13
「……おはよ」
「もう昼よ。……いつまでヤってたのよ」
「日が昇るまで……?」
「どんだけ溜まってたのよ……」
「面目ない……」
結局僕らが部屋を出たのは、翌日の昼を回ってからだった。
入って早々ダウンしていたユリアを隣の部屋に転移させ、そこからはずっと三人で。
朝方寝たと思うのだが、若干記憶が曖昧だ。時間なんて気にする余裕なかったし、なんか日が昇ってたなぁくらいには覚えているが、そのくらいで。
ある程度は寝たはずなのだがまだ疲労を感じる僕とは大違いの二人が、後ろに着いてきている。
「ノーラさんがせんせ諭してくれたんですよね、ありがとうございます!」
「……イルマは元気ね」
「いっぱい愛してもらいましたから!」
「そう……」
ノーラは感謝されても全然嬉しくなさそうに小さな溜息を吐く。
よほどテンションが高いのかスキップを踏むように小さく跳ねながら歩くイルマとは真逆に、リリーはいつもより歩幅が狭い。
周囲の視線を気にしているのか僕の腕を抱きしめるようにくっついて、少しだけ赤く染まった顔を僕の腕に押し付けながら、ゆっくりと歩いている。
そうなると必然的に皆の歩行速度はリリーに合わせることになり、僕らはゆっくりと昼食会場に向かう。
「そういえばユリアさん」
「な、なんですか!?」
ぴょんぴょんと跳ねながらイルマが前を歩くユリアに声を掛けると、ユリアはビクリと大きく身を震わせる。
あ、障壁貼ってる……。声掛けられただけなのに、どんだけ警戒してるの……?
「昨日……」
「言わないで下さい! 忘れてください!」
顔を背けて歩き出そうとしたユリアの腕を、イルマはがっちりと掴む。それは、障壁が反応しないギリギリの力で。
「謝ろうとしただけなんですけど」
「結構です!」
「そんな態度取ってると、また押し倒しちゃいますよ?」
イルマは無防備となった背中に抱きついて、ユリアの耳元でそんなことを囁いた。
背中側に回したユリアの腕をしっかりロックしたまま抱きついているので、エッチなお誘いというよりアームロック中の脅迫シーンにしか見えないのだが、そこには気付いていないのだろうか。
「すみませんごめんなさいもう言いません何もしないで下さい」
「ちぇ。ま、しばらくは我慢してあげます」
「永遠に我慢してて下さい……」
「二人になってからのこと、せんせに話しましょうか?」
「我慢は身体に悪いですよね! えぇ!」
「たまにならいいですよね?」
「嫌です」
「今なんて言いました?」
片手でアームロック、片手で胸を揉みしだくという忙しさのイルマに、僕らは声を掛けることはできない。
半泣きになりながら懇願するユリアが可哀想に見えてきてしまう。いや、大体被害者だから可哀想と感じるのは当然なのだが。
「よく分かんないけど、仲良くなれたみたいでよかったよ」
「これが仲良くなったように見えますか!?」
「今度はせんせも一緒にしましょうね!」
「わ、私も!」
「リリーさんまでぇ……」
何か可哀想な気がするけど、半泣きになりながら顔を染めてるユリアを見るとMっぽいしいっか! けど流石に人目に付くところで胸を揉むのはやめてあげようね!目に毒だよ。
「なんか喉乾いてきました」
ようやくユリアから手を離したイルマがそんなことを呟くと、慌てた様子のユリアは顔を真っ赤にして自分の胸を両手で隠した。
……ねぇ何想像したの君?
