15話:学院生活開始
ルミナは教壇の前に立っていた。
今日からこの聖霊使いを育成する機関であるヴェストレア学院に入る事になった。
そして今日から学ぶのがこの教室。
(はあ、なんだかすごく視線が突き刺さる、なんか居心地が…)
ルミナがそう思うのは理由があった。
それは今まさに自分に突き刺さるような品定めをするような、そしてあまり慣れない同年代の聖霊使いの少女達からの視線であった。
ルミナが所属する教室には20名の女生徒が座っている。
その誰もが年の近い異性だ。
ルミナは12の時から大人に混じり【何でも屋】として活動していた。
その活動の中で自分に近い女性と接する機会はほとんどなかったりする。
唯一グラードの娘であるリナくらいだった。
なので以外にも異性からの視線に慣れていないのである。
そんな突き刺さるような視線の中に『畏怖』が混じっているのに気付いた。
(まあそうだよな。聞いた話では近代で男の聖霊使いはいないって事らしいし。それに【魔王】の存在もあるんだろうな)
【魔王=ゼフィランサス】
数百年も前に世界を闇に染める為に、世界に宣戦布告し人々に恐怖を与えた堕ちた聖霊使い、通称、邪霊使いである。漆黒の闇を纏った鎧を全身に着込んでおり、その左手には暗黒の闇の聖魂を放つ【魔剣】の聖霊を所持していた。
【魔王】の声を聞いた者はいない。会話をする機能がないのか、魔王は一切喋る事がなかったからだ。
当時、並いる男の聖霊使い達ですら太刀打ちできなかった為、性別は男であると考えられている。
最終的に、始まりの世界樹祭では【神剣使い】によって討滅された【魔王】。
だが、実は、今から数十年前に【魔王】は復活を遂げていたそうだ。
魔王崇拝者である邪教神団の手によって復活した【魔王】は再び、邪教神団を率いて、当時開催されていた世界樹祭に参戦した。そして参加した全ての聖霊使いを圧倒し【魔王】はなんと優勝を果たしてしまった。
だが、【魔王】は世界樹祭優勝を決めた瞬間だった。なんと、自身を復活させた邪教神団を裏切りその場にいた邪霊使い達を皆殺しにした。
【魔王】が手に掛けたのは邪教神団の者達だけだったらしい。
そして、皆殺しにした【魔王】は、聖霊王の存在する空間に転移し世界樹祭優勝者に贈られる『聖霊王の願い』を得た。
【魔王】が聖霊王に『願い』を伝えた後、【魔王】はその後消息を絶った…それ以降【魔王】は現れた事はない。
ルミナが【魔王】について思い返している間も、奇異の視線を向けているクラスメイト。そんなクラスメイトの中には、今日からルームメイトとなった、ルビア・ローゼンベルグがいる。
瑠璃色の長い髪を腰まで伸ばしていて前髪の左には金の筒状の髪留めを使っている。
ルビアの実家であるローゼンベルグ家はこのヴェルティナ帝国では有力な四代貴族の1つだ。
もっとも、ルビアにはそのローゼンベルグの家名は大きい存在のようでプレッシャーを感じているようだった。
それは、ローゼンベルグ家の先代の聖霊使い達や、姉であり元聖十騎将の聖座1位だった、セフィリカ・ローゼンベルグの存在が大きいみたいだ。
「さあ、君の自己紹介をして頂けますか」
そう言ってルミナに自己紹介を促したのは、このユニコーンクラスの担任であるセリア・タチバナである。
橙色の髪を首元までの長さで伸ばしており、頭部には白いヘアバンドを付けている。…ここまではいいのだが、何故かこの人、メイド服を身につけているのだ。
ルビアの案内の下、教室の前に到着した時に丁度居合せたのだが、居合せた際に何故かメイド服を着用していたのだ。「どうしてメイドさんがここに?」と疑問に思っていると、ルビアの紹介でこの人がこの学院の教師であると教えられて驚いたのだ。しかも、この人、元聖十騎将の称号を持っていたと聞いて更に驚いた。
(この人が、あの学院長と同じ……。変わった人が多いんだな)
御互いに名乗り合った後セリアから学院について説明を受けた。
ヴェルティナ帝国では、聖霊使いの素質を持つ者が、ある一定の年齢となったらこのヴェストレア学院に入学するようだ。
ヴェストレア学院では、1階級、2階級、3階級と三つの階級があり、年度事に定期試験が実施されて上の階級に変わるという事のようだ。
ルミナやルビアの階級は2階級である。
ルミナがいきなり2階級なのは、学院長であるクローディア・ウイッチクラウドからの申請と推薦によってだ。
