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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
課外授業
105/133

18

 音響測位で周囲に他の敵が居ないことを確認し、僕らはその場で崩れ落ちるように座り込んだ。

 リリーをぎゅっと抱きしめて、火照った彼女の身体を魔法で冷却しながらふぅと一息。


「ありがとね、リリー」


「……ん」


 僕の胸から少し離れたリリーはこちらに顔を向け、目を瞑って待っている。

 覆いかぶさるように抱きしめ、唇と唇が触れ、舌が触れ合って、相手の舌を貪るように、粘液を交換する。

 人目なんて、気にしない。どうせここには、見知った人しか居ないのだから。


 それは、どれだけ続いていただろう。いつしか唇は離れ、恥ずかしそうな顔をしたリリーが視界いっぱいに映る。のでもう一度唇を奪っておいた。


「結局あれ、何だったんだろうね」


「……マデレイネ様曰く、姿形はこちらの世界に来たばかりの頃の肉の民に似ているそうですが、中身や臭いが随分違っていたそうです」


 いつ切り出そうか悩んでいたのであろう。ユリアはそう言った。

 そうだ、よく考えたら、ルゴスに頼らなくともここにはもう一人神が降りてる人間が居るのだ。ともすればこちらから対話を始めることができない僕とルゴスよりも、深い繋がりを持ったユリアが。


「ヴェゼンティーニか……。ていうか、滅茶苦茶グロいな……」


「あれで人に溶け込もうとしてたの、正気とは思えませんね……」


 エスメー・クロンメリンから過去の話を聞いている僕らは、歴史上は滅んだ亜神種とされている、肉の民と呼ばれた種族のことを少しだけ知っている。

 世界の侵略者、ヴェゼンティーニという種族。3000年前、この世界を管理していた神達が消えることになった原因だ。


「奴らは食べたモノの皮を纏う。そうやって地を、世を騙し、侵略してきた」


 急に冷気を感じたのでそちらを見ると、ユリアの様子がいつもと違う。

 ううん。この喋り方は、ユリアのものではない。


「お久し振りです。エスメー・クロンメリンさん」


 ここに居るのはユリアであってユリアではない。神に身を作られた僕や神に命を救われたユリアは、肉体の最終的な権利が自分自身にはなく、それを神に委ねられている。ルゴスは僕の身体を操るようなことをしてはこないが、エスメー・クロンメリンは違うのだ。どこかから見ているだけのルゴスとは違い、エスメー・クロンメリンはユリアの中に居るのだから。

 突然降りてきた神に対しあわあわと露骨に慌てるリリーと、対照的にまたかと少し呆れた顔で頭を下げるイルマの二人、後は突然雰囲気の変わったユリアに困惑しているノーラも居るが、それはまぁ置いといて。


「久しい、か? つい最近のことのように思えるが……。まぁいい。あれが人の世界に溶け込まなかった肉の民の生き残りか、それとも別の何かかは分からんがな。近しいものではあるだろうよ」


 つい最近と言われたが、ううんいつだっけ? 結構前だよね? 最近会ってないよね? なんか割と頻繁に神と話してる気がするから感覚麻痺しちゃってるけど、普通は月1ペースとかで話す機会ないからね。

 いやまぁ、意思を持ったまま数千年生きてきた神にとっては、数ヶ月など秒に等しい感覚かもしれないが。


「……外見、あんなだったんですか?」


「最初は、な。すぐにヒトを食って、ヒトの姿に成り代わった。あれが元のカタチなのか、この世界の一つ前に侵略した世界の住人の姿なのかは分からんが、確かに元はああだったよ、間違いなくな」


「……なるほど。臭いは、感じなかったんですね」


「それが不思議と、全くな。迷宮のせいか分からんが、あのツンと鼻に来る臭いは、全く感じなかった。目の前に行ってもな。だから、すぐに思いだせんかったのよ。何せ、対面したのは何千年も前のこと」


 そこまで聞いて黙っていたノーラが「へ?」と声を漏らすが、補足はまた今度しよう。横道に反れると話長くなるんだよこの人。いやこの神。

 とりあえず出てきたうちに聞きたいことを聞かなければ。


「それにしてもリリー、おぉリリーよ。こちらにおいで」


「は、はい!」


 しゅんと僕の隣から飛び上がって、ユリアじゃなかったエスメー・クロンメリンの前に行くリリー。足より速いからってレビテーション使ったよね、今……。二歩くらいの距離なのに……。いやまぁそういうところも可愛いんだけどね!


