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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
課外授業
104/133

17

「……何ですか、アレ」


 それを見て最初に口を開けたのは、イルマだった。

 声のトーンは随分落ち着いており、軽口で言ったわけではないだろう。沈黙に耐えかねての発言だ。


「何だろうねぇ……」


 言葉を返せるくらいには落ち着いてきたので、よくわからないまま返事をする。


 僕らの視界に入ったのは、謎の生き物だった。

 皮のない人のようにも見えるし、人でないようにも見える。

 人の形で正しいならば異常に猫背のそれ(・・)は確かに前に向かって歩いているが、前が見えているかは分からない。壁にぶつかるたび向きを修正しているような仕草をしているからだ。


 まだ距離が相当離れているので、今すぐに戦闘になる心配はない。ただし、視界に入るということは、魔法使いにとっては戦闘距離になるのだ。

 イルマはそれ(・・)に気付かれないよう少しずつ魔力を練って魔法を完成させようとしているが、打っていいものなのか分からないでいるようだ。


「……せんせ、ゴーストと話せるんだから、あれにも話しかけてみて下さいよ」


「いやあれ、対話ミスったら即死じゃない……?」


「そこはほら、自慢の障壁で……」


「初見の敵には弱いんだよなぁ……」


 それ(・・)はこちらに気付いた様子はないが、いつ気付かれてもおかしくはない。こちらから目視できる距離ということは、あちらからも見えるはずなのだ。目が機能しているのかは分からないが。


 あちらの歩みがあまりに遅いので普通に歩くと少しずつ近づくことになるが、あまり近づきたくない形相。

 体のどこかから体液のような何かを垂らしながら歩いているようだが、その体液は僕らが通る頃には跡形もなく蒸発しているので、少なくとも血ではないのだろう。


 壁にぶつかりながら歩く猫背の姿を見た瞬間、僕の脳裏に浮かんだのは河童だった。あれ、デフォルメされてないとかなりグロテスクなんだよね。いや、頭に皿っぽいのは載ってないから違うと思うんだけど。

 あれ河童じゃない? って言いたいところだけど、誰も河童が分からないし、冗談を言えるような空気でもないのでやめておいた。


「敵対意思があるかの確認、あとは――」


 あとは。僕はその次の言葉を言えなかった。

 |クエストフラグのチェック《・・・・・・・・・・・・》なんて、言っても誰にも通じないからだ。


 廃村では相手が明らかに下級のゴーストだったから対話を試みてクエストフラグのチェックが出来たが、今回の相手はモンスターなのかどうかすら分からないのだ。

 クリストッフェルの像のような圧倒的に格上の存在だと、そんな気軽に話しかけられるはずもない。何がキーとなって戦いなるかも分からないし、クエストでも何でもない、ただの異形のモンスターかもしれない。


「……ユリアさん、ここからどこまで転移できます?」


 イルマは静かにそう問うた。転移魔法が使えるのは、この場では僕とユリアだけだ。

 僕は今はポータルを設置しているので、転移魔法より短い手順で他のフロアに飛ぶことができる。けれどそれが行えるのは、僕が完全に無事であった場合のみだからだ。


 イルマは、いざという時真っ先に壁になるのが僕だと理解している。故に、ユリアに聞いたのだ。

 僕がどうなっても(・・・・・・)、自分達が逃げる手段を作るために。

 非情ではない。イルマのその選択は正しい。そして、僕一人ならなんとかなると本気で思っているから、そう考えることができる。

 あぁ、確かに僕には、最終手段がある。僕が人の身体でないからこそ使える、二度死んだ身だからこそ使える、手段が。

 しかしそれは、他人を救うことはできないものだ。敵を打倒できても、味方が全部死んでいたら何にもならない。イルマはそれを理解し、僕一人を置いてでも転移することを最終手段に考えている。