それぞれの階級に4つのクラスがあり、それぞれにユニコーンクラス、グリフォンクラス、フェニックスクラス、サーペントクラスの4つ存在する。
だいたい一クラスに20名程が所属している。
ルミナはセリアに促され取り敢えず自己紹介を始めた。
「セリア先生、分かりました。えっと、初めまして皆さん。俺の名前はルミナです。見ての通りの男のみですが、出来れば普通に接して頂ければと思います。よろしく。あと…」
自分の自己紹介をした後、ルミナは自分の隣にいる金の髪を伸ばした純白の衣装に身を包んだ少女に目を向けた。
そこには、ルミナが先刻の出会いで契約した聖霊であるハルモニウムが立っている。
クラスメイトの少女達の視線はハルモに向いている方が多い気がする。
「この子は-」
「我は、マスターの剣にして、マスターの愛と言う名の魅力に囚われし者、その名をハルモニウムと言う。宜しく頼むぞ!我が愛しいマスター共々な!」
ルミナが紹介するより早くハルモが自己紹介した。
若干変な言い回しの様な気がしていると、周りは小さい声でヒソヒソ話していた。
「…あんな小さい子を」
「…剣ってどういう意味だろう?」
「…可愛いのに、何だか残念な子ね」
「…クスクス」
何だか、変な人として見られている気がする。
事情を知っているルビアは、なんか小さく笑っていた。
「よろしいですわ。ありがとう。 さてっ、皆さん今日から共に学ぶ者であるルミナ君に質問はありますか?」
セリアがそう言うと、何人かの生徒が手を上げた。
「えっと、貴方に家名はないのですか?」
「はい。俺は―」
ルミナは自分が記憶がなく、自分を助けてくれた恩人がくれた名前を名乗っているので、自分を呼ぶ時はルミナと気兼ねなく呼んでくださいと告げた。
「では、ルミナ君の契約聖霊ってどんな聖霊なの?」
聖霊使いとしてやはりどんな聖霊と契約しているか気になるようだ。
その少女の質問の後、ルミナは自分の横に手を向けた。当然そこにいるのはハルモである。
質問した少女は「えっ?」とハルモに視線を向けると、訝しい視線を再びルミナに向けてくる。
「この子が俺の契約聖霊なんだけど?」
「……女の子を…変態さん?」
なぜか、変態扱いされた。
おそらく、人間の姿をした聖霊の存在を見た事が無い為だろう。
あの子には美少女を聖霊として扱う変態にでも見えるのだろう。
(ははは、真実を言っているんだけどね。…まあ俺も最初信じられなかったしなぁ)
変態を見るような眼差しを受け苦笑したルミナは「どう説明すればわかるかな?」と考えていると、ハルモは、主が困っていると思い、また、敬愛する主であるルミナを侮辱的な目を向けた少女に怒気を籠めハルモが前に一歩出た。
「我が愛しきマスターを侮辱する者は、この私が赦さんぞ!!」
その瞬間、ハルモから見かけによらない、人間とは思えない尋常ならざる威圧感が、ルミナに質問し変態を見るような目を向けた少女や他の者にも襲った。
その威圧感を受けた少女達は、その圧倒的な威圧感の前に冷や汗をかいた。小刻みに震えてすらいた。
威圧感を受け質問した少女は直ぐに謝罪の言葉を紡いだ。
「ご、ごめん、なさい」
「フム、分ればよいのだ…」
謝罪に納得したのかハルモは威圧を解いた。
威圧を解いた後、ルミナは「は、はは」と苦笑していると、何だか一歩前にいたハルモがこちらをジッと何かを訴えているかのように見上げていた。それはまるで、「褒めて」と言っているように思えた。
ルミナはハルモの頭に手を乗せると撫でてあげた。
たちまち、ハルモの表情は無機質な表情が笑み一色となった。
「嬉しいです。私は今、猛烈に嬉しいのです♪」
「あ~、仲の良い所悪いが、次の質問に移っていいかな?時間もないしね」
「あ、はい。どうぞ……すみません」
「うむ。満足した!さっ、続けるがよいぞマスター!」
セリア先生が「次に質問のある子は?」と言うと、次の子が質問してきた。
「あなたって、つい先日忍び込んできた侵入者の人ですよね?そんな人がどうしてここにいるのですか?」
どうやら、俺がこの学院に侵入した事を知っている様だ。
ルミナは学院長であるクローディアに発見されこの学院に招かれた。と言うのが表の理由として伝えられているらしいからな。先日の侵入者とは知らされていない。もしかするとこの学院の秩序を守っていると言う学院騎士の子なのかもしれない。
その質問をした後、周囲ザワッとなるが先程のハルモの威圧を受けた少女達は声には出さなかった。
ルミナは知られているなら特に問題はないと考え、正直にありのままを告げた。
