2話:何でも屋の少年ルミナ
【精霊の森】
人間界にの中心にそびえる精霊樹、世界を繋ぐ扉から世界樹と呼ばれている雲の上にまで伸びている巨大な樹。その世界樹の幹が重力によって支えきれず大地に向かって伸びている場所。その幹から広範囲に広がった樹海の事を人々は【精霊の森】と呼んでいる。
その名の通りこの樹海に存在するものは“精霊”と呼ばれる自然の化身と言える存在達が住んでいる。さらには樹海の奥には“精霊”が高位の存在に至った“聖霊”も存在する。
聖霊使いにとってはこの場所は自分のパートナーとなる聖霊を求め契約する神聖な場所でもある。
無論聖霊使いでなくてもこの森に入る事は出来る。
だが”聖霊“は多くの、聖なる魂と呼ばれる聖魂を有している。
立ち向かうには数人、数十人の人員が必要となって来るほどなのだ。
その様に強力な力を持つ聖霊に1人の少年が暴れている聖霊を相手にしていた。
*
精霊の森の木々の枝から今回の依頼の標的をじっと観察する。
俺が受けた依頼はギルド近辺にある精霊の森に出没する暴れ聖霊を討伐する事だった。
今回の標的は【角獣聖霊】と呼ばれる聖霊の中では下位に位置する大型のサイの様な聖霊だ。
その聖霊は俺の仕掛けた罠に何度も掛かり大小の傷を負っていた。
聖霊を倒すには聖魂を帯びたものでなくてはならない。
俺は今回角獣聖霊が出没する辺りの大きく尖った岩に聖魂を帯びさせる。
そして角獣聖霊が罠のある場所に誘導しつつその岩を起爆させダメージを与えていった。
もうこの辺で十分と、樹枝から角獣聖霊の眼の先に降り立つ。
罠で消耗はしていても俺と言う存在が現れ、今までの罠が俺の仕業と認識できたようだ。怒りの籠った眼を俺に向けグルルと唸っている。
俺はそんな相手に済まない気持ちになりながらも腰に括っている30cm程の長さの剣を抜く。
この剣には聖霊鉱石と呼ばれる聖魂の力が含まれている特殊な鉱石を用いて作られた剣だ。
俺は剣を角獣聖霊に向けて構える。
角獣聖霊も俺に警戒しつつ突撃しようと重心を下げる。
「君に恨みはない。だけど、暴れる君をこのまま放置する事は出来ない。放置すれば多くの犠牲につながるかもしれない。だから……この一刀で仕留める!」
「グ、グルゥラアァーー!!」
角獣聖霊が雄叫びと共に突撃してくる。
その鋭利な頭部の角で俺を貫くのだろう。
傷を負い怒りで直線的な突撃を、俺は紙一重に右に交わすと同時に鉱石の剣を横薙ぎに繰り出す。
俺の繰り出した一撃を受け角獣聖霊は悲鳴を上げながら倒れた。
倒れた角獣聖霊に近づく。
説明しているのを確認すると討伐の証明となる聖霊の一部、今回は聖霊の角が必要な為、剣で切り取った。
切り取った後、角獣聖霊は光になって消えていく。
人間界で死した聖霊は、その魂を光となって聖霊界に運ばれる。
聖霊界に運ばれた魂は、新たな器を得て生まれ変わると言われている。
角獣聖霊が光となって消える光景を眺めながら剣を仕舞う。その際に俺は角獣聖霊に「ゴメン」と零した。
そして聖霊獣の角を手にすると、ギルドに戻る為踵を返してその場を離れる。
*
ギルドに戻るまで俺の自己紹介をしておくかな。
俺の名前はルミナ。身長は168㎝と同年代の男性にしては低い方かな。
身体つきも細身な方であるかな。それなりに鍛えているのだがどうしてかあまり筋肉がつかないのである。
髪は人間界では珍しいらしい銀色をしている。長さもそこまで長くはない。昔はボサボサの長髪だったけど、風を感じるなら短い方が良いかなっと切ってもらった。
瞳は深めの紺色をしている。顔付は……よく中性的、と言うより女性向きの顔をしているとよく言われる。たまに同業者の冒険者の人達に『ルミナは女装したら男に見えないんじゃないか』と言われた事がある。
実を言うと、まだ幼さのある頃、まだ自分と言うものをわかっていなかった頃に女装して接客、あまりに性質の悪い客に対する用心棒として受けていたりする。
