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秘密の場所

「お邪魔しますよーっ。……ほらハル、早く入ってよ!」

「う、うん……く、釘丘さん。お邪魔します」

「君たちは……」


 エウリレイの街案内が終わったあと、一旦城の自分の部屋に戻ってきていた龍太郎の元に二人組の子供がやってきた。

 身長約百三十センチくらいしかないであろう怯えるように部屋を見渡す気弱そうな男の子と、その男の子の背中を押すようにして彼より頭一つ分だけ身長の高い女の子だ。

 龍太郎はこの二人を、アモンのいた大部屋で見たことがあった。――つまり、エウリレイ同様アモンが龍太郎に紹介した四人のうちの二人ということである。


「確か、ハルファスとゲンティだったか」

「そうです! 覚えていてくださって光栄ですー」

「あ……ありがとうございます」

「昨日聞いたばかりの名前だからな、流石に忘れてないさ」


 龍太郎に名を覚えていてもらったのが嬉しいのか、ハルファスとゲンティはそれぞれ喜びの声を上げた。

 ――ちなみに、気弱そうな男の子のほうがハルファス。逆に活発的な言動をしている女の子がゲイティ。

 彼ら……というか、アモンより紹介された四人は、悪魔族が持つ軍の各隊長だそうだ。これもまた、龍太郎にデビルズ・コンフリクトであった頃を思い出させる。

 ちなみに隊長は実は五人いて、その五人目が、エクライネスの山岳地帯でアスカと決闘をし龍太郎たちをこの街まで案内したあのビレトだ。彼は初邂逅時に自らのことを守護隊隊長と名乗っていた。


「それで、俺に何か用か?」

「はい! ……って言っても、言い出したのはハルなんですけどね」

「ええ!? 確かに久しぶりにあそこに行こうって言ったのは僕だけど、それに釘丘さんを誘おうって言ったのはゲンティの方じゃない……」

「そんな細かいことはどうでもいいの! 私だってハルが言ってなければ言わなかったと思うし」

「……あそこ?」


 龍太郎は二人の会話に首をかしげた。それに気付いたゲンティは向かい合っていた隣のハルファスからくるっと振り向いて、龍太郎の疑問を解消した。


「あそこっていうのは、私たちが見つけた秘密の場所のことです! 住宅区画の奥にあるんですよ」

「へぇ、そこに俺を連れてってくれるのか?」

「どうせ行くなら、釘丘さんも一緒にどうかなぁって……」


 ハルファスが恥ずかしそうに俯きながら言った。


「なんだぁ、ハルもやっぱり釘丘さんと一緒に行きたいんじゃない!」

「べ、別に僕は最初から釘丘さんと一緒に行くのを嫌がってたわけじゃないよ! でも、突然こんなこと言って迷惑じゃないかなって思っただけで……」

「ふむ……」


 龍太郎は考える"素振り"をした。本当に素振りである。どうせこのままいても時間は余るだろうし、二人の誘いを受けるようとは心の中で決めていた。

 しかし、ここであっさりと『行きたい』と返してしまうと何だか……面白くなさそうだった。

 非常に漠然とした考えだが、ここは少し泳がせたほうがいいのではないかと思い立ったのだ。


「で、どうですか? 釘丘さん」


 ゲンティが考え込む素振りを見せる龍太郎の顔を下から覗き込みながら言った。その顔には笑顔が浮かんでいて、でもそれは何かを企んでいるとかそういった類のものではなく、ただ純粋に龍太郎の出す答えを楽しみにしている様子が伺えた。


「や……やっぱり迷惑、ですよね……」


 対しハルファスの方はかなりのネガティブ思考のようで、龍太郎は別に嫌そうな顔をしているつもりはないのに、彼の反応はまるで龍太郎がこの誘いを迷惑に思っているだろうと決めつけるようなものだった。

 ただ、しゅんとしおれるように首をうなだれる彼の姿は、その小さな体と幼さを体現する童顔の後押しによって少しだけ可愛く思えてしまった。デビルズ・コンフリクトの時でもそうだったのだが、彼ら悪魔族は悪魔という忌み嫌われるはずの存在だが、その代償か何なのかはわからないが美男美女が多い傾向にあった。