この子は俺を試そうとしている。そういう意図がある気がした。
「うん。それはね、中立地帯のギルドで”何でも屋”と言う冒険者家業をしていたのだけど、突然此方の学院長であるクローディアさんが俺に依頼をして来た。そして俺は依頼を受けたんだ。その依頼の為に侵入したんだ」
「……依頼ってどんなの?」
「うん。それは、この子を回収するって依頼だった。そしてその依頼の途中にこの子と契約するに至ったんだ。…どうやら学院長はどこからか、俺が聖霊契約の力を持っていると知ったらしくてね。そして今日からここで学ぶ契約を結んだ」
質問してきた女の子はルミナの眼をじっと見つめる。嘘を見抜くかのように。そして、
「…どうやら本当の様ね。嘘を言っている人の眼じゃないもの。澄んだ綺麗な瞳ですね。でも……その子は、本当にあの聖剣聖霊なの?」
「むぅっ!誰も、彼も我を疑うのだ!!」
疑いを向けられたハルモは、眩い光と共に聖純体である少女の姿を聖霊剣の姿に変化せた。
その瞬間、皆の疑惑は驚きとなり信じるに値することになった。
「どうだ!」
「ご、ごめんなさい…まさか、本当にあの伝説の聖剣だなんて…」
聖純体である少女の姿の形態に戻ると自慢げになったハルモに、質問した子はハルモに謝罪した。
次の如何にも貴族ですよ!と言う風貌の女の子が質問してきた。
「貴方は、“トライアスロン”に参加されますの?」
トライアスロン?その言葉に聞き覚えがなかったルミナは首をかしげた。
その話題が出た瞬間、ルビアは体を少しビクッとした。
質問の意味が解らないルミナにセリアが説明した。
「君はまだここに来たばかりでその辺の事は知らないことが多いでしょう。取り敢えず“トライアスロン”について説明しましょうか」
「あっ、はい。御願いします」
「では、説明しますね。“トライアスロン”とは、この学院で行っているイベントの1つです。参加には一チーム3名が条件付けられております。つまり、チーム戦であるという事です。ここまででなにか質問はありますか?」
「えっと、その“トライアスロン”には必ず参加しないといけないのですか?」
ルミナがセリアにそう聞くと、ルビアは「えっ!?」と小さく呟いた様な気がした。
正直まずは学院になれるの時間を掛けないといけないから行事参加はひとまず避けたいと考えたのだ。
「基本的に自由参加であって強制参加ではありません。ですが、ほとんどの生徒が参加しますね」
「どうしてです?」
「それはですね、“トライアスロン”に参加し優勝した年に、【世界樹祭】の開催が告げられた場合、その参加権を必ず得る事が出来るからですね。あと、好きな単位を得られるという褒賞が得られるからね」
「……世界樹祭」
「聖霊使いにとって、世界樹祭に参加するのは大変名誉な事なのです。憧れと言ってもいいと思うわ」
(…う~ん。正直、興味ないんだよね。 ……でも、なんだろ。なんだか、世界樹祭って言葉を聞くと心がウズウズして来るんだよな)
「因みに、君には悪いけど、“トライアスロン”に必ず参加するようにって学院長からお達しが来ているから強制参加決定だから。…メンバーを早めにあと2人決めておいてね」
「なんですと!?」
(あの人、何を考えてるんだ!?)と、自分を振り回す学院長に憤っているルミナを見てセリアは気の毒そうに笑みを浮かべて、
「まあ、あの人の事だから、何か見えているんだと思うから。諦めて参加して。ちなみに、学業も疎かにしないようにね」
ルミナは困った表情を浮かべる。
ルミナは聖霊学と言った学術に疎いと言わざるを得ない。
何でも屋をするにあたって、母親とも思っているグラードの妻であるエルシスネに教えてもらったが、基礎の部分程度しか教えて貰っていないので、正直困っていたりする。
「さて、他に聞いておきたいことはあるかな?」
「……“トライアスロン”の具体的な内容について聞いていいですか?」
「フフ、吹っ切れたのかな。 内容は、今から3か月後までに多くのポイントを得た上位4チームにまず絞ります。そして、上位4チームによる聖演舞踏を行います」
「聖演舞踏?」
聞きなれない言葉だったルミナはどういう意味か聞いた。
「聖演舞踏とは、聖霊使い同士による戦いをそう呼んでいるわ」
「なるほど。…あと、ポイントってどうする事で得られるんです?」
「それは、授業の中である模擬戦に勝利したり、外来の依頼を受けて、それをクリアする事でポイントを得られます。因みに依頼にはランクがあり、高いランクの依頼に成功すればそれ相応のポイントが得られます」
