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「見たとこ、後衛重視のパーティだな。俺を臨時で雇ってみないか? 前衛歴30年だぜ!」
「その時はお願いしますねー」
「おう! いつでも声掛けてくれよ!」
髭面で溢れんばかりの筋肉を僅かばかりの皮鎧で隠すオッサンにそんな声を掛けられたり。
「これから迷宮入りするなら、出る時間までここで安全確保してやっても良いが」
「とりあえずは僕らもクラスメイト待ちなんで、そっちと合流してから考えますー」
「あぁ分かった。安くするぜ」
インテリ系の3人組からそんなことを言われたり。
「女4男1ってずりいよ! 俺もそっちに入れてくれよ!」
「学生からやり直してくださーい」
「畜生! 俺らにそんな学はねえ!」
若い男性6人グループから羨望の目を向けられたりと、探索者達の反応は三者三様だった。
しかし唯一共通しているのは、既に重傷者が出たというのに、彼らの表情からは“運が悪かった”や、“面倒だ”などといった雰囲気を、全く感じ取られないことだ。
それどころか彼らはギラギラと目を輝かせている。自分が生きる分を自分で稼ぐことを生業としている探索者にとっては、こういう場面が珍しく社会貢献できるチャンスなのかもしれない。
きっと突発事象への対応も、探索者組合の査定に影響するのであろう。
僕らは暇つぶしに雑談をしているようにも見えるが、その実、誰に指示されるでもなく各々の役割をちゃんと全うしているのだ。
今は、大まかに3グループに分かれている。
まず1つ目が、僕らの居る迷宮前待機班。これは迷宮内に知人の居る者や、そうではないが他の役割もないので待機している者、作戦の取りまとめをする者達。
2つ目に、偵察班。現時点ではどこからモンスターが出てきたかも、その種類や数もよく分かっていないので、それらを調べる為に周辺の調査をしている者達。
そして最後に、迎撃班。今はまだ目撃証言は少ないが、それでもこちらに向かってくるモンスターが居ないわけではないので、必要な役割だ。
僕らが到着してから20分程度経ったろうか。事態が、ついに進展を見せる。
「……分かった、準備する」
偵察班の男性と魔法を用いた遠距離通話をしていた待機班の男性が、神妙な面持ちで通話を切った。
「偵察迎撃両班から報告。ナーガ系ネームド3体出現、レベルは――98だ」
彼のその言葉に、待機班の探索者がざわついた。
ただ集まっただけの僕らに、全員を率いて集団行動させられる立場の者は居ない。こういう場面だと一番ベテランか年長者が務めることが多いので、僕らの目線は待機班の中で最も高齢であろう白髪の男性へ向いた。
「うむ、まぁここは儂が仕切るべきか……。まずおヌシら、今すぐにレベル98のネームドと戦える者は居るか? 一人でなくとも、パーティで相手しても構わんぞ」
70を超えているだろうか。明らかに後衛タイプの魔法使いであろうローブを身に包んだ老人は、歳を感じさせないはっきりとした口調で僕らにそう問いかける。
しかし僕らは、誰も挙手をしない。いや、できないのだ。
「やはりか。儂らは平均40レベル程度の迷宮に挑む装備しかしてきとらん。儂一人でも万全に準備していたら一匹とは戦えるであろう。……ただ今は、どう足掻いても無理じゃな」
誰も返答しなかったので、老人が一人で結論付ける。
彼のパーティメンバーであろう初老の男性達も悔しそうな顔で頷いている。装備から見るに、彼らのパーティは学者タイプか。モンスター討伐ではなく、迷宮そのものの調査を目的として来ているのだと予想できる。
一般的な探索者における後衛の魔法使いというのは、魔力を完全に回復させた状態で、高価な消耗品を惜しげもなく使い、敵に合わせて自分専用に調整した魔道具を揃えることで、ようやく実力を発揮することができるのだ。
それら全てを揃えるのは簡単なことではない。しかし、それを揃えるのも実力の内である。
僕やリリー、イルマは、基本的には後衛ではあってもどのような状態でも無手で敵と戦えるよう心掛けているので、装備や消耗品に頼った戦い方はしない。しかしそれは、ふつうの探索者とは異なる思考なのだ。
「この場の長として言わせてもらう。帰りたい者は帰れ。それを悪いことと儂は思わん。この場で命を捨てる覚悟のある者だけ、この場に残れ」
老人の言葉で、先程まで騒々しかった探索者達は、しぃんと静まり返る。
