14・ライバル
日も完全に沈み、周りに見える明かりは街灯の光だけである。酒場に行けばまだ楽しむ事が出来るのだが、残念ながら、アーサ・クラインに課せられた任務はレーザー光線発射台の護衛、この閉鎖された学校で一人で過ごすという単純かつ退屈な任務だ。
「あー、ひーまーだー!」
誰もいない校庭で、アーサは一人でに叫ぶ。
戦闘と絶望が大好きなアーサにとって、この何もない任務というのは一番辛いのである。そんなアーサがもう二時間も放置されたというのだから、いきなり叫び出したとしても不思議ではないだろう。
「くそっ、こんなことになるんだったらあの女を絶望させずに置いといたのに」
アーサが言うあの女とはセリナ・キャンドルである。この町最強の冒険者でもあり、この町での大事な玩具だった少女である。
しかし、一昨日に全ての真実を打ち明け、心を完膚なきまでにぶち壊したため、今頃は罪悪感と恐怖でベッド辺りで踞っているであろう。
「心をズタズタにしてやったからあの女はこねー。……と思うんだが」
普通なら暫くは立ち直れないだろう。だが、もし立ち直っていたとしたら、アーサはそう思わずにはいられなかった。
「そうなりゃ最高だよなー。屋上に隠れて覗き見している誰かさんよー!」
「ちっ」
アーサの声を聞いた誰かは、舌打ちをして校庭へと飛び降りる。
「ほーう、やっぱりお前か」
校庭に飛び降りた人物を見て、アーサは口角を上げる。目の前には見たこともない槍を持った見慣れた顔の少女が立っている。
セリナ・キャンドル。アーサが今最も求めていた少女の姿がそこにあった。
「なあ、なんでもう一回戦う気になったんだ? あの時のお前の様子じゃ外に出る気さえ起きないだろ。……後この間小便漏らしてたろ、あのパンツどうしたんだ?」
「うるさいわね。なんであんたにまでそのネタで弄られなきゃなんないのよ! ……捨てたわよ」
口では文句を言いながらもちゃんと答えてくれる優しい少女である。そして、まさか答えてくれるとは思わなかったアーサは、笑いを堪えるので必死である。
「何よ!」
「いや、まさか答えてくれるとは、思わな、ひゃっはっは」
「もう嫌!」
セリナは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。この光景だけを見ていると、とてもこれから殺し合いを始めるとは思えない。暫く腹を抱えて笑い続けたアーサはコホンと咳払いをすると、完全に顔が真っ赤に染まっているセリナへと向き直る。
「さて、本題に戻ろうか。それで、さっき言ってた小便ネタの奴がお前を立ち直らせたのか?」
「小便ネタの奴って……まああいつには良いあだ名だわ。ええそうよ、だとしたら?」
「いや、そいつに感謝したいと思っただけだ。暇潰しをさせてくれてありがとうってな!」
アーサは大きく剣を振り下ろす。今まで数々の物を真っ二つに切り裂いてきた衝撃波の塊、エクスカリバーである。しかし、セリナは槍にインフェルノを纏わせることもなく、その衝撃波を受け止める。
「何!」
思わずアーサから声が漏れる。今までアーサは、この技でセリナの全力を十一回も破っているのである。それがいきなり全力を出さずして受け止められたのだから、驚くのも当然だろう。
「へー、強くなったのは覚悟だけじゃねえってことか」
「ええそうよ。あなたは絶対に私が倒す。例え命を落とすことになっても」
「良いねえ、実に気分が良い。そうだよそうだよ、この気持ちだよ。護衛すんだから強敵ぐらい現れねえとな!」
そう言うと、アーサは地面を蹴りセリナの懐へと潜り込む。セリナはフレアブーストで後ろへ下がると、そのまま校舎を蹴りアーサの方へと向かう。初めて戦った時と同じ状況である。
だが、今回は少し違った。アーサがその行動を見越して攻撃を受け流す体勢をとっている。
「甘いわよ。ファイアレイン」
セリナの周りに複数の魔方陣が出現する。
アーサはそのまま攻撃を受け流すが、受け流した直後では、止める魔法を唱える時間がない。アーサはファイアレインを諸に喰らい、セリナは地面へと落下する。
「まだまだ!」
セリナが体を起こすと、煙の中から黒い刃が三つ飛び出してきた。闇の初級魔法シャドーカッターだ。
「こんなのじゃダメージは通らないわよ。ファイアシールド」
セリナは薄い炎の膜を展開する。
火魔法であるファイアシールドは、簡単に言うとシャドーシールドの炎版である。つまり、ファイアレインと相殺する程の力を持っており、初級魔法のシャドーカッターでは傷一つ付けられない。
