表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/90

自室にて

 部屋を出た後、俺の足取りは明らかに重くなっていた。

 アドラメレクから告げられた真実の数々、この世界における悪魔族の絶望的な状況。

 これを、俺はひとりで解決しなければいけない。

 できるのか? 俺に、そんな何百人もの命を救うなど。

 ……いや、できるかじゃない、できなければいけないんだ。できなければ、俺はここで死ぬ。龍戦士族になぶり殺しにされ、この地で死ぬ。

 もし死んでもゲームのように復活できるのであればさほど問題ではないのかもしれない。だが、今はそうではない。

 死んだままか、生き返るか。その確率はフィフティフィフティで、限りなくフィフティフィフティではない。

 確かめることなど、できやしない。

 だからこそ、ミスなくやらなければならない。今いる兵力を大事に使い、なるだけ多くの兵力を残して勝利を勝ち取らなければならない。




 決意を固めた俺が普通に歩き出そうとすると、目の前に見たことのある可愛らしい少女が立っていた。

「ラ、ラウムさん……ど、どど、どうしたの?」

「いや……その……」

 ラウムはやたらもじもじしている。臀部から生える尻尾もしゅんとしている。俺ももじもじしている。心に生える尻尾もしゅんとしている。俺がやるとすげぇ気持ち悪いな。

 そもそも見た目同年代の女子と話すなど、それこそ神崎さん以来だ。あの時も相当キョドってたけど。因みにライムと分け(へだ)てなく話せるのは、向こうの脳内年齢が小学生レベルだから。

「……俺に何か用事?」

 俺は目の前で未だにもじもじしているとても可愛いらしい女の子に優しく語りかける。

「え、えっと……お父さんのところに行ったきり、部屋に戻っていないみたいでしたから……」

 可愛らしいピンクの服を着た目の前の女の子は、キュッと服の裾を掴んで一言一句を押し出すように紡ぐ。それがたまらなく愛おしい。こりゃあれだな、神崎さんとは違うベクトルの可愛さだな。

 それより、俺の心配をしてここまで来てくれたのか。こんな可愛い子にここまでされるなんて、それだけで皇がくれたこのゲームに来た価値がある。だってこれ、普通にログインに成功して龍戦士側に行ってたら体験できないわけでしょ? そういう意味じゃマジアドバンテージ。超有利。

 ……はっ、まさか皇が言っていた有利ってこのことか!? くそう、俺はてっきりこのゲームをクリアする時に有利になるって意味かと思ってたぜ。

「……?」

 俺がいつもの妄想タイムに浸っていると、ラウムは首をかしげてキョトンとしていた。いかんいかん、ついいつもの悪い(くせ)が出てしまった。

「あー、ちょっと考え事しててな。足取りが遅くなってた」

「そうだったんですね、よかった……」

 ほっと胸を撫で下ろすラウム。一瞬垂れた頭を撫でたい衝動に駆られたが、それをぐっとこらえる。ここで怯えられては、俺の当面の目標であるラウムさんとの壁を取り除くということが達成できない。俺がしっかりしなければ。

「……もう考え事は終わったから、一緒に戻ろうか」

 俺が歩き出すと、ちょこちょこっと横に並ぶラウム。見やると返される天使のような笑み。それに俺の心臓は激しく揺さぶられる。今のでHPバー五割は持ってかれた気がした。

 歩いているうち、ラウムから話しかけてきた。

「龍太郎さん、なにかお嫌いな食べ物とかってありますか?」

「んー……、特にないな」

 自慢じゃないが俺はよっぽど食えないものじゃない限り好き嫌いはしない。紳士はいかにして断るかに頭をひねらず、いかにして相手の要望に応えるかに頭をひねるのだ。

「よかったぁ~。今日は私が腕を振るってお夕飯を作ったので……!」

 またしてももじもじしながら、上目遣いで俺を見てくる。くっ! さすがに威力が高いか! ここは一時戦略的撤退を敢行するっ!

 俺は目をそらしながら答えた。

「そ、そうだったのか。楽しみだな……」

 いやまてなにやってんだ俺は! 今ラウムさんの顔を見ればそこには天使のような笑顔が待っているというのに! こういう時俺の度胸のなさが悔やまれる……!

