9話:聖霊契約
「……ハア~、どうやら撒けたかな。…突然だったから、あの子の前で聖魂を使ったけど。ばれなかったらいいんだけど…」
俺は先程の広場で隠し持っていた緊急脱出用の煙玉を使い、文字通り煙に撒けた事で少し乱れた息を整える。
まさか自分の方に聖霊魔法が飛んでくるとは予想できなかった。それに不覚にも見惚れていたのも油断の原因と言えた。
「よしっ!」と気持ちを切り替えると、依頼の完遂を目指すべく行動を再開し始める。
依頼主の情報では、あとはこの通路をまっすぐ進むだけで依頼の目的の場所に届く。
しかし…なんでだろうか?
この場所の近くには誰の気配も感じられなかった。
まるで、ここには誰も来るはずない。と告げられているかのようだった。
依頼主の手引きなのかな?とか思った。
「…手早く行こう。応援も来るかもしれないし。…もしかしたら、あの子も……」
ルミナは先程鉢合わせたレイピアタイプの聖霊剣を持って攻撃して来た瑠璃色の髪の少女の事が何故か頭に浮かんだ。
「…綺麗だったな、あの子」と今まであった事のない綺麗な娘だったので頭に浮かび、思わず呟いていた。
ルミナは気恥ずかしい不思議な感覚を、頭を振って気持ちを切り替えると、いよいよ目的の扉の前にやってきた…
どうやら情報通り、ここに警備はしていないようだった。
なんでも、この扉の先にある聖殿には、誰一人入る事が出来ない場所だからだそうだ。
「ここか…」
目的の前にある大きな扉には、剣のレリーフと四角形と三角形の合わさった図形の紋章が描かれていた。
どうやら聞いた通りの封印がされていた。
ルミナは、(なんでこんなに詳しいのか。よく知っているなあ)と依頼主である女性の事が頭によぎった。
「確かあの人は扉に触れ解放の呪文を唱えればいいと言っていたけど…まっ、兎に角触れてみるか」
と俺は右手で封印されている扉に触れた。その瞬間、俺をまるで長い時間を待ち続けたような、そしてなんだか懐かしいと感じるここに潜入した際に聞こえてきた囁きに似た少女の声が頭に響かせるように聴こえて来た。
『“ずっと……ずっと、お待ちしていました…我が主よ…”』
その少女の声が聴こえた瞬間、右手で触れていた扉の紋章が激しく光を放った。
「くっ! なんだ!?」
激しい光に俺は左腕で視界を隠そうとしたがそれでも目を開けていられず、目を閉じる。
そして、光が落ち着いたようなので、ゆっくりと目を開けると驚いた。先程まで手に触れていた扉が消えていた。
そして奥には正しく聖殿があった。
白で整えられた空間。その空間内は澄み切っており穢れを感じなかった。
そして聖殿の奥には台座がありそこに、今回の、依頼の目的だった、一振りの『剣』がその台座に突き刺さっていた。刺さっているその『剣』は白く輝く両刃の長剣のようであった。
俺は何処か魅入られる様に『剣』に近づいて行く。初めて見るはずなのだが、何故か“懐かしい”と、“俺を待っている”と感じていた。
そして俺が台座に刺さっている『剣』の前に立つ。『剣』に触れようとしたその時だった。
入り口の方から一人の聞き覚えのある女の子の声が聖堂内に響いた…
「見つけたわ!」
聞こえて来た声の方に振り返ると、先の広場で出会った瑠璃色の髪に紅眼のヴェストレア学院の制服を着た少女が…ルビア・ローゼンベルグがいたのだった。
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(ルビアSide)
私は直感のいい方だと思う。
広場で出会った、この学院に侵入した銀の髪をした黒衣の衣装を纏っていた彼を探す為、「どこに向かったのか」、と私は考えて何故か聖殿かなと思ったのだ。
ヴェストレア学院の校舎の奥には誰も入る事が出来ない封印が施されている聖殿と呼ばれる場所が存在している。
私が聞いた噂では、その聖殿には、今から5年前に【世界樹祭】が開催され、それに参加したとある聖霊使いが残したとされる聖剣が祀られていると言われていた。
