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新たな統治者

エクライネスを新たに統べる者

「はぁ……。同じ賑やかでも、こうも差ががあるとはね」


 アスカはお祭り騒ぎ状態のエクライネスを歩きながら、溜め息とともにそう漏らした。


「でも、それだけ皆が苦しんでたり辛かったりしたからなんだよね」


 彼女の横を歩いていた智代理が言った。

 確かに智代理の言う通り、ガラミアが生きていた頃のエクライネスは賑やかであったものの、皆顔のどこかに暗い影を落としていた。

 それが今無くなり、無事に新しい市長も決まって市民たちの顔には希望の光が戻ってきている。


「――おや、あなた方は……」

「あら……」


 アスカと智代理が並んで歩いていると、その向かい側から見覚えのある人物が歩いてくるのが見えた。

 黒いスーツにネクタイ。それに、今までの苦労を現したようなシワを蓄えた頬。

 その人物もアスカたちを認識したようで、歩く足を少し早める。


「お久しぶりです――というほど日も空いてはいないですが……こんにちは、ミルドレイさん」

「こ、こんにちは」


 アスカと智代理は向かってきた人物――ミルドレイに挨拶をする。


「――こんにちは、アスカ様に智代理様。今日はお二人だけですか?」


 ミルドレイは少し白髪の混じった黒い短髪を揺らしながら、優しく微笑みかけてくる。


「ええ。今日くらいはオフにしようって、あいつが」

「あいつ……龍太郎様のことですか」


 ミルドレイは納得したように頷いた。


「もしかして、ミルドレイさんも今日はお休みなんですか?」


 智代理が訊くと、


「ははは、とんでもない。新市長に就任したばかりの私が早々にお休みしていたら、市民の方々から苦情が来てしまいますよ」


 ミルドレイは軽快に笑ってそう言った。


「それじゃあ、お仕事でこれからどこかに?」

「はい。これからエクライネスで個人経営をされている店主様たちの下へ、営業許可証の受け取りに伺う予定でして」

「なるほど。……でも、それでしたら私たちなんかとおしゃべりしている暇は無いですよね。すみません、私たちはこれで行き……」

「いえ、お待ちください」


 アスカがその場を立ち去ろうとすると、ミルドレイが声を上げて止めてきた。


「……ここで出会ったのも何かの縁ですし、お二人にも今回の件で大変お世話になりました。近くのカフェで、お話でもしませんか?」





 行き着いたカフェは、黒と茶色を基調とした落ち着いた雰囲気の店だった。

 中に入るとすぐに店員が駆け寄ってきて、お昼時という混み合う時間帯にも関わらず、迅速に席まで誘導してくれた。


「いい雰囲気のカフェですね」

「はは、私が前々から行きつけにさせていただいているカフェなんですよ」


 ミルドレイはそう言うとテーブルの端に置いてあったメニュー表を開き、少しの逡巡の後に店員を呼びつけた。


「……これをお願いします。ああ、こちらのお二方にも。……はい、お支払いは私が」

「えっ……」


 ミルドレイの突然の行動にアスカと智代理は焦ったが、それを止める前に店員は注文を受けて奥へと行ってしまった。


「あ、あの私たちはそんな……」

「もしかして、お二人はコルフの類をお飲みになられなかったでしょうか? それでしたら別のものを……」

「コルフって……」


 コルフとは、この世界に存在する豆の一種だ。

 その豆を煎り、そこからさらに手を施すことで、現実世界で言うコーヒーのような味と香りを生み出す。


「……お待たせいたしました。ミークコルフでございます」


 そうこうしているうちに、先ほど注文を受けた店員がトレイに三つカップを乗せてやってきた。

 それぞれからコルフの高い香りと湯気が立ち込めている。


「うわぁ……美味しそう……」


 そのままテーブルに置かれたカップを見て、智代理がそう漏らした。

 カップの中にはミークと呼ばれる乳製品を混ぜたコルフが入っている。


「申し訳ありません、すぐに別のものを注文して……」

「いえ、私たちは決してコルフが飲めないとかではなくて……」


 再びメニュー表を開こうとするミルドレイを、アスカが止める。


