自分たちの立場
一方そのころ。
「――ふにゅっ!」
アモンの力によって転移させられた百鬼旋風一行は、ガリデル城のアモンが用意したという一室に出現していた。
空中から、突如現れるようにして部屋に送られた智代理たちはそれぞれ部屋の床に落下する。
「智代理……大丈夫?」
尻もちをついた智代理に手を差し伸べたのは、既に立ち上がった様子のアスカだった。
智代理は「ありがとう、明日香ちゃん」と言ってからその手を取って立ち上がる。
「智代理にこんな乱暴なことをするなんて……あのアモンとかいう悪魔族、今すぐ斬り刻みに行こうかしら」
「……ま、まぁまぁ。明日香ちゃん、私は怪我とかしてないから……ね?」
「冗談よ」
「……目がマジだったけどな」
シュンが若干引きながらアスカを見ていた。
「と……とにかくっ! 今はこの後どうするべきか考えないと……」
カエデが慌てたようにそう挟む。
今、この場には龍太郎だけがいない。
アモンに呼ばれ、あの大部屋で、話があるのだと言っていた。
「龍太郎さん、大丈夫でしょうか……」
ユカリが心配そうに扉の方を見つめる。
紫に塗られたその扉は、まるで何かの呪いがかけられたかのように、固く閉ざされているようだ。
ユカリの視線に釣られて、皆が扉を見やる。
「……それにしてもこの部屋、随分と趣味が悪いのね」
そんな中で一人、明日香だけが扉を見ていなかった。
部屋を見渡し、壁に沿って棚に並べられた歪な形を取る壺を見て眉をひそめる。
部屋の壁も黒に近い紫で塗られていて、部屋全体が暗い雰囲気を纏っているかのようだ。
「あ、明日香ちゃん……」
智代理はそんなアスカを見て、なぜかいたたまれない気持ちになった。
今まで自分の近くにいたのだと思ってきたアスカの姿が、なぜだか遠くに感じてしまう。
「……とりあえず私の意見として、このまま釘丘が帰って来るのを待つ方が懸命だと思うわ」
部屋を見渡しながらアスカはそう言った。
それに誰も異論は無いようで、特に誰も何も言わなかった。
「……まあ、待つのはいいとして。ただ待つっていうのも少しつまらなくないかい?」
アスカの提案の直後、セーヴがみんなにそう言ってみせた。
「でも……することなんて何もありませんよ?」
カエデが首をひねりながら言う。
するとセーヴは人差し指を立てて、
「いいや、そんなことはない。龍太郎くんがこの部屋に無事戻ってくるまで、今後のことについて話し合うんだ」
「今後のこと……?」
提案後、むすっとした表情で腕を組んでいたアスカが、耳ざとく反応した。
「うん。……まず、ここがどういう場所で、僕たちは今、どういった状況に置かれているのか、それをできる限り整理してみよう」
セーヴがそう言うと、百鬼旋風のメンバーはそれぞれ口を開き始める。
「それならまずは……俺たちもいるこの城だな。確か、ガリデルって言ってたか?」
シュンが、記憶をたどるようにしてそう言った。
「うん。それで間違いないはずだよ。そして、城があるこの街の名は、エリュガレス。僕たちをこの城まで案内したあの悪魔族が言っていた」
「よ、よく覚えていますね……。あの時は他にもいっぱい街の説明をされて、街の名前なんて説明の中でサラッとしか言っていなかった気がしますが……」
カエデが、セーヴを呆れたような目つきで見ながら言った。
「記憶力には、少し自信があってね。……まあそれで、僕たちは"エリュガレス"という街の"ガリデル城"というところにいる。そこまでは分かった」
「なら後は……私たちの立場、ってところかしら?」
アスカが口を開いた。
セーヴは「その通り」と言いながら話を続ける。
「そう、僕たちの立場……それを今一番、考えなくちゃいけないと思うんだ」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
「あのアモンとかいう悪魔族、僕たちに協力するように言ってきた。でもそれは、向こうのあまりにも一方的な事情だけで、僕たちにそれを承諾するメリットが何一つなかった」
現に、セーヴが最初にそこに反論した。「僕たちが加担するメリットがない」と。
「僕たちが目指すべきゴールは、この世界からの脱出だ。もしそれが現状の仮説のとおりにゲームクリアだとしたなら……僕たちはやっぱり、龍戦士族側につくべきだと思うんだ」
空気が、揺れた気がした。
セーヴを除いた百鬼旋風のメンバーの表情が、歪んだ。
みんな心のどこかで分かっているのだ。"自分たちにとってのゲームクリアは龍戦士族側につくこと"だと。
……それなら、龍太郎にとってのゲームクリアは?
自分たちと違い、龍戦士族側ではなく、悪魔族側にログインしてしまった龍太郎。
彼の――彼のゲームクリアとは、一体、どこにある?
――みんなが重苦しく、俯いていたその時。
固く閉ざされた扉の向こうから、彼は姿を現した。
「龍……太郎……くん」
智代理は扉の奥から姿を見せた彼の名を呼ぶ。
彼はメンバーのそれぞれの表情を見て躊躇うような素振りを見せたが、それでも、決意を固めた目をし、言う。
「――――俺は、"こっち側"につこうと思う」




