謁見
ガーネットに案内されたのは、ガリデル城の三階にある大部屋の前だった。
この階にはどうやらその大部屋しかないらしく、到着するとすぐ目の前に部屋の扉が待ち構えていた。
銀でできている点や見上げるほどに大きな扉である点など、いくつかの要素は龍太郎の記憶と食い違うものの、やはりその扉から放たれる異質な威圧感は、あの時の扉と同じだと龍太郎は感じた。
「それにしても……この技術、やっぱりあたしたちのスキルと同じよね……」
三階へと上がってきたアスカがぽつりとそう漏らした。
漏らした理由は、この城での上下階の移動手段にあった。
この城の上下階の移動手段には、まるで龍太郎たち……というより、デビルズコンフリクトをプレイしていたプレイヤーたちが使う"スキル"のような力が用いられていたのだ。
それこそ上の階へと上がる方法は、天井が吹き抜けになったところからまるでカエデの使用するスキルの一つ《スカイアップ》のように、身体がふわりと浮き上がり上の階へと上がる方法だった。
「龍太郎様方のように別の世界からやってこられたみなさんは、魔龍騎士のちからを持っているのですよね?」
ガーネットのそんな問いに、龍太郎は頷いた。
「ああ。ビレトも俺たちと同じようなちからを使ってたが、悪魔族っていうのはみんな使えるもんなのか?」
「いえ、使えるのはアモン様より選ばれた方のみです。ビレト様と同じ隊長クラスの方々には全員与えられていますが……」
「アモン?」
龍太郎は聞き覚えのない単語に首をかしげた。
「この先にいらっしゃいます、私たち悪魔族の主様です。……では、私はこの辺で」
ガーネットがいうや否や、銀の扉が重苦しい声を上げながら開いていく。
そして龍太郎たちは、扉の奥へと足を踏み入れた。
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部屋の中は、入口の扉から分かるとおり大きな造りとなっていた。
左右にはなにかの生物の剥製が飾られており、装飾品なども所狭しと陳列されている。
龍太郎はこの部屋を見て、少しだけだが、やはりあの部屋の面影があると感じた。
部屋の真ん中には、入口から奥の机まで伸びる赤い絨毯が敷かれていて、その先には――
「――ビレトの提案に乗ってくれたか。歓迎しよう、救世主諸君」
「あんたが、アモンか?」
浅黒い肌に、額には三つの琥珀色の宝石。
黒い上着に身を包み、両手には白い手袋をはめている。
明らかに他とはオーラの違う悪魔族が、部屋中央奥の横長の机に座っていた。
「その通り。私がこの城の主を務めるアモンだ。おおよそ、ガーネット辺りから聞いたのか?」
「ええ。あたしたちをここまで案内してくれたのも彼女よ」
アスカが、龍太郎の横に並んでそう言った。
「アモン、率直に聞く。俺たちをここへ呼んだのは何が目的だ?」
「……ふふ。実に率直な質問だな。なら、こちらも率直に言うべきだろう」
アモンは龍太郎の問いに微かに笑うと、こう言った。
「我々悪魔族は今、龍戦士族と人間族の支配権を争っている。その協力を、諸君らには頼みたいと考えている」
宣言通り、アモンは包み隠すことなくそう話した。
「……ようは、お前たちの言いなりになって、人間族と龍戦士族を襲え、ということか?」
「言いなりとは言わない。むしろ諸君らの待遇は最善を尽くすつもりだ。……ただ我々はこの戦いになんとしても勝利しなくてはならない」
「その理由を教えろ」
龍太郎の顔は段々と厳しくなっていった。
しかしアモンはそんな龍太郎の態度を見ても何も思っていないのか、平然と話をする。
「この世界には遥か昔、魔龍騎士という存在がいた。今では伝承の一つに過ぎないが、その魔龍騎士が現在我々の起こしている戦争の余波によって、再びこの地に降り立とうとしている。伝承によれば、争いによって生まれた魔龍騎士は滅びの力を増幅させていて、"あるもの"のちからを使わない限り、生まれた瞬間に地上をすべて滅ぼすと言われている」
