行き違う気持ち
悪魔の街エリュガレス、及び悪魔城ガリデル。
龍太郎たちがビレトに連れてこられた、悪魔族の本拠点。
街中では様々な悪魔族が闊歩し、それぞれ友人や知り合いたちとの会話に花を咲かせる。
街の景観は不思議とどこか幻想的で、透き通るような緑や青を基調とした建造物が建ち並ぶ。
この街がある土地の気候は少し特殊で、日中もまるで夕暮れのように薄暗く、それがまた街の幻想的な雰囲気を掻き立てていた。
龍太郎はそんな街を、現在二人で歩いていた。
でも、隣を歩くのは、百鬼旋風のメンバーじゃない。
誰と歩いているのかと言えば——
「——どうしましたか? どこか具合でも……」
「い、いや。大丈夫です」
俺の顔を覗き込んでくるのは、額に赤道色の宝石を嵌めこんだ悪魔族の女性。名をエウリレイ。
腰辺りまで伸びた美しく長い黒髪は、羽織った水色のローブと相まってより美しく見え、妖艶な雰囲気にもさらに拍車がかかる。
龍太郎は現在、このエウリレイという名の悪魔族とともに、このエリュガレスの街を歩いていた。
「そうですか……? もし具合が悪いようでしたら、我慢せずいつでも言ってくださいね。快方の心得は多少ならありますので」
「お、お気遣いいただきありがとうございます」
エウリレイはにっこりとほほ笑むと、俺に近付けた顔を離した。
屈めていた身体を起こしたことで、胸部の豊満な双丘がたゆましく揺れる。
思わず目をそらしてしまう。
(やっぱり、グレモリーに似てるよなぁ……)
性格については多少の違いがあるものの、エウリレイは限りなく、かつての龍太郎の仲間であったグレモリーに容姿が似ていた。
まず女性という性別から、長い髪、落ち着いた様子、そして水色のローブ。
さらに、今は所持していないが、エウリレイの得物は先端に七色の宝石が飾られた金色の杖。それもまた、グレモリーと同じ得物であった。
そして何より、その名前。フルネームにすると、エウリレイ・アルプスというのだと聞いた。
……そう、ビレトの時と同じ、決定的な何よりの証拠だ。
なぜ、このような一致が起きているのかは分からない。ただ、確かに、龍太郎の横で歩く女性は、アルプスの名を冠している。
そんなことを考えている間にも、エウリレイは俺を連れて街を案内していく。
そう、現在俺は、このエウリレイによって街の中を案内されている最中だった。
ガリデル城のある行政区画から、職人区画、商店区画、そして住宅区画の順で案内してもらう予定で、今は職人区画の案内を受けている。
そしてエウリレイはある建物の前で足を止めた。
「——ここが、私の杖も新調していただいてる武器屋、ビフレスト商会です」
レンガ調の外観に、入口の扉の上あたりに『ビフレスト商会』の大きな看板。
その横には剣と斧を交差させたようなデザインの装飾物が飾られており、一目で武器を扱う店なのだと分かりやすい。
「最後ここに挨拶をして、次の商店区画に移りましょう」
扉を開けて中に入るエウリレイに続いて、龍太郎も店内へ足を踏み入れた。
中はそれなりに広く、端から端まで五メートル四方の店内にびっしりと武器が飾られている。
剣や槍、杖や斧などの近距離武器から、弓やボウガン、投石器といったような遠距離用の武器まで取り揃えられており、さすがその道の職人が経営しているだけのことはある。
「おうらっしゃい! ……って、誰かと思えばエウリレイさんじゃあねぇか。どうした? また杖の調子でも悪くなったか?」
「こんにちは、ビフレストさん。杖のメンテナンスはまた後でお願いさせていただくつもりです。でも今はこちらの方を……」
「初めまして。釘丘龍太郎といいます。今日から悪魔族軍に協力することになりました。しばらくお世話になります」
「おう、こりゃ丁寧に。俺はここの店主のビフレスト・クロックナーだ。……そうか、お前さんがアモン様の言っていた協力者ってやつか」
「そうなります。戦いが始まれば何かとお世話になると思うので、一度ご挨拶に伺わせていただきました」
「ガハハ、そりゃあご苦労なこった」
そんなビフレストの豪快な笑いの中に、非常に聞き覚えのある若い男の声が混じった。
「龍太郎、お前…………」
振り向くと、声の主であるシュンと、その横にいたカエデが、龍太郎の方を訝しむような眼差しで見つめていた。
どうやらこの二人も、この店へと来ていたようだった。
「シュン……カエデ……」
龍太郎と、シュンとカエデとの間で視線が交差する。
少し和やかな雰囲気が漂っていた店内も、しんと静まり返っていた。
「お前……どうしてだよ……!」
「シュン……」
右手を握りしめ、肩をわなわなと振るわせて、シュンが口にしたその言葉。
それには、いったいどれほどの意味が込められているのだろう。
仲間を裏切り、敵であるはずの悪魔族に付くと宣言した龍太郎に対して放ったその言葉は、果たして龍太郎にどう響いただろうか。
「…………悪い」
龍太郎は俯き、苦しげな表情を浮かべて、吐き捨てるように言った。
それを聞いたシュンは、黙りこくったままだった。
でも龍太郎は顔を上げない。上げてしまえば最後、本当に戻れなくなってしまいそうだったから。
「……いいよ、もう」
「カエデ、でも……!」
カエデの声が、静まり返った店内に響いた。しかしその声音はいつも聞いていた明るいカエデの声などではなく、失望し、怒りによって冷たく塗り固められた声音だった。
そして、何か言いたげなシュンに向かって、こう言う。
「……行こう。私、ここにいたくない」
「カエデ……」
向けられたカエデの瞳に、シュンは言葉に詰まってしまった。
言いかけていたそれを、無理やり押しとどめられるように。
ガチャリ、と扉の開く音。それから少しだけ間を置いて、バタン、と強く扉が閉められた。
「……」
店内に再び落ちる沈黙。
龍太郎は、唇を噛み締めていた。
彼らの怒りは当然であり、それを龍太郎が甘んじて受けることもまた、当然であった。
しかし、それでも。
それでも龍太郎は、"こちら側"にいるしかないのだ。