「……私まで変人に見られるから、人目があるところではやめてよね」
ノーラが冷たくそう言うと、イルマとユリアは冷静になったのか距離を取るように離れ、ユリアはそっとノーラの隣に、イルマは僕の腕に自身の腕を絡めるようにして、黙って歩き出した。
うん、大体いつもの距離感だ。
年単位の欲求不満は、一夜では解消されなかったのだろうか。僕は割りと限界だったんだけど……。
昨夜は結局ノーラ一人で夕食を食べていたようで、ノーラを除く四人は久し振りの食事だ。
食堂に近づくにつれ焼き物の香ばしい匂いが漂ってきて、空腹を思い出した僕のお腹がきゅうと鳴る。
宿の一階ロビーに隣接された食堂は、昼間とは思えないほどの賑いを見せていた。
迷宮に篭って昼夜が逆転することも多い探索者にとっては、これが一回目の食事なのかもしれない。食事を取りながら今日の計画を話しているグループや、昨日の成果を報告しているグループも居る。
「で、今日の予定だけど……なんか柄じゃないから、イルマかエミリオ、仕切って」
席について適当に注文をすると、最初に真面目な話に持っていったのはノーラだった。
……まぁ、旅行で来たわけじゃないからね。迷宮探索しに来たんだよね、僕ら。
「じゃ、せんせで」
「はーい。他のクラスメイトがどうしてるかは分からないけど、とりあえずダヴィアさんの班と交代かな? 予定表通りに潜ってたら、今日の13時頃が帰還予定になってるし」
「あのダヴィアさんが自分で立てた計画変更するとも思えないですしねー」
イルマの意見に、皆はうんうんと頷く。
仲の良さとは関係なく、ダヴィアは悪く言えばクソ真面目な委員長タイプという共通認識があるのだ。そんな彼女が、自らの予定を覆すとも思えない。
ダヴィア班の担当はポータル設置。それはパスワードを共有する者だけが使える、短距離テレポート用の設置魔法だ。
集団で迷宮探索をする場合は、大抵は一定区画ごとにポータルを設置し、後から入るグループが一々最初から攻略しなくても良いようにするものなのだ。
ポータル設置班は必然的に最前線を進むことになるが、基本は隠密行動を心がけてマップ攻略やモンスターの討伐は二の次になる。二番手以降に入るグループが少しずつ攻略範囲を広げていき、長時間の探索で疲労が蓄積しやすいポータル担当を交代させながら進めるのがセオリーだ。
今回は安全面を考えてポータル班は24時間以内に迷宮を出るようにしているので、昨日の昼過ぎに迷宮入りしたダヴィア達はもう間もなく戻ってくる。
ポータル班が休息に当てている間道中を攻略するでも良いのだが、僕ら五人の平民グループは僕、イルマ、ユリアの三人がポータル設置魔法を使えるようになっているので、ダヴィア班の代行も行えるのだ。
「とりあえずカフェでマップ情報貰って、後は適当にダヴィア班の行きそうにない方向を勧めてく感じで良いかな」
「意義なーし!」
イルマ以外は声を出すことなく、自分の前にある料理に手をつけながら頷いた。
僕らに携帯電話のような連絡手段は勿論ないので、魔法を使えても情報交換をアナログに行わなくてはならない。遠距離通話用の魔法というのは存在するが、周波数を合わせるのがとんでもなく難しく、仲の良い者同士なら使える程度だ。
あらかじめ町中のカフェを1テーブル予約してあるので、営業時間中は常にクラスメイトの誰かをそこに置いて情報を取りまとめることになっている。
迷宮に入る前に行って攻略情報を聞いたり、迷宮から戻ってきた時もそこに行って今の攻略情報を教えたりと、あまりにアナログな情報交換会だ。
1クラスで作った6つのグループが一気に集まることなどできないし、そんな人数収容できる場所を探すのは難しい。そんな理由で、アナログではあるがこれでも効率の良い手段なのだ。
これから長時間迷宮に篭る場合、次にいつ食べれるか分からないので大量に詰め込む者もいれば、緊張してあまり腹に溜まるものを食べられない者も居る。
結局それらに正解はなく、自分のコンディションが最も高くなるように食べるべきなのだ。
僕が注文したのは、鉄板に乗った小判型のハンバーグステーキ。食堂に入って真っ先に見えた探索者が食べていたもので、最初に見た物が一番美味しそうに思えてしまう現象。
表面はしっかり焦げ目が付くまで焼かれているが、ナイフで切ってみると中は真っ赤なレア。どうやらそのまま食べても良いようだが、僕はもう少し火が通っている方が好みだ。
断面を鉄板に押し付けると、ジュウと大きな音が鳴る。スパイスの香りも漂ってくるので、食欲が増されていく。ううん、もうちょっと焼きたいけど、我慢できないな。
