2・魔法
「あー!」
門番のチェックを終え、ユキア達は次の町である『クラフトダイアス』に向かっている。道の周りには田畑が広がり、その奥には木々が生い茂っていた。そこになんとなく自分の村に近い感じがしたが、田舎の方にある町は大体こんな風になっているため、特に気にはしなかった。
そして晴信は、何かを思い出したように足を止めた。
「なんだ? 忘れ物か?」
異世界転移してきたばっかの晴信が、忘れ物と言うのも考えにくい。ユキアは他の可能性を考えたが、特に思い浮かばなかった。何か重要な事だろうか?
「よく考えたら僕……、この世界のこと何も知らないんだ」
………結構どうでも良かった。確かにこの世界に来たばかりの晴信には重要ではあるが、わざわざ大声を上げる程ではない。
「で、俺に聞きたいと」
「いいかい? ユキア」
ユキアは晴信に問いかけに、晴信が答えた。ユキアはわかった告げると、この世界の説明を始めた。
「この国は『ルーン王国』商売と軍事力がこの世界でもトップクラスを誇る大国だ。商売も去ることながらその軍事力は凄まじく、この世界でも最強の騎士団ジュネスは、あの魔王軍の幹部と引き分ける程の実力を持つ。……ここまでは分かったか?」
ユキアの説明が終わり、晴信に確認を求めると、う~んと首を捻った後なんとなくと返事した。
「分かったならいいんだが、他に知りたいことは?」
「はーい。魔法の使い方が知りたい」
晴信が手を上げて答える。その様子を見てユキアに疑問が浮かぶ。
「魔法か? お前の世界に魔法は無いのか?」
「うん無い」
即答だった。どうやら晴信の世界では存在だけ確認されてるようだ。
「魔法って言うのは体の中にあるマナを体外に出すことによって、本来出せるはずの無い物質を生み出すことが出来る。……分かったか?」
「分か……らない」
ユキアも流石にこれはすぐにわかるとは思っていなかった。魔法とはそれだけ難しいものなのだ。説明だけでは分からないだろう。
「こういうのはやってみた方がいい。」
そう言ったユキアは、右手を前に突きだし魔法を唱える。
「シャドーカッター」
その瞬間、俺の右手から黒い刃のようなものが飛び出し近くにあった木が真っ二つに分かれた。
「すげー!」
横で見ていた晴信が歓喜の声をあげる。
「まぁこんな感じだ、とりあえずやってみてくれ」
そう言われた晴信は、右手を前に突きだし魔法を唱える。
「シャドーカッター!」
それから三時間みっちり練習したのだが……。
「そんなに落ち込むなって、誰だって最初はこんなもんだ。」
ユキアはそう言ったが、流石にここまで酷いのは見たことがなかった。
横で肩を落とした晴信が、「はあー」とため息をつく。どうやら晴信の魔法への憧れは、この世界の住人以上のようだ。
「なあ?ユキアはどれだけの魔法が使えるんだい?」
晴信が唐突にユキアに尋ねる。
「ああ、初級の魔法は全て使える。あと闇魔法と補助魔法と治療魔法と麻痺魔法は、最高位の魔法まで使えるぞ」
魔法の種類で言えば特殊なのがもう一つあるが、これを教えるわけにはいかない。ユキアは若干誤魔化しながら質問に答えた。
旅の途中は、晴信の世界について話を聞いていた。ユキアとて常に復讐を考えているわけではない、晴信のいた世界にかなり興味があった。
そして、晴信がユキアと同じ歳だというのもここで判明した。晴信が学生だったこともあり、てっきり年下だと思っていたが、晴信の学校は十三年制ということで納得した。こちらの世界より七年長いようである。
その中でも、特に興味が湧いたとはアニメという文化だった。晴信曰くとても面白いとのことだが、絵が動くというのはとてもとても想像がつかなかった。ユキアは、いつかアニメを見てみたいと思いながらも、手を顎に当て、唸るりながら考える。
その中でツンデレは特に理解が出来なかった。好きなものをわざわざ嫌いという理由が全く分からなかったのだ。好きなものは好きと言ってきたユキアにとっては理解し難い心の一つである。
そんな俺達の横を大量の四次袋を持った男が通りすぎる。
「おーいそこの少年達、見たところ旅に出たばかりの初心者冒険者だね。ならあんたらに良い商品がある」
そう話しかけてきた男は、四次袋から商品を取り出すと、明らかに性能が微妙そうな商品を並べてくる。