こんなところで命を落とす必要などない。逃げたところで、誰にも責められるはずがない。彼らは点数稼ぎに来ただけなのに瀕死の重症を負うかもしれない相手と戦う者が、どれだけ居よう。
しばらく静寂が続いたが、若い探索者が、「すまねえが、抜けさせてもらう」と口を開くのを皮切りに、次々と人は減っていった。
「残ったのは、これだけか」
老人は、一人ずつ指を指して数えていく。
残ったのは、彼とそのパーティーメンバーを含めて、たったの9人だ。
「ぬしら、オムニバスの学生じゃろう? 武勲を挙げて凱旋したい気持ちはあろうが、ここは帰るべきじゃて」
僕らが誰も動こうとしなかったのに、老人は最初から気付いていたようだ。僕らを諭すようにそう言ってくれる。
いくら優秀でも、ただの学生が適う相手ではない。職業探索者がリスクを恐れて去ったのを見ても、自分たちは優秀だから戦えると勘違いして残ったと思われているのだ。
しかし僕らは無謀な学生でも、武勲を挙げたい貴族でもない。
「残念ながら皆平民なんで、凱旋する家はないんですよ」
「皆、とな。なんと、5人ともか?」
「えぇ。意外でした?」
老人の目は見開き、彼と共に居る初老の男性陣も顔を見合わせて何か話している。
実際のところ、貴族用の学校と言われたらそうなのだ。平民の身分で学ぶには、他にもいくつか魔法学校の選択肢がある。ただしそれらは途方もないお金が必要になり、入試さえ通るのならばオムニバスが最も安く済むだろう。
「そりゃ、そうじゃろう。儂らの世代だと、平民など一学年に一人居るか居ないか程度じゃったぞ」
「そうなんですね。もしかして卒業生なんですか?」
「あぁ。かれこれ50年は前になるか」
老人は立派に伸ばした白い髭を指で撫でながら、少し遠くを見るように目を細める。
50年前の卒業生か。流石に、彼らと面識のある教師はもう学内に残っていないだろう。
「おい、ミッツーネ先生、あんたにとっては60年前だろ!? 50年前は俺の世代だ! 老人の癖に無駄に鯖読むんじゃねえ!」
横から一人、初老の男性が飛び出した。どうしてもそこは譲れないところらしく、老人の肩をぶんぶんとゆする。
探索者として長く活動しているからか最高齢であろうミッツーネ先生と呼ばれた老人も背筋はピンと伸びているし、一番年上なんだろうなというくらいはなんとなく分かっても10歳程度の誤差を僕は認識することができない。
「ほっほっほ、そうじゃったか?」
彼が最高齢であろうことを一番印象付けている長く白い顎髭を触りながら笑う老人、ミッツーネ。
彼も、パーティーメンバーも、オムニバスの卒業生だったのだ。正直意外すぎる。皆貴族の出なのに探索者なんて稼業をしていることも、この年まで付き合いがあることにも、どちらにも。
「では先輩、一つ頼みがあるんですが」
「なんじゃ後輩、聞いてやらんでもないぞ」
僕は、計画を口にする。
◇
「リリー、やるよ」
「うん、いつでも、いいよ」
リリーのおでこに手を触れて、唱える。
「夢幻の門よ開け。我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。御魂を辿りて知る全て、所業を読み解き知る全て、夢うつつへと移して交わせ」
これは精神支配を主とする魔法ではあるが、一定の閾値を超えれば他者と感覚を共有することもできる。対象との双方向意識レベル、つまり親密度によって支配、共有可能な領域が異なる魔法だが、僕とリリーなら支配ではなく、100%の感覚を共有することも可能だ。
しかしリリーの聴覚を処理するのに、平常時の僕では全然足りない。平行して唱える言葉は、使い慣れた麻薬魔法。ナルコティクスオープン、そう頭の中で唱え、思考強化に思考の分割、リリーの聴覚に耐えられるよう、無理矢理脳を作り替える。
――この世界には、音が溢れていた。
リリーは、普段からこんなに沢山の音を聞いているのか。
これでも、加減しているのかもしれない。僕の脳が壊れない程度に聞かないようにしているのかもしれない。人は音を意識して聞くことができれば、意識して聞かないこともできるからだ。
迷宮から離れていく人の足音まで、今の僕は知覚することができている。しかしそれでも、普段のリリーよりは聞けていないのだろう。
それは何故か。そんなもの、簡単だ。僕には、この音を聞き分けることができないから。音が聞こえても、どこから聞こえる音なのか分からない。何が鳴らす音なのか分からない。麻薬魔法をどれだけ酷使したところで、元々自分になかった機能は作れないのだ。
「創作魔法、――展開」
ゲームの中に存在しなかった魔法でも、今の僕なら作ることが出来る。