「あれは、精神体だけを燃やす魔法か? 初めて、見たわ。凄いのぅ……」


「い、いえ、いえいえいえいえ! 神様に褒められるほどでは……あわわ」


「恥ずかしがるな。胸を張れ。あの魔法なら、大抵の憑き神も殺せるだろう」


「は、はい! つ、憑き神……ですか?」


「あぁ、儂のような存在をな。あぁ、この娘にはやらんでくれよ? また肉体を探すのは大変なんじゃて」


「し、しません!」


 即答したリリーと、少しだけ疑問が残る僕。

 大抵の憑き神は殺せるって言ったけど、この言い方だと少なくともエスメー・クロンメリンは死なないんだよね? やっぱランクの問題なのかな……。付喪神はいけるけど旧神は無理みたいな……。

 ルゴスはどのくらいの格なんだろうとか考えてしまうが、元主神だからやっぱ相当高位なのかな? あれが最高位とは考えたくないけど、それなりに権限持ってそうだよね。


「それは、良かった。あぁ、話が逸れてしまったか。えぇと……そうじゃ。ひょっとしたら、儂が記憶している肉の民の臭いとは、人を食った後の肉の民の臭いだったのかもしれんのよ」


「……元は無臭だったってことですか?」


 それは当然考えられることだ。人間としての時間感覚しか持っていない僕と違って、神は数千年単位で生きているのだから。

 出会った時の外見を思い出すのに時間がかかったように、臭いというものはそれより遥かに情報量が少ない。勘違いしていた可能性は充分にあるのだ。


「あぁ、いや、臭いを感じないでもないが、人と肉の民が混ざり合った臭いを肉の民の臭いと認識していた可能性がある、ということよ」


「数千年前だから、当たり前ですよね」


「あぁ、悪いがな」


 少しだけ申し訳なさそうに頭を下げられたが、むしろ外見を覚えていただけで充分すぎる情報だ。

 エスメー・クロンメリンの記憶違いということがなければ、その情報は僕らには絶対見つけることのできなかったものなのだ。何せ、既に滅んだ亜神種として歴史に記されている種族が実は世界の侵略者であったとか、それの外見がヒト種を食って得たものだったなんてことは、当時を生きていた者しか知らないことなのだ。

 大戦以降の神であるルゴスすら知らない可能性もあるが、ルゴスが滅ぼした種族だし、独自の調査で侵略の痕跡でも見つけていたのだろうか。今度会った時に覚えていたら聞いてみよう。


「ヴェゼンティーニの肉の民、それの原種がこの迷宮に居る理由、……何か浮かびますか?」


「理由、理由か……。|儂が最初に浮かんだのは、もう一度・・・・侵略に来た可能性かのう」


「……それは」


 考えたくないことだ。歴史に記されていない過去の話。古き時代、この世界の神が全員死んでも、足りなかった被害の話。

 そんな種族にもう一度攻められて、はたしてこの世界はもう一度勝つことができるのだろうか。


「まぁ、相当低い。一度負けた世界にもう一度攻めてくるなど、正気とは思えんよ」


「けど何千年もしたら、世代交代とかあるんじゃないですか?」


 肉の民の寿命は知らないけど、数千年前は縄文時代だったわけでもないのだ。魔法という概念が元からこの世界に存在したのなら、前世の地球より文化を残すことは可能と思える。

