10・卒業式
「綺麗な光ね。」
太陽も沈み暗くなった空を見ながら、セリナ・キャンドルはそう呟いた。星の光だけではない、今日のセリナにはこの町のあらゆるものが輝いて見えていた。
別に何かの病にかかった訳ではない。ただ、この風景を二度と見れないとなるととても尊く思えてくる。
セリナは覚悟を決めると、予定された場所へと足を進める。そこは全てが始まった場所、そして恐らく自分の死に場所となる場所、そして最悪の儀式が行われている場所、クラフトダイアス学園に。
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祝福を伝えるファンファーレが建物中に鳴り響く、町中から沢山の人が集められ、みんなが彼女達を祝福している。今行われているのはクラフトダイアス学園の卒業式である。
「卒業証書を授与されるもの一組……」
名前が呼ばれる度に、周りの人々からは惜しみない拍手が送られる。
この世界においての卒業式は、同時に成人式も兼ねている。故にこれから成人となる子供達を町中で称えるのがルールとなっている。
全員の名前が呼び終わり、次は最優秀生徒の発表である。
最優秀生徒は、文字通り卒業生の中で最も優秀だった生徒のことを指す。最優秀生徒に選ばれれば、今後のさまざまな場所で優遇される。
本来ならばこの瞬間卒業生の顔に緊張が走るのだが、今回は違う。
「最優秀生徒を発表する。セリナ・キャンドル、前に出てきなさい」
セリナは特に気にすることもなく舞台の上へと上がる。周りの人々も、当然とばかりに拍手を送る。
それもその筈だ。セリナは成績優秀、スポーツ万能、おまけにこの町でも最強と言われる冒険者『火槍のセリナ』である。魔法が中心であるクラフトダイアス学園で、セリナ以上に優秀な生徒などいないだろう。
セリナは賞状を受け取り席へと戻る。そしてこの町の町長が舞台の上へと上がった。
周りからは、さっきとは比べ物にならないほどの拍手が鳴り響き、さまざま場所から『町長!町長!』と声が聞こえる。
それも当然だ。この町では町長は神のような存在、いや、神そのものである。皆それを重々承知しているし、それを疑う者はいない。……ただ一人を除いては。
皆が喝采を加える中、先程賞状を受け取ったセリナだけは、困惑の表情を浮かべていた。
それもその筈である。確かに町長は凄い人であったが、こんなにも人気な筈がなかった。今までの卒業式であっても、精々拍手が数秒送られた程度である。しかし今回は違う。町長が舞台に上がった瞬間、様々な場所から拍手が鳴り響き、中には叫び声を上げるものもいる始末である。
おかしい。セリナの直感がそう告げる。しかし、町の人が急におかしくなったところまでは理解出来たが、何故そうなったかは全く分からない。そのまま何事もなく式は終わり、セリナ親子は、他のクラスメイトの親達と話をしているところである。
「卒業おめでとうセリナ。これで立派な成人よ」
「あ、うん」
「どうしたの? 嬉しくないの?」
「いや、嬉しいよ、うん」
母の言葉に、曖昧に返してしまう。成人になって、町の役に立てるのは凄く嬉しいのだが、先程の皆の様子が気がかりで仕方がないのである。
セリナの頭をさっきの光景が過る。明らかに異常な光景、明らかに異常な歓声、そして今の平然とした皆の顔。恐らくこの状況を異常だと思っているのはセリナだけである。
「ごめん。先に帰ってて、すぐに私も帰るから」
「わかったわ。門限までには帰ってくるのよ」
母は特に気に留めることもなく話を続ける。どうやら特に心配はしていないらしい。十五年間一度も門限を破らなかったのが報われたようである。
「流石にヤバイはね」
セリナは町の様子を見て思わず呟く。町では町長の噂で持ちきりであり、十字架をもって祈っている人までいた。
「行くしかないわよね」
セリナは何が起こっているか確認するために町役場へと向かった。
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町役場に侵入したセリナは、町長が居そうな場所を片っ端から捜していく。町役場には何度か入ったことがあるのだが、その数回だけで数が把握できないほど部屋の数が多い。次から次へと部屋に入るが、町長の姿は何処にも見当たらなかった。
「もう、何で何処にもいないのよ!」
セリナは見つからないストレスで壁をドンと叩く。すると、叩かれた場所が光だし光がドアの形を形成していく。やがてドアノブの様なものも現れ、余計に混乱していく。
「え? もしかして隠し扉? 一体何なのよこの役場はぁ!」