この男は商人で、恐らく『ビギナー』で裏商売をしているのだろう。王都で沢山の武具や魔道具を見てきたから分かるものの、初めて見た初心者達ならこれを並べられれば買ってしまうかもしれない。
商品を手に取ろうとする晴信の手を止めると、商品を睨みつける。ユキアには確かに微妙な商品なのだが、初心者にとってはどうなのかは判断に困るのである。
ユキアは聖剣を手にした後、そのまま騎士団に入団した。故に初心者から徐々に名を上げるという過程をすっ飛ばしていたのである。始めから最強クラスの防具を渡されていたユキアは、初心者がどれくらいの装備なのか分からないのだ。
「すみません。これって初心者が持つのに良い商品ですか?」
ユキアが商人の目を見て質問を投げ掛けると、商人の男は「ああ」と返す。しかし、それよりも早く、ユキアは誰にも聞こえない程小さな声で呟く。
「ルシフェル」
ユキアは、体の中で邪悪なものが溢れるような感覚がした。深い深い闇が体を覆い尽くすかのように身体中に力がみなぎるが分かった。
魔法には二つ種類がある。一つはさっき説明していた通常魔法、そしてもう一つが今ユキアが行っている精霊魔法である。
精霊魔法は、体のマナを出すのではなくマナを纏うと言うのが正しいだろう。補助等の特殊な魔法を除くと、魔法は火、水、風、土、光、闇の属性に別れておりそれぞれの属性に数体の精霊と言われる存在がいる。
精霊魔法は、その精霊を体内に宿すことで使うことが出来る魔法で、その為には精霊と契約する必要がある。精霊と契約するには精霊を説得し、力を示す必要があるためこの世界の中でも精霊魔法を使えるのは極僅かである。
精霊を体内に宿すと体のどこかに刻印ができ、精霊の名を呼ぶと刻印が少し輝き精霊の力が身体中に行き渡るという仕組みだ
精霊を体に宿すことは良いことばかりではない。考えていることも相手に伝わる上、心の中で会話が出来るため、ちょっかいを出して来ることもある。
しかし、精霊を宿せばその精霊の属性を好きに扱うことができ、通常魔法よりも応用が利く上に威力も遥かに強い。さらにその精霊限定の魔法を使えるようになるため、多くの魔術師の憧れとなる。
そして今、ユキアに宿っている精霊こそルシフェルである。真実と嘘を見抜く真実の眼を持ち、闇の属性を持つ反逆の悪魔。復讐を成そうとするユキアには相性が良すぎる精霊である。
商人からは黒いオーラが溢れ出ている。否、実際に溢れているわけではなく、真実の眼の能力でユキアにはそう見えているだけである。
真実の眼は、相手が嘘を言っているかどうかをオーラによって判断する能力である。嘘を言っていると黒いオーラ、真実を言っていると白いオーラが見えるようになり、相手がどれだけ巧妙な嘘をつこうと嘘が分かる魔法となっている。
真実の眼は、ルシフェルが扱うことが出来る限定の魔法で、つまりユキア以外は使うことが出来ないのだ。
黒いオーラが出ているということはやはりこの男は悪徳商人だということが判明した。
「いいです」
「しかし!」
「いいです!」
ユキアが強気に返すと、商人は商品を四次袋に入れ『ビギナー』の方へと去って行った。
(ねえ、復讐の旅の最初の出番がこんな小さな問題ってどういうこと?)
(うるさい、いいだろ分からないんだから。)
心の中でルシフェルが話しかけてきたので、ユキアは素早く返す。実際二人はいつもこんな感じだが、実はお互いがお互いを一番理解しているため関係が拗れることはない。
(じゃあ僕はしばらく寝てるから。何かあったら起こして。)
そう言ってルシフェルはすぐに心の奥の方へと戻っていく。
ルシフェルも戻りふとユキアが空を見上げると、さっきまで真上に輝いていたはずの太陽が地平線の彼方へと落ちようとしている。商人とのやり取りはほんの数分なので、晴信の話が時間を忘れるくらいに面白かったみたいだ。
「日が落ちた。今日はここで野宿をしよう」
ユキア達はテントを立て、枯れ木を集めて火をつける。そして四次袋から干し肉とパンを取り出し夕食にする。
「なあ、晴信の異世界転移の時について聞かせてくれよ」
食事中の沈黙の中、ユキアは唐突に声を上げた。
「うん。いいよ。」
晴信は手に持っている干し肉をムシャムシャ食べながら、異世界転移の事を話し出した。
次回は晴信の異世界転移の話です。