16
「ダヴィア・アングラード。そっか、あのアングラードかぁ……」
「え、せんせ、どうしました? 暇すぎて夢でも見てました?」
「やー、そういうわけじゃないんだけど……」
クラスメイトのダヴィアの姓はアングラード。
不思議なことにこれまでずっと気付いていなかったが、アングラードといえば、白のアングラードだ。
「イルマはさ、白のアングラードって知ってる?」
「あー……、なんか偉い魔法使いですよね?」
「……うん、まぁそうなんだけど」
「ダヴィアさんの親族だったりするんですかねー」
「するのかなぁ……」
僕が目標にしている灰色のベアトリクスより格上とされているのが、白のアングラードだ。
白の号は優秀さで得るものだ。それは実力だけではなく、世界から認められるほど優秀な魔法使いであるということ。
実際、戦っても誰よりも強いのかもしれない。いや、弱いはずもない。この世界全土で見ても、生きた人間としては比べられるものがないほどに圧倒的な実力だろう。そうでなければ、生きているはずもないのだ。
ただ優秀な学者に与えられるような号ではない。それは、世界に貢献した者に与えられる。
世界への貢献という言葉の意味はよく分からない。けれど彼より優秀な者が居なければ、その号は永遠と彼のもの。
100年以上もその号を保持しているのだから、彼より上の者はまだ現れていないのだ。人間がどうしてそこまで長生きできているのかは知らないが。
「それにしても、暇だねぇ」
「ですねぇ……」
迷宮探索を開始して、三時間。
現れるナーガを片っ端からノーラが切り刻み、時折出てくる不定形――霧状だったり液状だったりするモンスターは全て燃やしたり固めたり溶かしたりしてユリアが倒すので、僕とリリー、イルマの三人は、二人に着いていくだけだ。
一応ポータル設置やマッピングをしているが、それは三人でやるには少なすぎる作業で、まだ浅い階層というのもあり採掘や採取できそうなポイントも少なく、ほとんどが先に進んだ者の残り滓でしかない。
もうちょっと人の出入りが少ない迷宮だと思っていたが、先程迷宮前に集まった探索者の数からして、今は割と大勢の探索者が入っている期間なのだろう。
「あ、せんせ、ちょっとちょっと」
ノーラが切り刻んだナーガの破片から魔石を取り出すのはイルマの役割だ。
ナーガの上半身は人型なので、それに躊躇いなくナイフを入れるイルマの姿をちょっと格好いいと思っちゃう。いやなんか、グロくない? 僕はモンスターごとの魔石位置をふんわりとしか覚えていないので代われるわけでもないのだが。
「うん?」
「たぶんこの個体、結構レベル上がってましたよ。ほらこれ、体属性の魔石ですけど、純度結構高いです」
「あー、ほんとだ。あれ? ナーガって邪眼スキル持ってたっけ?」
イルマの取り出した魔石に解析魔法を当てると、解析情報に不可解な点があった。
体属性、それも視覚系統に偏った魔石のようだが、邪眼スキルへのボーナスが書かれている。スキルを持っている者がこの魔石を砕けば、体属性の他にも、僅かながらスキルへの経験値も得ることができるものだ。目的の属性とスキルが合致することは稀だが、珍しさから高値がつくことも多いと聞く。
「んー……、よっぽどレベルが上がれば有り得るのかも……? ちょっと聞いた事はないですね」
「イルマでも知らないかぁ……」
うぅんと頭を抱えて考えてみても、15年以上前に戦ったモンスターの情報などほとんど覚えていない。少なくとも、この世界に来てから集めた情報では、ナーガ種が邪眼スキルを持つことはなかったはずだ。
スキルの構造上、厳密にはスキルの取得は不可能ではないのだろうが、一般的な成長をした個体が獲得することはない。
「捕食系のスキルで他のエネミーから奪ったって考えるのが妥当ですかね?」
「捕食……モンスター限定スキルだっけ?」
「ですです。一応人間でも取得条件満たせることはあるみたいですけど……。ナーガの捕食系スキルは《消化》ですね。捕食対象のスキルをランダムで獲得できるってスキルですけど、確か成功率は数万分の1とかだったような……」
「……まぁありえなくはないかなぁ」
ゲーマーとしての記憶がある僕は、0,01%の確率でドロップすると言われたら「何だ結構落ちるじゃん」と考えてしまうのだが、それは数千、数万と狩り続けるネットゲーマーの感覚だ。
疲労という概念が存在するこの世界においてそれだけの試行回数重ねるのは並大抵の努力ではないし、偶然一回目でヒットした、と考えた方が無難と言える。
何せ、0,01%、つまり1万分の1の確率でも、1万人が試せば1人は1回目にドロップすることになるからだ。
「ただその推測には問題がありまして。今のところ、この迷宮に邪眼スキルを持ってるモンスターが居ないってことですね」
「……うん?」
「ユリアさんが持って来てくれた他メンバーの攻略情報を見た感じ、今の階層だとまだ遭遇してないんですよ。こっから下で現れるなら別ですけど……」
「それなら邪眼を捕食したナーガがここに居るのがおかしいってことか」
「ですです。偶然にしては出来すぎかなーと」
ユリアとノーラが率先して戦ってくれているので、僕らは思考に集中できる。