ポイントは依頼を受ける事で得られるか…
あと聞いた要点は、
●トライアスロンにおいて聖演舞踏では、聖霊界にある、とある場所で行うという事。これは、どうやらこの学院に聖霊界への門があるのでそれを使う様だ。そもそもこの学院がここに作られたのは門があるのと、聖剣【ハルモニウム】が存在したからのようだ。
あと、聖演舞踏でのルールは、最大3人による戦いであるという事。つまり、相手が3人で、自分のチームが1人もしくは2人でも問題はないという事だ。ただポイントは相手の人数差があっても変わらないのでほとんどの場合3人で挑むのが殆どのようだ。
勝敗に関しては、チーム戦の為相手のリーダーの戦意を失くすか、相手チームを全滅させるかのようだ。
模擬戦に勝利する事でもポイントを得られるようだ。個人で得たポイントでもチームに加算されるとの事だ。
●次に外来依頼について。これはランクがあり、雑用などが殆どのEランクから、時には聖霊と、稀に上位の聖霊の討伐依頼があったりするA・Sランクまでがある。勿論A・Sランクの依頼成功にて得られるポイントは大きい。
これも個人でも、チームでの参加もありのようだ。他のチームと一緒に受ける事もできる様だ。ただ、聖演舞踏と違い、人数が多ければ得られるポイントもその人数に振り分けられる。つまり、多くのポイントを得られる依頼でもその人数で分ける為、個人で得られるポイント|も小さくなるという事だ。
そして、もし、依頼に失敗した場合、ペナルティとしてポイントが減点となるようだ。
と言った説明を受けた。
(外来依頼か…こちらの方が俺に向いている気がするな。何でも屋をしていたから要領は得ているし…)
説明後ルミナは席に着くように言われたのでハルモと共に空いている席に向かった。
因みに、ハルモは聖霊なので、本来は外で待っていてもらうのが学院のルールのようだが、特例として大人しくすることを条件に共に参加する事が許された。
席に向かうと丁度ルビアの席のテーブルが2人分空いているのでそこに向かった。やはり知っている人の近くの方が何かといいかと思ったからだ。
「ここいいかな?」
「ええ、いいわよ。空いてるからどうぞ」
「フム、宜しく頼むぞ、ルビアよ」
「ふふ、よろしくねハルモ」
ルミナが、ルビアの席に向かい、座った事に、周りの生徒は、
「私のとこも空いていますのに、どうしてあの子のとこに?」
「そうよね、あんな落ちこぼれの子なのに」
「何だか親しそうね、あの子達」
「もしかして、あの子と組むのかしら。ならお気の毒ね」
と小さく陰口を叩いていた。
ルミナはそんな陰口に対してムッと憤り感じ、ルビアに視線を向ける。
「ん?どうかした?」
と、まるで「気にしてないわよ」と言った風貌だった。
ルミナも取り敢えず、ルビアが気にしていないならいいかなと、気にしない事にした。
それからは座学を受けた。
ルミナは聖霊学の基礎知識が殆どない事を予め伝えていたので、基礎の部分を、他の者はおさらいと再確認の意味を込めて授業が行われた。
よく解らない部分がでたら、ルビアが丁寧に教えてくれた。ルビアは座学の成績は良いようだ。
隣にルビアを選んでよかったとルミナは感謝していた。
また解りづらい問題が出たのでルビアに聞いた。教えてくれたその後に、ルミナにだけ聞こえるように小さく「あとで話したいことがあるから」とルビアが呟いた。
「(なにかあるの?)」
「(あとでね)」
ルミナが座学を受けている間は構ってもらえない為かハルモはつまらなそうにしていた。だが、聖霊についての話題の際には流石、聖霊としての知識を披露した。それにルミナはハルモを褒め。ハルモは嬉しそうにしていた。
+
午前の座学が終わった。慣れない座学に疲れた。
机に突っ伏すように腕を伸ばす。
「あはは、お疲れさまねルミナ。大丈夫?」
「うん。疲れたよ。こんなに頭を使うなんてなかったからね」
「ふふ、そうなんだ。ならこの後の実技授業はルミナとしては座学より良いのかもね」
どうやらお昼の後の午後は隣のクラスとの合同での実技授業を行う様だ。
お昼を食べたルミナはルビアの案内の下、ハルモを引き連れ訓練場に向かった。
向かった訓練場には隣のクラスの子が何人かおり、その殆どがルミナに視線を向けてくる。
(あの子……)
その中で一際強い視線を放つ少女がいた。
その少女は燃えるような綺麗な紅い髪をしている子だった。