ぱくりと一口。鉄板で熱されたそれは熱々で、はふ、はふと真っ白な息を吐く。
ソースが軽めな理由は、ハンバーグ自体にしっかり味が付いているからだと気付いたのは、それを飲み込む寸前だった。
少し甘みを感じる焼きたてのロールパンをちぎり、口に運ぶ。塩気のある肉と甘みのあるパンを交互に食べると、無限に食べられるような気がしてくるが、流石にそこまでは食べるつもりはない。
時折シェアしながらも食事は淡々と進み、最初の料理が出てきてから20分も経つ頃には、テーブルに残るのは食後のコーヒーのみとなっていた。
提供速度も速いし、料理も美味しく、そして安い。宿屋の中という立地でありながら、宿を利用していないであろう探索者が店内に溢れる理由も分かる食堂だ。
コーヒーのおかわりを貰ってミルクを注いでいると、リリーの様子がおかしいことにふと気付く。
「リリー、どうしたの?」
「ん、何か、騒がしくて……」
「店の中……じゃないよね」
「うん、外。人が大勢走ってるみたい……?」
「んー……どっち方向に?」
そう聞くと、リリーは少し悩んでから店の角を指差した。えぇっと、北かな。
「……迷宮のある方向だね」
リリーはコクリと頷いた。この時間に人が大勢走っていくのは、あまり普通ではないと思う。まだ来て一日なのでこの町の日常が分からないが、最悪の場合を想定しなければ。
「とりあえず、カフェ行く前に皆で様子だけ見てこよっか」
「「「はーい」」」
コーヒーを一気に飲むと支払いを済ませて宿屋を出、リリーを先頭に歩き出す。
外に出たら僕にも分かったが、確かにやけに慌ただしい。探索者であろう男女が迷宮に向かって走っていく姿や、逆に迷宮からこちらに帰ってくる者も居る。帰ってくる探索者の中には、明らかに重症であろう傷を負っている者も居た。
思い返してみても昨日はこんな様子ではなかったと思うので、きっと異常事態だ。
「すみません、何かあったんですか?」
地図を見ながら話していた探索者であろう二人組の男性に、声を掛ける。
「ん? 何だ子供じゃないか。旅行か?」
「いえ、探索に」
「そうか、悪かったな。俺達も詳しくは知らないんだが、ラルカンジュ廻廊の北にある山脈から、モンスターが溢れてきたらしい。迷宮から出てきた探索者が何人かやられたみたいで、大騒ぎだ」
「……北ですか?」
男の開いていた地図を覗き込み、周辺を確認する。
ラルカンジュ廻廊の入口は切り立った崖になっており、そこから北にはいくつかの山がある。
迷宮から町まで直帰するなら、後ろを振り返ることなどないだろう。迷宮を出て一息ついたところで襲われたか。
「あぁ。2kmくらい離れたところで目撃されたらしい。腕に自信がないんなら、しばらく町に居た方が良いと思うぜ。まぁ俺達もそのつもりなんだが」
「はい、ありがとうございます」
「おう、気をつけろよな」
こちらに手を振る男に別れを告げ、男から少し離れたところで路地に入る。
人目につかないことを確認し、リリーを見るとコクリと頷いた。何も言わなくても分かってくれるみたいで、本当に有り難いものだ。
「リリー、とりあえず迷宮の入口まで行ける?」
「ん。誰が行く?」
「出来るなら全員。大丈夫?」
「だいじょう、ぶ!」
力強く頷いたリリーを撫でてあげると、少しだけくすぐったそうに頭を動かし、頬を赤く染める。
「こっち、来て」
リリーは僕を除く三人に手招きをし、周囲に集める。イルマだけは何が起きるのか察したのか冷や汗を流して息を整えているが、ユリアとノーラは何も分かっていない無防備な表情で近づいてきた。
小さな腕を伸ばして全員に同時に触れると、ふわっと周囲の空気が掻き乱された。これは、風魔法の予兆だ。
風魔法によって僕らを覆う小さな膜を形成すると、僕らの身体は一塊になって、空へ向けて射出された。
「「きゃぁあああああ!?!?????」」
加速過程を必要としないレビテーションの超高速垂直離陸によって、僕らは瞬きもできず空へ舞い上がる。
ユリアとノーラは混乱のあまり叫び続けているが、身体はもう空中で静止していることに気付いていないのだろうか。加速から停止までの動作が一瞬すぎて吐き気を感じる間もなかったが、一息ついたらどっとやってきたので無理矢理抑え込む。
「「え、あ?」」
ほぼ同時にユリアとノーラは空に浮いたまま動いていないことに気付いたのだろう。叫び声を止めて、周囲を見――
今度は水平に高速射出。先の滞空時間は、行先を決めているタイムラグだったのだ。
雲の近くまで届いていた僕らは再び地上に向けて飛行する。いやこれは飛行なんてものじゃない、自分を砲弾にした大砲か何かだ。
