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『貴方は雨を知っている』  作者: 矢下 真
6/8

〈 Day 4 〉

 目が覚める。

 寝返りを打つ。

「おはよ。」

 目の前に雨がいる。

 驚きのあまり後ろに後ずさりしすぎて壁に後頭部を強打する。

「何やってるのさ。」

 雨が笑う。

 驚きと激痛でほとんど目は覚めているが、いつも通り顔を洗いに洗面所へ向かう。

 戻ってくると雨がニヤニヤしながらこちらを見ている。

「ささ、四谷くん。私に構うことなく着替えてくれ給え。」

「あの雨さん、着替えてる間こっち見ないでもらえると助かるんですけど…。」

「そういうことを言うのは普通女の子だろ!」

「普通の女の子は着替えをガン見しようとしない。」

 諦めてガン見されながら着替える。

 ふと時計を見ると10時を回ったところだった。

「結構寝てたんだな、俺…。」

 後ろで雨が寝ていてドキドキして眠れなかった、眠るのが遅くなったのが原因だろう。

「朝ごはんは各自でテキトーにしてください。」

 母も父もすでに食べ終わった後で渋々自分の分の朝食を用意する。

 チョコクリームを塗ったトーストにとカフェオレだけの簡単なものだ。

 サクッと平らげ自室に戻る。

「で、雨。今日はどうするんだ?」

「まずは学校だね。音楽室に行きたいな。」

「日曜日に音楽室空いてるのか?」

「十中八九空いていないだろうね。だから職員室に寄って鍵を借りてこないと。」

「…またあれをやるとか言わないよな?」

「流石にそこまで鬼じゃないよ。ともかく、学校に向かおう。」

 そんなこんなで学校へと向かった。




「そういえば結局佐藤先生から返事は来なかったな。」

「職員室で他の先生に聞けば原因がわかるんじゃないかな?」

「鍵借りるついでに聞いてみるか。」

 職員室の扉にノックを二回。

「失礼します。えーっと…」

 職員室にはうちのクラスの担任が一人で居るだけだった。

「どうした四谷、こんな日に学校に来るなんて。」

「えっと、CP部の顧問の佐藤先生って今どうしてるかご存知ですか?」

「佐藤先生なら夏休み初日からハワイに行ってるぞ。」

「ハワイ!?」

 どうりで返事が返ってこないわけだ。

「じゃあCP部は夏休みどうするんですか?」

「自主練習だとか言ってたな。まぁわざわざ来る奴なんていないだろうけどな。」

「じゃあ音楽室は?」

「一応自主練って名目だから申請すればCP部の奴らは使えるぞ。」

「…無理を承知でお願いするんですが、音楽室の鍵を俺が借りることってできませんか?」

「なんでお前が…?」

「無性にピアノが弾きたくなったんです!」

「しかしなぁ…いや、わざわざ日曜日なんかに来たんだ。貸してやるがちゃんと返しに来いよ。最近鍵の紛失が問題になっているんだからな。」

「ありがとうございます!」

 鍵を受け取る。

「失礼しました。」

 お辞儀をして職員室を後にする。

「案外頼んでみるものだね。」

「絶対に紛失しないようにしないと。鍵さしっぱなしで帰るとか絶対するなよ!」

「全くその通りだね。言葉の重みが違う。」




 鍵を差し込み回すとガチャリと音を立てて鍵が開く。

「昨日より滑らか…やっぱり鍵と扉はこうじゃないとな。」

 音楽室にはピアノが一台と机が並んでいるだけだった。

 雨は何かを確かめるように机やピアノに指を這わせる。

「四谷くん、ピアノの蓋開けてくれる?鍵は教卓の内側にあるから。」

 言われた通りに鍵を探し、ピアノに差し込む。

「何も変わらないね。まぁたかが数日、変わってる方がびっくりだよ。」

 雨はおもむろに白鍵を押す。

 ドの音が教室中に響く。

「えっ、今鳴った…よね?」

「確かに、鳴った。」

 お互いに顔を見合わせる。

「何で物に干渉できてるの?」

「わかんないよ!」

 ピアノを弾こうと椅子を動かそうとするが、何故か椅子は動かない。

「何でこっちは動かないの!」

「世話が焼けるなぁ。どうぞ。」

「…ありがと。」

 改めて鍵盤を恐る恐る押す。

 同じドの音がポーンと空気を震わせる。

 雨が押した鍵盤が沈んでいる。

「四谷くん、弾いてみてもいい?」

「好きなように。」

 雨がピアノを弾き始める。

 楽しげな曲、激しい曲、静かな曲、しまいには校歌まで。

 弾きながら、楽しげに歌う。

 誰かが来ないか見張るために入り口に立って雨がピアノを弾く様子を眺めていた。

 あの時とは服装は違えど、このピアノを弾く姿はあの時と同じだ。

 俺が恋した少女が、音楽を奏でている。

 音楽と戯れる彼女は、とても美しかった。

 しばらく雨のコンサートは続いた。




「失礼しました。」

 職員室で音楽室の鍵を返却し、お辞儀をして部屋から出る。

「いやー楽しかった!」

「満足そうで何より。」

「私の演奏、どうだった?」

「どうって言われてもな…音楽に対する芸術的センスがあるわけじゃないからどういう風に良かったとは言えないけど、良かったよ。楽しかった。」

「えへへ。」

 職員室から下駄箱へ向かうために渡り廊下を渡る。

「あ、あそこ行きたい!」

 雨が窓の外を指差す。

 この時期の中庭はベンチも日陰に入っていて、また風通りも良いことから昼休みでくつろぐには最適の場所だ。

 もっとも今は夏休み、人がいる様子はなかった。

 中央に生えている木が風に吹かれ葉を揺らす。