~過去の時代に置いて、始まりの【世界樹祭】にて、この世界に破滅を齎そうとした1人の聖霊使いがいた。
其の者の名は『魔王ゼフィランサス』。
『魔王』は邪教神団と呼ばれる組織と共に世界に対して宣戦布告をしたのだった。
『魔王』の圧倒的な闇の聖魂をもって周囲の聖霊使いを薙ぎ倒した。
『魔王』によって多くの聖霊使いがその命を散らした。
しかし、そんな中1人の青年が『神剣』を携えて【世界樹祭】に参加してきたのだった。
其の者の名は誰も記憶出来なかった為、『神剣使い』と呼ばれた。
そして『神剣使い』と『魔王』の戦いは壮絶となり、人間界、そして聖霊界に大きな傷跡を残した。
最終的に『神剣使い』が『魔王』を討伐した事で【世界樹祭】も終結となった…
しかし【世界樹祭】を穢した事に聖霊の頂点に位置しており人間界、そして聖霊界に絶大な影響力を持つ『六柱の聖霊王』の怒りに触れたのだった。
怒った『六柱の聖霊王』は人間界への加護を奪ったのだ。加護を失った人間界では火は失われ、水や空気といった元素が汚れてしまったのだ。
『神剣使い』は『六柱の聖霊王』に“鎮めの祈り”を捧げ続けた。
『神剣使い』は『魔王』との戦いの傷が癒えていない状態であったにもかかわらず“鎮めの祈り”を捧げ続けた。『神剣使い』の命を懸けたその“祈り”を聞き届けた『六柱の聖霊王』は怒りを鎮め人間界に対する加護を復活させ平和が戻ったのだった。
『神剣使い』と言う英雄の犠牲をもって。
……それから長い時を超えて、その『神剣使い』の再来と云われた少女が現れたのだった。
その少女もまた『神剣使い』同様に真名を知る事が出来なかった。
所有している神剣から『ルナ・ハルモニクス』と呼ばれた。
そして、『ルナ・ハルモニクス』が当時の【世界樹祭】に参戦した際は僅か11歳という、まだ子供であったにも拘わらず並み居る強豪の聖霊使いを圧倒したのだ。実際、当時『聖十騎将』候補だった者すら圧倒して優勝を果たした。『ルナ・ハルモニクス』は当時観戦していた、実際に剣を交えた者達から尊敬と敬意から憧れの存在となった。
だが、『ルナ・ハルモニクス』は優勝した後、その消息が分からなくなったのだ。
優勝し聖霊王の願いを受けた者はこの世界に帰還するのだが、その場に帰還したのは本人ではなく一振りの輝く聖剣だった。そう『神剣使いの再来』の聖魂を放つ聖剣が……~
自分の直感を信じて私は聖殿の方に走って行った。
聖殿に続く通路を通っていると、奥の方から、急に溢れるような光が放たれた…
私は“やっぱり”と自分の直感が正しかったと、急ぎ封印されている扉の所に走った。
すると、そこにあるはずの扉がなく、神秘的な聖殿、その奥にある台座の近くにいる人影に私は気付くと叫んでいた。…
私が「見つけた!」と声を上げると彼が此方を振り向いた。
私は、私の方に振り向いた彼の、銀色の短い髪に、中性的で何処となく惹きつけられるように感じる瞳、同い年くらいの男の子に、何処かで似た雰囲気を見た様な気がしていた。
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「…貴方は、一体何者なの?……どうして誰も入る事が出来ないはずの聖殿にいるの?…どうして貴方は聖魂を…男の人である貴方が操れるの!!」
私は、自分の契約聖霊グリモワールを『聖霊剣』の状態で展開すると(『純正態』としては呼べないのだが)右手に持ちながら、驚いている彼に近づきつつ疑問に思った事を聞いた。
本来、聖魂を操り行使できるのは、今の時代では女性だけのはずなのだ。けれど、彼は先の広場で聖魂を足に纏い跳躍力を強化するという事を遣って退けたのだった。
私がゆっくりと彼に近づいて行くと、なんだか急に彼は慌てたように私の方に走って来た。
(えっ!?来るの。いいわよ……なっ!?)
