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夜の雪の道

作者: 炉谷義露

 私は朝に弱いので翌旦に余裕を拵える可く、深夜に廃品を出しに行きました。片手に提げ得る小さい物です。市町の指定に従いまして、曜日を跨いで暫くの事でしたでしょうか。屋外へ出ると一面が薄い白雪に覆われて居る様子が認められました。深夜に為ては明るいなと思われた原因であります。今夕、私が帰宅為た時には幾らか路面が凍て付いては居ましたが、斯様に変わられると意識を奪われる物です。其れから私は漸くに為て、降雪も知ったのです。

 私は一人、辺りの民家は既う電燈を落としたか、窓帷を閉めたか、見回しても人間が住んで居る様で住んで居ない様な気配を覚えます。然う為て、降雪の夜中と云う物は一際に寂然と感じられるのです。降雪が廃品を叩き弾ける響きと、積雪を踏み締める事で生まれる私の跫音許りが聞こえます。此の跫音と云う物が異様に恐怖を掻き立てるのです。尋常では鳴り得ない跫音が、積雪に因って図らずも鳴って終う。私が踏み出すと、何者かが後方に居るのでは無いだろうか、何者かが付いて来て居るのでは無いだろうか、此の跫音は何者かに付け入る余裕を与えて居ないだろうかと振り返り、振り返り、廃品を打ち遣る為に歩いて行くのです。

 漸くの思いで廃品を指定の容器に収め、扨て帰ろう、直ぐに戻ろう、此の被服では聊か寒い、帰って布団へ潜ろうと振り向くと、落ち着いて考えれば当然の事ですけれども、私が歩いた痕跡が延々と続いて、私の足許へ至って居るのです。私は私に震え上がりました。何者かが私の場所へ辿り着いた様に思えたのですから、冷気の致す所許りでは有りません。其れから私は自身の痕跡を訝しみ乍ら、其れを辿って行く事を強いられました。其の怪しく、恐ろしい痕跡の根源へ向かわなければ成らないのです。然う為て、私は其の痕跡を知って終ったのですから警戒を怠りません。恐れ乍ら顧みると、痕跡は付いて来て居るでは有りませんか。

 私は急いて帰りました。握り締めた鍵鑰で戸扉を開けて滑り込むと、戸扉を隔てて何者も私を追跡為て居ない事を覗き見ました。痕跡は私の目前で止まって居ます。宛ら私は見得ない許りで、本当は其処に臨んで居るんだと云わん許りに。彼れは更う少し私が呆然と為て居れば、見得ない膂力を以て、私が頼みと為て居た戸扉を引き開け、彼方を殺して遣ろうと低く囁いたに決まって居ます。

 斯う為て、私の空想は終わりました。然様な事が起こって堪るか、暫く見なかった降雪の景色に聊か浮かれて終った、良い小説が書けそうだと省み乍ら私は施錠為、居室へ続く廊下へ上がりました。然う為て、其れと同時に何う為ても拭い去り得ない妄想が私の歩みを速めたのです。私が背部を向けた瞬間、其の戸扉が屋外から強か叩かれないであろうかと云う妄想が。

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