潰えた希望
戦闘が主な生業の龍戦士族が拠点とする城、クリャウ。
そこには、デビルズ・コンフリクトと呼ばれていたVRMMORPGから"転移"してきたと思われるプレイヤーたちもいた。
プレイヤーは龍戦士族を初めとする、この世界レーリレイスにおける様々な種類のどの生物よりも、遥かに優れたちからを持っていた。
同じくこの世界に根付く種族、悪魔族と互いに領地を奪い合う戦争中だった龍戦士族は、いちはやくプレイヤーを取り込むことに成功した。……いや、プレイヤー側から来た、といったほうが正しいだろうか。
マリオル。銀の氷槍と呼ばれる巨大ギルドのリーダーは、レーリレイスに転移してきたプレイヤーたちをまとめ、主導し、龍戦士族側へと導いた。
彼女は何を想い、考え、動くのだろうか。
総勢約千人弱のプレイヤーを束ねる彼女の、意思の奥には、何があるのだろうか。
「……そこにいるのは、智代理くんだろう?」
「――――っ!」
廊下に、低くハスキーな声が響いた。その少し後方に、まるで隠れるようにして出張った柱にぴたりと体を寄せ付けていた少女の肩が、ぶるりと震える。
マリオルは、他に人気のない廊下に声を落としたあと、そのまま振り向かない。だから智代理も、そこから動かないし、声も発さない。
「そんな柱の後ろなんかに隠れていないで、出てきたまえ。……何か、やましいことでも考えているのか?」
「そっ……!」
今度は、声を抑えきれなかった。こちらを向いているわけでもないのに、智代理の存在どころか場所まで見抜いている。
智代理はおとなしく、柱の影から出てきた。
「どうして私をつけてきたんだ?」
「それは……」
違う、と智代理は思う。
目の前に堂々たる態度で立ち、智代理の返答をあたかも待っているように見えるこの女性は、智代理の心の中の本意など既にお見通しなのだ。
見通した上で、さらに聞いてきている。
智代理の知るマリオルというプレイヤーは、こんな人物じゃない。
「マリオルさんの、本当の気持ちを、聞きに来たんです」
「本当の気持ち? それは、私の"本当の目的"のことを指しているのかな?」
マリオルは、なんら悪びれた様子もなく、そう言ってみせた。
やはり、この女性は分かっている。知っている。
そしてそれは同時に、智代理が想定していた中で、一番最悪な答えだった。
「……マリオルさんは、以前、自分のしてきたことは正しいって言っていましたよね」
「言ったな」
「つまりそれは、プレイヤーを助けようとしないことが、正しいっていうことですか」
辺りに闇が落ちる気配。これ以上踏み込むのは、マリオルの心の奥の奥に触れることになってしまいそうで。
それでも、智代理は聞いた。
智代理が仮に今、この世界に残りたいか残りたくないかと問われれば、正直なところ半分半分だ。
元の世界には未練があるし、両親やその他友人知り合いたちと会いたくないか、と言われれば会いたいに決まっている。
でも、この世界を愛し始めている自分も居る。それは、まだこちらに来る前、龍太郎に問われた際に初めて気づいた感情だ。
……かと言って、プレイヤーの全てが智代理と同じ気持ちを持ち合わせているわけじゃない。現に、百鬼旋風のメンバーの中でも、智代理以外は元の世界に帰りたがっているだろう。
それは、龍戦士族側にいる、マリオル傘下のプレイヤーたちだって同じだ。
たぶん、プレイヤーはみな、マリオルが元の世界に戻ろうと動いていると信じている。それほど彼女の信頼とカリスマは強いのだ。
だから智代理は、なおさら……
「最初から言っている。私が今まで行ってきたことは全て、正しいと思ってやってきたと」
その答えが、全てだった。
その答えが、マリオルの意思だった。
その答えが、智代理の最後の希望を潰えさせた。
「…………」
智代理は何も声を発さない。
それは、絶望に打ちひしがれたからだろうか。
または、目の前の頑なな意思に圧倒されたからであるのか。
それとも、最後まで希望を信じて疑わなかったことをあっさりと否定されたからなのか。
いいや、そのどれもが正解で、そのどれもが違う。
「止められるものなら、止めて見せろ。――世界は、何年も前からこの道を進むと決めていた」
そう言って身を翻す彼女の背を見て、智代理は思う。
マリオルは間違ってる。プレイヤーたちに無理を強いて、自我まで無視して、強行することそのものが。
進んだ先にどんな未来が待っていようと、それは決して正解じゃない。