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智代理の決意

「総員、配置に付いたか?」


 耳元で、低くハスキーな女性の声が響いた。顔は見えていないはずなのに、まるで声の主が目の前にいるようで、智代理は思わず首を縦に振ってしまった。

 この時点で何か問題が起これば、全員に声が聞こえているこの状態で知らせることになっている。


「……どうやら、大丈夫なようだな」


 ザザ、と微量のノイズが入って、ハスキーな声の主マリオルが喋った。

 現在、龍戦士族とプレイヤーたちの混合軍総勢百二名は、悪魔族の街エリュガレスにほど近い名も無き小さな森にまで進軍してきている。

 前方にはエリュガレスの入口である正門が見え、門の両端では番をしていると思われる二名の悪魔族が周囲を警戒していた。……確か、イルスとマゴットという名前だっただろうか、智代理は木の陰に一人身を潜めながらそんなことを考えてしまった。


「ではこれより、第二次作戦を敢行する」


 マリオルの声が再び耳元で響く。少し、冷たさを持った声だった。

 同時に、智代理が今いる正門側とは真逆の方角から爆発音が轟く。

 マリオルの指令を受けた別働隊が陽動のために鳴らしたものだ。

 今回の作戦の目的は、悪魔族側に戦争の決着を急がせること。

 そのためにはこちらがどれだけ攻める気でいるのかを"錯覚させる"必要があり、今回は主力をかなり投入した軍隊構成となっているらしい。

 ただ"錯覚させる"ことが目的であるため、こうして都市自体をいきなり攻めるわけではあるが、ここで勝つ必要は無い。少しでも不利になりそうだったら、マリオルが撤退命令を下す手筈となっている。


「アスカちゃん……」


 智代理は音の方を見る。既にエリュガレスは喧騒に包まれており、陽動は成功したと言えるだろう。

 アスカは今回、その陽動役のメンバーにさせられていた。陽動のメンバーは数こそ多いが、その分相手も多く戦力を投入してくるため、危険な役回りである。

 アスカが強いとは分かっていても、どうしても心配になってしまう。


「――どうした、浮かない顔をしているな」

「ふぇっ!?」


 思いを馳せていた智代理の背に声が掛けられた。突然のこと過ぎて変な声を小さく上げてしまう。

 振り向くと、そこには今回智代理と同じ役目を負う男性の姿があった。


「エ、エスオさん……」


 筋肉質で大柄な身体に、それを包み込んでしまう立派な鎧。その背には真っ黒な戦斧が堂々と背負われており、彼がひとたびそれを振り回せば、倒せぬものはないと確信してしまうほどだ。

 智代理に声を掛けたその男性――エスオは、実質プレイヤー側のトップに立つマリオルの右腕的存在だ。この作戦が始まる直前、腕慣らしのために周囲のモンスター相手に戦っていた彼を見かけたが、その姿はまさに"鬼神"と呼ぶに相応しかった。

 ひと凪で集めた数十体にも及ぶ多種多様なモンスターたちのHPをごっそりと削り取り、地面を叩き割ればその衝撃波で跡形もなく消し去る。その姿は圧巻で、その近くにいた何人ものプレイヤーと龍戦士族がエスオの方を見ていた。


「自分に自信がないのか?」


 エスオに問われ、智代理は言葉に詰まってしまった。改めて考えてみても、智代理が今回この役目に回されたこと自体、かなりおかしかった。

 智代理の今回の役目は、陽動によって手薄になったエリュガレス及びガリデルに攻め込むこと。その約に抜擢されたのは智代理とそしてエスオを除いてたった三十名ほど。

 確かに本攻めは少人数の方が動きやすかったり裏をかけたり色々と便利なのはわかるが、それに対した実力も持っていない智代理が抜擢されるのがどうしても納得いかなかった。

 それなら、まだアスカを指名したほうがいい。当然マリオルに進言もした。だが、それは断られた。陽動にも優秀な人材は必要だ。そう付け加えて。

 しかし、アスカどころか智代理以外の百鬼旋風メンバーは全員陽動に回されてしまった。


「あ……えっと、その……」

「緊張するなら、深呼吸をしたほうがいい」

「は、はい……」


 すぅはぁ、と軽く深呼吸する。固く縮こまっていた肺に新鮮な空気が送り込まれ、身体全体に血液が循環する。緊張からか冷え切っていた手足の先にぬくもりが戻り、思考もクリアになっていく。


「落ち着いたか?」

「あ、ありがとうございます」


 智代理はエスオに向かって頭を下げた。

 自分ではアスカのことばかり考えていたと思っていたのに、どうやら本当は自分のことで精一杯だったようだ。

 もしかすると、無意識的に目の前のことから逃げようとして、アスカのことを考えていたのかもしれない。


「俺たちは今回かなり重要な役割だからな、緊張するのも無理はない。……こう見えて、俺だって緊張はしている」

「エ、エスオさんも?」


 エスオは、腕を組み首を縦に振った。


「ああ。周りの奴らは何かと俺をアテにしているみたいだが、俺はそこまで出来た人間じゃない。……それこそ、マリオルと比べると、余計な」


 エスオの表情は変わらない。元から少し強面な感じもあるためあまり機嫌が良さそうには感じないのだが、彼の言葉にはどこかマリオルに対する尊敬の色が見えた。

 言葉尻は聞こえ方によってはマリオルを妬むような意味合いに取られても仕方ないが、エスオが放つ雰囲気にはそれが一切感じられない。ただ純粋に、マリオルのことを高く評価しているんだな、智代理はそう思った。


「……そろそろ俺たちが動く時間だ。緊張は解けたか?」

「おかげさまで、もう大丈夫です」

「そうか、それなら良かった」


 智代理は再び頭を下げる。エスオは身を翻すと、その足を止めた。


「……別に、自分に自信を持てとは言わない。だが、マリオルが君をこの役に選んだのにはなにか理由があるはずだ。それを自分なりに探し出せれば、俺はいいと思う」

「あ、ありがとうございます」


 エスオはそれきり言葉を発することなく、智代理から少し離れた場所で待機を始めた。

 エリュガレスの喧騒はまだ鳴り止まない。陽動から今まで五分と少しくらいの時間が経っただろうか。

 それだけあれば悪魔族の戦力は大きく傾いているだろう。エスオの言う通り、智代理たち本攻めの出番だ。

 もう一度、深呼吸する。吐いた息が、世界に溶け込む。


 何があっても、龍太郎ともう一度会う。


 智代理は、決意を固めた。

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