戦いの前にて
「ん……」
何者かの気配を感じ、目を覚ます。意識が眠りから脱すると、目を瞑っていても窓から差す陽の光は何となくわかるというものだ。
俺は窓を一瞥し朝であることを確認した後、起き上がって気配のある方を向く。
「おはようございます、龍太郎様」
そこには、執事コルソンと……ライムがいた。
「遅いわよ、起きるの。何時だと思ってるの?」
はて、何時だろうか。こっちに来てから時計を見ていないので時間がわからない。
「すまん……何時だ?」
「はぁ……これだからよそ者は困るのよ」
「ただいま午前十時過ぎになります」
コルソンが教えてくれる。
「十時か。結構寝たなぁ……多分」
昨日の寝た時間もわからないのでおおよそでしかないが、そんなに悪くない目覚めなので八時間くらいは寝たのだろう。
「朝食は皆様済ませております。龍太郎様、食堂まで行かれますか? それともここで済まされますか?」
「うーん」
今日は話したい人もいるし、食堂に呼びつけたほうが効率がいいかもな。
「食堂に行く事にする。それとコルソン、この城の兵隊長っているのか?」
「兵隊長……という括りではありませんが、それぞれの隊のリーダーならいらっしゃいます。五人ほど」
五人!? 随分と多いな……てっきりこの城の兵をすべて統括する奴が居るのかと睨んでいたが。
「それ全員、食堂に呼べるか?」
コルソンは一瞬はてなを浮かべたが、すぐさま連絡を取ってくれた。
「はい……はい、そのように龍太郎様がおっしゃられています。……大丈夫ですよ、いらっしゃられるそうです」
「そうか、ありがとう。それで……」
俺はコルソンの隣に立つ少女を見る。赤いワンピースに、城の中なのにサンダルっぽいものを履いている。お前だけ夏か? サマーなのか?
「……なんでここにいるんだ、みたいな顔しないでくれる? 私はね、ラウムにあんたのことを見てきてって頼まれたから来ただけなんだからね! か、勘違いしないでよっ!」
テンプレ通りのツンデレ、ありがとうございます。今ので世の中の何人の美少女萌えたちが歓喜したことか。なんにでも言えることだが、やっぱりシンプルイズベストだよな。変な取り繕いとかマジいらねぇ。
俺の合掌に首をかしげるライムとコルソンをよそに、俺は二人に指示を出してみる。
「俺はこれから食堂に向かうから、お前たちは自分の持ち場に戻っていいぞ」
そう言うと、バチッと何かに撃たれたように二人は体をびくつかせた。
「……了解しました。では、これで戻らせていただきます。何かあればお呼び下さい」
「わかったわ。私も部屋にいるから何か用があれば呼んで」
コルソンとライムは同じような事務的反応を返すと、くるりと踵を返して部屋を出ていった。
「これもしかして、あのスキルの効力か……?」
何となくそんな気がして試したことだったがどうやらドンピシャだったようだ。
俺はいつの間にか部屋着のように着ていたセンスのない黒一色の服を脱ぎ捨てて、部屋の端に置いてあった俺のクソダサ私服を引っつかんで着替えた。
「さすがに常にこれでいるわけにはいかんなぁ……なんか服見繕ってもらうか」
ラウムさん辺りに服を見繕ってもらおうと算段をつけながら着替えを終えた後俺は部屋を出た。
俺に用意された部屋は城の二階に存在している。この建物自体は三階建てで、最上階にはアドラメレクの部屋やコルソンの部屋、ライムとラウムの部屋もあるらしい。入ったことないけど。
つーかライムとラウムは同じ部屋らしいので、今入ったら確実にライムに変人扱いされた挙句追い出されるな。
そんなことを考えながら俺は食堂のある一階へと続く階段を下りていった。
階段を下りると左右で長い廊下が分かれ、その分かれ目に玄関がある。俺はその左右に分かれた廊下のうち右の廊下を渡る。昨日はここをラウムさんと二人きりで通れるはずだったのによー、ライムが入ってこなきゃよー。
