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「おひさー」
『はいはいおひさおひさ。で、何よいきなり。つまんない用だったらぶっ飛ばすわよ』
そこに何も見えないが、コツコツと靴底を床に当てているような音が聞こえる。
椅子に座っているのかな? 僕には何も見えないけど、リリーなら音だけで分かるのかも。
「つまんないけどぶっ飛ばさないで。ヴェゼンティーニ……っぽいのに襲われてるんだけど、何かご存知?」
『……ハァ? 何で今更?』
「やっぱ知ってたか。ってことは伝説通りかぁ……」
この世界における種族としてのヴェゼンティーニとは500年前、ルゴスが最後にこの世界に降りてきた時絶滅させられた亜神種のことだ。
その理由は明らかにされておらず、神学者からは、何かしらの言動がルゴスの逆鱗に触れたのであろうと推測されている。
ただし僕らの学校の教師ボネ先生のように、血を継いでいる人間は存在するので、一族郎党皆殺しというわけではなかったのだろう。それでも、純血のヴェゼンティーニはルゴスにより全滅させられていることになっているのだ。
『何よ伝説って。アタシ悪いことしてないわよ』
「えぇー……」
『え、何その反応?』
「こっちには、500年くらい前に降りてきたルゴスがプッツンして大陸ぶっ壊してヴェゼンティーニを滅ぼしたって伝説が残ってるんだけど……」
結構色んな文献に書かれているネタなので、あながち間違いではないはずだ。神話になっている数千年前ならともかく、500年前。超長命種なら生きているくらいの年齢だし、親世代から当時の話を聞くことも可能かもしれないので、そこまで脚色まみれとは考えづらい。
何せ、それより前には本当に、この星にはもう一つの大陸があったのだ。今は小島しか残っていないエリアだが、そこに島と言えないほど巨大な大陸があったと、500前以上の文献にはいくらでも記載されている。
『ハァ!? どういう意味それ! あの子に危害加えたクソ種族滅ぼして何が悪いのよ! 正・当・防・衛・よ!!』
叫ぶルゴスの態度で確信。あ、これ間違ってないな! 大体伝説通りだわ! プッツンしてるわこれ!
「……あの子?」
『ヘルトルーデ。アンタの前任』
「……知らんわ」
その名前はゲーム内のNPCとして記憶している名前ではないし、歴史書に書かれていた記憶もない。
全く聞き覚えのない名前だ。ルゴスに詳しいシスターあたりなら知っているかもしれないが、彼女に僕の前任者の話をされたことはない。
『でしょうね。アンタと違って目立とうとはしない子だったし、身内なんて誰も居なかったしね』
「僕も目立とうとはしてないんだけど……。その人、ルクシアに似てたとか?」
何か変な誤解されてない? 強くはなりたいけど目立とうとしてるわけではないんだけど? むしろなるべくなら目立たずこっそり生きていきたいくらいなんだけど……。
『…………いやどうして分かるのよ』
「なんとなく。いやー妹想いのお姉ちゃんだこと」
いやだって、それしかなくない? 初めてルゴスと会った時の反応を思い出してみても、前任者とも同じようなやり取りをしていたとは到底思えない。前任とルゴスとは、僕みたいな相対ではなかったはずだ。
ならば、それ以外だ。それ以外でルゴスに目をつけられるようなことなんて、もう外見や性格しか浮かばない。そりゃ何百、何千年も経ったら、同じような顔の人も生まれるよね。
『馬鹿にしてんの? ……いやもういいわ。で、何だっけ? ヴェゼンティーニがまた出たの?』
「んー、たぶん?」
『……たぶんって何よ。アンタは見たことないでしょ?』
「僕らはないけど、エスメー・クロンメリンさんが面識あるみたいで。そっちと話してくれる? あと編纂者は誰とか聞かれてたけど、知ってる……よね?」
『編纂者? たぶんコンスタンのことよね。今は所用で外してるけど』
「オフィスかよ!」
えっなに只今席を外している為電話に出ることができませんとかそういうやつ!? 前々から会社みたいな組織形態だとは思ってたけど、ひょっとしたら普通の会社のオフィスみたいに机並べて仕事してるの? 神が!??