「腹も減ってきたことだしあそこで昼食にするか。」

 下駄箱とは反対の中庭へ向かった。




「んんんーっ!」

 雨が大きく伸びをする。

「風が気持ちいね!」

「良き風だ…。」

 中庭の途中に設置された自販機でジュースと菓子パンを購入する。

「よっと。」

 中庭に併設されたベンチに腰掛ける。

「私いっつも教室で食べてたからここあんまり来たことなかったけど、いい場所だね。」

 雨がその隣に座る。

「休みじゃなけりゃいつも人がいる学内随一の人気スポットだし。昼休みに覗くと絶対誰かがイチャイチャしてるからな。」

 ハッとして横を向くと雨がニヤニヤしている。

「四谷くんもイチャイチャしたい?あーんとかしてほしい?」

「いーや全然。」

「またまたー。照れなくてもいいんだよ?なんせ今は誰も見てないからね!」

「そもそも物を持てない雨がどうやってやるんだよ。」

 自販機で買ったチョココロネの袋を開封する。

「今から念力で四谷くんの口に運びます。」

「はいはい。」

「四谷くんはだんだんチョココロネが食べたくなって口に運びだす…むむむむ!」

「念力というか暗示じゃねーか。」

 チョココロネにかじりつく。

「あ、そっちから食べたらチョコが。」

 細い方から食べ始めたせいで反対側からチョコがはみ出る。

 それを雨がぺろっと舐める。

「あれ、舐めれた。」

 溢れ出しそうだったチョコが舐められたように無くなっている。

「不思議なこともあるものだ。」

 雨に顔を見られないよに反対を向いて急いで完食する。

「ごちそうさまでした。」

 ジュースを一口飲む。

 相変わらず雨はこちらを見てニヤニヤしている。

「その不敵な笑みをこっちに向けるのやめろ。」

「ふふっ。」

 雨がベンチから立ち上がり中庭中央の芝生の上に座り木に寄りかかる。

「四谷くんもこっちに来なよ。気持ちいいよ。」

 ジュースの蓋を閉めカバンにしまい雨の側に寄る。

「………。」

 雨が目を閉じている。

「………すぅ。」

 眠っているようだ。

 大きく伸びをする。

 木を挟んで雨の反対側に回り、背を合わせるように木に寄りかかる。

 風が、心地よかった。




「………起きないな。」

 声が聞こえる。

 頰に違和感を感じる。

 ぷにぷにと誰かがつついている。

 そんなことをする奴は一人しかいない。

「雨、何やってるんだよ。」

「あ、起きた。四谷くん、おはよ。」

 どうやら眠ってしまっていたようだ。

 中庭の時計は午後5時半を指していた。

「やっべ…寝すぎた。」

「四谷くんが思いの外爆睡でびっくりしたよ。」

「…すまん。」

 立ち上がり体を動かす。

「これからどうする?こんな時間だけど。」

「四谷くんは、どうしたい?」

「………雨。」

「なあに?」

「俺と一緒に、夏祭りに行きませんか。」

「………うん!」




 灯篭川のほとり、夏祭りの出店があちらこちらに並んでいる。

 俺は雨と一緒に夏祭りを、全力で楽しんだ。

 金魚すくいをした。射的をした。りんご飴を食べた。

 あの日握れなかった手をしっかりと握り、人混みを駆け抜ける。

「四谷くん!」

「何だよ!」

 はぐれないように、その手を更に強く握る。

「最後のおまけついでにもう一個、お願いしてもいい?」

「何でも言ってみろ!」

「今からあの神社に行きたい!」



 すでに打ち上げ花火は始まっており、花火が打ち上がり、散っていく音が何度も聞こえる。

 暗く舗装もされていない山道をつまずきそうになりながらも二人で手をつないで駆けていく。

 神社が、見えてくる。

 石段を登り、頂上の寸前で雨が立ち止まり後ろを指差す。

 そこには、夜空に咲く大輪の花を独り占めできるような、そんな景色が広がっていた。

 雨が袖を引っ張り座るように促される。

『この神社に来たかった本当の理由はね、これ。』

『私は三日前、部活動のことを佐藤先生に聞きに行った後、下見のためにここに来ていたの。』

『ここからなら、花火が綺麗に見えるんじゃないかって思って。』

『そしたらね、前にこの場所を教えた時に興味を持っちゃった陽花ちゃんがたまたま来てたの。』

『陽花ちゃんは神社の壊れた柵のある端の方を歩いていて、危ないよって注意しようと近づいたの。』

『そしたらセミが陽花ちゃんの方に飛んで行って、びっくりした拍子に足を滑らせちゃった。』

『間一髪で手を掴んで助けたんだけど、今度は私が落っこちちゃって。』

『そこで私の人生は終わり。人の命って、こんな思いがけないところで、簡単に消えちゃうんだね。』

『でも、陽花ちゃんも救えたし、最後にこうして四谷くんとも話せたし、悪くはなかったかな。』

『これで、私の告白は、おしまい。最後まで聞いてくれて、ありがとう。』

「………。」

 雨の話をただ、黙って聞いていた。

 打ち上げ花火の音がやけに大きく聞こえた。

「………雨。」

 いろいろな感情が自分の中でぐちゃぐちゃに混ざりながら、必死に言葉を絞り出す。

 しかしその声は打ち上げ花火に打ち消されてしまう。

『もっと大きな声で言ってくれないと聞こえないよ!』

「………雨っ!」

『なあに!』

「俺はっ!雨のことがっ!」

 最後の一発、特大の打ち上げ花火が打ち上がる。

 パラパラと火花が散った後、雨はもう、そこには居なかった。


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