それはこの世界で最も重要視し、最も自由に扱える障壁をベースに作り上げた、望遠鏡のようなもの。ただ遠くを見るだけの魔法などどれだけでもあるのに、それでは賄えない機能を付与するため、一から組み上げたオリジナルの魔法だ。
「リリー、聞こえる?」
「うん。誰か、戦ってる」
夢幻門は、僕がリリーの感覚を得るためではなく、リリーが僕の感覚を得るために使っているのだ。
創作魔法は、ただの望遠鏡ではない。超人的な聴覚を持つリリーが使うためだけに作り上げた、遠くの音を聴く魔法。
無論、普通の人間が使っても、遠くの音を聴くことはできる。しかし、普通の人間は、数キロ、数十キロ先の音が聞こえたところで、どこで聞こえた何の音か聞き分けることなどできないのだ。
それは目が見えないリリーが獲得した、特別な力だから。
「距離は?」
「4キロくらい、かな」
「オッケー、それなら届く」
聞くのはリリーに任せ、僕は次の魔法を組み上げていく。
次に使う創造系統魔法のレベルは低い。門系統魔法のレベルが上がってしまったことで土属性魔法のスキルレベル上限に届いてしまい、創造系統魔法のレベルが上がる余地がなくなってしまったからだ。
故に、簡単な物を産み出すにも時間がかかるし、魔力も多く消費する。複雑な物を作るときは麻薬系統魔法の補助がないと思考が追い付かなくなってしまうこともある。
だからといって、創造系統魔法の得意なノーラに任せることはできない。作るのは、|この世界には存在しないもの《・・・・・・・・・・・・・》だから。
「《クリエイト・リーエンフィールド》」
遠い昔、若気の至りで買ってしまったモデルガン。愛着が湧いて、FPSではなくMMORPGばかりをやるようになってからも、売らずにずっと壁に飾られていたもの。
覚えているのは形だけだ。そこから先に進まなかったので、中身の構造なんて分からない。
けれど構わない。銃ではなく魔法が発展したこの世界において、銃の構造など何の意味も成さないのだから。
必要なのは形だ。これによって放たれる弾が、高速で飛翔する事実。そして、それを僕が認識しているということだけ。
故に、この武器は銃である必要はない。構造が分からないのであれば、ただの筒でも構わない。けれど僕がこの形に意味を見いだすことができるなら、これは銃の形をしていないといけないのだ。
「イルマ、テレスコープの反応解析、できてる?」
「余裕ですよ、せんせ」
その即答が頼もしい。やはり僕は、相当に優秀な二人と共に居るのだ。負けてはいられない。
テレスコープにはあえて外から解析できる余地を作ってある。リリーがどこにある何の音を聞いているのか、外から分かるようにしているのだ。
勿論解析に必要なのは並大抵の技術ではない。これは、解析スキルを持ち、そこから得る膨大な情報を処理することができるイルマだからこそ行える芸当だ。勿論、僕では不可能なこと。
片膝立ちになり、銃を支える左手を、立てた膝の上に。ストックは肩に押し当て、首を少し横に傾ける。
サバイバルゲームなどしたことなくとも、十年以上眺めていた銃、十年以上すぐ傍にあったもの。ゲーム内で使えなくとも、打ったことすらなくとも、それを構えたのは数えられる回数ではない。
それに、正しい姿勢である必要すらないのだ。僕はただ、こうあるべきという姿勢を自分の中で決め、こうすれば当たると考えるだけでいい。
魔法とは学問だと考える者も居る。魔法とは思考によって生み出されると考える者も居る。魔法と宗教信仰は表裏一体と考える者も居る。
結局、正解などありはしない。僕にとっての魔法とは、自分の中で作り上げた空想を、この世界で表現する為の力でしかないから。
魔法などない世界でも、空想を表現する技術は存在した。漫画でも、アニメでも、小説でも、映画やドラマも舞台もミュージカルも、何でも良い。
そのどれもが、自分の中にある正解に向かおうとする、自分の中にある答えを表現しようとした結果出力されたものに過ぎないから。
魔法だって同じことだ。表現方法が違うだけで、自分の思考を出力するだけなのだ。
「創作魔法、起動」
顔を傾けスコープを覗く僕の視界には、リリーが聞いて、イルマが解析した情報が、狂ったように暴れまわる。普通の脳では理解できない幾何学模様と文字列も、僕の《スナイパー》が全て解析する。このスコープに、遠くの物を見る機能なんてない。そんなもの、僕には必要ないからだ。
「目標補足、照準固定、空間座標固定、範囲固定、周囲の余波を軽減する為、攻性障壁を起動、確定」
