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僕らが町に戻ってしばらくした頃、這う這うの体で迷宮から脱出してきた調査団員の証言により、彼を除いて調査団『夜明け前』が全滅したことを知らされた。
調査団と遭遇したのは、状況から考えるにヴェゼンティーニであろう。イルマが感じた血の臭い、僕らより前に居たはずの調査団と一度も合流しなかったことから、間違いないと思われる。
しかし、初見とはいえ、熟練の探索者がヴェゼンティーニ1体程度にやられるものだろうか? 再生能力を考えれば確かに強いかもしれないが、魔法使いが何人も居たらアストラル体への攻撃を試すこともあるはずだし、転移だって行える。
たった一人しか逃げることもできないほど圧倒的に倒されたとは、到底考えづらいのだ。
ユリアを介してエスメー・クロンメリンに聞いても、周辺に居た個体はあれだけらしい。ヒトの血の臭いはしたが、殺して食べたなら彼女が臭いを勘違いすることもなかったはずで、そこも不可解な点だ。
となるとほぼ間違いなく、迷宮内にあれ以外の個体が存在することになる。僕らが発見したのはその中の一体でしかなかった、ということだ。
エスメー・クロンメリンの手によって扉の座標は変えられたので、今すぐに集団が攻めてくることはないと思われる。しかし、元からこちらの世界に来ていた個体は別なのだ。座標について説明を聞いても僕はよく分からなかったのだが、世界間の移動に使われる扉を一時的に使えなくしただけであり、元からこちらの世界に来ていたがこの場この次元に現れていない個体が居たら、それらが出てくる可能性はあるらしい。
調査団唯一の生き残りは精神錯乱状態で当時の話を聞ける状態になく、調査は困難と思われた。
そしてその日の夜、迷宮は追加調査の為一時的に閉鎖されることが知らされる。僕らの課外授業は、たった二日で終わりを迎えてしまうのだ。
――しかし僕らの探索は、これで終わりではない。
「ベニー、ううん、ベネディクトゥス。ちょっと手伝って」
「……何用だ?」
待ち合わせ場所にしていたカフェの一角、腕を組んでふんぞりかえる男に、仏頂面で返される。
彼も探索を途中で終わらされたのは不本意なのだ。期日になっても攻略できず離脱することになったならともかく、非常時だからと強制送還では、フラストレーションは貯まる一方だ。何せ自分が勝てなかったから、というわけではない。他人が勝手に負けたことで自分の行動を阻害されるなど、彼のような性格だとさぞ不快なことだろう。
「一番適任だから。つーか僕の転移じゃ4人までしか運べないし、4人で最高率のパーティ組むとこうなるって話」
「……何を言っているか分からないのだが」
「良いの良いの。何でも良いから手伝って。説明は後でするから」
まだ納得できない様子のベネディクトゥスを帝国グループから連れ出し、すぐさま転移。
迷宮の入口に戻ってきた僕らは、そこ集団に紛れて話し合っているイルマ、リリーと合流する。
そこには、日を跨ごうとしている時間にも関わらず、30人以上の探索者が集まっていた。全員の魔力を温存する為か大きな焚火を作り、それを囲うようにして探索者が立っている。見知った顔もいくつかあるので、軽く頭を下げておいた。
「一番良さそうなの連れてきたよー」
「……おい説明しろエミリオ。これはどういうことだ」
「追加調査。僕らの課外授業は中断されたけど、迷宮をこのまま放置してるわけにはいかないから、グループ組んで調査すんの」
「……なんと!」
あ、ちょっと嬉しそう! 一瞬彼から焚火からではない熱気を感じたけど、リリーのレビテーションみたいにテンションが上がるとちょっと火が漏れるのだろうか。とんだ危険人物じゃねえか。
学生としての活動が終わっても、僕らは学校名義ではなく個人でこの迷宮の探索許可を取っている。自主的に調査活動に参加する分には、何の問題もないのだ。……後で怒られそうだけど。
「おほん、宜しいか」
老人がそう言うと、集まっていた探索者達は静まり返る。
「儂はミッツーネ。臨時ではあるが、この場の指揮を取らせてもらう。異論ある者はおるか?」
