4話:今の俺があるのはこの人達のおかげ
依頼達成の報告を終えたあと俺はギルド内にある食堂に寄っていた。
冒険者ギルドには依頼を受けたりするだけでなく食堂もあり飲食することも出来る。
朝から昼間は食堂として、夜には主に酒場となる。
1人だからどこでもいいかなと、あともしかしたらグラードさんがいるかもと座れる場所を探す。
するとカウンター近くから俺を呼ぶ知った声が聞こえた。
「おーい!ルミナ!ここにいるって事はもう依頼は終わったのかぁ?」
「あっ!グラードさん! はい!先程終えて戻ってきた所です」
俺はグラードの座っているその席に近づきながら答え、そのまま隣が空いていたので腰掛けた。
この人の名前はグラード・クイナ。
この人を語るにはまず俺のあの事から話す必要があるだろうか。
俺は5年前以前の記憶がない。薄らと記憶しているのは5年前のあの時からだろうか。
それは5年前。正直その時はまだ曖昧な意識だったこともあり鮮明には覚えてはいない。
でも、これだけは記憶している。
倒れていた俺を助けてくれたのは間違いなくこの人達、クイナ一家の皆のお陰だ。
5年前――俺はカナン帝国領にある、とある砂漠地区にて記憶を失い倒れていた。
見ず知らずであるはずの俺を助け、そして今の生活に慣れるまで支えてくれた。
恩人であり、俺にとっては記憶がない故に家族を知らない為、家族同然の存在と思っている。
反り返った様な茶色の髪に、猛禽類をイメージしやすいけど人懐っこいまるで少年のような瞳。長身で黒を基点とした衣服にズボン。ズボンの腰には二振りの短剣が見える。
グラードさんは暗器双演技と言う武闘技を習得している。その名の通り二つの暗器、例えばグラードさんが腰にしている短剣を二つ使用する。
本人曰くこれは暗殺剣みたいなもの、邪道の技だと言っていた。
でも俺がその目で見たグラードさんの暗器双演技は豪快にして繊細、優れ卓越した演武の様にと俺は感じた。
一度見て俺はグラードさんに暗器双演技の教えを乞うた。
邪道な技だからと何度もあしらわれたけど、何度もお願いして俺の根に負け教えてくれた。
ただ教えを乞う際にはいくつか条件は付けられたけど。
「ん?どうした、ほれ、注文待ってるみたいだぞ。早く頼めよ」
「あっ、すみません…えっと、これとこれをお願いします」
注文を給仕さんに伝えた後、そういえばとグラードさんに、エルさんとリナがいないことに疑問を持ったので尋ねる。
「ん?あぁ、あいつ等ならまだ”何でも屋”の依頼中だぜ。だからここにはいないぞ」
そうなんだ。
グラードさん一家は俺と同じ冒険者であり”何でも屋”を生業にしている同業者だ。と言うより俺がグラードさん達がしているのに興味を持って始めたのが真実だ。
そうそう、先程俺が口にしたエルさんとリナの名前だけど、まずエルさん。
本名はエルシスネ・リア・クイナと言う名前で、グラードさんの奥さんだ。俺はエルさんって呼んでいる。
最初にそう呼んだときは嬉しそうだったな。まあ当時はあまり覚えてないけど昔は不愛想だったからな俺も。
エルさんは清らかなまるで水の様な長い水色の髪。優しげな瞳。包容力のあるその気質。そして記憶のない俺を助け親身になってくれた優しさ。そんなエルさんを俺は記憶のないけど母の様に慕っている。
そしてもう一人のリナだな。
リナはグラードさんとエルさんの一人娘だ。
記憶がないので正確な年齢が分からない俺だけど、グラードさんによれば骨格やらから今で16歳相当だと教えられている。
リナは今年で15歳。つまり俺の一つ下なのである。
リナは顔の造りはエルさんに似ており、髪の色はグラードさんのを受け継いだオレンジがかった長い髪をサイドで纏めている。いわゆるツインテールだそうだ。
纏めている部分は丸く御団子の様にしておりその髪を覆うように花柄シニョキンキャップで包んでいる。
発育はまあ年齢相当で、本人曰く『これからもっと成長して兄さんを悩殺できるようになるんだから覚悟しててくださいね!』とかよく分からない事を言っていたかな。
悩殺って何だろう?
まあ先の『兄さん』から分かる通りリナは俺の事を5年前から兄との様に慕ってくれている。
あの頃はいつも一緒であの時はまだ記憶がなく色んな事がよく分からなかったそんな俺に付き添い支えてくれた。
本当に感謝している。
「そうですか。久々に会えるかなって思ったんですけど……エルさん、体調は大丈夫なんですか?」
「ん?あぁ、今日は特に良いみたいでな。頗る元気にこなしてるだろ。まあリナも一緒だからな。大事には至らねえよ」
「そうですか。それを聞いて安心です」
エルさんはあまり体が丈夫な方でなく体調を崩す事が多いのだ。
エルさん曰く体質の問題だからとの事だ。
まあリナも一緒なら大丈夫だろ。
リナもグラードさんから双剣術と弓の扱いを習っているから、其処らのガラの悪い輩なら瞬殺できるだろう。
「まあ夕方までには帰って来るからな。その時にでも久々にぱっと飲み食いしようじゃねえか」
「あはは、分かりました。ところで、グラードさんはこの後の予定は?時間があるんでしたら手合わせ願いたいと思ってるんですけど」
「手合わせ?俺とか止めとけ止めとけって、今のお前とじゃ差があるんだ。相手になるかどうかってもんだ。それに悪いな、この後一見一件依頼があるんだ。喰い終わったらすぐ向かうつもりなんだよ」
「そうなんだ。それなら仕方ないですね。久しぶりにって思ったんだけどな」
「がははっ、とこうしちゃいられねえ。ボチボチ依頼の約束時間だ。先に行かせてもらうぜ。お前はゆっくりしてろ。そんじゃまた夜にな」
俺は笑みを浮かべつつ出て行くグラードを見送ると、丁度出来上がった料理に口を付くて行く。
そして食べ終えた後食堂を出た。
今日のこの後の予定は特に入ってなかったので久々に”アレ”の訓練でもしに行こうかなと思い外に向かう。
”アレ”の訓練は人目のない所でする様にとグラードさん達にきつく言われているからな。
そしてギルドの扉を開けて出ようとした時だった。
ギルドの受付をしている顔馴染みのお姉さんが俺を呼び留めてきた。
お姉さんの方に顔を向けるとそこには一人の如何にも怪しそうな人が立っていた。
見た事のない人だった。
漆黒のローブで顔を隠している時点で怪しさバリバリだった。
ただ悪い人ではない。単純にそう思った。
なぜならあの女性には善性の聖魂を感じ取ったからだ。
それにあの女性からは敵意がない。
何か隠している気がするが、敵対目的ではないと思う。
一先ず彼女たちの下に向かう。
そして彼女との出会い。
そして彼女から受けた依頼が、俺の今後を変える転機となるのだが、それはもう少し後でわかる事だった。