学者を含めたパーティだとこのように戦う者とそうでない者が分かれることはあるが、今は単純に、僕らの実力に対して敵が弱すぎるのだ。
複雑な謎解きや罠のある迷宮なら頭脳担当として手伝うことになるが、ここはそうではないみたいだし。
迷宮探索が初めての二人がやけに張り切っているので、邪魔はしないでおく。
いや僕とリリーも二回目なんだけどね。経験豊富なのはイルマだけだ。ただ僕は過去に数えきれないほど迷宮に潜っていたし、リリーはリリーで迷宮の壁から飛び出している鉱物を興味深そうに触っていたり持ち帰ろうとしていたり、前で戦う二人に気付かれない程度にコッソリ援護をしたりしているので、マッピング以外何もしていない僕とは違う。
今も通路の脇から飛び出してきたナーガをノーラが切り捨てたところで、返り血がこちらまで飛んでくるが、リリーが風魔法を使って逸らしてくれたところだ。
「お二人さーん。そろそろ階段あるけど、ここらで休憩する?」
音響測位でフロアの大体の構造が分かっているのでそれを使ってマッピングをしていたのだが、もう数分で下へ降りる為の階段が現れるはずだ。
ダヴィア班がマップを進めてくれたお陰で、僕らは地下3階からスタートしている。狭く深い構造のこの迷宮は地下深くまで続いており、最深部は地下27階とされている。このペースで攻略すれば一週間程度で底まで行けることになるが、流石にそう簡単な話ではないだろう。深く潜れば潜るほど敵は強く、勢いは激しくなるものだからだ。
「もうちょっといける!」
「まだ大丈夫です!」
壁に擬態していたゲル状のモンスターをノーラが両手に構えた剣で刻み、ユリアが燃やしながら返事をしてくれる。
リリーとイルマに目を合わせても無言で頷かれたので、まだしばらく休憩は無しでも大丈夫そうだ。まぁ、後ろの三人は疲れるほどのことはしていないし。
慣れない人間からすると迷宮内はいつモンスターが現れるか分からない緊張感やジメっとした閉鎖感、障害物や罠まみれの道を歩くだけでも大変なことはあるのだが、平民の5人にとっては何の問題もなかった。ちょっと洞窟を散歩している程度の感覚だ。それが良いことなのか悪いことなのかは置いといて。
僕らはそのまま地下4階に降り、少しだけレベルが上がったくらいで特に代わり映えのないモンスターを退けながら進み続ける。
異変を感じて立ち止まったのは、地下4階に降りてから2時間ほど経った頃だった。
「あー、また邪眼持ちだ」
イルマが摘出した魔石を鑑定したところ、ナーガから得た魔石にまた邪眼スキルが残されていた。
どうやら捕食系のスキルで奪ったスキルは肉体への定着力が弱く、魔石として残りやすいらしい。そんな情報を知りはしたが、それにしても違和感がある。
「一個ならともかく二個。ちょっと、おかしいですねー」
「ねー」
「だからと言って何が分かるわけでもないんですけどねー……」
「ねー……」
イルマと顔を見合わせ、揃って軽い溜息を吐く。
そう、僕らはこの迷宮を調査しに来たわけではない。あくまで探索に来たのだ。故に、迷宮内の異常を調査する義理がなければ、この迷宮の知識を備えてきたわけでもない。
僕らにとってはその異常は、“おかしいことはおかしいが、特に何かできるでもない”ことなのだ。
長い目で見れば生態系の変化は記録すべきだし、通常は取得できないスキルを所持しているモンスターというのは調査対象に成り得る。けれど僕らは調査員でなければ探索者でもない。ただの学生なのだ。
「そういえばせんせ、覚えてます? ダヴィアさん達が会ったって調査団のこと」
「あー、入ってるって言ってたよね。『夜明け前』だっけ?」
「会ってないですよね? ……おかしくないです?」
他のナーガから取り出した魔石を収納袋に放り込み、残った死体を空間魔力に還元しながらイルマは言う。
迷宮の魔力で生まれたモンスターの死体は、放置しておいてもしばらくすれば迷宮空間の魔力に変換されるのだが、イルマは律儀に全ての死体を自ら魔力へ還元している。それは、彼女の師匠の教えだそうだ。
確かに、死体が放置された道を歩くのはあまり好ましいことではない。そのうち消えるから伝染病とかは気にしないで良いが、後から入る者のことを考えると、その場で魔力に還元するのは間違っていない。
死体に化けて不意打ちをしてくるような知恵のあるモンスターも存在するし、他人の討伐したモンスターから素材を剥がすのはマナー違反とされている。
「うん? どゆこと?」
「ダヴィアさん達が会ったってことは、地下3階までに居たんですよね」
「ま、そうだよね」
「職業調査員が学生より後ろ、そんな低層階を歩いているとも思えないですよね」
「言われてみればそうか」
「なら私達より前に居るはずなんですけど、今のところ自分たち以外に会ってないですよね」
「……確かに」
ほぼ休憩なしでここまで突っ切っているので、僕らの進行ペースは決して遅くはない。
それなのに、ここまで自分たち以外誰にも会っていないし、誰かが居た痕跡すら見ていない。僕らより圧倒的に早いペースで調査進行しているなら別だろうが、調査の名目で入っている者がそんな高速で迷宮を進むだろうか?
