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表紙イラストはこあらさん(https://twitter.com/paleskoaberry)に描いて頂きました

支部(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=70847489)

挿絵(By みてみん)


 赤ん坊の泣き声がする。

 おぎゃあおぎゃあなんてものじゃない。怪獣レベルだ。文字にするとギャオオオだろうか。

 それもかなりの大音量。耳元で泣かれているかのような近さ。

 誰が泣いている? そう視線を動かそうとするが、どうしてか体はピクリとも動かない。視界はあるのに、体が動かないのだ。

 ああ、いや、動いていないわけではない。自分の意思で動けないだけで、自分の身体は、上下に動き続けている。上がり、下がり。あまり広い幅ではないが、確かに体が動いている。

 すぐに気付かなかったのは、視点が定まらないからだ。何にも焦点が合わない。

 眼鏡を外した視界がかなり悪くなったようだ。

 どうして? 愛用のPC眼鏡はどこへ行った? 分からない。


 しばらくは怪獣の泣き声爆音上映会が続いていたが、意識が覚醒するごとに他の声が聞こえるようになってきた。


「―――、―――、――――――――――、――――」


 何を言っている? 声は聞こえたが、聞き取れない。知らない言語?泣き声にかき消され、聞き取れなかっただけ?


「―――、―――、――――」


 もう一度。同じように聞き取れないが、規則性だけはわかった。


「―――、―――、――――――――――」


 最初の二つは、同じ言葉の繰り返し。その後に続くのは二種類。


「――――、――――――――――」


 次は最初の二つがなくなった。残り二つは今までと同じ。


「―――、―――」


 揺れながら、揺さぶられながら考える。怪獣の爆音上映会も、少しずつ大人しくなってきた。


「―――、―――」


 あ、分かった。分かった分かった。


「エミリオ。――――――――――」


 名前だこれ。たぶん名前だ。エミリオが、赤ちゃんの名前だ。

 となると、繰り返す二語は違う。たぶん、赤ちゃんを宥める時の言葉。日本語だと「よーしよーし」のような、そんな言葉だ。

 しばらくすると、泣き声が止んだ。


「―――――――、――――、エミリオ、―――――――」


 駄目だ。規則性がなさすぎてエミリオ以外の言葉が分からない。


 っていうかあれだよね。これ、あれだよね。

 いつの間にか晴れた視界。目の前に振られた、小さな楽器のようなおもちゃに伸びる、まんじゅうみたいにふっくらとした手。

 「きゃっきゃ」の声。

 うん、そうだよね。これ。


「エミリオ、―――――、―――」


 俺、エミリオだよね。


「きゃっきゃ」手渡され、まんじゅうみたいな赤ん坊の手によって振られる謎の楽器。ガチャガチャと鳴る、謎の楽器。それを握る手。


 うん、やっぱこれ、俺だよね。

 俺、赤ちゃんだね。


 あ、なんか楽しくなってきた。謎のおもちゃをガチャガチャ振り回して「きゃっきゃ」とか言ってる俺、ちょっと楽しくなってきた。

 がちゃがちゃ、がちゃがちゃ、がちゃがちゃがちゃがちゃ。

 冷静な俺、何が楽しいのか分からない。赤ちゃんの俺、音が鳴るだけで楽しい。

 なんだこの二律背反。けどまぁ、深く考えないで良いか。







 どうやら転生したらしい。

 異世界転生と言いたいところだが、正直異世界かどうかも分からない。今動ける範囲がベビーベッドの上か、母親らしい女性の腕の中くらいだし、それだけなら特に異世界感は見られない。

 田舎の生まれなので、部屋の内装壁材に至るまでがほとんど木製なのも見慣れているし、外国の田舎と言われたらそう思える。


 記憶はまだある。多少思い出せないことはあるが、大まかには覚えている。

 ただ、ただし、重大な問題がある。


「―――、―――――、――――――、エミリオ」


 自分の名前がエミリオであることは、両親であろう男女二人から何度も何度も繰り返されることで分かった。

 ただし、それ以外の言葉がまったく分からないのだ。何語なのかもさっぱり分からない。むしろその中で聞き取れる「エミリオ」がどれだけ繰り返し言われているのかという話だ。


 父親らしい男性は木こりなのか知らないが、小ぶりの斧を持ったまま抱き上げてくることがある。正直怖い。

 母親らしい女性はいつも家の中にいるのか、頻繁に様子を見に来る。おむつを替えてくれるのも彼女だ。 どうやら再利用可能な布オムツのようだが、首がそこまで曲がらないので素材までは分からない。

 あと、子育ては母乳ではないらしい。前世の知識がある状態で母親と認識してしまった人間の乳を吸うのには若干抵抗があったが、母乳が一般的ではないようで助かった。

 哺乳瓶に入れられた生暖かいミルクを飲まされている。

 正直大した味は感じないが、赤ん坊の自分は嬉しそうなのできっと美味しいのだろう。


 今はまだ、完全に自分の体として動かせるわけではないのだ。

 この体には赤ん坊としての意識が確かにあり、その上で思考することができる自分が居る状態。

 実質、一つの体に二人が居るようなものだ。

 それでも少しずつ、少しずつだが、自分の意思で体を動かせるようになってきている。肉体の主導権が委譲されているのだろうか。


 一日の半分以上は寝てしまうが、それでも仕事もゲームもなければ最大限の時間が使える。

 今はまず、聞き取りから覚えなければならない。意識が芽生えてからひと月にもなるが、まだほとんど何も分からないのだから。

 現実の子供にはこんな前世の知識とか意識があるはずないので、両親の言葉からどうやってその国の言葉を覚えるのだろう。それとも、何も知らないから簡単に覚えられるのだろうか。

 異世界にしろ海外にしろ過去にしろ未来にしろ、ここで日本語は通じないらしい。ならば日本語は捨て、ここの言葉を覚えるしかない。勉強が嫌で嫌でゲームに嵌まってしまった過去があるから、今更語学の勉強はかなり厳しいものがある。けれど、それをしなければ始まらないのだから、まずは言葉を覚えなければ。

 前途多難な赤ん坊人生だ。

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