「……では、いかがしたのでしょうか……?」


 申し訳なさそうにこちらの顔色を窺ってくるミルドレイに対し、アスカは少々困ったように口を開いた。


「え、えっと……。そんな私たち奢ってもらおうなんて思ってなくて……」

「ああ、そういうことですか」


 ミルドレイは納得したように頷くとこう続けた。


「――あなたたちはこの都市にとっても、私たち市民にとっても救世主なんです。……ですから、この程度のことを気にする必要はないんです」

「ミルドレイさん……」

「むしろ、これしか出来なくてこちらが謝るべきなんですよ。ですから、どうか気になさらないでください」


 そう言って、優しく微笑むミルドレイ。

 そんな姿勢を見て、どれだけこの都市が彼にとって大事なものであるか、そして彼がこれまでどれほど心を痛めてきたのかがわかる気がした。





「――今日はお休みの日にお付き合いいただいてありがとうございました」


 カフェを出たあと、ミルドレイはアスカと智代理に向き直って頭を下げた。


「いえ、私たちこそありがとうございました。……お仕事の方は大丈夫なんですか?」


 アスカが問うと、ミルドレイは顔を上げてにっこりと微笑んだ。


「はい。これから直ぐにでも向かえば」

「そうですか。それは良かった」

「……そう言えば、アスカ様たちはもうここを出て行ってしまわれるのでしょうか」


 ミルドレイはどこか寂しげな顔をしながらそう問いてきた。


「それは……分かりません。でも多分、ここを出て行くのはそう遠くないことだと思います」

「そう、ですか……」


 ミルドレイはアスカの言葉を聞き、肩を落としてしまった。


「……あのガラミアが失脚したのはアスカ様方のおかげだと公表はされていませんが、都市の中でもあなた方の存在は度々噂になっていました。ですから、ガラミア失脚の件の立役者があなた方だと薄々ながらも勘付いている市民の方はいらっしゃると思うんです」

「でも、私たちは……」

「分かっています。……ガラミアを殺したのは自分たちじゃない、そうおっしゃりたいのですよね? ですが、この都市にとって一番の幸せをもたらすことに貢献されたのは間違いありません。……あなた方はもっと讃えられるべきなのです」


 ミルドレイは強い眼差しでアスカを射抜いた。

 その灰色の瞳には、このままほとんどの人間に真実を知られることなくこの都市を去ってしまうのはいけないと、そんな気持ちが込められている気がした。

 ――でも。


「――お気持ちはとても嬉しいです。……ですが、やはり私たちはこの都市を出て行かなくてはなりません。……私たちの本当の目的を達成するためにも」


 アスカは考える。

 恐らく、龍太郎ならば直ぐにでもこの都市を出ていくことを考えるだろう。

 何故なら、都市の信用度(トラスト)が、このガラミアの一件できっと最高値に達するからだ。

 そうなれば、龍太郎はまた別の都市や街に向かい、そこでトラストの上昇に励むだろう。

 それが、この世界から脱出する唯一の方法だと信じて。

 アスカの言葉を受け、ガラミアは諦めたように目を伏せた。


「……心のどこかで分かってはいました。こんなことを言ってもアスカ様方を困らせてしまうだけだと。…………最後に引き止めてしまって申し訳ありませんでした。では、私はもう行きますね」


 ミルドレイはそこまでを一気に言うと、踵を返してアスカたちの前から立ち去ろうとした。


「――待ってください!」


 それを、アスカが止めた。

 少し驚いたような表情を混じえたミルドレイの顔がこちらに向く。


「……必ず。私たちが自分の目的を成し遂げたあと、必ずここに戻ってきます。……ですから、どうかそんな悲しい顔でお別れなんてしないでください」

「ア、アスカ様……」


 ミルドレイはアスカの言葉がよほど意外だったのか、目を見開いてぼそりと零した。

 それからその驚いた表情から少し微笑んで、


「――分かりました。いつまでもお待ちしています」


 そう言って、目尻に涙を浮かべるのだった。

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