『オフィスって何? で、エスメーが何て?』
「うん? 繋げない?」
『無理無理。旧神の座標とか知らないわよ。あっちから繋げてくれないと』
「あー……たぶんそこらへんに居るユリアさんが座標持ってると思うんだけど」
ユリアはここに来ているはずだが、僕は認識できないでいる。
リリーとイルマが僕の隣に居ることはなんとなく分かるのだが、それは二人と生活した時間が長く、二人ならそこに居るであろうと認識できているだけの話だ。
今この空間において、僕には何も見えていない。見えることもあれば見えないこともあるのだが、それは次元の問題なのだろうか。他者を認識できる次元とできない次元があるとか? 分かんないけど。
『え? どうして?』
「化身……じゃないんだっけ、憑代にされてる子だから」
『あー、なるほどね。まどろっこしいやり方してるわね……。中に居るってことね?』
「たぶん?」
『オッケー。じゃ、ちょっと話してくる』
ルゴスが立ち上がったような音がする。――なんとなく、これまでと違う音を、そう感じただけだ。
椅子も見えないし、そこに座っていた姿も勿論見えていない。けれどどうしてか、足を組んで僕の前で椅子に座っているルゴスが居るような、そんな気がしていたのだ。
「んー……リリーとイルマ、居る?」
両手――も見えていないのだが、なんとなく腕を動かし、二人が居るであろう空間に手を伸ばす。
何かに触れたような気がした。したのは気だけだが、それでも右に居るのがリリーで、左に居るのがイルマだと、なんとなく僕には分かる。
「いる、よ」
「いますよせんせ。何も見えないですけど。リリーは見えてる?」
「ちょっとだけ、ね?」
「わーずるい。私もルゴスさんの顔見てみたかったなー。せんせは見えてるんですか?」
「いや何も」
「……そうですか」
あっ声のトーンだけでイルマが露骨にガッカリしたのが分かったぞ! 姿も見えないのに! ひょっとしたらエスパーかな僕!
ていうかやっぱ、リリーには見えてるんだね。僕には聞き分けられない程度の音による情報なのか、それ以外の何かを知覚しているのかは分からないが。
「じゃ、ノーラさんは?」
彼女もこちらに来ている……はずだ。
ピンポイントに僕だけを移動させたならともかく、リリーもイルマも、恐らくユリアもこちらに来ていた。ならばノーラが一人だけ置いていかれたとは思えない。
「……完全に放置されてるから、存在ごと忘れられてるのかと思ったわ」
呆れた声と、溜息が聞こえてくる。
あぁ、やはりノーラも来ていたのか。何も説明ないと意味分からないと思うけど、よく黙っていられたね……。僕だったら滅茶苦茶突っ込みしまくっちゃうと思うけど……。
「ユリアさんは、……話し中かな」
試しに声を掛けてみたが、返事はない。恐らく、以前のように僕らの聞こえないところで話しているのだろう。
この場合、ユリアの意識はどこにあるのだろうか? 身体がこちらの次元に来ていても、意識は向こうにある? それとも、神同士の会話を聞いているのか? 似たような境遇の僕からすると他人事ではないので、少しだけ考えてしまう。
何故か雑談する気にもなれず、黙って話が終わる時を待つ。
何もない空間において、時間の感覚は段々と曖昧になっていく。絶えず思考を続けているつもりでいても、5分経ったのか1時間経ったのかすら僕には認識が及ばない。
ここは、人が人としての意識を保って生きていられる次元ではないのだ。僕らはそんな不確かな空間に留まっているに過ぎない。
場所も時間も目的も、この空間に長く居ると意識出来なくなってくる。こんなところに居続けたら、人は人でなくなるだろう。これが人より上のランクの神が生きている世界と言われても、僕は現世で生きたいと願ってしまうほどに。
いや、ひょっとしたら、ただの応接室のようなものかもしれない。最初に僕を呼びだしたアウフスタインだってここと同じような世界に僕を連れてきていたし、神が共有して使える空間の可能性もある。
ただ、時間も場所も不確かなこのような空間でないと、数千年も生き続けて人の意識を保てないと思ってしまうのもまた事実。
生物の精神とは、ふつう数千年も保てないものなのだ。
『話、終わったよ』
「んー、どんな感じ?」
『結構まずい感じ? エスメーが空間断絶であそこの座標ふっ飛ばしてくれたみたいだけど、ちょっと憑代の魔力が足りなかったかな。向こうの本気度にもよるけど早ければ数日、遅ければ10年くらいで普通に開いちゃうと思うよ』
「……割とアバウト!」
数日から10年って絞れてるって言えなくない? 10歳から50歳以上の男または女みたいなプロファイリングじゃないんだからもうちょっとなんとかなんないのコレ!
