暗闇で、宇宙というより海底を思わせる。水もなにも見えないのでその表現が正しいかはわからないのだが。


「転移出来んぞ! どういうことじゃ!?」


 慌てる老人達。反面、あぁやっぱりかと溜め息を吐く僕ら三人。

 転移できないのもテレパスが通じないのも、調査班が全滅したからではないのだ。考えていた最悪のケースのうち一つが当たってしまったことを、僕はここに来て理解する。


「ベネディクトゥス、時間稼いで」


「……あぁ、心得た」


 目を見開く彼も、慌てて取り乱したりはしない。冷や汗は流しながらも、そこは貴族らしく悠然とした佇まいで、正面を睨み付けている。あぁこいつは本当に偉い奴なんだなと、少しだけ関心してしまうほどに。


「管理の門よ開け。我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。万物を語る術を、万物を語る口を、万物を語る力を。知恵の実よここへ、知識の在り処を指し示せ」


 僕らは、結界に閉じ込められている。転移もテレパスも遮断する結界だ。もしかしたら、遮断されているのはその2つだけかもしれないので、仕組み自体は大したことないし、そんな仕様の迷宮はいくらでも存在する。

 ただし、一般的にそのような結界は罠として使用されるものだ。あらかじめエリアを決めて発動させておくはずなのに、これはそうではないらしい。

 転移やテレパスが使えなくて、初めて発動に気付いたからだ。これだけの魔法使いがいて、発動していた罠に気付かず自分から飛び込むはずがないのに。


「エミリオ、どういうことか分かるか?」


「罠じゃないんですよ。知性のある対象が、ここを狙ってリアルタイムで結界を貼って来てるんです」


「結界じゃと……? しかし、そんなもの発動したら分かるはずじゃろう?」


「分かるはず。けど実際、分からなかったんですよ」


 管理の門は発動した。故に、この場には確かに結界が存在する。僕らを覆い隠すよう、相当広い範囲で設定された結界が。

 もしかしたら、フロア全体を対象としているのかもしれない。それならば、同時に連絡が途絶えたのも頷けるし、案外狭いのかもしれない。いくら横に狭く縦に深い構造の迷宮とはいえ、フロア全体を覆い隠すほどの結界を貼るのにどれほどまでの魔力が必要か、検討もつかないのだが。


「……不味いな。ルゴスでも解析できないか」


 そう呟く。管理の門は結界などの他者が使用した持続する魔法に対して使い管理者権限を奪い取るものだが、それには限度があるのだ。

 あまりレベルが違いすぎると結界の情報を開くので精一杯になってしまい、権限の獲得には至らない。今回が、まさにそれだ。


「扉の先、焼き尽くして」


「あぁ。――我が身我が家の栄光は、常に炎と共に在り。万物焼き付くす無限の炎よここに。裁きを以て焼き付くせ――《フィアンマ・クイ》」


 入学時に見た、魔力量にかまけた無駄な構築の魔法ではない。使用した魔力の99パーセントを炎に変換し、1%のロスも奮進剤へと変えた炎魔法。彼の魔法を間近で見るのは久し振りだ。何せ、彼が魔法を全力で使えば人は瞬く間に焼け死んでしまうから。

 確実に炎に耐えられる者でも居ない限り、彼の全力を見る機会はそうはない。


 放たれた炎は、今まさに扉から出てきた人のような形をした何かを焼き尽くし、後続も焼いて、焼いて、焼いて、焼いて、無限の炎はそれでも消えない。

 もう彼は魔力を流していない。それでも彼の生み出した炎は燃え続け、新たに現れるヴェゼンティーニを消し炭に変えていき、炭を8つ数えたところでついに火は消えて、扉は閉まる。

 いつ、どこで、こんな魔法の練習をしていたのだろう。ただ炎を飛ばしていただけの、威圧すれば勝てただけの頃の彼とは大違いで、これは加減など無しに敵を殺すためだけの魔法だ。


「やっぱ、再生しますよね」


 イルマは小さく呟いた。人型の炭は風化する前に肉体の再生を始める。黒い炭は風船のように急速に肉体が膨れ上がらせ、手をつき膝をつき、立ち上がろうとする。


「……気色が悪いッ!」


 吐き捨てるようにベネディクトゥスが言うと、再生を始めたそれも一瞬にして炭になった。今、彼は魔法の詠唱をしていない。あれだけ長々と詠唱をしていた彼が、たった一言で魔法の形を成したのだ。成長しているのは皆も同じなんだと、今更ながらに感じるのだ。


 ヴェゼンティーニはベネディクトゥスの魔法によって再生するたび瞬時に炭に変わっていくが、これは根本的な解決にはならない。HPがいくら減ったところで瞬間再生能力によって全回復してしまう以上、HPではなくMPを削りきる他にないのだ。

 しかし、倒せていないとはいえ再生中はまともな行動を取れないので、時間稼ぎとしてはこれ以上ない魔法である。


「祖は生まれし命の対価、その身で祓いて償いたまえ。裁きをここに――、《デコーダー》」


 一匹ずつ、一匹ずつ、丁寧にプチプチと息の根を止めていく。

 幸いベネディクトゥスの魔力量は常人を遥かに越えており、この程度で息切れの気配はない。むしろ、僕の方が先に魔力が尽きそうだ。


「通じたぞ! どれかの個体が結界を貼っておったんじゃろう!」


 ミッツーネはそう叫ぶ。あぁ良かった、テレパスが通じたということは、結界に閉じ込められていたのは僕らだけだったのだ。

 調査班の身に何かがあったからテレパスが封じられたのではない。逆だ。僕らの周囲に結界が貼られていたから、テレパスも転移もできなかったのだ。それを理解したのは、最後の一匹を砂に変えた後なのだが。