…そう私は気付けなかった。私の後ろに召喚陣が広がりそこから邪悪な気配を漂わせた、頭に刃と角を生やしたサイの様な聖霊がいた事に……
++++
…再度出会った少女に先の事を問われ、「やっぱり聖魂を使ったのは不味かったなぁ」と、この後どうするか考えていると、あの子の後ろに、扉のあった場所に黒衣の白い仮面をつけた人物がいるのに気付いた。
俺に、『聖霊剣』を展開しながら歩き近づく様子に、どうやらあの子は、あの不審な人物にまだ気づいていないようだった。
その人物は右手を前に出すと、以前、とある依頼の際に見た事があった聖霊を呼びだす召喚陣が見えた。
そこから現れた聖霊に俺は驚いていた。
その召喚陣から現れたのは、俺が二日前に依頼で精霊の森にて討伐したはずの角獣聖霊だったからだ……
俺は召喚された聖霊に嫌な違和感を得たと同時に、まだ気付いていないあの女の子が危ないと、慌てて足に聖魂を籠めると一気に彼女との距離を詰める為走った。
俺が彼女のほうに走ってくるのと同時に後ろに現れた存在に、彼女も気付いたようだが驚きから硬直していた。
俺は広場で所持していた短剣を失っていたので、聖魂を使い、風の聖霊魔法である“剣製”を発動すると、作りあげた剣で彼女に振り下ろそうとしている聖霊の頭部にある刃を防いだ。
“グアアアアァァァ!!”
「ぐっ!」
かなり重い一撃だが剣に聖魂を更に籠めて防いでいると、角獣聖霊の体に蔓のような植物が絡まっていた。
俺の後ろで彼女が聖霊剣の力を使ったようだった。
相手の聖霊は蔓が絡み付いて身動きを取れない様なので、その瞬間に俺は彼女に振り返ると、彼女を抱き抱えると一端、角獣聖霊から距離を取った。
「なぁっ! なにをしてるんですかぁ! お、おろしなさいよぉ!」
と、女の子は顔を赤くして暴れるので「分かった、ちょっとまって!」と十分な距離を取った所で彼女を下ろした。
「…まったくぅ!いきなり何てことするのよ!」
「悪いな、すまない…しかし」
“グラアアアwwww!!”
あの聖霊はどうやら蔓の拘束を破ろうと抵抗しながらこちらを激しく怒り睨み咆哮していた。
「しかしアレはどうなっているんだ?…なんでヤツがこんな所に召喚されたんだ?」
「くっ!…どういうこと? あなたは、あの嫌な感じのする聖霊を知っているの?」
「あぁ。二日程前に、ギルドの依頼で精霊の森で暴れていたヤツを倒したんだ。だからこんな所に、まして召喚されるようなものでもない筈だ。だが……」
よくあの角獣聖霊を観察すると、以前は頭部に刃など無かったし、何か邪悪な力を纏っているような気がしてならなかった。
「くっ! もう私の力じゃ持たないよ! どうするの?…私達だけじゃ、あの聖霊に勝てないと思うんだけどぉ!」
「今のより強力な術はないの?」
どうやら彼女の拘束している術も長くないようだ。俺は状況を把握する為に少女の戦力分析をする為に質問をした。
「ないわ!」
彼女は、はっきりと断言してきた。
少女の出来る聖霊魔術は、今掛けている植物の蔓で相手を絡め取り拘束する術と、聖霊剣に蔓を纏わせ鞭として扱う術。後は、広場で見せた種子弾くらいのようだった。
はっきり言って困った。
俺の“剣製”で作った剣では、あの聖霊を倒すには至らないしと、「どうやって切り抜けるか」と考えていると、後ろの台座に在る『剣』が光っていたのだった! そして…