自動解析魔法。これは僕の脳に直結し、僕の脳のメモリを無理矢理使い、強引に計算、解析をする魔法だ。
こんなもの、麻薬魔法の恩恵無しに扱える物ではない。20に分割された思考を一気に食い破る勢いで、脳を、思考を回転させる。
僕はそこに書かれた文字列を読み上げるだけ。そうするだけで、この魔法は完成に近づいていく。
「創作魔法、――起動開始」
その言葉を口にすると、僕の魔力がごっそり銃に吸われていく。普通の魔法使いの数倍、数十倍あろうという僕の魔力が、根こそぎ持って行かれる。
リリーと感覚を共有したことで一時的に所有権を得たスキル、《レビテーション》。それは天族が使う為のものであり、所持したところで他の種族に使えるものではなかった。
しかし、共有したことでスキルの構造が分かれば別だ。スキルも魔法も、魔力を使って事を成すという一点においては、何も変わらないのだから。
スキルという概念がなかった数百年前は、今はスキルとされている技術も、今は魔法と区分されている技術も、どれも等しく魔力を使って成せた異能の力なのだ。
故にそれが現代人の魔力で、今の魔法で再現できないはずはない。
創作魔法は、僕が僕のために作り上げたオリジナルの魔法だ。それはスキルの補助も受けられないので、使うたびに一から魔法を構築する必要がある。そして、スキルレベルによる加護もないので、どれだけ使い続けたところで熟練度が上がることもなければ、魔力効率が上がることもない。
故に、魔法を自分なりにアレンジすることはあっても、一から作ることはあまり推奨されていない。数百年、数千年に渡る歴史の中、どんなオリジナル魔法も過去に構築された既存魔法のデッドコピーになってしまうからだ。
僕の使うこの創作魔法三種も、探せば既存の魔法と類似点を見つけ、アレンジという形に落とし込むことで、スキルの補助を受けることができるかもしれない。けれど、今はまだ見つけられていない。
肺に残った空気を一気に吐き出し、全ての空気がなくなったところで、引き金を引いた。
引いたのは一度だけ。けれど音は三回響いた。パンパンパンと、小気味の良い三連符。
その音は、銃を撃った時に聞こえる火薬の音ではない。音速の壁を破った時に響く音、ソニックブームだ。
ドングリ状の飛翔体は、僕の視界で捉えることはできない。今どこを飛んでいるか、どこに向かっているかも分からない。僕が知る必要はないからだ。
三連符から二秒後か。遠くで破裂音が聞こえた。それは風船でも割ったかのような、軽い音。
「目標消失を確認。流石、せんせです」
「うん、やっぱり、エミリオ君だね」
「ね」
反応解析から結果を知ったイルマ、音による情報で状況終了を知ったリリーは、顔を見合わせ嬉しそうに頷いた。
僕も二人の反応を見たことでそれを知り、銃を構えた姿勢を解き、創造魔法で生み出した銃を魔力に変換し、ほんの少しの糧とする。
「終わりましたよ。先輩方」
僕らを後ろからじっと見つめ、一言も発することなく待っていた老人たちに、僕は声を掛ける。
彼らの反応は、様々だ。何が起きたか分からないのか口を開けて唖然としている者も居れば、多少理解したのか僕らの方をじっと見つめる者、気になって仕方ないのかうずうずしている者と、どこかから取り出した紙とペンで高速の筆記を始める者。
「……今のがどういう魔法か聞いても、宜しいか?」
うずうずしている人――まぁ60過ぎではあろう老人だが、リーダー格のミッツーネ先生よりかはまだ若く思える初老の男性が、僕にそう聞いてきた。
「ただの、創作魔法ですよ。実戦で使ったのは初めてでしたけど」
「ただの、か」
「えぇ。ただの」
沈黙が訪れる。睨みあいともとれるその静寂は、1分は続いたろうか。
「はっはっはっは!! そうかそうか!ただの創作魔法か! それなら仕方ないな! 」
彼は、大きく笑う。それに釣られてパーティメンバーも徐々に笑いだし、いつしか僕も釣られて笑い出す。
「なぁ、ミッツーネ先生はどう思う?」
「何を言っておるかザンザ! 儂にならあんな魔法余裕で――絶対無理じゃな! わはは!」
「先生が無理なら、俺にも無理だ!」
ずっと筆記を続けていた片眼鏡の老人も笑いながら紙を破り捨て、ペンを鞄に収納すると代わりに酒のボトルを取り出した。
「奢るぞ!」
「おぉい、それなら儂にも出させろやい」
「ミッツーネ先生、安酒しか飲まないじゃねえか!」
「うるさいのう! 選んだ旨いのが偶然安かっただけじゃて!」
迷宮入口で突然の酒盛りが始まったのは、言うまでもない。