 いや、ここで見なければ男ではない……勇気を振り絞って、彼女を見るんだ……!

 ゆっくりと、静かな動作で彼女の天使の笑顔をこの目に収めようと振り向く……途中で前方から歩いてくる人物を発見した。

 その人物は音にすればずかずかといった乱暴な足取りでこちらに向かってきている。咄嗟に危機感を感じた俺は思わず高速で顔を振り抜いた。

 するとその先にはちょうどこちらを見ていたラウムと目が合い、ラウムは顔を少し赤らめた。可愛すぎだな?

「りゅ・う・た・ろ・う・さ・ん・?」

 嫌に一文字一文字を区切って発せられた言葉は、繋げて言えば俺の名となった。

「げ……」

 俺が仕方なく、仕方なくラウムから目を離し正面を向くと、ついさきほど俺をアドラメレクのいるところまで案内したライムが仁王立ちしていた。

 笑顔が冷たい。

「げ、とは何よ、げ、とは! あんたねぇ、なんか戻ってくるの遅いと思ったらラウムのことナンパしてたなんて……!」

 ライムは鬼の形相で俺に怒号を浴びせると、ずずいっと一歩歩み出て俺の横にいたラウムの腕を掴んで自分の下へと引き寄せた。

「ラウムは絶対に取らせないんだから! 私の可愛い妹なのよ!」

 キーッと俺を睨みつけて、(かば)うようにラウムを抱き込む。

 こいつ……シスコンか?

「フッフッフ……そうでなくてはそこの姫様を奪い取る甲斐がない! さぁ、俺から見事守りきってみせるがいい!」

 しまった、俺の中の悪役龍太郎が唐突に発動した。

「え…………」

 言った途端、ライムの顔から血の気が引いていた。それはもう真っ青。気分でも悪いのかってくらい。

 よく見ると、抱き込まれながらもこちらを見ていたラウムも苦笑いで若干目をそらしていた。

 ……うん、なんとなくわかってたよこの空気。冷や汗やべぇ。




 ラウムが用意してくれていた夕飯に舌鼓(したつづみ)を打ったのち、特にやることがなかったため自室に戻ることにした。

 いやーしかし、ラウムさんの作ってっくれた夕食は本当に美味しかったなぁ……なんかシチューっぽいやつだったんだけど、俺が普段食べるシチューとはひと味もふた味も違って一緒に付いてたパンもすげー美味しかった。食後のなんかよくわからない紅茶もなんかよくわからないけど美味しかったし。

 あれを今まで食べてたこの城の人たちは本当に幸せ者だな。ラウムさんも言い寄られること多々ありそう。俺が守ってやらねば。まぁそのためにはあの鬼おん……姉のライムを超えなければならないが。壁は厚い。

 気づいたら既に部屋の前にいた。なんかここ最近考え事してると周りが見えなくなるな。

 部屋の扉を開けると、中に人の姿があった。

「あ」

「坊っちゃん! ようやくお戻りになられましたか!」

 そう声を上げてよぼよぼの体に鞭を打ち、弱々しい足取りで俺のところに向かって来たのは、時間にして約五,六時間前にこの部屋に待機するように命じたベリアルドだった。

 おいおいこのじいさん、ほんとに俺が戻ってくるまでここにいたのかよ。それまで何もすることなかったの? 暇すぎるでしょ。年老いてるから勝手に位が高いものだと思ってたがそうでもないのか?