直近に起きるであろう災害の備えならできるけど、数十年後に起きるかもしれない大地震への備えはできないのだ。
『そりゃ、そうよ。アンタらが殺したのはただの偵察かもしれないし、下見かもしれない。もしかしたら本隊の先陣かもしれないし、偶然迷い込んできた野良の個体かもしれない。絞り込む要素が少なすぎんのよ。とりあえずこっちは今度の議題に上げとくから、しばらくは個別対応。とりあえず急ぎでコンスタンから神託って形で偉い人に投げて貰うけどそれでいい?』
「あ、ちゃんと考えてくれてるのね……」
意外だ。ルゴスのことだからもうちょっと丸投げになるかと思ってたのに。
ちょっと見直した。やっぱ神は神だね! 神託という機能が神にあることは知らなかったが、悪い評判ばかりのルゴスが声を掛けるよりは、ヒト種の主神として認められているコンスタンが広めた方が何倍も良いだろう。
『当たり前でしょ。いっそ、功労者には神の座プレゼントみたいなイベント形式にしよっか? どっかの誰かが一人殺して丁度空きがあるわけだし』
「無謀に挑んで被害者続出しそうだからそれはやめて! どっかの誰かさん悲しむよ!」
具体的に言うとここに居るエミリオ君だね! ていうかやっぱアウフスタインの枠空いたままなんだね! もう結構経ったと思うけど、神の感覚で言うと大した時間ではないのだろう。
『わかってるわよ。そんなの主催したらコンスタンにどやされるっての。冗談よ冗談。神ジョーク神ジョーク』
「洒落にならないからやめて……」
姿は見えないが、隣でイルマが溜息をつき、リリーがふふっと笑ったのだけはすぐに分かった。ノーラは呆れて声も出ない感じ? ごめんね、これが本当に神なの……。
主神時代はもうちょっとマシだったんだとは思う。ルクシアが居た頃はちゃんと神してたらしいんだけど、歯止めが効かなくなって素が出てきたんだろうなぁ。私怨で大陸ごと1種族滅ぼすとか、もう完全にソレだし。
『で、どうする? アンタらでアレ倒せるの、リリーだけでしょ?』
「ひゃ、ひゃい!」
何も見えていないのに、リリーが飛び上がったことが分かったし、間違いなく今レビテーションでぷかぷかと浮かんでいる。いつもの漏レビだ。
『アンタ、何匹くらいなら一度に行ける?』
「おなじのなら、五人くらいなら!」
『ん、勘定に入れておくわ。他は? 削るか足止めくらいはできる?』
「足止め……で良いなら出来ると思うけど」
『アタシが顕現するまでの、二時間くらい稼げる?』
「…………それは数に寄るなぁー!」
いやうん、見た感じ移動は遅いし攻撃性も低そう、反撃速度も遅いから逃げメインで妨害すれば二時間くらいは耐えられると思うよ!? けどそれは数体で限界だからね!? ゾンビパニック映画みたいに数百体に襲われたらまず無理。とりあえず即転移だよ。
『アタシの化身がみっともないわね……。まぁ良いわ、ならアンタのスキル、弄らせて貰うわよ』
「……ハイ?」
うん? 今なんか変なこと言われなかった? スキルを、弄るって? 後生大事に育ててきたこれを……?
