1・異世界からの転移者
ユキアに親などいなかった。否、いないというのは語弊があるだろうユキアにとっては自分を育ててくれた二人こそが親なのだから。
ユキアは捨子だった。国の中でも端の方に位置する小さな村にポツンと置かれていたところを子供のいない老夫婦が引き取ったという。
ユキアの夢は勇者になることだった。捨てられていた自分を育ててくれた老夫婦を守りたい、一緒に遊んでくれる村の皆を守りたい、その夢はユキアを動かすには十分だった。
迫り来る魔王の手から村を守る力を求めて、ユキアはひたすら自分を鍛えた。
どんなに辛い修行も耐え、どんなに天気が悪くても剣を振り、どんなに体調が悪くても……いや、体調が悪いときは流石に止められた。
そして三年前、ユキアにチャンスが巡ってきた。伝説の『聖剣メタルカリバー』が発見されたのだ。ユキアは王都にて聖剣に触れ、聖剣によって認められた。
聖剣を手にしたユキアは、国の最高騎士団ジュネスへ入団した。聖剣を持つユキアは騎士団の中でも最強クラスの力を持ち、村の為に魔王軍と戦った。
そんなユキアが、村に帰ったのは一年後だった。
連戦で疲れきった騎士団に与えられた三日間の休息、自分が突然帰ってきたらどう思うだろうか、まずは驚くだろうか? もしかしたら腰を抜かしたりするかも知れない。そんな事を考えながらユキアは門をくぐった。
この時までだった。ユキアが正常な状態でいられたのは、……村を守りたいという意志で魔王軍と戦った勇者ユキアが存在したのは……。
そして今、ユキアは新たな力を求めて旅に出る。
あらゆる人物を確実に葬る復讐の力、『ソロモンの魔結晶』。
そのアイテムに記憶された術式を取り込むことで、ユキアは自分を陥れた全ての人物に復讐することができる。
復讐に染まったユキアの意志は捻れることはないだろう。あの日芽生えた復讐心は一年たった今でも激しく燃え続けているのだから。
今のユキアの格好は町で仕入れた簡素な服で着こなされており、聖剣は四次袋と言われる茶色い巾着袋の中に閉まってある。
四次袋は、まだこの国の技術では解明が出来ない空間、通称四次元と言われる空間を転移魔法の応用技術を通して開き、そこに約五百キログラムもの量を収納することが出来る旅のお供みたいな道具だ。
本来ならいつでも聖剣が抜けるように腰に掛けていたいのだが、国の高い身分の人物ならば聖剣で正体を見破られる可能性が高い上に、聖剣には困った特徴があった。
聖剣は、聖剣同士で共鳴してしまうのだ。袋に隠して姿が見えなくなったとしても、共鳴の輝きで近くに聖剣持ちがいるとバレてしまう。
因みに聖剣はそれぞれ違う特徴を持つ。
一本目は、ユキアの聖剣『変化の聖剣メタルカリバー』。その名の通り俺の感情を分析し、その感情にあった形とスキルに変化する聖剣。
今は復讐の形となっており、どのようなガードも通り抜ける防御不能な一撃と真っ黒に染まった片手直剣が特徴だ。
二本目は、『精霊の聖剣エレメントカリバー』。精霊の力を操り空気中のマナを圧縮し、それをレーザーのように放つことが出来る特徴の聖剣。
最後の聖剣は、『伝説の聖剣エクスカリバー』。あらゆる状態異常を無効化し、その圧倒的攻撃力で敵を薙ぎ倒す特徴を持つとされている。
だが、エクスカリバーに関してはまだ発見されていない。伝説では、異世界の王が戦いの時に使用し、その王の死と共に神の元に帰ったとされている。
つまりユキア意外に聖剣を持っているのは一人、ほとんど見つかることはないのだか、その万が一が心配なのだ。それだけユキアの中で復讐は重要だからだ。
そんな心配を胸にしながら、ユキアは町の出口へと向かう。
ユキアが向かうのは北東に位置すると言われている『賢者の神殿』だ。
どんなものでも立ち入ることが出来ないと言われるその神殿の中に、『ソロモンの魔結晶』があると言われている。
門の前には、検問のための兵士が何人か立っている。この町は一応壁に覆われているが、こんな駆け出しの町にはまず壁を破れるモンスターがいない。その分門の警備が厳重なのだ。
正直この先の道、警戒すべきなのは聖剣持ちと魔王軍の幹部ぐらいである。正直この二つに関しては神に祈るしかない。この国のの国教の神には絶対に祈らないが。
そこでふと思い出す、聖剣が袋にちゃんと入っているかの確認をしていないかったのである。
この剣は復讐のために必要なので、どこかに置いてきたとなれば神殿所じゃない。
慌てて袋を確認すると、黒く染まった片手直剣がしっかりと入っていた。
「ふぅー」
これで最後の確認も終わった。後は出発するだ……け?
そこでユキアは驚愕する。四次袋の中が強い光を放っているのだ。その現象が指し示す答えは一つしかなかった。
(聖剣が、共鳴している!)