「時間さえあれば町にも戻れますが、時間がないのなら、そうですね……一つ上の階層になら、1秒で」


「……分かりました。せんせ、いざという時は1秒、稼いでくださいね」


「ん、分かってるよ」


 それはあくまで最終手段。それ以外何もできなくて初めて使う緊急避難。そのまま続けていたら死人が出るような事態になって、ようやく選べる選択肢。だが、それを考えておくと考えておかないでは、心構えが段違いだ。

 ユリアとノーラも、察してくれたのだろう。最悪のケースを想定するのは、後手に回る魔法使いにとって必要な技能だから。


「全員、準備は良い?」


 異相門が通じる相手なのかは分からないが、通じる可能性がある限り無駄な魔力はあまり使えない。毒属性中心に、魔力効率が良い魔法だけを詠唱状態で待機させ、いつでも動けるようにしてから皆を見る。

 コクリと全員が頷くのを確認。こういう場合、初手は決まっている。


「イルマ、お願い」


「はいっ! 幾重に交われ!《コンバージング・ライト》!」


 決して広くない迷宮通路でも、イルマは全方位拡散魔法、《コンバージング・ライト》を使用する。

 それは、絶対味方には当てない自信があるからだ。イルマを中心に360度の方向に拡散した数千を超える極細のレーザービームは僕らを器用に避け続け、一ミリも触れることなく通路の先に居るそれ(・・)に向けて集約されていく。


「私の剣を、この身を神に、捧げます。――最初から全力で行くわよ! 」


 レーザービームに少し遅れる形でノーラが飛び出し、ユリアはそれの支援に動いた。まだ始めて一日の連携でも、元から学年上位に優秀な成績を収める二人だ。相手の望むことを望んだタイミングで行うことは、造作もないようだ。


 ノーラの行動は、一度行った模擬戦でも、今日の迷宮探索中も見たことがない動きだった。

 走りながら創造系統魔法で剣を生み出し、手にした瞬間床に突き刺す。床に刺さった剣は瞬く間に消失し、再び彼女の手には剣が現れる。走りながらその動作を繰り返したノーラはそれ(・・)が剣の範囲に入る瞬間、祈りを捧げるように剣を立て、腰を下ろす。


「――《見さらせ千本》」


 離れた所に居るノーラの声が、どうして僕の立つところまで反響することなく聞こえたかは分からない。

 イルマによるレーザーが直撃し穴まみれになったそれ(・・)に向かって、四方から剣が飛んだ。

 床、天井、壁。場所は問わず、どこからでも現れた剣が、次々と射出されていく。その速度、本数は常人に数えられるものではなく、先程ノーラが床に突き刺した剣の数十、数百倍の剣が飛び、それ(・・)に刺さった瞬間に消えていく。


「――《刑を執り行う》」


 ノーラが透き通る声でそう唱えると、剣の軌道が変化する。突き刺す挙動で切っ先を向けて射出されるだけだった剣が、寸断するような刃を向けて振り下ろされる動きになった。

 まるで誰かが剣を握って振っているかのような、不自然な動き。速度は衰えるどころか段々と上がって行き、それ(・・)が小間切れ肉になるまでそう時間はかからなかった。


 しかし、それで手を止めることはない。

 剣を消し、一歩下がったノーラの代わりに前に出たのはユリアだ。僕に聞こえないほど小さく何かを呟くと、彼女は壁に触れる。

 すると壁が、プレス機のように飛び出してきた。

 両側から迫り出して来た壁が小間切れ肉をグシャリと潰して圧縮し、次は上下、また左右と繰り返し圧縮を重ねていく。


 二人の加減無しの魔法行使により、そこに残っているのはジャーキーのように潰れた肉の欠片だけだ。

 けれど、その程度で終わりとはここに居る誰も思っていない。「やったか!?」みたいなお決まりの台詞を叫ぶ人など居ない。


 ほんの1動作も見逃さないように目を凝らし、相手の出方を見る。

 それ(・・)がただのジャーキーであったのは、10秒程度だったろうか。

 急激に膨らみだしたそれ(・・)を見て、ノーラとユリアは慌てて後方、こちらに向かって走ってくる。


「じゃ、こっからは僕の出番かな」


 火力不足だ。あれだけ攻撃して尚、一瞬にして人の形を取り戻したそれ(・・)のHPを全損させることはできなかった。

 物質的な攻撃で駄目なら、方向性を変える。それは作戦なんて言えるものでもない、手当たり次第試すだけなのだ。


「等活の門よ開け。我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。罪を持つ者裁きし力。万物等しく裁きし力。魂持つ者活かして殺せ」