「リリー、これまで他の探索者の声とか聞こえた?」
イルマにそれを問われたリリーは、少し考えて首を横に振る。
「あ、けど……」
「けど?」
「たぶん二足歩行の……何かが、ちょっと前に居ると思うよ」
「何かかー。人じゃない?」
「たぶん……?」
顔だけこちらに向け首を傾げる姿が可愛くて、横からハグしちゃう。久し振りのリリーの体温を感じながらほっと一息。たぶん一時間ぶりくらい。
モンスターの多い迷宮は雑音が激しく、音響測位では詳細な情報を知ることができない。定期的に行うことでマッピングはできるのだが、どこに何が居るかまではある程度近づかないと分からないのだ。
僕のマッピングよりは細かく聞き取れているであろうリリーがこの反応をするということは、よほど音が入り乱れているのだろう。創作魔法の《テレスコープ》を使えばもっと細かく調べられるだろうけど、あれは魔力を馬鹿みたいに食うからマッピング程度で使いたくない。
「あ、リリー。ちょっと前の二人止めて」
「え? う、うん。分かったよイルマちゃん」
現れたモンスターに突っ込むユリアとノーラの姿は一応視界には捉えられているのだが、普通に声を掛けたら聞こえないくらいの距離を離れている。
パーティメンバーがあまり離れるのは良いことではないのだが、モンスターのレベルも低く罠も少ないここならこのくらい離れていても大丈夫なラインだ。
イルマはそんな二人の足を止めるため、僕ではなくリリーに頼んだ。僕では大声を出すくらいしか出来ないのだが、大声で人を呼ぶことはないリリーに頼んだということは、求められるのは一つだけ。
リリーは迷宮外壁に生えていた鉱石の欠片に触れると、それを正面に向けて射出した。
ブォンと勢いよく鳴った音により、手の平サイズに削り取られた鉱石が音速を超えたことを知る。
一瞬にして視界から消えた鉱石はユリアとノーラの少し手前の天井に直撃し、大きな音を鳴らした。投石ではあるけど、爆発した音みたい。
いつもリリーがレビテーションスキルで飛ばすのは目に見えるか見えないかくらいの砂粒なのだが、別に大きな物を飛ばせないから砂粒を愛用しているわけではないのだ。今ので確信したけど、うるさいからだよね、絶対。
常人と比べ物にならないほど耳の良いリリーは、大きな音をより常人より大きく感じてしまうので、今も着弾の瞬間、リリーは両手で耳を塞いでいたのだ。
ノーラとイルマは爆音に一度身を竦ませたが、後ろを振り返りこちらを見たところで敵からの攻撃ではなかったと認識したようで、大慌てで走って近づいてくる。
「す、すみません。私はリリーさんを怒らせてしまったのですか……?」
全力ダッシュしてきたのか、息を切らせてそんなことを言うユリアに、リリーはキョトンとした顔で首を傾げる。
「え、あれ、違ったのですか……?」
「別に怒ってない、よ……?」
「そ、それは良かったです……。では、何だったのでしょう?」
肉体派のノーラは走った程度で息を切らせはしなかったが冷や汗を流していたので、ユリアと似たようなことを考えてはいたのだろう。冷や汗を拭いながら、ふぅと一息ついた。
二人して迷宮ハイになっちゃっていたので、落ち着かせる良いタイミングではあったが、ちょっとやりすぎだったのかも? あのくらいしないと止まらないと言われればそうなのだが……。
「呼んだのはイルマちゃん、だよ」
「あー、そうですそうです。テンション上がったのは分かるんですけど二人して突っ込み過ぎです。いや、それもあるんですけど、ちょっと作戦会議」
「作戦、ですか?」
「はい。せんせ、これ見てください」
イルマが手にしていたのは、真っ二つに割れた何かの魔石だ。割れたことで魔力を消失させ、今まさに消えようとしているもの。
「ノーラさんが刻んじゃった?」
「いえ。そこに落ちてたんですよ、これ」
イルマはそう言って、近くの床を指差した。
記憶が正しければ、そこにモンスターの死体は落ちていなかったし、イルマが先程ナーガの死体を捌いていたところからは随分離れている。