そこまで言ったアモンは座っていた状態から立ち上がると、指をパチンと鳴らした。
するとアモンと龍太郎たちの間に突如台座が出現した。
台座には、紫色のオーラが渦巻いた半球体が乗っていた。
「これは……」
「諸君らは初めてだろう、『魔龍魂』という代物だ。我々がこのようなちからを使えるのも、この物体のおかげだ」
アモンは、龍太郎たちにこれを見るのが初めてだろうと言う。
しかし、龍太郎だけは、この存在を知っている。
記憶の奥底に仕舞われた、あの一週間で消えてしまった"あの悪魔族"の言葉が蘇る。
「でもこれ……半分欠けてる……」
智代理が魔龍魂を眺めながらそう言った。
彼女はこの物体が放つ危険なオーラを感じ取っているのか、少し怯えた様子だ。
「そうだ。魔龍魂は我々悪魔族と龍戦士族の間で長年取り合う争いが続いていた。一度は龍戦士族に取られたものの、その我々が取り返した。しかしそれを繰り返す過程で、このように半分に割れてしまったのだ」
「そしてもう半分は……龍戦士族の下ってことかしら?」
アスカの言葉に、アモンはゆっくりと頷いた。
「先ほど話した"あるもの"の正体がこれだ。だが魔龍魂は半分に欠け、本来のちからを発揮できていない。このままでは、いずれ来る魔龍騎士の引き起こす滅びに対抗できないのだ」
「それで、龍戦士族と戦争してるってわけかよ」
話を聞いていたシュンが吐き捨てるように言った。
「……ひとついいかな? 話を聞いている限りじゃ、僕らがこっちに加担する理由が見つからない」
セーヴが問い詰めるようにアモンに問いた。
確かに、今アモンが話したのは、悪魔族と龍戦士族との戦いの理由だけだ。
それに……
「……私、人間族の人たちを傷つけるなんてしたくない。だって、これまでだってたくさんお世話になったし……」
カエデが俯きながら言った。
その通りだ。龍太郎たちは今まで人間族の都市を跨いできた。情が移るのも仕方ない。
人間族は、ただ理不尽に、争いに巻き込まれているだけなのだから。
「そうですっ! 私たちはこれまでたくさんの人間族の人たちに助けてもらいながら来ました! それに、人間族の人たちは何もしていないんです、戦争をするなら人間族は巻き込まないでください!」
ユカリが全員の気持ちを代弁するように、力強く言い放った。
それを聞いたアモンは、
「……そうか、諸君らは人間族の生まれを知らないのだな。まぁ、いい。それならこちらにも手がある」
するとアモンは龍太郎の目をジッと見つめた。
「うぐっ!?」
すると突如、龍太郎の体が一瞬震えた。
「龍太郎くんっ!」
慌てた智代理が駆け寄り、龍太郎の腕を掴む。
……が。
「うご……かない……!?」
龍太郎の腕は、まるで凍ってしまったかのように動かなかった。
「貴方……一体何を?」
アスカが睨むようにアモンを見る。
しかしアモンは澄ましたように、
「何でもない、諸君らと同じちからを使っただけだ。……彼にはこれから個人的な話がある。ここに残ってもらおう」
「いや! 私も残ります!」
智代理がぶんぶんと首を振った。
しかしそんな智代理に、
「だい……じょうぶ、だ……。先に……行って……くれ……」
龍太郎はかろうじて動いた喉から声を振り絞った。
「で、でも!」
智代理はそれでも首を振る。
「安心……して。あ……いつは……俺……に、……話が……ある、だけ……だから……」
「龍太郎くん!!」
それでも、智代理は龍太郎の腕を離さなかった。
すると、
「――諸君らにはすでに部屋を用意してある。そこでゆっくりと休むといい」
アモンが再び指を鳴らした。
智代理を含めた百鬼旋風のメンバーの足元に、淡い青色の魔法陣が浮かび上がる。
「龍太郎くんっ!!!」
智代理は叫んだ。
しかし龍太郎に反応はなく、その姿がどんどん遠のいていく。
「無事に……戻ってきて……!」
そう残し、智代理を含む百鬼旋風のメンバーは部屋から姿を消した。