 唱え終わると、すっと血の気が引いてくる。

 僕は知っている。等活門を担当するのは僕の殺したアウフスタインだ。彼の在り方は、僕から最も遠いもので。

 罪を持つ者を裁く力。罪の数だけ裁く力。

 ゲーム内ではプレイヤーの隠しステータス、カルマに応じて魔力値に割合ダメージを与える魔法だったこれは、この世界においてはどう機能するのだろう。

 試したことはない。けれど魔力とは根本からして物質ではない。非物質、アストラルの存在だ。

 故に物質体、マテリアル体への攻撃が無効化される相手にも、効果が見込めるはずの魔法。


 ジャーキーになってから風船のように膨らみ、元の形に戻っていたそれ(・・)は、空気が抜けたように萎む。けれど、体積を2割程度減らすだけで収まってしまう。


「対象はアストラル体! 切り替えて!」


 確信と同時にそれを叫ぶ。各々返事をし、次に使う魔法を選ぶ。


「壁になるわ」


 狼と戦った時と同じように、僕らとそれ(・・)の間に立ったのはノーラだ。

 人には得意不得意はある。魔法使いには得手不得手がある。体属性魔法と土属性創造系統魔法を主軸にしたノーラにとって、物質体以外への攻撃は得意分野ではないのだ。

 学校の成績から考えるに、使えないわけではないと思う。ただそれでも、効果が不確かな魔法を使うくらいなら、自分の得意な土俵に持ち込む方が良い。


 それ(・・)はこちらに向けて歩いて来ようとしている。

 動きは遅く、まだしばらくは時間がかかる。けれど、魔法使いにとって距離なんて大した問題ではないのだ。こちらの攻撃がどこからでも届くように、相手の攻撃もどの位置からでも届くのだ。


「せんせ、私パスで」


「どうしたの?」


 イルマが魔法を止め、こちらに近づいて言う。


「私じゃ1%も削れないですね、アレ」


「オッケー。じゃ、――」


「「リリー、お願い」」


 僕とイルマの声が揃い、後ろで魔法を組み立てていたリリーを見る。

 ユリアが怪訝な顔をするが、あれにダメージを通せるなら、ほんの少しでも足止めができるのならば、ユリアは続けてもらって構わない。

 僕もノーラほどではないが対物質魔法が得意なので、この状況で等活門以上のダメージソースはない。それ以下ならいくつか浮かぶが、それだと回復速度に負けてしまう程度だろう。

