3・異世界転移
『ギーンゴーンガーンゴーン』
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
授業が終わり、教室はざわざわと騒ぎ始めている。そんな中、窓際に座る向井晴信は、淡々と帰りの準備をしている。
「なぁ晴信、ちょっとノートを見せてくれないか?」
帰りの準備を終えた晴信に、後ろの席から声が聞こえる。晴信の友人南雲剛だ。南雲は頭は良い方なのだが、毎日朝までゲームをしているゲーマーな為、授業時間は彼にとっての睡眠時間となっている。
「はあ、またなのか、そろそろ夜更かしはやめたらどうだ」
これで成績が同じくらいなのである。晴信は少々自己嫌悪を覚えつつも、南雲にノートを渡す。南雲はノートを開き、必死に写し始める。そんないつも通りのやり取りを終えると、いつの間にか先生が教卓の前に立ち話を始めていた。
「というわけで、ホームルームは終了だ。さあ、部活の奴は部活、帰宅の奴は帰宅、不審者には気を付けろよ」
退屈なホームルームも終わり、晴信は早々に学校を出る。晴信は部活には入っておらず、いつも放課後には時間がある。晴信は帰路から少し離れた路地裏に入ると、いつもの足取りで店へと向かう。
路地裏を抜けると、都会の中とは思えない程のボロボロな小屋が見えてきた。そここそが晴信の行き付けの場所であり、放課後の楽しみだ。
小屋の中には大量の籠が置いてあり、その中にはレトロなゲームが余すことなく詰め込まれている。半年も前から通い続けている晴信でさえ、未だに全ての籠を見きれていないのだ。
晴信は何時ものように籠を漁る。さっきは南雲にそんなことを言ったが、晴信もゲームは大好きである。放課後に漁って家でプレイする。そしてクリアしたらまた漁る。これが晴信の日常である。
いつものように籠を漁っていると、見たこともないゲームソフトを見つけた。
「円卓の剣? なんだこれ?」
ゲームについては色々と調べていた晴信だったが、こんな名前のゲームは聞いたことがない。円卓の剣という名前から、アーサー王関係だということは想像がつくのだが、アーサー王関係のゲームは既に調べ済みだ。やったことがないならまだしも見たこともないゲームというのは不可解である。
ともかくやってみれば良いだろう。晴信は出したゲームソフトを籠に直し、円卓の剣をレジに持っていく。
「おじいちゃんこれで。」
「いつも通り三百円だ。」
レジには七十過ぎのおじいさんが、椅子に腰掛けテレビを見ている。百円玉を三枚だし、晴信はゲームソフトを持ち店を出る。
晴信の家は、ここからさほど遠くはない。路地裏を抜けた晴信は、そのまま家へと向かう。
「さて、このゲームはどんなやつなんだろ?」
家に帰ると、鞄を投げ捨てテレビへと向かう。そしてソフトを入れ、電源ボタンをONにする。
その瞬間、意識が遠退くような感覚がし、辺りが真っ白に染まっていった。
~~~~~
目を開けると、そこは一面真っ白な空間だった。立っているのか浮いているのかも分からない感覚に、意識が混乱していく。
「ここは、何処なんだ?」
こんな真っ白な空間、思い当たるとしてもVRゲームぐらいである。だが晴信が知っているVRゲームではない。VRゲームは機械を被らなければいけない上に、もっと画面に酔うような感覚があるはずである。
ではここは何なのだろうか? そんな疑問が晴信の頭の中を支配する。状況を理解するには情報が足りなさすぎる。
「あな……は……ばれ……す」
何処からか声が聞こえる。透き通った女性のような声、その声は、どんどん近くに近づいてきている。
「あなたは選ばれたのです」
その声を聞き顔を上に向けると、綺麗な女性が白い空間に浮いていた。
長い髪は白く染められていて、目は青く透き通っている。 ワンピースのような衣類を揺らし、ゆらりゆらりと晴信のいる位置へと降りてくる。その姿を例えるなら女神と言うのが一番正しいだろう。
「あなたがプレイしようとしていたゲームは、あなたが今から向かう異世界に最も似たゲーム。これをプレイしようとしたあなたにお願いがあります。……異世界に飛んでいただけませんか?」