長い廊下は人気がない。そう言えばこの城の兵たちはどこに住んでいるのだろうか。まぁそれも食堂に行けば明らかになる。
廊下を歩き切り、食堂の扉の前に立つ。扉の取っ手を握って中へと入る。
「ようやくきたか、救世主さんよ」
「おっそいよー! 救世主くん!」
中に入ると、既に五人の姿があった。
その中には少し昨日見た顔のやつもいた。なんだ、こいつも隊のリーダーだったのか。
俺は、そこに座れと言わんばかりに空けられた真ん中の席に陣取る。腰を下ろして、同じく席に着く五人を順に見やる。
まず目に付くのは、青銅の鎧と盾と直剣を装備したガタイのいい茶髪短髪の青年だ。頭上にはベレット・マースナーと表示されている。因みに最初に声を上げたのはコイツ。
その隣には、紫の軽鎧と頭部に防具、ベレットよりは少しばかり長い直剣を装備した高校生くらいの身長で赤髪の青年。名前はシトリー・アボトルと出ている。
その真向かいには、明るめな緑色の軽鎧と内側に曲がった曲剣を腰に携えている。先の二人よりもいくらか年下っぽいが金髪のせいでぱっと見変わらない。つーか似合ってねーぞ、その髪色。名前はダンタール・キックと表示されている。
その隣にいるのは、水色のローブに、上に大きな水晶玉のついた金色の杖を装備している落ち着いた女性。グラマラスな容姿で、はだけた感じのローブを着ているせいかすごく色っぽく見える。おとなしめの美人って感じだ。頭上にある名前はグレモリー・アルプス。
そしてグレモリーの横にいる最後のひとりは、ピンクの少し派手目な服に同じ色のつばの大きい少しぶかぶかの帽子を被り、木彫りの持ち手の箒を持つ女の子。身長は小さく、明らかに最年少。因みにベレットと一緒に声を上げたのはコイツ。名前はウェパル・キュルスというそうだ。
……それにしても、こいつら悪魔って感じしないな。名前はそれぞれ神話とかに出てくる悪魔の名前を取ってるみたいだが。
「とりあえず、ひとつ言いたい」
俺は最初に声を上げた鎧を纏うガタイのいい青年ベレットとピンクの派手な服と帽子を被った少女ウェパルに対して言い放つ。
「その、『救世主』っていうのやめてもらっていいか?」
「ええー? 可愛くていいと思うけどなー」
「残念だったな、そう思ってるのはお前だけだ」
ウェパルはあからさまに肩を落とす。
「嫌か? ならなんと呼ぶか……」
「俺の名前は知ってるだろ? 普通に龍太郎とかでいいぞ、後、様もいらん」
「……了解した龍太郎。俺はベレット・マー……」
俺はその先を手で制す。いやいや、お前の頭の上に出てるから、名前。
「お前らの自己紹介はいい。……まず俺が朝食を食べる前に、急に呼び出した侘びとしてこっちの用事から先に済ませよう」
俺はそう言うと、改めて五人を見渡す。このうち、ベレットとグレモリー、ダンタールは見たことがある。昨日俺を城に連れ戻した時にコルソンと一緒にいたやつらだ。
「今日は、お前たちに至急聞きたいことがあって呼びつけた」
辺りがしんとなる。俺の真剣な眼差しを測りとったのだろう。
「俺はアドラメレクに言われてこの城の全兵指揮を任された釘丘龍太郎だ。まず、この城の兵力を知りたい。お前たちのこの城……というか悪魔族の兵隊の人数はどれくらいなんだ?」
その問いに最初に答えたのはグレモリーだった。
「私の指揮する兵の数は二十二人です。もっとも、私とウェパルちゃんは後衛職なので兵の数は少ないのですが」
「22人か。因みにウェパルは?」
「あたしのとこー? うーん、真面目に数えたことないからわかんないけど……だいたい三十人くらいかなー。でもあたしのクラスが【グレイマジシャン】だから、いつもは攻撃専門だけど一応回復も使えるってことで、たまーに【ヒールマスター】のグレモリーの隊の人があたしの所に来るかなー。ま、あたしとグレモリーで合わせて五十人くらいって思ってくれればいいと思うよ?」
後衛の兵で約五十人か……。相手である龍戦士族の戦力が未だ未知数だが、新しい戦力になる冒険者と魔龍魂によって作られた装備品のことを考えると明らかに少ないな……。