「ああ分かってるよ。だからこそ、これで良いんだよ!」
「え? それってどういう」
セリナが聞き返そうとした瞬間、膜に触れたシャドーカッターが爆発を起こす。シャドーカッターは爆発を起こす魔法ではない。つまりこれは……
「魔道具!」
セリナが気づいた時にはもう遅い。二つ目、三つ目の魔道具が爆発し、膜は完全に消滅する。しかもそれだけではない。爆発による煙のせいで、アーサの姿が確認出来ないのだ。
「一体何処から出てくるのよ」
周りは煙に覆われており、周囲からの足音も聞こえない。煙を払うことも出来るが、その機会を待って攻撃してくるのがアーサの狙いであれば、そのまま無防備で攻撃を受けてしまう。
セリナは色々と可能性を考えたが、そこで周囲からの足音も聞こえないことを思い出す。
「まさか!」
「ご名答。エクス、カリバー!」
煙の中から、細長い衝撃波の塊が現れる。
「まだよ! フレアブースト!」
セリナは槍に炎を纏わせる。セリナの得意技、ウェポンエレメンツである。
セリナは、エクスカリバーを一刀両断すると、槍に纏わせている炎を解き、そのままアーサへと向かう。
「ハイレジスト・ファイア」
セリナが唱えると、体が赤く輝きだす。ハイレジストは、その後に続く属性の耐性を自身に付与する魔法である。今唱えたのはファイアなので、火属性の耐性を、セリナが持ったこととなる。
「ここで火レジだと?」
アーサが困惑している隙に、セリナがアーサのすぐ前まで接近する。
「ファイアシールド」
「しまった!」
アーサが気づいた時にはもう遅い。セリナが張った薄い膜は、二人をしっかりと覆っている。これでアーサは逃げることが出来ない。
アーサは咄嗟に剣を盾にし、セリナは槍に魔力を流す。
「インフェルノ!」
インフェルノを纏った終焉槍が、偽聖剣と衝突する。その爆風でファイアシールドは吹き飛ぶ。
校舎には、全身が火傷まみれのアーサが、その反対側には、火傷こそ負っていないものの、終焉インフェルノの反動で動けなくなっているセリナの姿が見受けられる。
「くっそ、このままじゃこっちが負けちまうじゃねぇか」
「どうよ。私の全力は」
「ああ、効いたぜ。全身がヒリヒリしてやがる」
校舎の端と端で、殺気の籠った、そして少しの敬意が籠った会話が繰り広げられる。傍から見ていれば、それは良いライバル同士に見えるだろう。
実際、二人共この戦いを楽しんでいる。いつまでも続けていたい、そう思える程に。
「ねえあんた、ここは一旦休戦してくんない? 私、この戦いをもっと続けたいの。今日で終わらせるには惜しすぎるわ」
「そいつは愚問だぜ、セリナ。確かにこの戦いは終わらせたくねぇ。だがな、これは殺し合いだからこそ出来る戦いだ。殺意が無くなっちゃ成り立たない。結局これが、最後の戦いになるさ」
話し合いの終わった二人は立ちあがり、お互いに武器を構える。アーサはこの戦いを楽しむ為に、セリナはこの町を守る為に。
「「はぁぁぁぁぁ!」」
もう何度目だろうか、二人の一撃は、またもお互いと衝突する。その衝撃で周囲は揺らめき、さっきまでは悠々と佇んでいたレーザー発射台も微かに揺らぎ始める。
「ファイアレイン!」
「シャドーシールド!」
「フレアブースト!」
「ダークブースト!」
「ファイアシールド!」
「シャドーカッター八枚刃!」
お互いの武器が交わりながら、二人は魔法を相殺し合う。魔方陣から出てきた炎の玉は黒い膜に防がれ、黒い刃は赤い膜によって弾かれる。
だが、ここでアーサの足が一歩下がる。競り合いはセリナの勝利である。セリナはその隙を逃さず、槍に炎を纏わせる。
「インフェルノ!」
周囲に爆音が鳴り響く。無論、防音結界張ってあるため外部にはほとんど聞こえないが、それでも、近くに行けば聞こえてしまうぐらいに大きかった。
煙も晴れ、レーザーの発射台にもたれ掛かるアーサが見える。
セリナはボロボロになった体をなんとか足で支え、手に魔力を集中させる。
「これで終わりねアーサ。私と一緒に、地獄に行きましょ」
アーサはさっきの反動で動くことが出来ない。セリナは手に炎を集結させると、その魔法の名を口にする。
「インフェルノ!」
どうも、作者です。今回もバトル回、もう完全にセリナが主人公化してますが、本作の主人公はユキアです。
因みに終焉インフェルノは、終焉槍がインフェルノを纏うから、略して終焉インフェルノです。
さて、戦いの決着や如何に。