空へ舞いあがった時より少しだけ長い時間僕らはジェット飛行を堪能し、そして再び急停止。
風魔法でクッションを作りふわりと着地をしたのだが、迷宮の目の前に唐突に現れた僕らは、否が応でも注目を集める。
重傷者はもう居ないようだが、大勢の探索者が集まり、情報収集やバリケードの形成をしているところだ。
迷宮の入口とは、つまり出口でもある。迷宮周辺にモンスターが沸いていることは、今迷宮の中にいる探索者は知らないのだ。緊張感から一気に開放されて無防備になった探索者は真っ先に襲われ、最悪の場合命を落とすことも有りうる。
モンスターのレベルが低かろうが、無防備な相手を襲うなら実力差など関係ない。
故に入口兼出口にバリケードを設置することで、迷宮から出てきた者がすぐに異常を知ることができるのだ。
ユリアはレビテーションの途中で意識を失ったのかぐったりと床に倒れこむが、流石の運動神経か、ノーラはフラフラとしながらも何とか自分の足で立っている。
僕とイルマは覚悟していたので何とかなった。飛行経験は少ないが、全くない二人よりはマシだ。
それにしても、今回より高速で数時間飛行を続けられるリリーの三半規管はどうなっているのだろう。そのへん、魔力的なコーティングがあったりするのかな? スキル持ってない僕らはGをモロで受けるとか? うぅん、分からん。
一応風圧や塵などから身を守る防護膜を貼って貰えてはいたが、その程度で加速や停止時に受ける急激なGを緩和することなどできない。意識を飛ばさないので精一杯だ。障壁の構成を変えれば多少はなんとかなるかもしれないが、あまり経験したくはないことだ。
今回はそれほどでもないが、リリーは自分以外の射出でも音速なら平気で超えるみたいだし、自分一人だけならもっと高速で飛べるとか。戦闘機かな?
「看板看板……あぁ、あったあった」
「なんでそんな元気なのよ……」
肩で息をするノーラにそんなことを呟かれながら、迷宮入り口にある立て看板を確認する。
大抵の迷宮入口には簡易的な立て看板が備え付けられており、今迷宮内に誰が入っているか分かるようにしているのだ。国が入場制限をかけているラルカンジュ廻廊のような迷宮だと、あらかじめビザのような役割の札を国から発行して貰い、それを立て看板に取り付けることになっている。
「今入ってるクラスメイトはダヴィアさんのところと、帝国組だけか」
「んー、この位置だと帝国グループが入ったのは昼前って感じですかね? ならしばらく出てくることはなさそうですね」
「だね。じゃ、とりあえずダヴィアさん達が出てくるの待って、町まで送り届けたら行動開始かな?」
とりあえずユリアとノーラの二人は休ませておいて、超人的な聴覚によって周囲の様子を探ることができるリリーと長年の経験からある程度のパターンは予測できるイルマ、そして十年以上前とはいえ迷宮に潜っていた経験のある僕の三人で、予定を立てていく。
しばらく話していると様子見で迷宮まで集まっていた他の探索者も話に加わるようになり、ちょっとした団体になってきた。
「へぇ、その歳で経験者か。将来は探索者志望か?」
「いえー、探索者だけにはなりたくないなと」
「がはは! 違いねえ! 良いとこの坊ちゃんがやることじゃねえからなぁ!」
「あはは、ですよねー」
僕らは今制服を着ているわけではないが、身に着けていた探索装備に付けられた校章から僕らの学校が分かる者も居たようで、集まった探索者からは完全に“良いとこの貴族グループ”といった扱いをされてるが、否定する必要性を感じないので流しておく。むしろ、僕ら以外のクラスメイトで構成された全てのグループが、彼らの予想通りの“良いとこの貴族グループ”なのだ。
そう思ってくれていた方が探索者ウケは良い。
今回のような異常事態ともなると普段の探索よりも怪我人は出やすいし、場合によっては命を落とす者も出てくる。
それは一介の探索者からしたら大損になるが、もし良いとこの貴族の子息を危険から救ったり、怪我をしたのを治療したりすることができれば?
間違いなく褒賞ものだ。故に僕らはチヤホヤされているし、話題の中心に居られている。少しでも印象付けておけば、今後の活躍で意識されやすいからだ。
実際はただの平民なので褒賞とかは出せないが、助けて貰ったら感謝の証として金銭を渡すくらいは吝かではない。
つまりこれはどちらにも得がある、ウィンウィンの関係なのだ。うんうん、嘘付いてるわけじゃないからね!
僕らがそう見られているのが分かっても僕が否定も肯定もしないところから想像できたのか、少し離れたところに居るノーラがジト目でこちらを見つめてくるが、気にしないでおく。