「そっちに行ってください。とりあえず迷宮の外まで調査班全員を逃がすまでは戻らなくて良いです」


 今のように一気に8体も現れたのは僕らのところだけ。それ以外の個体は1体か2体で動いていたのだ。

 結界に閉じ込められていた時間はそこまで長くない。けれど、僕らと相対したのと同じような結界を持つ個体が居る場合、調査班の身が安全とは言えない。逃げるつもりの彼らが転移できないと知った時、果たして立ち向かおうとするだろうか? ベネディクトゥスほどの火力で殺し続けることができるのだろうか?


「また結界を貼られたら、どうやって連絡をするつもりじゃ? イルマ嬢の言うように、まとめて動いた方が良いと思うが」


「そうしたらまた結界に巻き込まれますよ。分からないんですか? こいつら、弱いとこを狙ってるわけじゃない」


「……まさか」


 そう、明らかに異常。これまでの個体とは違う攻め方で来た彼らは、個体が死ぬ度に何かしらの手段で学習し、情報を共有しているのだと考えられる。

 敵を撤退させたいだけなら、弱いところを落とせばいい。集団とは被害が一定数に達した時点で逃げ出すからだ。それを思えば、弱いところから落としていくのがセオリーだ。

 けれど敵を全滅させたいなら? その場合は逃げ道を塞いで、一番強い奴を真っ先に落とせばいい。自分達の敵になるところだけを倒せば良いのだ。犠牲が出た所で、最も強いところを落としておけば残りは余った戦力で倒しきれる。どれだけ犠牲が出ようとも、数に勝り後出しできる方が有利なのだ。


「こいつら、一番強いところを狙ってるんです。セオリーの逆だ。『夜明け前』が全滅したってのは、あながち嘘じゃないかもしれない」


 弱い個体を落とされたら、敵は全力で反撃してくるかもしれない。けれど強い個体を落とされると、集団の統率力は大きく落ち、反撃するのは難しくなる。後は蜘蛛の子を散らすように逃げる雑魚を一匹ずつ狩っていくだけだ。探索者が迷宮生物、モンスターを相手にいつもやっているように――


「敵は馬鹿じゃない、知性のある生命だ。これだけ派手に殺したんだから、次に狙われるのは絶対僕らだ。逆に言えば、他は安全なはずなんです」


「それが分かっていて子供を置いていけるか! 馬鹿者め!!」


 あぁ、怒られてしまった。

 僕らはいくら強い魔法が使えるからとはいえ、ただの子供だ。これはマセた子供の判断だ。

 転生していようが、生きてきた年数でミッツーネ達には遠く及ばない。この場の判断は、ミッツーネの方が正しい。それは、それはわかっている。けれど――


「僕ら4人にはまだ余力があるんです。けど、他の調査班は違うかもしれない。使われる結界が全部同じなら、あれは中から外に向けた魔力が無効化される、一方通行の結界なんです。内外に効果を発揮しているわけじゃない」


 管理門でアクセスしたが、僕のレベルでは結界の掌握には至らなかった。けれど、どのような結界か、断片を掻き集めることで多少は理解できたのだ。

 あれは敵を逃がさないための結界。入ってきたものを外に逃がさないための鳥籠だった。


「出ることは出来なくとも、入ることは出来ると……?」


「えぇ。結界を貼られていても、外から入ることはできるはずなんです。それで中に入って、結界の主を落とせば消えるはず。まずはそれを繰り返して調査班全員の救助と避難を。その後に僕らにテレパスが通じたら、来てください。通じなかったら――」


「みなまで言うな! あぁ分かっておる、分かっておるわ! お主ら、絶対死ぬではないぞ……ッ!」


 ミッツーネはそれだけ叫ぶと、即座にパーティ4人で転移をした。

 ここに残されたのは、僕ら4人だけ。この4人で、敵を出来る限り多く引き付ける。調査班が逃げるまでの時間を稼ぐのだ。


「さ、派手にやろうか」


「はい! ――《コンバージング・ライト》っ!! からの、《コンパージング・ライト》もういっぱぁつ!」


 思考詠唱で決め技を二重に詠唱待機させておくなど、これまでのイルマは一度もやらなかったことだ。しかし、できなかったからではないのだろう。

 しかし、何に向かって? 二重に放たれた数千を越えるレーザーは空中にある一点に向かって収束し――消えた。


「見えてるんですよ!」


 僕の意識から離れていたテレスコープ。リリーが維持し、イルマが解析を続けていたそれによって、イルマには次に開かれる扉の位置が分かっていたのだ。

 僕の視界に映らないほどほんの僅かに開かれ、こちらを覗き見ていた扉の隙間にレーザーは捻じ込まれるように新入し、中に居た何かを穴まみれの肉塊へと変えていく。


 僕らの囮は、流れ星のように綺麗なレーザー光によって始まったのだ。

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