 ハルファス、そしてゲイティもそれに例外ではなく、非常に整った顔立ちをしている。それがまた効いていた。


「んんん……」


 龍太郎は唸る。しかしこれも演技。今この状況をもし役者か誰かが見たら間違いなく龍太郎は大根役者の烙印を押されるであろう。

 ゲイティはきらきらとした眼差しを、ハルファスは上目遣いで涙目のせいである意味きらきらと輝く眼差しを龍太郎に送ってきていた。

 二人とも、龍太郎の出す答えを非常に待ち望んでいるようだ。

 ――さて、そろそろ答えるべきタイミングだろう。


「……分かった、俺もそこに連れて行ってくれ」

「やったぁ!」


 今にも飛び跳ねそうなほど喜ぶゲイティ。どうやら話によれば、龍太郎を誘うという案自体を出したのは彼女だという。素直な反応だ。


「ほらハル、釘丘さん付いて来てくれるって! ……ハル?」


 対しハルファスは、龍太郎の答えを聞いた瞬間ふるふると肩を震わせ、上目遣いをしていた時よりももっと顔を下に向けていた。

 そして、


「…………ほ、本当に一緒に来てくれるんですか……!? 僕たちまだ子供だし、釘丘さんだってアモン様に呼ばれたりしてお忙しそうなのに……!」


 子供であるのは、年齢的には龍太郎だってそうだ。まあ、ハルファスは見た目的に恐らく十歳程度だろうから、その視点から見れば龍太郎が大人に見えてしまうのかもしれない。

 ……ただ、少し大げさすぎる気もするが。


「ああ。多分今日ならアモンに呼び出されることはないと思う。明日以降はちょっとわからないけど」

「……あ、ありがとうございます!」

「もうハルったら、大げさなんだから」


 龍太郎に向かって勢いよくお礼の言葉を言いながら頭を下げたハルファスを見て、ゲイティがやれやれといったような仕草を見せた。

 ――こうして龍太郎は、ハルファスとゲイティに連れられて秘密の場所があるという住宅区画の奥に行くこととなった。





「ここが私とハルの二人で見つけた……秘密の場所ですっ!」

「おお……」


 住宅区画の奥、一部だけ異様に隆起した丘のようなところを登ると、秘密の場所と呼ばれる場所にたどり着いた。

 丘の面積はそこまで大きくなく、幹の直径約一メートルほどの大樹が中央にそびえた周りは五メートルあるかないかという程度だ。

 たどり着くなりゲンティがその丘の端っこまで行き、それに付いて行く形でハルファスと龍太郎も続いていく。

 隆起して高さを得た丘から見えるのは、幻想的な透明感のある緑と青で構成された眩ゆかんばかりの美しい街並みだった。


「私たち、ここから見える景色が大好きなんです! この場所を見つけたのは、ハルなんですよ!」

「へぇ、すごいじゃないか。こんな景色が見えるところをよく見つけたな」

「ぐ、偶然ですよ……。たまたまこの辺を歩いていたら偶然この丘を見つけて。それに、この丘は目立つので、気付く方は気付くと思います。……でも、初めてここからの景色を見たときは、言葉を失っちゃいました…………」


 まあ、そうだろう。龍太郎は最初からゲンティに期待させられてここへと来たが、発見者であるハルファスは何も知らずに登ったのだ。なんでも初めてというのはそれに心を奪われ、虜にされる。


「この場所を知ってるのって、他にいるのか?」

「んー、私たち以外の隊長は全員知ってますけど、それ以外の方にはまだ教えていないですねー」

「アモンに教えたりしないのか」

「あー……アモン様って、こういうのにあまり興味がないみたいで。お忙しいから、ゆっくりとくつろげる機会は必要だと思うんですけどねー」


 ゲイティがバツの悪そうな顔をした。

 言われてみれば、確かにアモンがこういったところに来る姿は想像しづらいかもしれない。

 かといってゲイティの言う通り、忙しい身ならば心を落ち着ける時間を取るのも必要だと龍太郎は思った。

 すると、


「あ……あの、釘丘さん……」

「ん?」

「えっと……、来たばかりの釘丘さんにこんなことを聞くのはおかしいかも知れないんですけど……」

「俺に分かることならなんでも答えるぞ」

「そ、それじゃあ……えと……もし、これから龍戦士族たちと戦いになったとき、釘丘さんって、僕たちの指揮官として配属されるってアモン様から聞きました。それって、どこの隊を指揮するのでしょうか……?」