「あのー」
ふと後ろから声が聞こえ、ユキアは慌てて後ろを振り返る。
そこには大剣を手に持った少年が立っていた。
茶色いショートカットに黒い目、服装は見たこともない装備のようなものを纏っている。
そして何よりこの剣である。どこの図鑑にも載っていない上に、明らかにユキアの聖剣は反応している。しかし、向こうの剣は全く光っていなかった。
「あのーちょっと良いですか?」
剣に興味を奪われていたユキアに、もう一度少年が声をかける。
「はい。何かは用ですか?」
明らかに怪しい少年を警戒しながら、ユキアは丁寧に言葉を返した。
「はい。あのー……」
怪しい少年は、周りをキョロキョロと見渡したあと、ユキアに何かを尋ねようと口を開いた。
「あのー、魔王城って何処ですか?」
「は?」
少年のいきなりの質問に、思わずそう答えてしまった。
「ちょっと来てくれ」
なんかよく分からない少年を、ユキアは裏路地へと連れていく。別に悪いことをするわけではない、ただ少年の言動が突拍子のない上に若干心当たりがあるからだ。
「で、なんで魔王城なんかに行きたいの?」
「魔王を倒すためです」
「1人で?」
「いえ、一応仲間は欲しいと思っていますが」
少年の話を聞き、ユキアは苦笑した。どうやら一人で倒せると思っているらしいが、魔王はそんなに甘い存在ではない。魔王の幹部すら俺が倒せるか倒せないかギリギリなのだ、魔王なんて当然無理だろう。
とりあえず落ち着き、ユキアは質問を重ねた。
「あのな、魔王って言うのはめちゃめちゃ強いんだぞ。君が一人で相手を出来るような雑魚モンスターじゃないんだ」
ユキアが優しく返すと、少年は自信満々に返してくる。
「大丈夫ですよ。僕にはこの『伝説の聖剣エクスカリバー』がありますから。」
「なるほど、エクスカリバーか……ってはあぁぁぁ!」
少年の発言に思わず驚きの声を上げてしまう。エクスカリバーは見つかっていない。そんな剣を魔王もろくに知らない少年が持っている筈がないのだ。
ユキアは一度心をリセットする。まだあれがエクスカリバーと決まった訳ではない。向こうの剣は輝きを発していない。
「それで、なんで魔王を倒そうと?」
そんな質問に、少年は悩んだ様子を見せると、何かの決意を決めたように口を開いた。
「女神様に頼まれたからです」
その答えを聞いて、ユキアははぁーと息つく。よく分からない服を着ていて、怪しい剣を持ってて、女神に魔王を倒せと頼まれた。ユキアが想像していた最もおかしな結果が頭の中をよぎる。
「え~と、それはどう言うこと? 詳しく説明してくれないか?」
ユキアの質問に少年は口を開き、これまでの経緯を説明した。
少年の話はこうだ。少年はさっきまで、違う世界で学生をしていたらしい。
家でゲームをしていると、突然どっかに飛ばされてそこには女神様がいた。
その女神に魔王を倒せと頼まれた少年は、エクスカリバーを授かってこの世界に来た。
「なるほど、異世界転移か。……なんてなるか!」
「やっぱりか」
本来ならこんな話は信じない。このまま帰ってしまうのだが、それだと一つ説明出来ない事があるのだ。
ユキアの聖剣は反応しているという事実がある。向こうの剣に関しては、エクスカリバーの状態異常無効化が共鳴すらも防いだということであれば、この状況の説明がつくのだ。
「そうか無効かだ」
ここでユキアに策が思い付く。実に簡単で、尚且つ一番分かりやすく方法である。
「分かった。エクスカリバーには状態異常を無効化する力があるらしい、だから俺が最強の麻痺魔法を撃つ。それを防げれば今のお前の話を信じる」
最強の麻痺魔法サンダープラウシスは、効果は体を麻痺させる程度なのだが、状態異常耐性がMAXの相手だろうと体を痺れさせることが出来る。
つまり普通ならなら防ぐことは無理、でも聖剣の力ならそれは可能である。ユキアは右手を突きだし、少年に向かって魔法を唱える。
「サンダープラウシス」
右手から繰り出された雷の球は、少年に向かって真っ直ぐと飛んでいく。
普通に考えて防ぐことは出来ない、だからこそエクスカリバーでなければ防ぐことは出来ない。
ピシッ
そんな効果音と共に雷の球は、エクスカリバーにより弾け飛ぶ。
異世界からの転移者、信じられる筈がない。ただ、この光景をみては信じるしかない。
見たこともない服装、伝説の聖剣、その存在を表すには充分だった。
「どうですか?信じて下さいました?」
「ええ、信じるしかないっぽい」
そんな言葉にホッとしたような少年は、ユキアに向かって口を開らく。
「そういえば僕の名前を言っていませんでしたね。僕は向井晴信です、晴信って呼んで下さい」
「俺はユキア・ベリアスだ、ユキアって呼んでくれ」
自己紹介が終わったユキアは、ふとあることを思い付く。
今後聖剣持ちが出てきた時には、こいつの存在が役に立つのではないだろうか?
例え向こうの聖剣が反応しても、それはエクスカリバーだとしておけば、ユキアが聖剣持ちだとバレない。
さらに、もし幹部が出てきた場合にも、聖剣持ちが味方に居れば、物凄い戦力となる。
ユキア心の中でガッツポーズを決め、晴信に提案する。
「なあ、俺も連れていってくれないか?」と。
「ええ、もちろんです」
晴信は笑顔で迎え入れてくれた。
(すまない。晴信をこんなことに巻き込んでしまって)
ユキアは心の中で謝罪を入れ、晴信と共に旅に出ることに決めた。