「てことは、僕らの少し前を歩いてる人が割ったってこと?」
「それならいいんですよ。ただリリー、前に居るの……人じゃないよね?」
「……あ、そう、だね」
自分の発言を思い出したのか、リリーが少し遅れてそんな反応をする。
そういえばリリーは先程前を歩いているであろうモノを、“二足歩行の何か”と言ったのだ。歩く速度や呼吸の仕方、衣服の生み出す衣擦れで人を判別できるリリーが、人ではないと思ったもの。
「あー……理解理解」
「え、えぇっと……説明お願いします」
僕も理解した。ノーラも「あー……」と呟いているので、何か分かったかもしれないが、ユリアはさっぱりのようだ。ユリアってキャラに似合わず割と実戦寄りなんだよね。思考担当ではない。
逆に肉体派のノーラは案外思慮深く、自身の行動から他人の行動、それによって何が起きるかまでを考えて動いていることが多い。性格の違いといえばそこまでだが。
「まずユリアさん。一般的にモンスターと呼ばれる迷宮種は、魔石を消費できません。それはご存知ですか?」
「え、えぇ、それなら分かります」
「そしてこの割れた魔石。ただ割れただけなら魔力が還元されることなくそのまま残るはずですが、これは明らかに使われています。どう使ったかは調べてみないことには分かりませんが、調べる時間も――」
イルマの手の平に乗せられていた魔石は、話している最中にきらきらと粒子になって消えて行った。形を維持できるタイムリミットが過ぎたのだ。
魔石は消費されない限り永遠と残り続けるものではないのだが、一日二日で消滅することはない。魔力の相性の問題から、外に持ちだすより迷宮の中に放置する方が消滅が速くなることはあるが、割れたとはいえ先程まで形を保っていたものが、話の途中に消えるほどの速度にはならない。
つまりイルマの指摘は、簡単な話だ。
「人じゃないけどそれを使った何かが、この先に居るってことだね」
「え、でも魔石は人にしか使えないのでは……?」
「違いますよユリアさん。人にしか使えないのではなく、迷宮種、つまり迷宮で生まれたモンスターに使うことができないだけです。例えば昨日会った腐った狼とか、その前のクリストッフェルの像とかなら、魔石を使うこともできるかもしれません。いえ、かもしれないという話で、そこまで知性があるかは分かりませんが」
「……つまり」
ユリアはそれだけ呟き、ゴクリと喉を鳴らす。
彼女にも分かったのだ。その意味が。
迷宮の魔力で生まれたモンスターは、迷宮の魔力で生まれたモンスターの持つ魔石を消費することはできない。それは他の迷宮で生まれたモンスターでも同じだ。そして、迷宮の影響を受け、外に現れたモンスターも同じこと。
理屈は分からなくとも、そうなっている。それに例外はない。
迷宮、つまり他の魔力供給によって生み出されたそれらモンスターを“迷宮種”と呼び、自然発生するモンスターと分けて考えられている。もっとも、モンスターが迷宮の影響を全く受けずに自然発生することなど、現代においては人が落雷を受けるほどに稀なことなのだが。
クリストッフェルの像やそれが生み出したゾンビ狼、廃墟となった村の住人であろうゴースト達は迷宮種ではないので、その縛りはない。けれどあれらをモンスターと呼んで良いものなのかは謎なところだ。人ではなく、ヒトではないモノ。それらを総称してモンスターと呼ぶのでは、いささか強引に過ぎる。
「結構前からイヤな臭い、感じてたんですよ」
イルマは顔をしかめてそう言う。
臭い、匂い。僕は迷宮に入った時からカビ臭さを感じていたが、それは湿度が高いから臭っていただけで、ごく一般的な迷宮の臭いだ。
彼女の反応は、そうではない。イルマに感じていたのは、そんな迷宮に当たり前の臭いではないのだ。
「降りてから異常に血生臭いんです。間違いなく人が死んでますよ、ここ」
その言葉に、僕らは息を呑む。