静まり返る探索者の前でそう言ったのは、僕らも面識がある老人だ。
ミッツーネ・バッケル。元魔法学校講師の探索者。
口を挟む者は、一人も居なかった。それもそのはず、あの時とは違う完全装備の彼を見て実力不足だと言うものは、そうは居ないだろう。
一番目立つのは、白のローブに施された、繊細な金の刺繍。工業製品とは到底思えない精密さで縫われた刺繍は、一定の規則性で縫われている。恐らく、何かしらの魔法の触媒とするために、ローブそのものを魔道具か、もしくは魔法陣としているのだ。
手にした小ぶりの杖は大小様々な宝石や魔石が埋め込まれており、指輪や耳飾りに至るまで、どれも一級品とすぐに分かる代物。
装飾品を整えるのは、決してひけらかすものではない。そのつもりで拵える者も居るだろうが、探索者にとってのそれは実力の証であり、そして、どれだけこの場に本気かを周囲に知らせるために必要なものなのだ。
魔法使いにとっては、装備するだけでステータスが上がる便利アイテムなど存在しない。それらは使い捨ての電池としての運用だったり、詠唱を簡略化する為に用いる魔道具だったりと様々だが、そのどれもが規定回数使用したら破損、消滅してしまう。
それらを用意し持ち込むことは、その迷宮に掛ける想いと直結する。ただ年齢が上というだけでなく、ここに集まる探索者全員が彼を認めたのは、つまりそういうことだ。
「追加調査に集まり頂いて感謝する。皆知っているだろうが、昨日までこの迷宮に入っておった調査団が、一人を残して全滅しておる。今から行う追加調査においても、それだけの危険性があることを考慮しておいてくれ」
ミッツーネの説明に、「おう!」「覚悟の上よ!」と威勢の良い声が上がる。
これまでの彼らの反応が僕にとっては意外だったのだが、ようやく合点がいった。これは、国が管理している迷宮の非常時に行われる追加調査だ。それに参加したとなれば、探索者として彼らの評価は大きく上がることだろう。
迷宮の外で起きた出来事への対処とは違う。これは探索者が行うべき探索の一環なのだ。
命を使うなら迷宮で、という心構えなのだろうか。勿論誰も死ぬ気はないだろうが、この場に立ち会えたことを幸運と考え、何も成果を残せず帰るつもりもないのだ。
自らの命を天秤とした場合、最も大きいリターンを求める。それは探索者以前に、人として当然のこと。
「最少人数は、――そうじゃな、4人以上で組んでもらおう。その中には必ず転移とテレパスが使える者を置くこととする」
ミッツーネはそう言って僕の方を見ると、小さくウインクをしてきた。あ、うん。たぶん4人って僕らに合わせてくれたんだろうな……。気持ちはありがたいけど老人からのウインクって複雑な気持ちになるから今後は遠慮願いたいところだ。
「僕らは元から4人だから、とりあえずこれで。テレパスはどう?」
テレパスは遠距離通話系魔法の総称だが、不特定多数と話すにはある程度の適正が必要だ。
他人と思念波数を合わせる必要があるので、我が強い者には向いていない。具体的に言うと僕とかベネディクトゥスとか。
というわけで最初から選択肢から外れる男二人は置いといて、イルマとリリーの方を見る。
イルマは黙ったまま、人差し指と親指を近づけて“少し”のモーション。リリーは少しだけ悩んで、コクリと頷いた。
元から僕らは魔力を通すことで接触状態でなら思念会話をすることはできるし、慣れた者同士なら多少離れていても問題ない。テレパス自体は適正が必要なだけの一般的な魔法であるので、使えないわけではないのだ。
「じゃ、ウチからはリリーで、お願いね」
「うん!」
元からここに集まった探索者達はソロではなくパーティで活動していた者がほとんどだったようで、他のグループもあっさりと決まったようだ。
4人から8人程度のグループがいくつかでき、テレパス担当がミッツーネに呼ばれるのでリリーもトコトコとそちらへ向かう。まず集めたのは、全員の周波数、チャンネルを合わせる為だろう。
しばらくするとリリーが戻って来たが、表情からすると問題なさそうだ。
