1話:未来の先に見える少年
私の右の瞳には未来に起きる出来事を視る力がある。
その瞳に1人の少年の姿が映っている。
その少年こそ歪みを含んだこの世界を正す役割を担った存在となる。
私はこの映りし未来を現実にする必要がある。
この世界が滅びを迎え無い様にする為に。
誰もが平和に暮らせるようにする為に。
*
この世界には“人間”の暮す世界【人間界】と、自然界の神秘性が形となった存在”精霊“、その上位存在である”聖霊“が暮らす世界【聖霊界】が存在している。
人間界と聖霊界は言うなれば表と裏の様に親密に関わっている。
どちらか片方の世界に何かが起これば、もう片方の世界にも影響を及ぼす程である。
人間界と聖霊界の間に、御互いの世界を渡る為のものがある。
その名は、世界を渡る樹―世界樹―。
この世界樹の存在によって不干渉であった世界同士であった人間界と聖霊界との交流が生まれた。
この交流によって人間は、聖霊と契約する事で今まで以上の力を得る事が出来た。
その存在をこう呼んだ。
【聖霊使い】と―――
聖霊の力の恩恵を受けた事で人々の暮らしは大きく上がり変った。
だが、与えられたこの力が、国家間のバランスを大きく変える事になった。
初めは小さな国々だったが、聖霊使いの存在によってより強い力を持つ国に取り込まれていく結果となった。
今では特に大きくなった6つの大国と、小さな国々となった。
6つの大国。この大国は【六柱国家】と呼ばれるようになった。
この6つの国がここまで大きく成長できたのは、この6つの国の指導者の血を引く聖霊使いが、聖霊の中でも大いなる力を有する6つの最上位存在―聖霊王―の恩恵を受ける事が出来たのが大きかった。
【火の聖霊王】の加護を受けた国―ヴェルティナ帝国―
【水の聖霊王】の加護を受けた国―カナン帝国―
【風の聖霊王】の加護を受けた国―竜顕王国―
【地の聖霊王】の加護を受けた国―ランスター王国―
【聖の聖霊王】の加護を受けた国―聖ルドルフ王国―
【闇の聖霊王】の加護を受けた国―ロプト教国―
これら6つの大国によって人間界の機能は維持されていた。
*
六柱国家に名を連ねている【ヴェルティナ帝国】。
ヴェルティナ帝国には聖霊使いを育てる学院が存在する。
学院名は【ヴェストレア聖霊学院】。帝国が崇拝している【火の聖霊王】の名から取られている。
聖霊と契約を果たし聖霊使いと成れた者が学ぶ場所。
その学院で最も高い地位にいる者、それ即ち学院長である。
つまり私という事です。
私の名はクローディア・ウイッチクラウドと言います。
年齢もまだまだ10代後半のピチピチの女性ですわ。
……まだ19ですもの。幾らここに居る者達が10代半ばと言えど―ええ、私もまだ少女と言えますわね、うん――
…さてさて、さっと気持ちを切り替えましょう。
これから久しぶりにあの子と話せるのですしね。
半年ぶりくらいでしょうか――
私は学長席から席の前にある対面式のソファーに腰掛ける。
そして、対面式のソファーの間にある透明な四角テーブルに1つの丸い水晶を置く。
そして詠唱を行うと水晶が淡い光が灯る。
それを確認すると私は明るめの声で呼びかける。
「はろー、聞こえていますか、セフィリカ?」
『―――相変わらず、だな…其方は、相変わらずのようだな』
呆れた様な女性の声が聞こえてくる。あの事件以降音沙汰なかった親友の少女。半年ぶりだけど元気そうで何よりね。
この水晶球は言わば通信機の様なもので遠くのものと会話する事が出来るものなのだ。
会話する機能のみなので相手の顔を見る事が出来ない。
だから、ちょっと残念ね。貴女の顔を久々に拝見したかったのだけど…
それから私は今回の案件をセフィリカと真面目に話し始めた。
「…成程ですね、話は解りましたわ」
『―では、引き受けてもらえるのだな、未来視の魔女よ』
「あら、昔のようにクローディアで良いのに」
『―今回は、親友としてではなく、聖十騎将としての其方に依頼しているのだ』
「相変わらずですねぇ、固い所は相変わらずですねセフィリカ?なら私もこう呼んだほうがよろしいかしら、太陽の―」
『―それは昔の称号、今の私には関係ない事だ!』
「……はぁ…ホント、お固いですね貴女は」
『―それは御互い様だ。其方はもう少し真面目に…話が逸れている…やはり其方と話すのは疲れるな』
ふふ、人間簡単には変りませんからね。
疲れると言いつつ、貴女はこんな私の話を最後まで聞いて下さるものね、ふふ。
さて話を戻しましょうか…
「さてさて話を戻しましょうか」
『―脱線させたのは其方だがな…それで、受けて貰うと取って良いのだな?』
「ええ、他ならぬ貴女の依頼ですもの、引き受けさせてもらいますわ。元より私のこの右眼に依頼の果ての光景が現れていますからね」
先のやり取りで出て来た【未来視の魔女】とは私の通り名である。自分で言うのもあれですが、かなりの知名度を有していると自負しているわ。
まあ、私がこの世界に10名しかいない【聖十騎将】と呼ばれる者であるのが大きいかしら。
私の契約している聖霊の力で、私のこの右眼には時折“未来”を見せてくるのです。
その光景は何時、何処で、何をしているものかを知る事が出来る。
近い未来である程明確に知る事が出来る。逆に遠い未来であればボンヤリとした感じにしか映らない。
今回私の眼に映った”未来“は鮮明に映し出されていた。
つまり近い未来であるという事なのです。
そして、そんな未来を引き込むかのように、セフィリカから話がしたいと連絡を受けたのです。
『―ふっ、そうか、其方の“未来視の瞳”は信用に値する力だ。頼もしいと言える』
「ふふ、貴女にそう言って頂けるのでしたら私としても嬉しい限りですわ。そうですわ、信用に値するのでしたら、偶には直接姿を見せて下さらないかしら?こうした通信でなくね。…貴女の妹君も寂し――」
『―話は以上だ。では頼んだぞ、魔女よ……』
水晶球の灯っていた光が消えた。相手の声も聞こえなくなった。
あら、切られてしまいましたか。相変わらずですねと私は苦笑する。
さてっ、と私は腰掛けていたソファーから立ち上がると、学院長室から出る。
職員室により、丁度と言うよりこの為に待っていてもらった嘗ての同志でもあり同僚である女性、セリア・タチバナに三,四日此処を離れる旨を伝える。
そして私はこの右眼が写せし光景に存在する、今でこそ珍しい存在である1人の少年の元に向かう。
準備も仕込みも出来ている。
あとは迎えるだけ。その少年をこの学院に迎えるのみ。
そして始まる。
少年をこの“神剣使いの残せし遺産”の眠る場所に迎える事で運命の歯車は回り始める。