 先程僕が2割ほど萎ませた体も、いつしか元通りになっている。倒すには、回復される前にアストラル体にとっての体力、つまり魔力を全て削りきらなくてはならない。

 いくら常識外の回復速度があろうが、この世界の法則に基づいた生命ならば、体力が全損してしまえばそこから持ち直す手段はない。……はずだ。

 等活門を連発できれば良いのだが、あれは相手のカルマを一時的に消費して魔力ダメージを与えているので、連発すればするほどダメージが落ちるという特性がある。

 ならば一撃が大きい者に任せるべきだ。僕が先程行ったような割合ダメージではなく、純粋な数値によるダメージで。


「「《エンパシー・トランスファー》」」


 僕とイルマは、同じ魔法を使う。

 全てを自分一人でやろうとはしない。自分にできないことは、他人に任せる。それが僕の教育方針であり、鉄則としている信条である。

 何せ、僕らは三人居るのだ。三人居れば得意分野を分けることもできるし、不得意な部分を無理に補わずに他人任せにすることができる。

 故に、今使ったのは魔力の譲渡を目的とした魔法。僕とイルマの魔力をリリーに渡し、出力を無理矢理上げるためのもの。

 リリーは開いていた目をきゅっと瞑る。彼女の顔が火照り、体温が急激に上がっていくのが分かる。

 魔力を失えば血の気が引くが、逆にキャパ以上に魔力が増えると体内の血が一気に増えたような錯覚に陥り、人によっては魔力欠乏症と同じように意識を失うこともある。


 けれど。

 けれど、リリーなら大丈夫だ。

 その矮躯に見合わぬ魔法を使い、言葉は少ないながらも意思は誰よりもはっきり通し、決して折れない強い心を持っているリリーならば。

 この程度の魔力超過、耐えられないはずがない。


 ――僕は、リリーのことが好きだ。

 そして、誰よりも信頼している。


 そう、リリーは。


「僕らの中で、一番強いんだよ」


 僕が攻撃魔法を覚えないのは、リリーが居るからだ。どんな強い攻撃魔法も、適正という縛りが存在するこの世界において、自身より適正が上回る者を越える魔法はそう使えない。

 それこそ、ほとんどのヒト種が辿り着けないような段階まで来たら違うかもしれない。けれど、それは普通に生きていたら覆せないものだ。

 今の僕は、ほとんどの属性魔法のレベルが上限に達している。ここから強くなるのは、実は相当難しい。

 故に、創作魔法に手を出した。スキルという補助を得られない代わりに、上限の存在しない魔法を選んだ。


 けれど、リリーは違うのだ。

 リリーのスキルレベルは、その全てが上限に達していない。これからいくらでも伸びる余地のあるものだ。

 そんなリリーの持つ、上限の存在しない魔法。


 ヒトの生きる世界には、必ず空気が存在する。

 炭素生物の生きる世界には、必ず気体が存在する。

 気体が存在したから、この世界は作られた。大気が存在するから、この世界はこうなった。

 地球だけではない。地球とは異なる価値観の世界――今僕が生きるこの世界においても大気圏は存在し、太陽から受け取る紫外線を吸収してくれている。


 風属性大気系統。それは極一般的な風属性魔法の中で最も理解が難しく、最も使い勝手が悪いとされているもの。

 生徒教師問わず、学内においても使える者は居なかった魔法。

 誰にも教えてもらえない。故に、自分で理解するしかない。身を持って経験し、その身を持って再現するしかない。

 リリーには、それが行える。空に生きる者が、自分をあるべき場所へと還す手段。それがスキル、《レビテーション》だから。

 天使の生きた()とは、三次元的解釈ではないかもしれない。けれどそれは少なくとも地表よりは上にあり、この世界よりは上位の次元に存在する。それは、どちらにしても()にある。故に、レビテーションは(そら)を舞う。

 自らの身をもって大気循環に接触できるリリーは、ヒトでは絶対に辿り着けない領域まで大気を理解出来ている。


 それ(・・)が、生きているものならば。

 それ(・・)が、炭素によって作られたものならば。

 大気の影響を、必ず受けているはずだ。

 

 風属性大気系統とは、大気を操る魔法。気体などという括りではない。操るのは大気。

 全ての大気運動、大気大循環を情報源とし、それを再現する魔法群。


 リリーが、右手をゆっくりと上げる。前に突き出し、目を瞑ったまま、口をすぼめ、深く息を吐く。


「――《サーモスフィア》」


 リリーがそれを唱えても、手からは何も出てこない。それは、ヒトの目に見える現象ではないから。

 僕に見えるのは、それ(・・)の周囲に映る、オーロラのような光の煌きだけ。


 それ(・・)はしばらく数秒動きを止め、周囲のオーロラが消えると同時に、呆気なく消滅した。

 塵一つ残らない、完全な消滅。

 そこにそれ(・・)が居た痕跡は、僕らの記憶にしか残らない。

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