隔絶された世界の中で
龍戦士族としては最後の攻撃ともあって、作戦は熾烈を極めた。
対する悪魔族もこれを予想していたのか立ち回りが独特で抜け目がない。
……たぶん、龍太郎が指揮しているのだろう。
彼の指揮で古代竜討伐に成功した経験を持つ百鬼旋風メンバーは、心の中でそう確信していた。
「三番隊、四番隊。プランBに移行した。準備を進めろ」
褐色赤髪の女性は、形作らない部下に指令を出す。
戦況は目まぐるしく変化する。
それはときに、人々の繁栄のようでもあった。
変化、そして進化は、もはや誰にも止められない。
あの方しか、止めることはできない。
「一番隊、二番隊は立ち位置を変えろ。敵に狙いがバレる」
女性は目眩がするほどに移り変わる戦況を的確に読みながら、淡々と部下に指示を出し続ける。
全ては理想の世界を創りあげるために。
自らの命を賭して"世界の基盤"を作り上げた聡明なあの方の期待に応えるために。
『富影の子』リーダーであるマリオルというプレイヤーは、自分の感情すらも押し殺し、淡々と計画を進めるのだ。
『報告。捉えていた指揮官の影が消失。恐らくおおきな作戦に出るつもりだ。マリオル、細心の注意を払え』
耳元に聞こえてきたのは、言葉とは裏腹に非常に落ち着いた少し低めの青年の声だった。
マリオルは声の主である相棒に、了解の意を告げる。
悪魔族は、魔龍魂のちからに頼らず、鋭いカンと状況把握能力でこちらの作戦に食いついてきている。
そして、あろうことか返り討ちにしようとまでしてきている。
やはり、"彼"を野放しにしておくべきではなかった。
マリオルが、あの方の言っていたことを唯一、無視するに至った存在。
あんな高校生程度の青年が、十年以上前から積み上げてきたあの方の計画を揺るがす存在であるなど、マリオルにはどうしても信じることができなかった。
でも、今ならわかる。
青年――釘丘龍太郎は、計画遂行の上で一番大きな敵だ。
「……フフ、待っていたよ」
誰もいなかったはずの背後に、気配が感じられた。
振り向かず、マリオルはその存在を認識する。
「まさか、こんなところで指揮を取っているなんて。正直以外でしたよ」
声の主……釘丘龍太郎は、皮肉げに言ってみせた。
スキル《イマジナリィ・ルーム》によって作られた、マリオルだけの世界。マリオルだけが認識できる空間。
そんな空間に、どうして他の者が入ってこれようか。
釘丘龍太郎が入ってこられたのは、どうしてか。
「私も驚いた。よもや、私た《・》ち以外に、ユニーククラスを与えられたプレイヤーがいたとは」
「ユニーククラス……なるほど、あなたたちはそう呼んでいるんですね」
振り向き、青年の存在を改めて視認する。
黒いこの空間の中でも余裕で認識できる彼の羽織った漆黒のコートは、右端の裾が若干ちぎられた跡があるのが分かる。
「【ヘッドクォーター】……随分と優秀な転移系スキルを覚えるようだな」
「マリオルさんが持ってるユニーククラスも、優秀なスキルを覚えるんでしょう」
「ご想像におまかせするとしよう」
微笑みながら、マリオルは何処からともなく槍を出現させ、その深紅に染まった柄を握る。
武器も、防具も、何もかもすべてが、真紅に染まった。
やるからには、手を抜くつもりはない。
「俺はまだ戦う意志を見せてないのに、随分と血の気が多いですね」
「何を言っている。この空間に足を踏み入れた時点で、目的は私を倒すこと……違うか?」
「バレましたか」
目の前の青年は、武器や防具が純潔に彩られたマリオルの姿を見て、しかし臆するようなことはまったくなかった。
それどころか、挑発的な笑みを見せる。
子供と大人の狭間にあるような年頃の青年が浮かべた笑みは、どうしようもなく無垢で、眩しいほどに獰猛だった。