目覚めたそこは
ここからしばらく智代理たち視点となります。お気をつけください。
「あ…………」
ゆっくりと、瞼を持ち上げる。ふかふかの豪奢なベッドから身体を起こすと、見慣れない部屋の模様が目に入って、声が漏れた。
真っ白くて綺麗な壁に、なにやらよく分からない角が生えた動物の顔の剥製が飾られている。端には暖炉もあって、部屋の中は気持ちよく暖かい。
「智代理、起きた?」
声に、振り向く。燃え盛る太陽のように、そして体内を巡る純血のように美しく輝くその赤いロングヘアーは、声の主がアスカであることをこれでもかと言わんばかりに主張していた。
いつも着ているクラス専用装備の綺麗な着物は現在身に纏っておらず、"渡された"桃色の可愛らしい服を着ていた。
アスカは智代理に歩み寄ると、すっと右手を伸ばしてきた。
「うん、熱はないみたいね」
「アスカちゃん、ここって……」
「龍戦士族の街、レーガルフよ」
それを言うことに対してアスカは何も抵抗を持っていないようだった。アスカは智代理の額に当てた右手をそっと離す。
その時、部屋の扉がぎぃと開かれた。
「起きたか」
言うとともに部屋に入ってきたのは、黒い眼帯をした褐色肌の凛々しい女性。その顔にはわずかながら疲労の具合が見られ、集団のトップに立つ者の大変さが垣間見えた。
「マリオルさん……」
「どうした、智代理。そんなに悲しい顔をして」
マリオルにほほ笑みかけられる。こっちの世界で見る彼女の顔はとても久しぶりで嬉しいはずなのに、何故だかとても悲しくなる。
まるでかつての強く凛々しかったマリオルではなくなってしまったかのように、その瞳から覇気が感じられないようだった。
俯いて黙る智代理を見て、マリオルは口を開いた。
「君たち百鬼旋風は、我々龍戦士族の配属となった。……そもそも君たちは、本来こちらの軍のはずだ。何故、"敵側"にいた?」
敵側。その言葉が、酷くトゲのある言葉に聞こえた。自らの考えと合致しないあらゆるものを拒絶し、否定し、蔑む武器のように聞こえた。
今までの智代理たちの選択を全て否定するようなそんな言葉に、横のアスカがぴしっと言い放つ。
「わかっているくせに、どうしてそんな言い方をするのかしら」
「フフ、わかってなどいないさ」
鋭く睨むアスカの瞳をさらりと避けるように、マリオルはあごをしゃくった。
それから智代理たちに背を向けて、
「今から一時間後、今後の話をする。この建物の一階にある大部屋に来てくれ。分からなければ、手近な私のギルドメンバーに聞けば答えてやれるはずだ」
そう言って、扉を閉め、部屋から出ていってしまった。
数刻、部屋に沈黙が落ちる。
「ふぅ」
アスカの薄い溜め息が沈黙を解いた。それで智代理は、ずっと聞きたかったことをアスカに問う。
「ア、アスカちゃん。他のみんなは? それに、龍太郎くんもいないし……」
「釘丘以外はみんな、この建物のどこかしらにいるはずよ」
「それじゃあ、龍太郎くんは……?」
恐る恐る智代理が聞いた。アスカは首を横に振る。嫌にしっかりと、智代理の希望を否定するかのように。
アスカの反応を見た瞬間、智代理の顔に影が落ちた。まただ。また、龍太郎と離ればなれになってしまった。彼を追いかけてデビルズ・コンフリクトをプレイし、苦労の末見つけ、こっちの世界で一緒に旅もした。
なのに。また、離れていく。それが無性に悲しくて、悔しくて、そして怒りが沸いてきた。
ただ一緒にゲームがしたかっただけなのに、ただ一緒に世界を旅していたいだけなのに、世界は、どうしてこんなにも理不尽なのだろうか。
するとアスカが、智代理にこう言った。
「……正直なところ、私たちがここにいるのはあのマリオルとかいう女性のせいよ。智代理には悪いけど、私は、あのプレイヤーを好きになれそうにない」
それから「何かしらの秘密をもっている可能性がある」とアスカは付け足した。何かしらの秘密……それはなにか分からないけれど、酷く嫌な不明瞭さで、同時に深い闇から生まれるものでもあるという。
だから、それを探るためにも、今は龍戦士族側についていた方がいい、アスカはそうも語った。
ギルド銀の氷槍のギルドマスター、マリオル。
謎に包まれた彼女の正体を探る作戦が、始まる。