今でもその時の事もあり用心棒兼接客要因として依頼される事がある。
正直言って昔ならともかく今はもう十分成年と言える年齢になっているので勘弁願いたい所だったりする。
需要があり俺の実力を知る一部の者から女装しての潜入捜査とかを受けた事もあるかな。…ここ暫くだと2,3年前に受けた六柱国家に数えられながら色々と曰くのある【ロプト教国】にある【教導員】と言う機関に潜入した事もある。そういえばその時に1人の女の子と知り合ったな。…元気でやってると良いなぁ―――
年齢は16歳くらいだと思う。くらいと曖昧なのは、俺が記憶喪失だからである。
正確にすると今より5年前以降の記憶がこぞっと抜け落ちているのである。
まるで俺が得た記憶が5年前から出来たものとでも言うかのようにである。
『ルミナ』って名前も元々持っていた名ではない。
記憶を失い砂漠地区で倒れていた俺を拾ってくれた人達から、名が無いのは不憫だろうと付けてくれた。それが今の俺の名なのである。
俺を拾いまるで家族の様に接してくれ人達はカナン帝国の出身者でカナン語で『聖夜』と書いてルミナと読むのだそうだ。どうしてその名にしたのか聞くと、銀色の煌めく髪と深いまるで夜のような瞳の色から付けたらしい。
俺の事を思い返しているとギルドの前に辿り着いていた。
さて、まずは依頼完了の報告をしよう。
その後は少し休養を取っておくことにしよう。
最近は依頼ばっかりであの人達と話すことも無かったしね。そう今後の予定を決めつつギルドの扉を開けて中に入る。
*
【冒険者斡旋所】
此処は国家の境界にある不可侵領域と言える中立地帯に存在する場所。
国家から依頼される案件を所属する冒険者に提供する事を目的にした場所である。
俺が今いるギルドは【ヴェルティナ帝国】とその隣国である【カナン帝国】の境界に位置する場所にある。ここ近年はこのギルドを拠点に色々依頼を受けていた。
ギルド内に入ると真っ直ぐ中央にある受付に向かう。
ちょうど受付の人もいたのでこれ幸いと依頼の報告を行う。
「おや?ルミナ君、どうしたの、昨日受けた依頼の途中報告でもしに来たの?」
「いえ、完了の報告をしに来たんです。これが証拠の品です。確認して頂けますか」
「えぇ!?完了って……聖霊討伐の依頼ですよね!?まだ一日ですよね!?」
驚いている受付に女性を尻目に、俺は袋から証拠の聖霊獣の角を取り出す。
提出した角をまだ驚きの表情のまま確認する。その様子に苦笑する俺。
「………はい、確認できました。確かに角獣聖霊の角で間違いないようですね。……驚きました。まさか御一人でこちらの依頼を受け、まさか1日で達成されるとは…流石はAランクの冒険者ですね」
「まあ、依頼を受けると決めた時にどうして討伐するかイメージ出来てましたからね。後は運もあったと思いますよ。あっ、あと、俺は冒険者ではなく、どんな依頼も受ける”何でも屋“ですよ」
そう笑顔で告げた。
自分的に冒険者とは言えない気がしないから。
俺としては冒険者と言うより便利屋と言う感じだと思う。
限りなく無茶な要求でなければ些細な依頼も受ける。
今回の“聖霊討伐”から“事務仕事”や“宅配依頼”、“接客依頼”等を受け、依頼を達成して、達成度から依頼料を受け取る。
それが俺―グラード一家―が営んでいる”何でも屋“である。
「…ぽぉ~……ハッ!えっと、では、こちらを―」
何だか若干頬を赤くぼぉとしていた受付嬢は、顔を振ると受付のデスクから依頼の書類を渡してきた。俺はそれを受け取ると『依頼完了』と『ルミナ』と署名した。それを渡すと女性は確認する。
そして問題ないと今回の報酬を渡してくれたので受け取った。
受け取った報酬を袋の中にしまうと他に”何でも屋“としての依頼がないか確認した。
どうやら現在依頼されることはなかった。
一先ず依頼もないので、急な依頼が舞い込んだら教えてほしいと告げた後、時間を確認すると12の時を針が指していたので、ギルド内にある食堂に向かう事にした。