明らかに探索者とは思えない年齢の僕らを見る周囲の探索者の目は訝しんでいるようにも思えるが、リリーが動くと自然と空気が和むようで、子や孫を見るような目でリリーを見ている者が多い。まぁ、うん。他三人も若いけど年配者からウケの良い雰囲気ではないもんね。仕方ないよね。
ナーガを狙撃した時の目撃者なんて老人パーティだけだし、舐められるのも仕方ない。実際にイルマを除く僕ら三人の探索経験はここに居る誰よりも少ないのだから、彼らにそう思われても当然だ。
もっとも足りないのは経験だけで、知識はそれなりにあるのだが、この場においては関係ない。
「分かっておるとは思うが、――未確認対象との交戦は禁止とする。見つけ次第すぐにテレパスで報告と転移を」
「おい爺さん! 一体二体ならそれでいいだろうが、ウジャウジャ居た時はどうすんだ!?」
威勢の良い若者からそんな声が上がる。昼間は居なかったと思うが、彼らはどのような探索者だろうか。揃いの紋章が入ったローブを着ていることから、元からパーティを組んで活動している探索者グループということは分かる。
「全て儂らが対処する。それとも何か? 全滅した『夜明け前』が、油断していたとでも思うのか?」
「それは……そうだが……」
「『夜明け前』が行った今回の調査は、A級探索者のリッツバルトも参加しておる。あやつがたかが初見ごときでやられるはずはないんじゃ」
リッツバルトという名前が挙がった時、集まっていた探索者は明らかにざわめいた。これまでの自信がどこかへ行ってしまったのかと言うくらい弱気になる者も現れ、収拾がつかなくなったところでミッツーネは再度言う。
「儂は『夜明け前』が全滅したとは思っておらん。転移は勿論のこと、時空魔法を使える者もおるんじゃ。そんな奴らが、逃げられないはずなんてないじゃろう?」
「そうだそうだ!」と賛同の声が上がる。なるほど、指揮はこうやって高めるのか。勉強になるなぁ。
リッツバルトという探索者が死んだ可能性があるだけで高まっていた探索者のテンションは底まで下がったが、生きている可能性を示唆されると急に元気になる。不思議なものだ。
確かに生き残りの一名の言葉を全て鵜呑みにするには、あれは錯乱しすぎていた。戦闘中に逃げ出したと見るのが正しいかもしれないので、ミッツーネの言葉は皆を騙すための綺麗な嘘とも言い切れない。
少なからず犠牲が出た可能性もあるが、調査団が迷宮から出れないだけで生き残っている可能性は大いにありうる。転移やポータルが禁止される空間というのも迷宮には存在するし、そういう場所から動けないでいるうちに話が大きくなっているだけかもしれないのだ。
「それに、強力な助っ人がここには来ておる。お主らの一部にとってはあまり好意的ではない相手かもしれないので紹介は省かせてもらうが……。迷宮内で会っても、くれぐれも身内で揉めるようなことはしないでくれよな? なに、実力は儂以上、それどころかS級相当じゃて」
その説明に少しだけ後ろめたさを感じるが、探索者と仲が良くない職業などいくらでも浮かぶ。リッツバルトという男と同じように、僕が知らないだけでここに集まった探索者とは面識があるような人物かもしれない。
ただ相当、という言葉が少しだけ気になる。探索者の等級は明確に分けられており、最上位のS級ともなると組合から離れ、国からの依頼を直接受けるような立場になる者が多い。人数も限られていると聞くし、そんな人物がこの速度で迷宮に入ることなどできるのだろうか? まだ、調査団全滅の報告からは数時間しか経っていないはずなのだ。
ただ、『夜明け前』はある程度前からこの迷宮の異変を調査していたはずだし、他にも調査していた者が個人的に呼んだ可能性もあるので、速度のことは気にし過ぎかもしれない。
……しかしその場合は、S級相当ではなくS級と直接言うはずで、ううん、謎だ。実はその助っ人、探索者じゃないとか?
「では、グループと調査範囲を決めていこう。代表はこちらに集まってくれ」
彼に呼ばれ、数人がそちらに向かう。それを眺めていたら、ベネディクトゥスに背中を叩かれてようやく自分も向かうべきだと気付く。あぁうん、僕は傍観者じゃないんだった。