「あ、ああ、遅くなって悪かった」

 俺がどもりながらも謝罪の意を表明すると、何も疑うことなく、五,六時間前と同様にしょぼくれた目を爛々と輝かせて首を振った。

「このベリアルド、坊っちゃんに何かあったのではと気が気でありませんでしたぞ……!」

 やめろその無駄に綺麗な目。暗いところでパソコンを弄り続けた俺の目と比較すると天と地ほどの差があるからやめろ。

「それで坊っちゃん、収穫はあったのですか?」

「まぁ、色々な。あとその坊っちゃんって言うのやめてくれ。言われ慣れてないから気になる」

 俺がそう言うと、ベリアルドはしゅんとした顔で下を向いた。

「で、ではなんとお呼びすれば?」

「普通に龍太郎でいい」

「では、龍太郎坊っちゃん! とお呼びすれば?」

 いや、坊っちゃん無くなってないじゃん。マイナスじゃなくてプラスされただけじゃん。恥ずかしいことに変わりないぞ。

 ただ、これ以上この老人と付き合うのも嫌だったので、俺はなくなくそれを承諾した。

「分かった、それでいい」

 こいつ以外が俺のことを坊っちゃん呼ばわりしなけりゃいいんだがな……。

「それはそうとベリアルド、もう自分の部屋に戻っていいぞ。今日は一日この部屋で待機して疲れただろ」

 このご老人は、俺の推測が正しければ今日という一日をこの部屋で過ごしたこととなる。食事とかどうしたんだろう。

「ではこのベリアルド、今日はここで身を引かせてもらいますぞ」

 言うなり踵を返したベリアルドは、いささか足取りが軽くなっている気がした。

 そういやあいつの部屋ってどこにあるんだろう。




 ベリアルドが部屋を出ていった後、俺はひとり部屋のベッドに腰をかけた。このベッドは俺が目覚めた場所でもある。

 俺は手首にスナップを効かせてメニューパネルを呼び出した。ちょっと確認したいことがある。

 操作して自分のステータス画面へ。そこから自分のクラスへと飛ぶ。

 クラス欄には相変わらず二つのクラスが存在している。そしてその片方、【ヘッドクォーター】の方をタッチする。すると今度はそのクラスが覚えるスキル一覧へと移行する。

 スキル一覧にはやはり《キープ・ザ・アームドフォース》と《エリア・ヒール》の文字。そして、《キープ・ザ・アームドフォース》をタッチ。

 すると、スキルの詳細が現れた。

 俺が今気になっているのは、この《キープ・ザ・アームドフォース》というスキルだ。もう片方のスキル《エリア・ヒール》はひと目で回復スキルだということがわかるのだが、《キープ・ザ・アームドフォース》は見当がつかない。

「さて……」

 果たして、《キープ・ザ・アームドフォース》とはどんなスキルなのか。


『キープ・ザ・アームドフォース:常時発動型スキル。隊の陣形を常に把握、変更でき、指定の人物と通信ができるスキル。それぞれのNPCに指示も出せる。』


 これは……見たことのないスキルだな。常時発動型? それに隊の陣形を変更できるスキル……。

 ここまで考えて、俺の頭の中に先のアドラメレク言葉がこだまする。

 ――釘丘君、釘丘龍太郎君。君には明日から、この城の全兵指揮を任せたい。私を……私たちを、この理不尽な状況から救ってくれ――

「こいつは何の冗談だよ……」

 もはや《キープ・ザ・アームドフォース》というこのスキルが、俺がこの世界にログインしてこうなることを予測していたかのようである。

 俺がこのゲームをインストール、ログインし、悪魔側に救世主として降り立ち、城の全兵指揮を任されることが既に確定していたかのように。

「は、ははは……」

 乾いた笑いがこみ上げる。これも全て、開発人の思い通りだってのか? あの男、皇の思い通りだって?

 そんな時、開いた窓から少女の声が流れ込んできた。

「この世界は、マスターが作った偽りの箱庭です」

「……え?」

 声の方に顔を向ければ、開いた窓のすぐ近くに見慣れない銀髪の少女が佇んでいた。

 少女は透き通るような白い肌に、白のワンピースドレスを着ている。

 少女の美しい水色の双眸は、ともすればあらゆるものを吸い込んでしまいそうな危険な魅力を(かも)し出していて、いつまでも見つめていると本当に吸い込まれてしまいそうだ。

「君、は……?」

 俺は少女に尋ねる。だが、少女は俺の言葉を理解していないようだった。こちらの問いを無視して言葉を紡ぐ。

「キープレイヤー釘丘龍太郎、あなたを試します」

 月明かりが少女の白く美しい肌を強調させ、その肌と同じく透き通るような双眸に俺が映る。俺を見据える彼女の姿は、さながら女神のようですらあり、近づいてはならないと思わせる禁忌的美しさを体現していた。

「マスターを、この偽りの箱庭から解き放ってください」

 少女は静かに言葉を紡いだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