セリナは光の扉にツッコミを入れると、ドアノブを捻り中へ入る。
「うわ、何なのよこの書類の山は」
その部屋は、上にはキャンドルが置いてあり、下には机しか置いてなく、その机の上には山のように書類が積んであった。そして書類の内容を見ると、十年前から始まる不正の内容がビッシリと書き詰められている。
そして床には、ボタンのようなものが置いてある。セリナはゴクリと唾を飲み込み、置いてあるボタンを押す。
ボタンを押すと、右にある壁が開き新しい部屋へと繋がっていた。セリナは隠し部屋の隠し部屋というニュアンスに違和感を覚えるも、そんな事を考えている場合ではないだろう。扉をくぐり部屋へと入る。
部屋に入ったセリナは、そこで思わず足を止める。部屋が明らかにおかしかったのだ。椅子に机にクローゼット、そしてベッドまで置かれており、そこはまるで普通の部屋のようである。
前の部屋に不正の資料があった為、その次の部屋が普通の部屋だということに疑問を覚える。
そんなことを考えていると、近くから足音が聞こえてきた。セリナは慌てて近くのクローゼットに身を隠す。
幸い部屋が開くと数秒で閉まる仕組みらしく、セリナが来た道は全てボタンを押す前に戻っている。隠れてから数秒後、扉が開く音がした。誰かがこの部屋に来たみたいである。
「アーサ、そちらの方はどうだ?」
「ああ、今の所は問題ないぜ」
「そうか、しかしこれでしばらくはマインドコントロールは使えんな」
始めに話していたのは町長、そして次に話していたのがアーサと呼ばれる人だろう。
そしてマインドコントロールという言葉が出てきた。確かマインドコントロールは人の心を操る魔法である。ただし今まで完全成功例はないらしく、いつも期限がついていたり制限が付くはずである。
「だが完全成功という訳じゃないんだろ?」
「ああ、あくまでも俺を崇拝の対象にしただけだ。だから俺が何か命令しても、俺のやっている事は正しいと信じ込む」
「しかも一発撃ったら二ヶ月は撃てないってコスパ悪すぎだろ」
「そこは仕方ない。だから卒業式を狙ったんだ」
「まあ町中から人が集まる日なんざ卒業式ぐらいだからな」
「さあ、休憩は終わりだ。今日は深夜から学校で準備をしないといけないからな」
「はいはい。計画の書類は置いといてくれよ。計画の内容をまだ全部覚えきれていないんだから」
そう言って町長達は出ていく。町長達が完全に部屋から出たのを確認すると、セリナはクローゼットから脱出し、机に置いてある資料を見つける。あまりにも簡単に情報が手に入っている気がするが、簡単に手に入る分には良いだろう。
セリナは書類を手に取る。町長達がどんな計画を企んでいるかは分からないが、これだけ大きな計画である。きっと録でもない計画だろう。
「さて、計画の中身を教えてもらいましょうか」
セリナはそう言って書類の表紙を見る。
「え? 嘘……でしょ」
セリナは思わず息を呑む。それも当然のことだろう。何故なら表紙には、王都消滅計画と書かれていたのだから。
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すっかり日も沈み、昼間は賑やかだったメイトストリートも、今ではポツポツと灯りが見える程度である。そんな静けさの中、計画書類を読み終えたセリナは、大急ぎで家へと戻っている。
内容を纏めるとこうである。
・まず実行は一ヶ月後
・場所は学校の校庭
・作戦の実行にはアーサが必須
ここの三つはまだ大丈夫だが、問題はその後の内容である。
・作戦内容はこの町の民全ての命(町長と町長の部下以外)と引き換えにレーザー光線を王都に放つというもの。
レーザー光線の威力は与える魔力量によって変わる。
野原だろうと焦土にするレーザー光線を王都に放てば王城どころか王都全体が大被害を受ける。しかもそれを町の皆の命と引き換えに撃つのだ。王都そのものが焦土に変ってもおかしくないだろう。
その上、この町の皆の命が代償なんて許せるわけがない。セリナは絶対に止めて見せる心に誓い、扉を開ける。
「ちょっと。一体どうしたのよ! あなたが門限を」
「ごめん。後で聞く」
セリナは玄関に立っていた母を押し退け、二階にある部屋へと向かう。
部屋に着くと、置いてある愛用の槍を手に取り、窓から屋根の上へと上がる。
屋根の上を跳び移りながら、セリナはあの場所へと向かう。レーザー光線の発射台を設置する場所にして、初めて異変に気づいた場所、クラフトダイアス学園に。
今回からしばらくはセリナの過去編です。
無事受験も終わったのでこれからもマイペースに書いていきます。