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出会ってしまった二人

 太陽がまだ真上にも昇らない頃、暗がりの森の一角は戦火に包まれていた。

 正午だという話だったはずなのに、龍戦士族たちはそれよりも遥か前に進軍してきたのだ。

 突如包まれた戦の炎に揉まれながら、龍太郎は必死に隊列を戻すよう的確な指示を入れる。

 しかし龍戦士族たちはまるで隊の頭脳がどこにあるかを分かっているかのように、龍太郎の周りに詰めてきた。歪に変形した、デビルズ・コンフリクトでも見たような趣味の悪い武器たちを巧みに操って龍太郎の首根を狩らんとする。

 龍太郎はそれでも必死に抵抗した。他の龍戦士族に充てた戦力があるため自分の周りに置いた悪魔族は少なかったものの、クラス特有の大量の援護スキルで対等――いや、それ以上の戦果を挙げてみせた。


 しかし、自身の周りに攻めてきた龍戦士族を一度追い返した時、"彼ら"は龍太郎の目の前に現れたのだった。


 レザーマントや胴を守るかたびら、腰や背中にはそれぞれ得物を携えて、それを容赦なく構える。

 悪魔族のように肌の色がおかしくもなければ額に宝石もない。龍戦士族のようにウロコが身体から生えているわけでもない。

 そして、この世界の人間族のように、非戦闘的でもない。


 そう。デビルズ・コンフリクトの時にいた、"龍太郎にとって"は敵であるプレイヤー。それが、龍太郎の目の前に現れた。


 何かに洗脳されたように、無心で剣を振るプレイヤーたち。虚ろな瞳を彷徨わせ、まるでゾンビの如く向かってくる。

 龍太郎はそれがやけに気味悪く感じ、拒絶するように前に悪魔族を置いた。プレイヤーと悪魔族が剣を交える。龍太郎は指示を出し、プレイヤーの動きを先読みしつつ丁寧にさばいていく。

 高鳴った胸の鼓動を抑えるように、指示の声も自然と大きくなる。

 何故、自分はこんなにも不安なんだろう。

 龍太郎たち百鬼旋風がこっちの世界レーリレイスに転移してきた時点で、ある程度の予想は出来ていたはずだ。だから、プレイヤーと出会ってしまったことに対してここまで感情を揺さぶられているわけではない。

 なら、何故こんなにどうしようもなく、胸が苦しくて、締め付けられるのだろうか。





「な、なんだ……?」


 戦いも間延びし、とうとう一時間を過ぎようとしていた頃。

 対峙していた龍戦士族とプレイヤーたちが、突如その身を翻した。

 何が起こったのかと見ていると、龍太郎のスキルによって通信が可能になった別働隊から連絡が入る。


『おい、聞こえるか? ザザ――っち、雑音が入りやがる』

「ギリギリ聞こえてるぞ、ビレトか?」

『よかった、聞こえてるみたいだな。――ザザ――今突然龍戦士族のやつらが退いて行ったんだが、なにか心当たりはあるか?』

「いや、それが……」


 龍太郎はビレトに、こっちでも同じことが起きていると伝えた。

 それから、ハルファス、ゲンティ、エウリレイ、ダリオと立て続けに通信が入る。そしてそのどれもが、『龍戦士族たちが退いて行く』といった旨の通信だった。


「一体何が起こってるんだ」


 周囲にはもう既に龍戦士族とプレイヤーの姿はなかった。代わりに残るのは鼻を突く戦いの残滓と、龍太郎を守るために采配された手負いの悪魔族が数人だった。

 今回智代理やアスカたち他の百鬼旋風メンバーはそれぞれの特徴を最大限に活かせる隊に配属されている。じきに隊が戻ってくれば、メンバーも戻ってくる。その際にでも、今回プレイヤーがいた事について話し合おう。


「待たせたな」


 それから少しして、ビレトがガサガサと木々をかき分けながら戻ってきた。その後ろには彼の隊がぞろぞろと付いてきていて、それぞれ顔に疲労の色が見られる。

 次いで別方向から他の隊も続々と集まってくる。しかしその中に、"いるべきはずの姿"がない。

 本来いるはずの、いるべきはずの"人間たち"がいない。

 必死で首を動かして探す。

 だが、いない。百鬼旋風のメンバーが、誰一人として。


「――誰かを、探しているのかね?」


 ふと、声がした。低くハスキーな声で、非常に特徴的な声色だ。一度聞いたら忘れないくらいの。

 振り向くのが、怖かった。しばらく……いや、しばらくと言っていいのかも憚られるくらいには聞いていなかった声なのに、脳に鮮明に焼き付いていることが、怖かった。


「釘丘、龍太郎」


 名を呼ばれ、びくりと肩が震える。背後から迫るその声が異質なものだと、周囲に集まった悪魔族の反応を伺えば想像に難くない。

 だからこそ、さらに恐怖が増す。見えないけど見えている。今この瞬間、龍太郎の下に来るべきでない人間が、真後ろにいる。


「こちらを向け」


 ぐい、と肩を引かれる。拍子で顔が後ろを向く。黒い眼帯、浅黒く焼けた肌、たゆたう二つの胸部にはもはや目は行かず視界の端に映るばかり。

 龍太郎はその姿を見た瞬間、酷い悪寒に襲われた。

 別に彼女……マリオルの姿が歪だからでも、纏う雰囲気が怪しいからでもない。

 むしろ、何も変化がないことに、龍太郎は恐怖を感じていた。


「マリオル…………」

「私の名を覚えていてくれているとは光栄だな」


 ある意味で記憶に焼き付いている。その大きな二つの胸が、かろうじて龍太郎の記憶を留めていた。


「どうやら、誰かを探しているようだな」


 言われて、思い出す。……いや、忘れていたわけじゃない。彼女のその自信に満ちた言い方で、決心が付いた。


「みんなは……どこだ……」


 枯れ、掠れた喉から絞り出した声は儚く、今にも空気に消え入りそうだった。しかしてマリオルはふっと微笑むと、龍太郎に近づけた顔を離す。

 その自身に満ち溢れた片眼は真実だけを見抜き、浅黒い肌は森の暗い景観に溶け込むように、この世界に馴染んでいる。

 この人物は一体、|レーリレイスと元の世界どちらの人間なんだ――――?

 その疑問を遮るかのように、マリオルの唇が龍太郎の問いに答えを与える。


「彼女たちは、"いるべき場所"へと帰っただけだ」


 その答えは、世界の真実を象るものだった。

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