黒の欠片
城内に、アナウンスが響いた。
『各員に通達する。これより、悪魔族に対する最後の攻撃を仕掛ける』
自室でそのアナウンスを聞いていた智代理は、覚悟を決めたように椅子から立ち上がる。
この声の主は、マリオルだ。おそらく、後衛系のクラスが持つスキルを使って、城内に声を発信しているのだろう。
時が来たのだ。
智代理はあらかじめ、エスオからある情報を聞き出していた。
それは、マリオルが次に行う作戦で悪魔族を完全にねじ伏せようとしていること。
以前智代理たちも加わった二回目の作戦では、悪魔族が根城にする街を偵察するために行ったものだ。
つまりは、今まさに行われようとしている作戦の前座というわけだ。
扉を開け、部屋の外に出ると、廊下には既にアスカたちの姿があった。
「いよいよだ」と、みな神妙な面持ちでいる。
かくいう智代理だって怖い。何せ、これはマリオルに対する反逆とも取れるのだから。
千人弱という数のプレイヤーを従えた彼女に、これから立ち向かっていくのだ。怖いはずはなかった。
でも、不思議と不安はない。
何故なら、それはたぶん、百鬼旋風のみんながいるからだと、智代理は確信していた。
これから先、どんな未来が待っていても、自分たちは力を合わせれば生き残ることができる。
そんな漠然とした、しかしそれでいて強く揺るがない希望が、胸の内で輝きを放つ。
「――みんな、行こう」
そして智代理は今、世界の革新者に挑む一歩を踏み出した。
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「姉御、ちょっと失礼しますぜ」
城の一際大きいマリオル専用の部屋に、足を踏み入れる大柄な男がひとりいた。
男の名はガイズ。エスオまでとは行かないものの、実質マリオルが所有しているといっても過言ではない龍戦士族軍の先攻隊リーダーだ。
彼の戦闘スキルは非常に高い。デビルズ・コンフリクトのときではそこまでの実力を持っていなかった印象だが、レーリレイスに来てからその実力をぐんぐんと伸ばしてきた。
「作戦前に、どうした」
これから行われる作戦は、悪魔族を完膚なきまでに叩きのめすための作戦。
故に、戦力の投入は惜しまない。
むろん、ガイズの隊も先陣を切るために準備中のはずだった。
「それが……ちょいと気になる"モノ"を見つけちまいまして」
そういって、ガイズは懐から一枚の布切れを取り出した。
「それが、気になる"モノ"なのか?」
見たところはただの黒い布切れでしかない。よくよく見ると、どこかで見たことがある気がしないでもないが、おそらくそれは気のせいの域だろうとマリオルは自分の中で納得させた。
「じつはこの布切れ、空から落ちてきたんですよ」
「空から?」
これを見つけたのは、ガイズの率いる先攻隊のある龍戦士族だそうだ。
城の近くを歩いていた際、突如頭の上に影が差して、これが降ってきたという。
「頭上に影……」
マリオルは腕を組み考える。
頭上に影が差して、それから降ってきたというのならば、おそらくはその影の主がこの黒い布切れを落としたと考えるのが至極まっとうだろう。
布切れの大きさは手のひらより少し余るくらい。しかし、これがその影から落とされたと仮定すると、色々不審点が出てくる。
まず、こんな小さな布切れなら、上空から落とした場合風に乗って着地点など大幅にずれるはずだ。
しかしガイズによれば、影は"頭上"に出来ていたという。ということは、この布切れは真上から落とされたことになる。
真上から落としたにも関わらず、風の抵抗を受けないような軌道を描いた。話をそのまま受け取るなら、そう解釈せざるを得ない。
不審点はまだある。それは、この世界における『飛行できる存在』の有無だ。
いや、正確に言えば、人や物を乗せて移動できる飛行生物の存在となるだろうか。
このレーリレイスには、飛行機や気球などの乗り物はもちろん、俗にファンタジーものに出てくるグリフォンなどの巨大飛行生物はほとんどいない。
いるとして、以前ある商業都市付近に現れた伝説の古代竜くらいだが……。
マリオルは、首を横に振った。
(流石に考えすぎだな)
仮に古代竜がその影の主だとしても、途中で誰かが気付くはずだ。
それなのに、今回この事態を知っているのが、拾った張本人の龍戦士族とガイズだけ。
この目撃者の少なさが、古代竜を犯人ではないと言っているようなものだった。
そもそも、布切れはただの布切れだ。なにか細工が施されているような形跡もない。
考えるならもう少し別の可能性のほうがいい、とマリオルは結論付け、ガイズに念のため厳重に保管するようにとだけ伝えた。