晴信の前に現れた女神は、唐突にそう告げる。だがその言葉は晴信の予想していた範囲である。いきなりよく分からない空間に飛ばされて、おまけに女神みたいな人が出てきたのだ。異世界転移は十分に予想がつく。
「すみません。向こうの世界に魔法はありますか?」
「はい」
晴信の質問に、女性は柔らかい笑みを浮かべ答える。晴信の中では、魔法が無ければ異世界ではない。いや認めない。この質問は、晴信にとっては最優先事項である。
だが懸念材料はまだある。何せ晴信には家族がいるし、友もいる。突然自分が居なくなれば大騒ぎどころじゃ済まない。そこの部分を解決してもらわなければ異世界に飛ぶなんてことは出来ない。晴信は再び考えを巡らす。
「安心してください。異世界に行けば、この世界のあなたは死んだことになりますが、その代わりにあなたの関係者全てに幸福を授けましょう」
そんな晴信の表情を見透かしたのか、女神らしき人が答える。
つまり、自分が居なくなる代わりにみんなが幸せになる。少し胡散臭いが悪くない条件でもある。晴信は少し考え込んだ後、答えを出した。
「分かりました。向こうで生きていけるなら異世界へ行かせてもらいます。」
その答えに満面の笑みを見せたきっと女神な人は、晴信に『これを』と告げると、空から剣が降りてきた。
「これは?」
「これはエクスカリバー。伝説と言われる聖剣です。」
エクスカリバー。アーサー王の伝説に登場する剣である。これが伝説通りの力なら良いのだが、ただの剣なら自分の命すら危ない。
「当然威力は凄いんですよね?」
「はい。向こうの世界でも最強クラスの剣です。」
晴信の問いに、女神(仮)は丁寧に返す。
「紹介が遅れました。私はアマテラス、この世界を管理する女神です。」
アマテラスという言葉に晴信は深く溜め息をつく。アマテラスは晴信も知る女神だが、日本人らしい姿かと思えば白い髪に青い目、おまけに日本の神話に全く関係ない武器を持っているのだから神様のイメージはぶち壊しである。
「ならもう1つ」
「何故あなたを送り込むか、ですよね」
晴信が質問しようとしていたことと同じだった。女神は、晴信の方へと向き直ると、話を続ける。
「その理由は簡単です。50年ぐらい前から大暴れしている魔獣を従える王、魔王を討伐してほしいのです。討伐していただければ、どんな願いも叶えて差し上げましょう」
「分かりました。僕やってみます」
女神の言葉に晴信はうなずくと、剣を掴み胸の辺りに持ってくる。
女神は手を組み祈りの姿勢をとる。
「では、転送!」
晴信の周りに魔方陣のようなものが現れ、晴信の意識はここで吹き飛んだ。
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目が覚めると、そこは中世の西洋のような町並みが見える。
町の中には、冒険者のような武装した人もいれば、昼間から酒屋で飲み食いしているおじさんに、この世界にも学校があるのか、制服のような衣類を着ている子供がいる。
「本当に来たんだ。」
晴信は感嘆の声を出す。晴信が憧れていた剣と魔法の異世界である。晴信は手にもっていた聖剣を背中に掛け、魔王城の方へと向か……
そこで晴信は歩みを止める。晴信は魔王城の場所どころかここが何処かも分からない。魔王を倒しに行くにしても、場所が分からなければ意味がない。
晴信は辺りを見渡すと、遠目になにやら袋を覗き込んでいる少年が見えた。
「あの人に聞こう」
晴信は少年に近づき
「あのー……」
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燃え盛る炎に手をかざしながら、晴信は異世界転移の経緯について話終える。
「そうして俺に話しかけたってことか」
だが晴信にも疑問が残っている。本来なら門番辺りに話を聞くのが妥当である。にも関わらずわざわざ遠目にいるユキアを尋ねたのが未だに理解出来ないのだ。
そんな疑問は残ってはいたが、晴信は一旦話を区切る。
「これが僕の異世界転移の経緯だよ。」
「へぇ、異世界転移ってそんな感じなのか。」
晴信は、ユキアの興味のなさを少し疑問に思いながらも、テントの中で寝袋に入る。晴信にとっては初めての異世界の夜である。異世界での一日が過ぎることに興奮した晴信が深い眠りにつけたのは三時後のことだった。