 ただそれでも、数千年前なら文献に載っている程度の情報かもしれないし、伝説伝承の類になっている可能性は大いにあり得る。

 世界の侵略失敗という汚点を後代まで残さない可能性もあるし、それならば二度目の侵略も起こりえるだろう。


「……うむ、それはそうじゃな。あるな」


「あるんですね……」


「……そうじゃな。失念しておったわ。奴らの生物寿命は300年程度じゃが、そうか、これだけ経てば過去を知らぬ個体も出てくるか……」


 口を抑えてうなるエスメー・クロンメリン。

 いつも僕の予想は悪い方に当たってしまうし、僕の人生、中々に不幸な出来事が続いているのだ。


「……不味くないですか?」


「相当、な。とりあえず――なぁエミリオ、今の編纂者は誰か知っておるか?」


「編纂、ですか。えぇっと……役職的な?」


「……その反応だと、知らんか。今でも神は分業制じゃろ? 誰か一人は編纂者が居るはずじゃて。そいつと話をすれば――いや、待て」


 ユリア、いや今はエスメー・クロンメリンが、通路の先をじっと見つめて言葉を止める。


「――話の邪魔をするな」


 そう呟くと、彼女は空中に文字を書くように、指先を動かした。

 魔力反応。ただし、今の僕ではどんな魔法なのかさっぱり分からない。スキルに頼った今の魔法とは違う、リリーの使う魔法のような不思議な魔力の使い方で。

 創作魔法の一種にも思えるが、神の扱う創作魔法ならば、それはこの世界における魔法の軸とも言える存在だ。


「……あ」


 リリーが呟いた。僕の服の裾をぎゅっと握り、エスメー・クロンメリンと同じ方向を見る。

 僕には何も見えないが、二人には見えて、聞こえているのだろうか。釣られてイルマとノーラもそちらを見るが、僕と同じで何も見えていないし、何も聞こえていないようだ。


「これで、いいか。時間稼ぎにしかならんが、扉の座標を変えてやった。しばらくは出てこれんだろうが……」


「……また、来たんですか?」


「あぁ。最悪の方向になるやもしれん。うぅむ、となると起点はあの像になるのか? いや、それにしても……」


「……像?」


 ユリアの姿を借りたエスメー・クロンメリンは、うむうむと唸りながら考え事を始める。

 僕が気になってしまったのは、彼女の呟いた「像」というワード。僕がクリストッフェルの石像を壊したことが契機になったとか? え、ひょっとしてやらかし案件? けど放置も無理っぽくないアレ?


「せんせ、やらかしました?」


「そんな気がしてきた……」


 イルマも気付いてしまったのか、僕に小さな声で耳打ちをする。


「エミリオ君、やっちゃったの……?」


「やっちゃったかも……」


 リリーが僕の背中をさすさすと撫でてくれるのでちょっとずつ元気になってきた。

 うんうん、やっちゃったとはいえ、不可抗力だよね! ノンアクティブだから放置しても良かったかもしれないけど、敵ではあるわけだし? 倒すのが間違ってたとも思えないし!?

 開き直りバンザイ! クエストフラグは僕が立ててたみたい! やっほい!

 んー、じゃあとりあえずやることは一つかな!


「るーごーすーさーん!」


 呼びかけ方なんて分からないので、とりあえず叫んでみた。異相門に繋げば僕とルゴスにおける魔力回線は繋がるが、それでコミュニケーションが図れるわけではない。

 エスメー・クロンメリンのように常に憑代としているユリアの身体から外界を見ているわけではないようで、恐らくルゴスにとっての僕は、複数ある目のうち一つ(・・・・・・・・・・)程度なのだろう。

 見ようと思えば見えるし、見ようと思わなければ見えない程度の存在。

 基本的にコミュニケーションはルゴス側から始めていたのだが、僕から発信することもできるはずだ。これで出来なかったら突然叫んだ恥ずかしい人になっちゃうから早く繋げてよルゴスさん!


『友達感覚で呼ばないでくれる!? アタシも色々忙しいんだけどっ!!』


 瞬きもしていないのに、僕らはいつもの空間に放り投げられる。

 白く、何もない世界。立っているのか座っているのか、生きているかも分からない不思議な空間に、僕ら五人は瞬く間に転送されたのだった。

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