『緊急対応よ。アタシの権能だとアンタ一人しか弄れないの。命救ってんだから文句言わないでよ?』
「え、いや、まぁ、そう言われたらゴネないけど……弄るって?」
『とりあえず、この面倒な魔法適正取っ払って……』
「え、ちょ」
『毒は要るわよね』
「それだけは残して!」
魔法適正取っ払うって何それ? そんなことできるの? いや神だから出来るか! 魔力系担当っぽいしねルゴス! ただ毒属性なくなったらこれまでの苦労が水の泡で流石に泣いちゃうぞ僕。数年立ち直れないレベルで引きこもるぞ。10年ちょっととはいえ、生きた時間のほとんどを費やしてきた魔法なのだ。
『分かってるわよ。アイデンティティー消滅したら流石に可哀想よ。後はこの、やけにメモリ食ってる創作魔法なんだけど……』
「それ消されたら本気で泣くよ!?」
『わぁーかってる。メモリ空けたいから創作魔法と毒以外の全部は創神属性に集約しとくわよ』
「ソウシン? ナンデスカソレ」
うん? 知らないワードが出たぞ? 創神属性、聞いたことがあるようなないような……。えーと、うーん? ゲーム内にあったっけそれ? ユニークスキル……だったら覚えてそうなもんだけど、よほど取得条件厳しかったとかかなぁ……。
『なんで急に片言になるのよ。あれよあれ、今風に言うと――神用スキル?』
「ナルホドー」
あっナルホドナルホド。そこに全属性集約ね。ナルホドナルホド。
……使えるのそれ? いやまぁ、実際のところ僕は障壁構築以外の要素で属性魔法使うことなんてほとんどないから、最悪毒属性と土属性門系統が残ってればこれまで通り動けるような気はするけど……。
『情報の参照元が変わっただけで使い勝手は変わんないと思うからノークレームでヨロシク。で、そこに創神系統入れるとこれだけでアンタのメモリ6割くらい食うけど、まぁそこもしょうがないわよね』
「……問題大アリじゃないソレ!?」
『使ってなかった属性の枠引っ張ってきてるから総量は変わらないわよ。それどころか隙間埋めて効率良くなってるんだから、むしろ褒めて欲しいくらいよ。で、創神系統で非実体への攻撃通るはずだから、とりあえずそれで何とかしてくれる?』
「んー、んーーーー、……オッケー!」
効率良いならまぁいっか! もし使いづらくなってたらその時に考えよ!
むしろ、これまで適正の関係でまともに使えなかったアストラル体への攻撃、つまり魔力値への攻撃ができるようになるということならば、戦略の幅が相当広がるはずだ。何を相手にするかはとりあえず置いておいて、自分に出来ることが増えるのは悪いことではない。
『思い切りの良さは嫌いじゃないわよ。使い方は、――まぁそっちで考えて。今の魔力でも多少は使えるだろうから、アンタならすぐに覚えるでしょ』
「まぁたぶん……?」
『あと忠告することがあるとすれば、創神属性に適正なんてないから集約された他の属性も無限に上がっちゃうけど……』
「あっそれまずいやつじゃない!?」
それは随分前に、エスメー・クロンメリンにお願いしてみたことがあるのだ。
魔法適正、それもスキルレベル上限を取っ払うということは、人としてのリミッターを外すということ。それはプラスの効果だけでなく、寿命が削れるというマイナスが発生してしまう。
どれだけ寿命が減るかは分からないにせよ、間違いなく考え方を、生き方を変えなければいけなくなる。
いやまぁ、一度捨てた命を拾ってもらったのだから、それに対して文句は言いづらいのだが。
『何がまずいの?』
「いやだって、上限なくなると寿命短くなるって聞いたことが……」
僕がそう言うと、姿の見えないルゴスは明らかに「はぁ……」と深い溜め息を吐いた。
何か重大な思い違いをしているのだと、僕はようやく気づくのだ。
『…………ねぇアンタもしかして、まだ自分が普通のヒトとして生きて死ねると思ってんの?』
ルゴスの言葉に、僕の見えない身体は硬直する。
あぁ、そうだ。そうなのだ。
僕の身体は両親に生んでもらったものではない。ルゴスによって作られたコピーの身体なのだ。
それがヒトとして死ぬと、どうして考えたのか?
――僕は、死ねるのか?




