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後悔

「あ、シュンくん」

「智代理……!」


 自室に戻ると、扉の前でそわそわとしている男の子の姿が目に入った。

 彼は智代理を見つけると同時に、目を大きく見開き、彼女の名を渇望するように呼んだ。


「マリオルと……話してきたのか?」

「うん。話してきたよ」

「そう、か」


 シュンは智代理のあまりにも普通の態度に、少しだけ気圧されたようだった。


「えっと、みんなはもういるの?」

「……ああ、全員呼んでおいた」

「ありがとう」


 智代理はシュンに礼を言ってから、自室の扉を開ける。

 中にはそれぞれ思い思いにくつろぐ百鬼旋風メンバーの姿があった。

 全員の視線が入ってきた智代理に集まる。


「やぁ、智代理くん。決意は固まったのかい?」

「はい、セーヴさん」


 智代理は淀みのない瞳でまっすぐセーヴを見据えた。

 少女の意志にもはや迷いなどない。

 マリオルの思惑をなんとしてでも止め、そして、龍太郎ともう一度再会するのだ。


「……ねぇ、智代理。その、シュンくんが言っていたことって、本当なの?」


 恐る恐る、といったようにしてカエデが控えめに聞いてきた。

 カエデにとってのシュンという存在は、特別な立ち位置にいる。そんな彼の言うことだから、おそらく彼女は、現実味がなくともとりあえず頷いていたのだろう。


「本当だったよ。正直、私も信じたくはなかった。あのマリオルさんがって。でも、あの人の目を見たとき、思ったんだ。ああ、この人は本気なんだって。……自分が歩んでいく道を、絶対的に正しいと信じて、揺るがない。そう思ったの」

「……」


 カエデは黙るばかりだった。智代理の弁が想像以上に熱のこもったものだったからか、はたまたことさら何でもないように、あっけらかんとして言ってみせたからなのか。

 智代理は、今の自分がどんな顔をしているだろう、とふと考える。百鬼旋風の5人はみな一様に智代理のことを見つめ、その口から出る言葉を待っている。

 そうして、思い出す。


(そう言えば私、このギルドのリーダー……なんだよね)


 長らくリーダーとして行動してきていなかったため、頭から離れかけていた大切なことを思い出す。

 百鬼旋風は、自分に強くなれる機会を与えてくれたギルドだ。

 親友のアスカや、同じクラスメイトのカエデとシュン、そして、百鬼旋風結成時からの付き合いになる、ユカリとセーヴ。

 今ではみんな、同じくらい大切で、こころ強い仲間だ。

 弱い自分を奮い立たせてくれた、強い仲間だ。


「私は、負けない」


 誰に言った言葉であろうか。いや、特定の誰かに向けての言葉ではないのかもしれない。強いて言うなら、それは智代理自身へと向けられた言葉になるような気もする。

 負けない。マリオルにも、自分にも、この世界にも。あらゆるものに抗うことで、ひとは強くなる。智代理はそれを、この世界に来てから知った。

 逃げてばかりじゃいけない。誰かのちからに頼りきりじゃいけない。今までは差し伸べられていた手を、今度は自分が差し伸べる番だ。


「智代理さん」


 ユカリがいう。

 彼女は年齢的に言えば一番年下なのに、どこか達観としたふしを感じさせる小さな少女だ。

 アスカの親戚で、小さい頃はよく一緒に遊んでいたという。

 少女はその紫の髪をさらりと揺らすと、微笑んだ。


「私たちで、やっつけちゃいましょう。その人にどんな事情があっても、たったひとりの意志で、沢山の人の運命を自由に扱っていいわけがありませんから」


 妙に大人びたことを言う、と智代理は少し驚いた。

 少し、ほんの少しだけ、彼女のもっと奥を知りたいと、そう思ってしまった。


「――ま、あたしは敵がなんでも構わないわ。それが智代理の選んだ道なら。……ただ、あの釘丘とかいう男だけは、気に食わないけど」


 ひとり窓際にいたアスカが、外の風景を眺めながら素っ気なしにそう言ってみせた。

 彼女は不器用だ。

 すべてが見えているんじゃないかと思えるほど視野が広くて博識なのに、感情や想いをストレートに伝えるのが苦手。

 今にして思えば、どうしてアスカは自分なんかを気にかけてくれているのだろう。智代理は心の中だけで小首をかしげた。

 高校1年生のときに同じクラスになって、偶然席が近くて。席が近いから自然と話すようになって。

 ……あれ? と智代理は思う。

 そもそも、どうして自然に話せるようになったのだろうか。

 なにか共通の趣味があったから?

 互いに気になることがあったから?

 それぞれの友達経由?


「智代理」


 赤い髪の少女の声が、智代理の思考を遮断した。

 脳を痺れさせるようなその声音に、顔を上げる。


「後悔、しない?」


 アスカから問われたその問いは。

 まるで弱い智代理に対して投げかけられる最後の問いのような気がして。

 これに答えてしまったら、アスカの望む答えを返してしまったら……そんなことはないだろうけれど、アスカがどこか遠くへといってしまうような気がして。

 それほどに、彼女の表情は儚かった。儚さ過ぎた。


「……うん」


 それでも智代理は、後悔しないと、心に誓う。

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