悪魔の街
ビレトから例の提案があったあと、龍太郎たちは素直にそれに従うことにした。
だって、元の世界に帰れるかも知れないから。
龍太郎たち全員が心のどこかで望んでいるその願いを、叶えることができるかも知れないから。
なぜビレト……いや、悪魔族たちがその手段を知っているのかは分からないが、他に手がない以上その提案に乗ろうということになった。
それに龍太郎たちには、この世界に来てから気になっていることがある。それがもしかしたら、ビレトの提案に乗ることで解決するかもしれない。
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エクライネスから西にかなり進んだところに、悪魔族が根城にしているという街はあった。
ちなみにそこまで歩いていくとすると一週間以上は掛かるらしいのだが、今回はビレトが呼んでいた部下の転移魔法で一瞬でやってくることができた。
到着して初めて目の前にした悪魔族の街は、思ったよりも荘厳で、嫌に美しく、一般的に想像される"悪"のイメージは踏襲しつつも、どうも"悪"と思い切れない壮観をしていた。
街の名は『エリュガレス』。街は四つの区画に分けられており、それぞれ「商店区画」「住宅区画」「職人区画」「行政区画」となっている。
「商店区画」は、雑貨屋と食品を扱う店が多く、生活必需品の買い出しはここで行えるそうだ。
「住宅区画」は、軍や城に勤めていない悪魔族が集合して暮らしている区画。悪魔族の全体的な人口はそこまで多くは無いそうだ。
「職人区画」は、武器や防具を扱う店だったり、洋服や金物などを扱う店が多く出ているという。つまるところ、その道を極めた職人たちが集まる区画である。
「行政区画」は、主に街の行政を取り仕切る機関が全て揃っている。事務的な手続きはこの区画に来れば大抵は行えるという。
そして、
「ここが俺たち悪魔族の城、通称ガリデルだ」
行政区画の一番奥。そこに、その城はあった。
周りの他の建造物と比べていささか大きく、まさに悪魔が住んでいそうな雰囲気をまとったその城は、龍太郎たちの前に悠然と立ち構えていた。
「ガリデル……」
龍太郎はつばを飲み込んだ。
目の前でそびえ立つ黒々とした城を見上げて、龍太郎は思いに耽る。
(何か、戻ってきたって感じがするな……)
もはやあの日々のできごとが遠い昔のように感じる。
いや、もしかしたら本当に遠い昔のできごとになっているのかもしれない。
「……さ、とっとと入りましょ。あたしたちを悪魔族で一番位の高いやつに会わせてくれるんでしょう?」
「そう急かすなよ、すぐに会える」
ビレトを先頭にして城の中へと足を踏み入れると、すぐ近くにいた使用人らしき悪魔族の女性が近寄ってきた。
見た目は、はたちになったかなっていないかくらいだろうか。悪魔族特有の血色の悪い肌も、女性の場合は男性と違って肌は黒くなく色白なためむしろ女性らしく感じる。
その女性はビレトのもとへ一目散に駆け寄ると、ぴったりと身をくっつけた。
「ビレト様! 今お戻りになられたのですか?」
「ああ、たった今な」
「本日は少しばかり暑くなると聞いております。今すぐにでも行水の準備の方を……」
「悪いな、今はそれよりこいつらをあのお方に会わせてやってくれ」
ビレトに食いつくように接触していた女性だったが、彼の促しによって龍太郎たちの存在に気付き態度を改めた。
「こ、これは失礼いたしました。ええと、ビレト様のお知り合いの方々でしょうか」
「知り合い……まあ、間違っちゃいないな」
龍太郎がそんな返しをすると、女性は改めるようにこちらに向く。
「――わたくし、この城で副メイド長兼ビレト様のお付き人をやらせていただいております、ガーネットと申します」
言いながら、深々と頭を下げる女性。
随分と日本的な謝罪方法である。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。私たちまだこの街に来て一日と経っていないので、色々とご不便をおかけしてしまうかと思いますが」
「とんでもない。何かわからないことがあればなんなりとお申し付けください」
「ありがとうございます」
アスカがにっこりと、ガーネットと名乗った女性に向かって微笑んだ。
……さすが、こういう畏まったやり取りは得意なアスカだというべきか。
「それじゃあガーネット、あとは頼んだ」
「はい! お任せ下さい!」
「ガーネットは俺の前じゃアレだが、仕事はきっちりとやりすぎなくらいにやるからな。頼りにしていいぞ」
「もう、ビレト様ったら……」
ガーネットが頬を赤く染めた。
それを確認するように横目で見たビレトは、手を挙げながら奥の部屋へと消えていった。
「――では、こちらへ」
ビレトが奥へ消え去るとさっきまでの恍惚とした表情は何処へやら、ガーネットはくるりと向き直って龍太郎たちに案内を始めた。
どうやら仕事に関してはビレトの言う通りのようだ。