『… “何をしているのです?…なぜ私を手にされないのですか? 愛しい主様よ!”』
と、ヴェストレア学院に侵入してから度々聴こえていた声が俺に語りかけてくる。
俺はその声を聴いた瞬間、少女に「もう少しだけアイツを抑えてくれ!」と言い残すと、声の主のもとへ走った。
「え?ちょっとぉ!?…何、勝手な事を! もぉ~後で、覚えてなさいよぉ!」
と恨めしい声が聞こえて来た様な気がしたが、今は気にせず『剣』の所に駆け寄る。
俺は『剣』の前に来ると…柄に右手を翳しながら、先程から頭に浮かんでくる“契約”の言葉を紡ぎ始めた。
「”汝、我を主と認めよ! 我が器は汝の鞘とならん! 我が右手は汝の力を! 我が左手は汝との絆を! 今一度問う! 汝、我と運命を共に歩む意思があるのならば! 我を主と認めよ!そして永久の契りを結ばん!!…“」
詠唱中に何所か違和感があったが、俺は最後の詠唱を告げると、手に翳していた『剣』が激しく光を放ち続けていると『聖剣』から、何処か懐かしいと思う真名が聴こえてきた…
「”いいでしょう!さあ私の…私の名をここに捧げよ!我が名、聖剣【ハルモ二ウム】の名を!!”」
「”今、ここに汝の名を捧げよう! 汝、その名は、聖剣聖霊【ハルモ二ウム】!!“」
俺が『聖剣』の真名を告げた瞬間、光は俺の右手に収束すると、どうやら“契約”に成功したようだ。右手甲に成功の証である扉に描かれていた紋章があった。そしてその手には【聖剣聖霊・ハルモ二ウム】が握られていた。
「!?…嘘っ! 聖霊契約まで……ダメっ! もうっ……!」
“グラアアアwwww“
と、角獣聖霊が咆哮すると衝撃が走り、その衝撃で、その身を拘束していた蔓が消失し、ルビアも衝撃の余波で吹き飛ばされた。
ただ、吹き飛ばされ地面に打ち付けられると思ったルビアを、ルミナは優しく受け止めた。
「ありがとう。後は俺がやるから下がっていて…」
「無茶よ!一人でなんて!いくら…」
「大丈夫だよ!何でかな、負ける気がしないんだ!」
俺は少女に笑顔で告げた。
なぜか少女の頬が赤い気がしたが、俺は、怒りのまま角獣聖霊の突進から少女に危険がないであろう位置に移動した。
そして俺は角獣聖霊に対する様に【聖剣ハルモニウム】を両手で握り構えた。
握っていて気付いたが、どうやら【聖剣ハルモニウム】の聖霊剣化の維持にはかなりの聖魂を消費する様だ。
今も俺の聖魂を削っており、残りの聖魂で、全力でこの聖剣を振う事が出来るのは一撃が限界の様だ…
ならばと、この一撃に残っている聖魂を籠めると『聖剣』の刀身が白く光り輝いた。
“グラアアアッウェアアアア”
怒りを秘めた眼をぎらつかせた角獣聖霊は激しく咆哮すると、頭部の刃を前に、相手を串刺しにする為勢いよく突撃してきた。
「行くぞ!お前に恨みはないが、これで…終わりだぁああ!!」
俺も疾走し突撃してきた角獣聖霊の刃を紙一重に躱した瞬間に最大の聖魂を込めた一撃で角獣聖霊の体を横に両断するのに成功した。
両断された角獣聖霊は光となって消えていったようだった。
俺は倒せた事で安心したのと、聖魂をほぼ使い切ってしまった事もあり、その場に仰向けに倒れた。
(あぁ。気を失う訳にはいかないんだが、駄目だ、もう、眠い…)
意識を失う前に聖殿の入り口から何人かの女の人の慌てた様な、驚いた様な声が聞こえてきたが俺は、眠るように意識を失った……