「それじゃあ、残りの三人のとこは?」
残りの3人、ベレット、シトリー、ダンタールのクラスはおそらく前衛か。希望としてはひとつの隊につき三百人は欲しいな。そうすれば合わせて九百五十人。数の利があれば後は俺が何とかできる。
「そうだな……俺たち三人はそれぞれクラスが違うからバラバラだと思う。【タンク】の俺のところは二百五十人ぴったりだな」
「……俺のクラスは【ウォーリア】だ。人数は大体二百人強」
「おいおい、シトリー、ちょっと愛想ねぇんじゃねぇのぉ? 【ブレイダー】の俺っちんとこは大体三百人だなー」
五十、二百五十、二百、三百か……望んでいた人数には少し届かないが、とりあえずこれだけいればなんとかなりそうだ。
「情報ありがとう。今日はもう戻っていいぞ。後日俺から指示を出す」
俺がそう言うと、先ほどコルソンとライムに現れた反応が出た。
体をびくりとさせて、まるで電流にはじかれたかのように体が跳ねる。
そして次の瞬間、非常に事務的な、機械的な言葉を口にする。
「わかった、俺たちはこれで戻る。俺とシトリー、ダンタールは城の外の修練場で兵たちを鍛えているから何かあったら来てくれ」
何かあったら来てくれって、このゲームの常套句だな。とりあえず言っとけみたいなとこある。
あ、そうだ。ひとつ聞くの忘れてた。
「ちょっといいか?」
俺はグレモリーに声をかけた。すると、再び体がびくついたのがわかる。
「は、はい。なんでしょうか?」
少し驚いたような表情で受け答えするグレモリー。だがその表情は俺が指示を出した時の硬質的な表情とは違う、柔和な表情を浮かべていた。
「あ、ああ……いや、この城って廊下とか全然人気がないから、普段兵たちはどこにいるのかってな」
なるほど、と手を打つグレモリー。なにがなるほどなんだ。
「それなら、彼らはこの城の地下に住んでいますよ。この城の下は崖になっていますでしょう? それは龍戦士族からの攻撃を少しでも防ぐ、という役目もありますが、千人近い兵たちを匿う場所としても機能しているんです。案内しましょうか?」
ほほう、地下にいるのか。というか崖の中に住まいを作るってすごいな。空洞にしたら地盤が緩んで大変なことになるだろうに。その辺のギミックも気になるな。
「それじゃあ、お願いしようかな。あ、その前に朝食を食わせてくれ」
「ふふ、わかりました。どうせならウェパルちゃんも行く?」
グレモリーの問いにへへんと胸を張って答えるウェパル。
「そんなの当たり前でしょ? 救世主君、早く朝ごはん食べて!」
「では私たちは部屋の外で待っていますので」
グレモリーはわざわざ俺にお辞儀すると、ウェパルを連れて食堂を出て行った。俺はそれを手を振って見送る。最後にウェパル、救世主って言うのやめろ。
朝食を食うのはいいんだが、肝心の朝食の姿が見当たらないんだよな。ちょっと厨房覗くか。
俺は席を立ち上がり、厨房を覗いた。
「……」
厨房には、既に盛りつけまで完了した朝食と思わしき料理の数々と、うずくまり涙目でこちらを見るラウムの姿があった。
「え、えっと……」
俺は言葉が出ずに頬をかく。目をそらし、虚空を彷徨わせて言葉を探す。
だが、当然のごとく宙に言葉など浮かんでいるはずもないわけで、何も言葉が流れない気まずい空気が辺りに漂う。
次の言葉をなんとか探していると、ラウムが口を開いた。
「朝ごはん…………できて……ます。食べ…………ますか……?」
その発せられた言葉だけでなく、ラウム自身も空気に溶けて消えてしまいそうな儚い声が俺の耳に届く。
「あ、ああ。もらおうかな」
ここで俺がいつもみたいに動揺しちゃいけない。理由はわからないがラウムは酷く怯えているようだから極めて優しく接せねば。むしろここで俺に対するポイントを上げてくれればラウムさんの中で俺の評価が爆上がりしてあわよくばお部屋なんかにお呼ば