「……あー」


 龍太郎の横に居たハルファスが非常に申し訳なさそうな表情で龍太郎に投げかけた質問は、これからの戦いのことについてだった。

 しかし今の龍太郎は、ハルファスの問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかった。アモンからはまだこれからの戦いについて何も告げられていないのだ。

 思わず後ろ髪を掻いて答えあぐねていると、それを見たハルファスの表情がだんだんと曇っていくのが分かった。……ここは、とりあえず自分の考えだけでも言っておいたほうが良さそうだ。


「……まあ、俺は正直に言って全部の隊の統括指揮を執りたいと思ってるんだ。だから、どこか特定の隊だけに指揮を出すってことはないかな」

「…………」


 龍太郎の答えに、ハルファスは驚いたように固まっているだけだった。

 何か、まずいことで言っただろうか。


「えっと、どうした?」

「あ……い、いえ。釘丘さんの答えが、ちょっと意外で……ごめんなさい」

「いや、別に謝るほどじゃない。でも、なんで意外?」


 龍太郎自身この答えに驚かれる理由が見当たらなかった。首をかしげて、自分よりも年齢も身長も小さい少年に問う。


「えっと……てっきり、釘丘さんの服装からして、ゲイティかが所属する隊に行っちゃうのかなって思って…………って、ご、ごめんなさい! こんなこと言うの失礼ですよね……。何を言っているんだろう僕は……」

「ああなるほど、そういう考えもあるのか」


 一般的な前衛職のように剣や槍などの近接武器を特に持たずただ黒いローブを羽織っただけの龍太郎は、いわゆる後衛やサポートに徹するべき人間だ。

 ゲイティの率いる隊は、主に遠距離からの攻撃支援を役目とする遠撃隊(えんげきたい)と呼ばれる隊だ。魔龍魂のちからで、いわゆる龍太郎たちが使うようなスキルを同じく使用できることから、ゲイティの服装は、彼女の持つ特徴的な茶褐色の髪に合わせたような赤いローブが身を包み、今は無いが獲物はエウリレイの持っている杖と同じような立ち位置にあるホウキ。龍太郎とゲイティの服装が似ていることから、ハルファスの考え方も十分にありえると言えた。

 ちなみにハルファスは、スキルによる中距離戦と近接戦闘を同時にこなす、いわゆるRPGなどで言うところの"魔法剣士"のような立ち位置に当たる。小柄なその身体に似合わず結構ゴツゴツとした銀鎧を着込んでおり、まるで守護隊のビレトが着ているような鎧ほどには分厚い。獲物の片手剣はアモンの紹介の際にちらりと見たが、その刃部分はまるでクリスタルでできているような完全透明の美麗な剣だった。そんな彼の率いる隊の名称は豪撃隊(ごうげきたい)。気弱そうなハルファスが隊長とは思えないほど力強そうな名前だ。


「僕……実は、釘丘さんの指揮で隊を動かしてみたいんです」

「俺の指揮でか?」


 龍太郎が首をかしげると、ハルファスの言葉に補足するように、ゲイティが声を上げた。


「これまでの戦いでは釘丘さんのように指揮専門の方がいなかったので、各隊の中から選ばれた実力のある者が隊長に選ばれて、その方が自隊を指揮するって形だったんですよ。……それでですね。実はハル、戦いが終わるたびにいつも私のところにやってきて『指揮はもうやりたく――」

「わぁっ、ゲイティそれ以上はダメ!」

「んーっ、んーっ!」


 ゲイティが最後の言葉を言おうとする寸前で、ハルファスの両手が背後からぐっとゲイティの口を塞ぐ。

 予想以上に力が強いのか、手足をばたつかせて開放を懇願するゲイティ。その背中越しから『ごめんなさい、ごめんなさい』と何度も頭を下げるハルファス。


(……これは、実はほとんど分かってしまったなんて言えないな)


 そして龍太郎はハルファスに言おうとしていた言葉を、そっと胸中に仕舞うのだった。

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